2015/09/28 - 2015/09/28
249位(同エリア1502件中)
せーやんさん
この日は、天気も良く最高のバイクツーリングです。
朝、9時に職場の同僚と待ち合わせしていざ出発!
まずは
宇治市にある平等院へ
初めてみる平等院
天気も良く、修学旅行シーズンとも重なってたくさんの観光客が
訪れていました。
次に向かったのが伏見桃山城
といっても現在の城は模擬城 本物ではありません。残念!
桃山城をザーッと見学して、次に向かったのは朱色の「千本鳥居」で
有名な 伏見稲荷
ここは流石に有名ですね
たくさんの観光客が訪れていました。
特に外人さんが多かったです。
ここではツーリングの安全祈願
段々と岐路につかなければならない時間が近づいてきました。
帰路途中、割と早く帰ってこれたので少しだけ法隆寺に寄ってみました。
ここも何年ぶりでしょうか
変わりなく時が過ぎていました。
このあと帰路につき無事に帰宅
お疲れさまでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- バイク
-
さー!このマイバイクに乗ってツーリングに出発!
-
平等院に到着です。
南門からの入場です。
ちなみに拝観料は大人600円でした。 -
養林庵書院(指定文化財)は桃山城の遺構と伝えられ、その障壁画は宇治市指定文化財で、床の間には雪景山水図、襖には籬(まがき)に梅図、天袋には花卉(かき)図が描かれています。作者はその作風から狩野山雪とみられています。
ちなみに非公開です。 -
平等院の屋根の部分が見えてきました。
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この鳳凰皆さんご存知でしたか?
1万円札に印刷されている事を!
と言われてそう言えば!と思われた方がほとんどだと思います。 -
鳳凰堂の裏側になります。
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回り込んできましたよ
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来ました!来ました!
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鳳凰堂の東側になります。
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もうすぐで正面ですよ
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そろそろ正面に到着です。
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正面に到着です
この日は天気も良く
修学旅行も重なってたくさんの観光客が訪れていました。 -
平安時代を代表する仏師、定朝の作であることが
確実な現存唯一の仏像、「本尊阿弥陀如来座像」です。 -
アップにしてみました。
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もう少しアップにしてみましょう(^-^)
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屋根が鳳凰が羽を広げた形に似ていると言うことで
鳳凰堂となずけられてたと言うことです。(これ高校生に説明されていたガイドさんが言われていました) -
鳳凰がそびえ立っています。
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正面写真も撮ったことだし
さー移動しましょう! -
鳳凰堂の西側にやってきました。
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こちらが平等院の正門です。
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正門でもたくさんの観光客が拝観を求めて
並んでいました。 -
正門から出て平等院表参道をぶらりと散策とします。
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こちらは平等院表参道反対方向から撮った写真です。
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お昼時になってきたので、ネットで下調べをしていた
「地鶏家 こころ」でお昼をすることにしました。
すでに20人近くの人が並んでいました。 -
お店の全景です。
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待ち時間もなくすんなり入ることができ
決めていた「こころランチ」をオーダーしました。
ランチメニューは割と豊富ですね -
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来ました!来ました!
美味しそう!(^-^)
美味しかったのですが
欲を言えばライスの量が足らなかったかな(#^.^#)
一度行ってみてください。 -
お腹も一杯になったので再び散策です
宇治川にやってきました。 -
宇治橋です。
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参道をぶらぶらしているとソフトクリームが!
早速、抹茶のソフトクリームを購入
濃厚な抹茶の味で美味しかったです(*^^)v -
同僚は抹茶パフェ
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宇治川に架かってる「たちばなばし」
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「たちばなばし」から見た宇治川
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鵜舟です。
宇治川の鵜飼は、平安時代にはすでに行われていたと言われています。天禄2年(971)奈良の長谷寺に参詣した藤原の道綱の母は、その往復に宇治を過ぎて、川岸から鵜飼を見物しています。彼女が残した「蜻蛉日記では」、川幅一杯に数え切れぬほどの鵜舟が出て、それぞれにかがり火を焚き舟べりをたたいて、夜通し鮎を捕りつづけている様子が、興味深く書き留められています
平安時代の後期になると仏教の教えの影響をうけて次第に宇治川での殺生が戒められるようになりました。西大寺の僧 叡尊は、宇治川における殺生の全面的禁断を命じる太政官符により、浮島のあたりに漁具・漁舟を埋め、日本最大の十三重石塔を建立し魚霊を供養し、宇治橋の再興を行いました。そして平安貴族の衰微とともに、宇治川の鵜飼も衰退していきました。
現在では、宇治川の花火大会で鵜飼が行われています。 -
散策をしていると鵜を発見!
2014年6月に生まれたそうです。 -
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仲良く並んでいる鵜
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伏見城の門(模擬門)
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伏見城(模擬城)
以前この近くには近鉄が運営していた遊園地もあり
洛中洛外図を参考に設計、建築されたのがこの城だそうです。
遊園地は2003年に閉園されたそうですが、
伏見城は地元の要望もあり残されたそうです。
現在は、手入れもされず、草が生い茂っていました。 -
勿体無い遺産ですね
現在は2012年に耐震強度が基準に満たしていない可能性があり
危険なため、場内には立ち入りはできないようです。 -
勿体ない!
勿体ない! -
伏見稲荷にやってきました。
因みにこの稲荷神社、全国で何社あるかご存知でしょうか?
約3万社あるそうです。
その中でこの伏見稲荷神社は総本宮だそうです。 -
伏見稲荷神社
二の鳥居 -
大きくて立派な鳥居ですね
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桜門
この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました
秀吉の母大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。
しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。神社の楼門の規模としては最も大きいものに属します。 -
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ここで口と手を清めて
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京都市伏見区に建つ伏見稲荷大社の境内には、キツネがたくさんいます。
キツネと言っても、生きているキツネではなく狛狐なのですが、とにかく境内のいたるところにいます。
狛狐は正式には眷属(けんぞく)や白狐(びゃっこ)と言うそうです。
伏見稲荷大社のキツネを見たことがある人は気づいていると思いますが、口に何かをくわえていますよね。
それも同じものではなく、様々なものをくわえています。
狛狐がくわえているものは、稲穂、巻物、鍵、玉の4種類です。
このキツネは鍵をくわえていますが、
楼門前に飾られた2匹は大きく力強く、玉は稲荷大神の霊徳の象徴であり、鍵はそ
の霊を身につけようとする願望の象徴だそうです。 -
外拝殿
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内拝殿
皆さんここでいろんな祈願をされていましたが
どんな祈願をされているのでしょうか?
この後ろに本殿があり、国の重要文化財になっています。 -
さー!「千本鳥居」に向かいましょう!
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この階段を上れば!
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「千本鳥居」に到着です
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まずは大きな鳥居から
因みにこの大きな鳥居いくら位すると思います?
初穂料と言って5号から10号までの大きさの段階があって
5号で17,500円 大きな10号で1,302,000円からとなっています。 -
さ!千本鳥居を通ってみましょう
と言ってもこの混みよう -
少し空いたところで
1枚! -
奥社奉拝所
本殿の東方、千本鳥居をぬけたところ通称“命婦谷”にあり、一般には「奥の院」の名で知られています。この奥社奉拝所はお山を遥拝するところで、稲荷山三ケ峰はちょうどこの社殿の背後に位置しています -
ここからまだ先、奥はあったのですが
先を急ぐので断念しました。 -
「千本鳥居」と称されていますが
稲荷山全体で5千本、1万本とも言われています。 -
これらの鳥居はすべては信者たちによって奉献されたものであります。
しかし、明治の初年までは、黒木鳥居(木皮をつけたままの材でつくられた鳥居)が六本立っていただけだとい言います。
今ではちょっと信じられない話でありますが。
神社は、鳥居の奉献を、大神に対する信心の証ととらえています。
参道をあかあかと染める鳥居は、生命・大地・生産を象徴しているようで、参詣者のこころを活力あふれるものにしてくれています。 -
帰りに法隆寺に寄ってみました。
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南大門
法隆寺の玄関にあたる総門です。創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。 -
こうしてみると広い敷地ですね。
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中門
西院伽藍の本来の入口となる中門の深く覆いかぶさった軒、その下の組物や勾欄、それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建築の粋を集めたものです。 -
両側にいる金剛力士像(奈良時代)は、日本に残っている最古のものだそうです。
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猫ものんびりしていますね
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三経院
三経院は、聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の三つの経典を注釈されたこと(三経義疏)にちなんで、西室の南端部を改造して建てられました。
現在も毎年、夏安居の3ヶ月間(5月16日〜8月15日)、法華経・維摩経・勝鬘経の講義を行っているそうです。 -
鬼瓦がこちらを睨んでいます
ごめんなさい! -
この五重塔は、釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、
仏教寺院において最も重要な建物とされています。
高さは約31.5メートル(基壇上より)で、わが国最古の五重塔として知られています。
もっと近くで拝観したかったのですが、
ここも時間がなく断念
因みに拝観料は大人1500円でした。 -
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聖霊院
鎌倉時代に聖徳太子信仰の高揚にともなって、
聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、
東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。 -
この日はお月見ではありませんが
スーパームーンが見れるということで
写真を 1枚! -
大きくて綺麗に見えました
今日もお疲れさまでした。
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