2015/09/14 - 2015/09/14
2730位(同エリア6444件中)
say13さん
- say13さんTOP
- 旅行記72冊
- クチコミ5件
- Q&A回答7件
- 67,150アクセス
- フォロワー2人
6日目はウイーンの観光です。シェーンブルン宮殿、ベルベデーレ宮殿を見学後ケルントナー通り、ホーフブルグ宮殿などを散策します。夕食後はパルフィ宮殿でウイーン・ワルツ・コンサートの鑑賞と盛りだくさんです。
オーストリアの国土は日本の5分の1です。昨日滞在していたチェコ共和国と面積はほぼ同じで南側に位置しています。人口は845万人でチェコ共和国よりは200万人ほど少ない人口です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
2泊したアム・ザクセンガングは1973年にオープンしたホテルです。
ウイーン市内から東南へ19km離れています。周りには何にもありません。 -
朝食です。
-
雰囲気のあるバーラウンジです。
四つ星ホテルですが、いかんせん部屋の設備が古すぎ宿泊はお薦めできません。パッケージツアーなので致し方のない所です。 -
市街地へ向かう途中路面電車を見ました。路線は世界5位の延べ172Km あるそうです。
-
初めに訪れるのはシェーンブルン宮殿です。宮殿前の並木道にマロニエがあります。
-
北側にある宮殿の正面の門です。二本の塔がそびえています。
-
塔の先端にはハプスブルク家の紋章に使われている黄金の鷲があります。
-
入口に模型があり、正面入口広場と奥に宮殿が配してあります。広場の広さがわかります。
ちなみにシェーンブルンの由来は、ドイツ語でシェーンが美しい、ブルネンは泉の意味だそうです。 -
入口広場にある噴水です。
-
ルネッサンスの噴水です。左右にあります。
-
宮殿内には1441の部屋があり一部の部屋が一般公開されています。
撮影禁止のため画像はありません。
二階に上がり、舞踏会や晩餐会が開かれた大画廊の間、乗馬の練習風景の絵が掲げられたカルーセル(回転木馬)の間、両側に鏡があり幾重にも写る百万の間など9〜10の部屋をガイドさんの説明を聞きながら回りました。豪華絢爛の一言です。
オープンと同時位に入場したのでほとんど人がいなくスムーズに見学できました。
こういうところはパックツアーの強みで効率よく見学できますね。 -
宮殿の見学後、庭園側に回り込みます。
ハプスブルグ皇帝家の夏の離宮で、ハプスブルク家の人々は年間の大半を、ここで過ごしたようです。 -
きれいな庭園です。
-
庭園に面している側から見た宮殿です。二階のテラスに上る階段があります。
一つの建物なので見た目は一緒ですが、入口広場側の上部には時計があり、庭園側の上部には鷲と思える彫刻があります。 -
宮殿の二階テラスから見た庭園で、東西約1.2km、南北約1kmの規模です。
庭園の丘の上にグロリエッテが見えます。列柱回廊として造られ現在はカフェレストランになっているようです。
歩いていくには結構時間がかかるため諦めました。 -
左側に庭園内のオベリスクが見えます。
-
ネプチューンの噴水がかすかに見えます。
-
手入れの行き届いた庭園です。幾何学的に配置された大花壇庭園が広がっています。
-
正面入口の広場に戻ってきました。
庭園観光用のパノラマバーン列車です。庭園内を時速約10キロで走るジーゼル車は一周約50分で回るそうです。 -
観光用の馬車もあります。
-
宮殿の一部は賃貸住宅になっていて276部屋あり100?の広さで約5万円程度だそうです。
また2014年よりオーストリアのホテルグループが宮殿の一部を改装し、宿泊可能な施設としているそうです。
この後バスでベルベデーレ宮殿に向かいます。 -
ベルベデーレ宮殿にやってきました。宮殿の南に位置する正門から入ります。
上宮と下宮に分かれた2つの宮殿からなる広大な庭園をもったバロック様式の宮殿です。 -
南側から見えるヴェルヴェデーレ上宮です。迎賓用として1723年に建てられました。
-
大きな池の横を進みます。建物の入口はいま見えている上宮の向こう側になります。
-
上宮と下宮の間にあるフランス式バロック庭園です。スフィンクス像が置かれています。
-
上宮を背にしてバロック庭園を眺めると、ベルヴェデーレ宮殿の下宮が見えます。下宮はプリンツ・オイゲン公の居室として使われていました。
また左手に見える尖塔はシュテファン大聖堂の塔で北西方向に直線距離にして約2km程です。 -
入り口となっている彫刻の飾ってあるサラテレーナ・ホールから昇る階段。
-
彫刻が置かれています。
-
大階段ホールです。窓越しに池と宮殿に入ってきた南門が見えます。
-
この階段を上ると美術館の入り口になります。館内は撮影禁止です。
グスタフ・クリムト(1862〜1918年)はウイーン郊外で生まれました。彼の代表作品、接吻の鑑賞です。 -
絵画の鑑賞後、2階にある大理石の間に移動です。
天井にフレスコ画があります。 -
この大理石の間はオーストリアにとって重要な出来事があった場所で、1955年5月15日に国家条約がこのホールで調印されました。
650年間ハプスブルク家が君臨していたオーストリアは、第一次世界大戦の敗戦と革命さらにナチス・ドイツとの併合、ドイツ敗戦後の1945年からアメリカ、イギリス、フランス、ソ連の連合軍によって分割占領されていました。
1955年5月15日に独立回復と永世中立国化により現在の体制となりました。
なお訪れた2015年は国家条約が結ばれた60周年にあたる年です。
日本は今年、戦後70年にあたるので日本に比べ10年も後の出来事です。 -
大理石の間の中央のフロアにプレートがあります。
内容は、オーストリアの設立と独立の自由に対する国家条約は1955年5月15日にこのホールで調印。オーストリアのユナイテッドケーニッヒ 、アメリカ合衆国、グレートブリテンおよび北アイルランド、フランスおよびソビエト社会主義共和国連邦の外相が署名。というようなことが書かれています。 -
プレートを囲むようにオブジェがあります。何を表しているのか不明です。
-
大理石の間からバロック庭園とベルヴェデーレ宮殿の下宮が見えます。
-
接吻の模写がホールに飾ってあります。
180×180の正方形キャンバスに描かれた作品で、当時タブーとされていた男女の性愛を描き続けその頂点に位置すると言われています。クリムト46歳の時に発表しています。 -
ベルベデーレ上宮を出て南側の門に戻る途中に作曲家アントン・ブルックナーが晩年を過ごした邸宅があります。
-
ANTON BRUCKNERの肖像とプレートです。 オルガン奏者であり交響曲の作曲と宗教音楽の大家として知られているようです。
-
ベルベデーレ宮殿を後にして市街地に向かいます。
ウイーン国立歌劇場が見えてきました。 -
ウイーン国立歌劇場はイタリア・ミラノのスカラ座、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場とともに世界三大歌劇場と呼ばれています。
-
収容人員は2280人です。9月から翌年6月までがオペラシーズンで観客数は約60万人ともいわれています。
ロッシーニの演目の看板です。スポンサーにトヨタのレクサスの名前もあります。 -
歌劇場の横を通リ、ケルントナー通リへ向かいます。
-
交差点を超えるとホテル・ザッハーがあります。
-
購入したザッハートルテです。150gと小さめでしっかりした木製のパッケージに入っています。1個13.5ユーロです。日持ちは11日あるので日本に持って帰ります。
-
通リを進むとスワロフスキーの本店があります。
ご存知のようにスワロフスキーは、1895年にオーストリアのチロル州で創業したクリスタル・ガラス製造会社です。 -
スワロフスキー本店の横を西に入るとノイアー・マルクトと呼ばれている広場にでます。
ドンナーの噴水やホテルヨーロッパがあります。
19世紀までこの広場では、小麦粉や穀物が売られていたので、メール・マルクトなどとも呼ばれていましたがその面影はありません。 -
お昼は娘から聞いていたカフェ・オーバーラーに来ました。ノイアー・マルクト広場の北端にあります。
-
一階にはケーキが並んでいてカフェのイメージです。
二階に上がりました。これは食事のメニューです。
ランチは2種類あります。 -
スープとビールです。
-
七面鳥のブリーチーズとクランベリーのはさみ揚げを選びました。
-
コーヒーはカフェアメリカーナを頼みましたが濃い目の味です。一口サイズのケーキが付いてきました。
ランチは11.9ユーロです。ビールとコーヒーを入れ、二人で34.5ユーロです。135円換算で4660円です。
ゆっくり楽しめました。 -
オーバーラーから少し歩き王宮の正面入り口のミヒャエル門に到着です。ここから王宮に入ります。
-
中に入ると右手がお目当てのシシイ博物館の入り口になります。
フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベートの結婚150周年記念日にあたる2004年4月24日にこのシシィ博物館がオープンしました。中は撮影禁止です。
展示はシシィの少女時代から1898年に暗殺されるまでの波乱に富む生涯で、なかなか見ごたえのある展示です。さらにアレクサンドル皇帝の居室と続きダイニングルームが見学コースの最後になります。
余談ですが、シシイ博物館と銀器博物館の入口は同じ場所に別々にあります。入るときに確認したのですが銀器博物館に入ってしまい、館内にいた掃除のおばさんに聞いたところさっき入った入口に案内されてもう一つの入り口から無事入場できました。時間があればゆっくり見学したいのですが・・・。 -
左手はスペイン乗馬学校の入り口です。時間がないのでパスです。
-
シシィ博物館の見学を終え中庭に出ます。フランツ二世像が立っています。
最後の神聖ローマ帝国皇帝(二世)で最初のオーストリア皇帝(一世)だった人物です。 -
同じ広場にスイス門が見えます。16世紀半ばのルネッサンス様式で、スイス宮に組み込まれています。
この後ミヒャエル門に戻ります。 -
ミヒャエル広場に観光用の馬車がいます。
-
ミヒャエル広場の東側にはかつて王宮の人々がミサに参列していたミヒャエル教会がみえます。1221年に建立され、たびたびの焼失と改築のためロマネスク・ゴシック・バロック様式が混在する教会です。尖塔は1590年に改造されたものです。
-
ホーフブルグ宮殿は巨大な複合建築物で1918年までハプスブルグ家歴代の居城でした。部屋数は2500以上あります。
現在はオーストリア連邦大統領公邸、礼拝堂や博物館になっています。 -
コールマークト通りです。バーベンベルク家がウィーンを統治していた時代に石炭(コール)の取引が行われていたことが名前の由来だそうです。その後ハプスブルク家が王宮を築いてからこの通りには王室御用達の店が並び、賑やかな通りとして発展したそうです。
-
1786年創業の菓子店デーメルのお店です。
-
コールマークト通りに面しているショーウインドウの飾りです。
-
店内から見るとこんな感じです。
-
店内の様子です。
ザッハトルテの商標権を巡ってホテル・ザッハーと法廷で7年間争ったことでも知られています。1962年双方がザッハトルテを売り出すことで決着が付きました。 -
コールマークト通りの左右に面している有名ブランドショップが並んでいます。後ろを振り返るとミヒャエル門が見えます。
-
コールマークト通りを右に曲がるとグラーベン通りに出ます。
馬と兵隊のオブジェです。 -
ヨーゼフの泉の像に男の子が見えます。聖ヨーゼフの家系図を掲げているのだそうです。
また写真中央の台座の右手奥当たりに赤い文字で書かれたWCのマークが小さく見えます。これは1905年に造られた地下トイレの入口を示すものです。 -
ペーター教会です。諸説あるそうですがウイーンで1番または2番目に古い教会だそうです。
-
グラーベン通りの中央に立つ三位一体像です。グラーベンは堀を意味しウィーンの外堀だったことを表しているそうです。
-
シュテファン大聖堂が見えてきました。4つの塔を持つウイーン最大の教会です。
1147年にロマネスク様式の教会として建てられ14世紀にゴシック様式の教会に改築されました。
地下にはハプスブルク家の内臓を納めたカタコンベと呼ばれる墓所があります。 -
最も高いのは136mの南塔です。
-
大聖堂内に入ります。奥に主祭壇があります。
-
大きな柱で支えています。高さ107m幅34mありともかく大きいのに驚きです。
-
主祭壇の左側にキリストとマリアの生涯を描いた中世彫刻ノイシュタット祭壇があります。
-
大聖堂を出ます。シュテファン広場に教会の模型があり、これは西側の入り口方向から見た写真です。
-
手前のドーム型の塔は北塔です。結構大きな模型です。
-
大聖堂の裏側に歯痛のキリスト像と言われる像と壁画を偶然見つけました。
調べると名前の由来はキリストの表情が歯痛で苦しんでいるように見えるからとか、幾つかの説があるようです。
また、キリスト像は大聖堂の内部に移されていてこれはレプリカのようです。 -
大聖堂の裏手に回ったのはハース&ハースという紅茶専門店で紅茶を求めるためです。
歯痛のキリスト像の正面にお店があります。 -
再びケルントナー通に出ます。
-
ケルントナー通りのスワロフスキー本店の角を西に入るとカプツィーナ教会があります。
1632年に建てられたカプツィン派修道院の教会でハプスブルグ家代々の墓所です。 -
地下の納骨堂には12人の歴代皇帝を含むハプスブルグ家一族の145人が眠っています。家系図があります。
蛇足ですが入場は1ユーロのシニア割引がありました。 -
皇帝ヨーゼフ1世(1678-1711)の棺です。手前の小さめの棺はヨーゼフ1世の息子レオポルト・ヨーゼフ(1700-1701)の棺で1歳で亡くなっています。
-
手前は神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の柩で奥はマリアテレジアの柩です。
-
奥にあるこの大きな柩にはマリア・テレジアと夫君フランツ・シュテファンの二人の遺骸が納められています。
-
神聖ローマ皇帝フランツ2世(1768-1835)の棺です。
-
フランツ2世の息子のフェルディナント1世(1793-1875) の棺です。
-
メキシコの皇帝マクシミリアン(1832-1867)の棺です。
-
中央がフランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916)の柩。左はフランツ・ヨーゼフの妃シシィことエリーザベト(1837-1898)の柩。そして右は30歳で謎の死を遂げた息子ルドルフの棺です。
-
シシイは16歳で結婚し身長172cm、ウエスト50?、体重は50Kgという驚きの体形の持ち主だったようです。
1898年にジュネーブでイタリアの無政府主義者によって暗殺されてしまいます。享年60歳です。 -
ツィタ(1892-1989)オーストリアの最後の皇后の棺です。
-
夕食はケルントナー通りから少し東に入った所にあるミュラーバイスルです。地元でも人気のお店のようです。
-
まずはビールです。
-
ターフェルシュピッツはウイーン風ボイルドビーフで伝統的な郷土料理です。付合わせは一緒に煮込んだ野菜とソースが添えられています。
-
夕食後レストランから少し歩き、ホーフブルグ宮殿の向かいのパルフィ宮殿でウイーン・ワルツ・コンサートの鑑賞です。
-
パルフィ宮殿は1357年に建設されたようです。また1762年10月16日に当時6歳だったモーツアルトがこのフィガロ・ホールでコンサートを行っていることでも知られています。
100人ほどは入れる客席の様子です。 -
演奏者はバロック時代の衣裳をまとっています。ピアノ四重奏です。
-
10曲を超すコンサートで途中の休憩時間にシャンパンが振舞われます。
-
休憩後はタキシード姿です。バイオリン、ビオラ、チェロ、ピアノの演奏です。
-
バレーも披露します。
-
ソプラノ歌手も登場します。
-
休憩を挟み2時間のウイーン・ワルツ・コンサートです。
21時30分を回っています。
この後郊外のホテルに戻ります。
明日はソロバキアのブラチスラバの観光後ハンガリーのブダペストへ移動します。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ウィーン(オーストリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ウィーン(オーストリア) の人気ホテル
オーストリアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
オーストリア最安
478円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
101