2015/10/10 - 2015/10/17
11位(同エリア30件中)
たびこさん
成田空港からイスタンブールを経由して、ボルドー入り。
ボルドー2泊、サレ村、サンセバスチャン、ビルバオに1泊ずつしました。
帰りは、ビルバオからイスタンブール経由で成田着です。
自然ののどかな風景と造られた美しい景色、美味しい食で満たされた旅でした。
今回は、フランスバスクに位置するサレ村のオーベルジュに泊まり、オプションツアーの専用車にてアイノア村、エスプレット、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール、オンダリビアを訪れサンセバスチャンまで移動した旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 2.0
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サンジャンドリュズからバスでサレ村まで移動し、本日の宿、オーベルジュARRYAに到着。
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お部屋は赤を基調とした可愛らしい雰囲気でした。
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夕食まで時間が少しあったので村をお散歩しました。
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羊飼いが犬と羊の群れを移動させている良い風景を見られたのにシャッターチャンスを逃しました。。
のどかな所でした。 -
夕食はホテルの1階にあるレストランでいただきます。宿泊者以外でも利用できるようでした。この後、ほとんどの席が埋まっていました。
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宿泊とセットになっていたディナーコース。
前菜はレバーのようなお肉とソラマメ、トマトのお料理。
お野菜が甘く、お肉もくせがなくておいしく頂きました。 -
メインはお魚を選びました。
さっぱりとしたお味でおいしかったです。 -
デザートはジャムが入っているガトーバスクでした。
サクサクしておいしかったです。大きさが分かりずらい写真ですが、結構なボリュームでした。 -
ごはんが続きますが、、
朝食です。パンのほかにフルーツやヨーグルトも希望すればもらえます。 -
朝食のあと、ホテルの周りを散策したら、地元で採れた野菜でしょうか、小さな朝市がありました。
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見慣れないお野菜たち。
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ホテルメイドのガトーバスクも売っていました。
この後、サレ村から近郊の村や街を専用車でめぐりながら、美食街サンセバスチャンまで移動します。 -
こちらのワーゲンで各地を巡りました。
写真は最初の訪問地アイノア村です。
宿泊していたサレ村から20分ほどでした。 -
赤のハーフティンバーがかわいい家が並んでいました。
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すでに紅葉していました。
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アイノア村から車で10分ほど移動し、エスプレットへ。
【エスプレット wikipediaより】
エスプレットの地名はこの地に所領のあったナバラ王国の貴族、エスプレット男爵家に由来する。原義は「ツゲの植えられた場所」の意である。11世紀にエスプレットに居城を構えたエスプレット家は1694年に最後の領主となった女男爵が後継者を残さずに亡くなるまでこの地域を治めた。エスプレット城は近年、修復が行なわれた。
17世紀に建てられたサンテチエンヌ教会は歴史遺産として知られている。墓地には初代ミス・フランス(1920年)であるアニエス・スール(ビアリッツ出身)の墓がある。 -
唐辛子が干してあるのが印象的でした。
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出店が出ていてチーズやハムやお惣菜などを売っていました。
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エスパドリーユ柄の布を買いました。
バスク特有のストライプ柄の布もありました。 -
続いて、30分ほど移動してサン・ジャンド・ピエドポールへ。
城壁がある歴史ある街でした。
かつてこの地にはローマ街道が通っていた。12世紀、サン=ジャンは新たに町として建設された。200年後にナバラ王カルロス2世は『私の王国の鍵』と述べている。
町最初の建物は、12世紀にニーヴ川の砦そばに建てられたサント・ウラリー教会である。1191年の記録には、町を見下ろす丘の上にメンディグレン城が建っていたとある。城の足元に、ナバラ王サンチョ7世は13世紀初頭に城壁を築いた。城壁にはゴシック様式の扉が備わっており、現在も見ることができる。【省略】 -
細道の坂が印象的でした。
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お昼はサーモンとチーズのガレットを食べました。
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国境を越えてスペインへ。
今回の専用車ツアー最後の訪問地オンダリビアへ。
【オンダリビア wikipediaより】
現在のオンダリビアへの人類の定住は、銅器時代から青銅器時代に始まったとみられる。ドルメンやストーンサークルが、ハイスキベル山周辺に点在しているからである。
村としてのオンダリビアへの定住は、1180年にナバーラ王サンチョ6世がサン・セバスティアンに特権を授与した際にUndarribiaの名で表されていることからわかっている。ナバーラ王はオンダリビア周辺で狩猟を行い、小さな居城も持っていた。その後、領有権はナバーラからカスティーリャ王国へ移り、カスティーリャ王アルフォンソ8世が1203年にサン・セバスティアンに特権を与えた。
元々オンダリビアの代官区はビダソア川からパサイアまで広がっていた。代官区内にはイルンやレンテリア、パサイアも含まれていたが、16世紀以降次々と分離された。
オンダリビアは、カスティーリャとナバーラ両国がどちらも征服を容易とする戦略的要所であった。また、ビダソア川の浅瀬に近接するために対フランスの戦略的要所でもあった。町は今も残る城壁で囲まれた要塞都市となり、歴史上幾度も包囲戦を経験した。
現在、オンダリビアは観光の町であり、サン・セバスティアン空港を域内に抱える。ゲタリアとともに、ギプスコア県内の重要な漁港も持つ。 -
国境は越えましたが、同じバスクエリアなので建物の雰囲気は似ています。
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海沿いにある港街です。
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この後、今回の最大の目的地サンセバスチャンへ向かいます。
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