2015/09/16 - 2015/09/24
7位(同エリア3076件中)
わきさん
9月16日午前KLMにてアムステルダムに直行し、
9月19日午後KLMにてヘルシンキ入り、途中エストニア・タリンへ、
バルト海クルーズにて渡り、9月23日AF便にてシャルル・ド・ゴール経由で
9月24日成田に帰国するという旅です。
最初に訪れたアムス(アムステルダム)は、あたかも扇子を上から下に開いたような扇形
その基点は無論中央セントラル駅で、全ての道は、中央セントラル駅につながっている。
街は、扇型の基点から外側に、シンゲル・ヘーレン運河・カイゼル運河・プリンセン運河・そしてシンゲル運河。
この五大運河の中に北のベニス、アムスはあった。
人口81万人、政治の中心がデン・ハーグならば、ここアムスは経済と観光の中心地であるか。
大小165もの運河と1300余りにもなる橋、13世紀のその昔、
アムステル川の河口付近に堤防ダムを築いた人々がいつしか定住するようになったことから
文字通り「アムステルダム」と命名されたようだ。
16世紀、対スペイン(イスパニヤ)独立戦争は、1568年から始まるが、1572年ナールデン大虐殺が起こり、
ついには1574年オラニエ公ウィレム(オレンジ公ウイリアム)を旗頭に、ライデンにて対スペイン戦を勝利する。
このことこそ、実は地球上初めての近代市民社会の生誕ではなかっただろうか?
(市民社会誕生は、英国1688・米国1776・仏国1789で、オランダよりも100年から200年も遅れていると考える)
但し、アムスには、死の商人とでも当時言えそうな「ベイラントの自由」で後に有名を馳せるベイラントのような
人物も現れはしたが・・・。
この1574年の10月、ライデンでは、その後オランダ最古の大学
ライデン大学が誕生。
日本幕末期、ライデンに留学した西周・津田真道、
そして、日本に影響を与えたシーボルトも、このライデンに
住み、日本研究の拠点とした。
今やアムスは、運河とトラム(路面電車)と自転車の街か、過ぎ行く市民は真っ直ぐに前を向いて
素早く手早く・合理的に物事を処理しているようにも見えた。
基本的に、‘チップ‘とかいう欧米型悪弊にも根付いていないところも{自律的}だと当方には思えた。
特に、チップはサービス産業につきものらしいが、これは取りも直さず自国の労働法制や賃金法体系に何らかの欠陥があることをその国が内外に示していることにほかならないと思える。それを「文化」だとか言って糊塗することは如何なものか。
オランダは、いかにも市民の国らしく結婚式は教会ではなく、
市役所で挙げるのが普通である。立会人はいきおい市長となる。
これは、オランダ市民法に明記されていることでもある。
自転車の行き交う道路を見ても、謂わば背伸びすることもなく自然体で何事も忙しく等身大で歩いて来た国だという
印象をあとづけた。
便宜上、前半はアムスだけの旅行記街歩きである。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルより、徒歩4分位のコンサルトへボウ(コンサートホール)
中々有名なホールだとか。
ここの先を、左に曲がると、右手にアムス大手の
スーパーマーケット「アルバート・ハイン」そして、
ここを右に見ながら更に右折すると「ゴッホ美術館」
そして、真っ直ぐに歩くと「国立ミュージアム」がありました。
スーパーマーケット「アルバート・ハイン」
使えるカードは、マスターカードのみ、JCBはダメにしても、
VISAが無理だとは信じられない。
このスーパー、日本の寿司を販売。なかなか地元民に好評みたいだ。
買って食べてみたが、日本と遜色なかった。 -
向こうに見えるのが、国立ミュージアムです。
-
上の写真の同一位置より、
左を見て1枚。
こんな風景。 -
これは、ゴッホ美術館の対面道路、
こんなふうになっていた。 -
ゴッホ美術館外観を横側より、明日か2日後来ること。
-
上のゴッホ美術館から少し2・3分歩くと、
何やらこの建物。国立美術館(ミュージアム)だった。
こと時の時間、現地時間で19時30分前後だったと記憶。 -
上記を少し拡大。
-
もっと拡大して。
-
下の入口部分を、この左に並んでチケット等購入するらしいが、
正規で並ぶと途方もない人数が並ぶ。
そこで、調査すると、誰も並んでいない↓の写真の右手に
ミュージアムショップあって、そこでチケット売っていることが
判明。抜け道は色々とあるらしいので、
明日は、ミュージアムショップで入場券購入することに決めた。 -
向こう側に、ホームレスワールドカップの会場が
あった。サッカーやるらしい。 -
雨が降ったり止んだりの天候だった。
-
アムス中心街地図、
大体の位置はすべてこれで分かるし、
別のトラムの路線図もあって、それですべてはOK. -
翌朝、雨だった。それも寒気も交えてダウンコート持参で正解だった。
ホテルよりトラムにて中央駅まで。
アムスセントラルステーション(アムス中央駅)
全ては、この駅を中心にして、回るというのがアムスの市街形成である。
自動販売機(中央駅向かいのインフォメンションセンター横に売り場あり)
にて、VISA利用で、48時間券を購入。
縦横無尽にトラムに乗るときに、必ず乗り降り時に、日本でいうスイカの
ようにセンサーにタッチする。 -
トラム内部、
-
トラムからの眺め
-
トラムからの眺め同じく。
-
アムス中央駅に到着。
何やら東京駅外観とも似ている。
一説には、この駅を東京駅がモデルしたともいわれるが・・・。
そういえば、東京駅八重洲は、元々、
オランダ人ヤン・ヨーステンの名が訛って「やえす」と言われるのも
何かの縁か。 -
少し駅を大きく。
-
ちょっと、違う角度から。
-
運河クルーズのチケット。
早速乗って見ることとした。 -
ここが、上チケットの乗り場。
運河クルーズは、いたるところでやっているので、
歩けばいくらでも見つけられる。
値段は、10ユーロ位から。 -
クルーズ船。
-
同じくクルーズ船。
-
これに乗る。
-
船内はこういうふうだった。
-
出発である。
-
この日雨模様だった。
画像がはっきりしないことを
お断りしておきます。
ごめんなさい。 -
海面と陸地の差は、1mもないかも。
-
船住居、これが至るところにある。
なにゆえか、最初は不思議の感がしたが、
陸地と海面の差殆どなく、陸地の続きと見れば
いいので、納得。 -
船住居です。
-
こういう橋がいたるところで、運河を縦横無尽に架けられていた。
-
七つ橋
運河クルーズ1動画
https://www.youtube.com/watch?v=bx5vE6OfhNc -
運河の様子
-
同上
-
これも、船住居である。
-
別のクルーズ船と行き交う
-
このような形の船住居も
-
ずっとこんな感じが続く。
-
同上
-
運河に白鳥が。
-
両側に船住居
-
自転車置き場を1枚
-
両側に船の住居
もう一度、夜後日
クルーズ利用したが、
その時は、明かりもついていた。 -
自転車の山
-
クルーズ、とりあえず終了。
-
国立美術館ミュージアムチケット。
17、5ユーロだった。今現在かなり円安に振れているので、
かなりな額。円換算すると、2500円強かな?
これを購入したのは、ゴッホ美術館と国立美術館の
合間にあるミュージアムショップ。
殆ど並ばずに買えた。
ツーリストは行き過ぎてしまうらしい。
一日後、ゴッホ美術館のチケットもここで購入。
勿論クレジットカードも使える。
(JCBカードは除外されている。VISA/AMEXならOK) -
日本語で書かれた館内の詳細案内図。
別館は閉鎖中だった。
本館3階まで。内部は極めて広い。
全部見たら、一日では無理かも。 -
まずは、クロークに荷物預けて身軽になった。
-
この船が飛び込んで来た。
オランダらしい。 -
レンブラント「夜警」
彼は、1606年生まれ1669年、63歳で死亡。
苗字は、レイン。
ドイツ風に言うと、ラインなので、
これを日本流に言えば、彼は「ライン川」さん、である。
ライデン市の富裕な粉やの倅で、彼の家は、風車を1基所有していた。
この風車がライン川に面していたので、苗字がレイン川となったようである。
14歳でライデン大学入学、19歳で独立、25歳でアムスに移り住む。
アムスの今、レンブラント広場の近くに家が残っている。
その家でこの大作は生まれた。
余談だが、レンブラントといえば、稀代の浪費家である。
50代には自らの浪費と、チューリップバブルがはじけたこともあって、
財産全てを失う、そして54歳時には、破産してしまうのである。
17世紀のオランダは、良くも悪くもレンブラントの時代だといっても
過言ではない。彼は当時のオランダを象徴していた。 -
横4、37m縦3、63mの大作である。
実は、40年ほど前はもっと大きかった。
チャールズ・ファウクス著「レンブラントの生涯」によると、
18人の市民が集団自画像の制作を彼に依頼したそうである。
平均100ギルダーを支払ったそうである。
正確には、当時火縄銃組合というものがあり、そこが集団自画像を描くように注文。市民の自警団集団集合絵画となった。
(現在1ユーロ=2、2ギルダー位である)
17世紀の100ギルダーはかなりな高額と見て間違いない。
後ろ側に小さくしか描けなった人たちから文句も出たそうである。 -
違うように撮影してみた。
真ん中は、自警団隊長のバニング・コック(黒い服)
その右は副隊長ロッテン・ブルフ
この二人には、強烈な光が当たっているように見える。 -
うまくなかなかとれない。
問題なのは、市民自警団隊長コックの
左後ろにいる女性。
これを、よくよく観察してみたら
背中に何やら鳥らしいものを背負っていたことだった。 -
何枚も試す
-
これも、ダメかな。
-
拡大して見る。
この隊長の左後ろの女性
鳥を背負っている。
なにゆえか。
実は、鳥の爪がどういうわけか絵画の注文主の火縄銃組合の
象徴だったらしいのだ。
それにしても、何故女まで描かれたかが不思議でならない。
レンブラント先妻のサスキアではないかと考えたい。
蓋し顔がやはりサスキアに似ているからである。 -
更に、拡大してみよう。
この、女性少女らしくも見えるが、
そうでないようにも見える。
問題のこの女性の背中、じっと見ているとやはり鳥を背負っているので
ある。
どうやら、夜警が、完成したあとに、
後日描き加えられたのではないかと、疑問が湧くのである。 -
更に奇々怪々だったことが、夜警の絵にあった。
自警団隊長の左後ろの男とその左の男の間に、
何やら目だけが写っているちょっと薄気味悪いような
「目だけの男」の存在である。
なんだろうか、と最初は気にも止めなかったが、
よくよく見て凝視してみると、やはり目だけの
男だった。 -
右側の人までわかるように。
-
拡大して撮影。
自警団隊長のバニング・コック(黒い服)
その右は副隊長ロッテン・ブルフである。 -
17世紀名画
-
17世紀
名画
これも、市民たちの集団集合絵画 -
レンブラント
ユダヤの花嫁である。 -
その説明書き
-
拡大して
-
拡大して撮影
-
ユダヤの花嫁
拡大部分 -
もう一枚
-
17世紀
名画 -
国立美術館夜警の間の撮影
奥が「夜警」 -
晩年のレンブラント自画像
-
若き日のレンブラント自画像
-
若き日のレンブラント
友人ヤン・リーフェンスが描いた若きレンブラント -
17世紀
作品 -
フェルメールの「小路」
-
これもフェルメール作品
-
フェルメール
牛乳を注ぐ女 -
正面から。
-
拡大部分
-
違う部分を拡大
-
17世紀
作品 -
17世紀
絵画傑作 -
同上
-
上3作品の作者だと思われる。
-
ウィレム・オラニエ公(オレンジ公・ウイリアム)
対スペイン独立戦争の立役者の一人だが、
ウィレム・オラニエ公?だったような。 -
ウイレム・オラニエ公肖像画絵画
-
17世紀
名画 -
オランダが生んだ最高の世界の秀才で名高いグロティウスの
本箱である。 -
グロティウスその人
海洋自由か海洋分割かの法的論争、
イギリスセルデンとの論争は、有名である。 -
アーフェルカンプ
-
ゴッホの自画像
-
これもゴッホ作品
-
ゴッホ美術館チケット。
17ユーロだった。9月1日より値上げしたばかり。 -
ゴッホ美術館の日本語版、
館内案内
この美術館は撮影は全て禁止だった。
ゴッホ。
生前、殆ど周りの人間から理解されず、実母からさえ、疎まれて
画家を志したのは、27歳になってからだった。
37歳には、この世の人でなくなる。
「ゴッホの悲しみ」
この言葉に収斂するような人生ではなかったか。
倫理という、オーバーコートを何重にもぐるぐるに巻きつけて、
自虐的に痛めつけて人生を歩いているような姿がそこにはあるようで、
ちょっと怖いような気もした。
救いは、唯一の理解者とも言える弟テオとその配偶者ヨハンナの
存在ではなかったか?
特にヨハンナが、膨大なテオとゴッホやり取り書簡を保存していたからこそ
後世の我々は、この天才画家の生前からの生き様を知ることができるのである。 -
トラムに乗っていたら、
何やら市場だったので、素早く降りて一枚。
両側の並列建物の調和に惹かれて。 -
天井の釣り部分。
引越しの際役立つ。 -
また中央駅
-
今度は、アムス一番の「ダム広場」光景。
-
マへレのハネ橋夜景1
-
同上、少し違うように撮影
-
トラム内部、
乗り降りの際、このピンク部分に
カードをタッチする。 -
翌朝、アムス中央駅表面から中央駅裏側(東京駅で言えば、丸の内口から八重洲口に行くようなもの)に地下通路を利用して、行く。
本日は、風車で有名になったザーンセ・スカンスというところへ行くためである。
バスG乗り場を中央駅案内図で確かめる。
ザーンセスカンス行きは、G391番ということが判明。
中央駅反対側裏側は、2階が全てバス乗り場になっていた。
8時37分発に間に合った。
運転手から、往復チケット購入した。 -
こんな感じのバスに乗る
-
アムスから、40分ほどで、ザーンセスカンス到着。
ザーンセスカンス風車風景
動画
https://www.youtube.com/watch?v=SUQ1YrWgsns -
風車を背景に
-
オランダの風車1
-
違う角度からの風車
-
違う風車を撮影。
-
拡大版である
-
風車の連続
-
その拡大
-
裏側より風車撮影
-
バスの運転手から購入した往復チケット
-
ザーンセスカンスから、アムスに戻り、
今度は船で対岸に渡る。
何度乗っても無料、たった3分30秒だけの船旅。
渡し舟と言ったほうが良さそう。
アムス北口渡し舟からの光景
動画
https://www.youtube.com/watch?v=RwhBI68Us-k -
渡し舟から撮影
-
同じく撮影
-
同上である
-
これも渡し舟からである。
-
同じく船から撮影。
-
ダム広場まで歩く
-
ダム広場周辺建物王宮かな?
-
ダム広場にて
アムス・ダム広場
動画
https://www.youtube.com/watch?v=kvcXJrM1BCc -
ダム広場から、カルファー通りへ歩く
-
ムント広場が見えてきた
-
ムントタワー
-
花市場、缶詰で売られている。
チューリップ
もともとこのワイングラスのような形の花は、
トルコ原産であった。
植物学が専門のフランス生まれの
カロルス・クルシウスという人間が球根を
ウイーン経由で、オランダに持ち込んだそうである。
クルシシウスはこれが縁で後々ライデン大学教授になった。
チューリップという言葉も、元は「ターバン」(頭に巻くやつ)という意味のトルコ語から来たという。
この花が以後300年間オランダに利益をもたらす球根産業が成立。
カネがカネを生むという、チューリップバブルを生んだ。
(360年後、どこかの極東の国で平成バブルを生んだ原型は
実はオランダチューリップ本位制だった) -
史上最高値は、センパー・アウグストゥスという品種の球根だった。
当時17世紀5000ギルダーという途方もない値段で取引された。
球根1個と家屋との交換さえあったという。
1636年チューリップバブルは頂点に達した。
1637年.4月大きくバブルがはじける。
1月から気配は有ったが、4月に5000ギルダーの球根は、50ギルダーの百分の1になってしまう。バブルがはじけたというより、
等身大に戻しただけだった。 -
花屋さんはこんなかんじだった。
これがズラッと並んでいた。 -
同じく違う花屋
-
疲れたか、夕暮れどきの運河一枚
多分午後8時すぎ -
またムントに戻る
-
同じくムント広場にて。
-
これを撮影した後、ダム広場へ向かい、
その向こうの運河クルーズ夜景編に乗った -
第2回目の運河クルーズ体験
-
同じく同上
-
クルーズの中から撮影、
-
ちょっとだけ綺麗だった
-
翌朝ホテル近辺散策した。
-
ホテルがある地域は、閑静な住宅街だった。
-
同上
-
閑静な住宅街を歩く
-
こちらもそうである
-
カヌーで遊んでいる学生たちがいた。
そういえば、ヨットという遊びのための船を
考案したのは、オランダ人だったことを思い出した。
このあと、ホテルへ帰り、チェックアウトし、
スキポール空港へ向かった。
これから、ヘルシンキへ行く。
以下後編へ。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (10)
-
- kwさん 2016/09/26 22:09:31
- レンブラント夜警
- >この隊長の左後ろの女性
鳥を背負っている。
>更に奇々怪々だったことが、夜警の絵にあった。
自警団隊長の左後ろの男とその左の男の間に、
何やら目だけが写っているちょっと薄気味悪いような
「目だけの男」の存在
レンブラントの夜警
これだけの秘密があるとは!
知りませんでした。
正に奇々怪々ですね。
晩年は、彼は破産しませんでしたか?
チューリップバブルの一番の高嶺の花は、
センパーアウグストゥスですか。
古代ローマの皇帝の名前みたい。
- わきさん からの返信 2016/09/27 08:13:00
- RE: レンブラント夜警
- おはようございます。
アムステルダム旅行記
詳細にお読みいただき
ありがとうございます。
レンブラントの夜警での
秘密
当方も現物を凝視しているうちに
気付かされました。
チュウリップバブル
センパーアウグストゥスの名は、
正におっしゃるとおり
古代ローマ初代皇帝の名から
取られたとのことです。
メッセージ極めて嬉しいものでした。
わき
> >この隊長の左後ろの女性
> 鳥を背負っている。
> >更に奇々怪々だったことが、夜警の絵にあった。
> 自警団隊長の左後ろの男とその左の男の間に、
> 何やら目だけが写っているちょっと薄気味悪いような
> 「目だけの男」の存在
>
> レンブラントの夜警
> これだけの秘密があるとは!
> 知りませんでした。
> 正に奇々怪々ですね。
> 晩年は、彼は破産しませんでしたか?
>
> チューリップバブルの一番の高嶺の花は、
> センパーアウグストゥスですか。
> 古代ローマの皇帝の名前みたい。
>
-
- horseriderさん 2016/02/03 11:54:37
- 一度は行きたい都市
- 英国ロンドンへのトランジットのため、一時、スキポール空港たちより、しかも、日本からの便が遅れて、乗り継ぎの便に駆け足で搭乗。
飛び立つ飛行機の小さな窓から、窓際の見知らぬ異国の人越しに、だんだん小さく成って行く、空港周辺の景色を垣間見ただけ、何時か改めて訪れたいと思いながら往復した。
何時か、訪れようと思いながら、諸般の事情は、一人で家を空けて出かけすることが難しくなり、早、加齢によって、さらに難しく、人様の旅行記を拝見して憂さを癒しています。
- わきさん からの返信 2016/02/04 09:27:35
- RE: 一度は行きたい都市
- おはようございます。
先ほど、ロンドン旅行記を
興味深く拝見致しました。
ホランドパークには、日本庭園
もあるんですね。生活排水だけ余計でした。
レンタカーで回られたというリーズ城
白亜の形美しいですね。
時々は、今後もお邪魔させて頂きます。
色々と諸種のご事情があるかと思いますが
アムスにも是非ご訪問ください。
わき
> 英国ロンドンへのトランジットのため、一時、スキポール空港たちより、しかも、日本からの便が遅れて、乗り継ぎの便に駆け足で搭乗。
> 飛び立つ飛行機の小さな窓から、窓際の見知らぬ異国の人越しに、だんだん小さく成って行く、空港周辺の景色を垣間見ただけ、何時か改めて訪れたいと思いながら往復した。
> 何時か、訪れようと思いながら、諸般の事情は、一人で家を空けて出かけすることが難しくなり、早、加齢によって、さらに難しく、人様の旅行記を拝見して憂さを癒しています。
-
- ノスタルジアさん 2015/11/26 10:13:13
- この時期
- 私もアムステルダムに行きましたが雨降りが続き、美術館巡りをしていました。何といってもレンブラントですね。特に「夜警」至近距離で見た感動は昨日事のようです。ゴッホは日本の浮世絵の技法のパクリだと思いました。
それではまた。いつもいつもいいねの投票有難うございます。
- わきさん からの返信 2015/11/26 13:07:53
- RE: この時期
- > 私もアムステルダムに行きましたが雨降りが続き、美術館巡りをしていました。何といってもレンブラントですね。特に「夜警」至近距離で見た感動は昨日事のようです。
こんにちは。
まだまだ70年代の旅行記拝見中途ですが、
実にチケット類領収書類その他保存されていますね。
記述がまた面白く、
色々と勉強させて頂いております。
レンブラント、
デンハーグのマウリッツの方にある
もう一つの26歳の時に描き
彼を有名ならしめた「トゥルップ(チューリップ)博士の解剖学講義」
を見る機会を逸したこと(時間的余裕なしのため)が、少々心残り
でした。
-
- うめはなさん 2015/11/02 12:31:07
- 初めまして
- 訪問&いいね、ありがとうございますm(__)m
レンブラント、フェルメール、ゴッホが生で見られるなんて贅沢ですね。まだヨーロッパに行ったことの無いわたしは整然とした歩道と、美術館で写真撮れるんだと、変なところに反応してしまいましたo(^o^)o レンブラントの絵の話とか、自分の知らないことを知るのは楽しいです。
うめはなでした。
- わきさん からの返信 2015/11/02 18:34:01
- RE: 初めまして
- うめはなさん
こちらこそ、
ありがとうございました。
来年早々にベトナムハノイを
計画しておりますので、
大変に参考になります。
また寄らせて頂きます。
わき
> 訪問&いいね、ありがとうございますm(__)m
> レンブラント、フェルメール、ゴッホが生で見られるなんて贅沢ですね。まだヨーロッパに行ったことの無いわたしは整然とした歩道と、美術館で写真撮れるんだと、変なところに反応してしまいましたo(^o^)o レンブラントの絵の話とか、自分の知らないことを知るのは楽しいです。
> うめはなでした。
-
- とらいもんさん 2015/10/30 12:09:51
- アムステルダム
- 投票有難うゴザイマス。
アムス〜は、18年前ころ、ツアーで訪れました。
拝見させて頂きました。あんまし多くって見切レませんでした。
ゴメンナサイ。
- わきさん からの返信 2015/10/30 22:10:50
- RE: アムステルダム
- とらいもんさん
トレッキング楽しそうですね。
大変面白く拝見させていただきました。
また寄らせて頂きます。
わき
> 投票有難うゴザイマス。
> アムス〜は、18年前ころ、ツアーで訪れました。
> 拝見させて頂きました。あんまし多くって見切レませんでした。
> ゴメンナサイ。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
アムステルダム(オランダ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
10
143