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2015年9月に中欧周遊に出かけました。<br />トルコ航空を利用しトルコ・イスタンブールのアタテュルク空港経由でドイツ・ベルリンのテーゲル国際空港に移動です。<br />旅程はベルリン・プラハ・ウイーン・ブダペストに2泊ずつの旅です。<br />その1はベルリン・ポツダムの観光です。 <br />初めに訪れるドイツ連邦共和国の国土面積は日本の94%で、2014年の人口は8千万人で首都のベルリンは434万人です。ちなみに2013年の日本の人口は1億2700万人で東京は1350万人です。

2015年中欧周遊 その1(ドイツ ベルリン・ポツダム編)

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2015/09/09 - 2015/09/10

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say13

say13さん

2015年9月に中欧周遊に出かけました。
トルコ航空を利用しトルコ・イスタンブールのアタテュルク空港経由でドイツ・ベルリンのテーゲル国際空港に移動です。
旅程はベルリン・プラハ・ウイーン・ブダペストに2泊ずつの旅です。
その1はベルリン・ポツダムの観光です。 
初めに訪れるドイツ連邦共和国の国土面積は日本の94%で、2014年の人口は8千万人で首都のベルリンは434万人です。ちなみに2013年の日本の人口は1億2700万人で東京は1350万人です。

同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス
航空会社
ターキッシュ エアラインズ
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
JTB
  • 成田発トルコ航空のイスタンブール行TK51便に乗り込み、ほぼ定刻の午前10時過ぎに飛び立ちました。アタテュルク空港で乗換てベルリンのテーゲル国際空港までの移動です。<br />早速ですがフランス産の赤ワインです。

    成田発トルコ航空のイスタンブール行TK51便に乗り込み、ほぼ定刻の午前10時過ぎに飛び立ちました。アタテュルク空港で乗換てベルリンのテーゲル国際空港までの移動です。
    早速ですがフランス産の赤ワインです。

  • アタテュルク空港までの所要時間は12時間40分です。一回目の食事がでました。鯖のフライ又は鶏もものグリルの選択がメニューに載っていましたが鯖のフライはなくなっていました。<br />機材はエアバス社のA330で座席は2−4−2の並びです。

    アタテュルク空港までの所要時間は12時間40分です。一回目の食事がでました。鯖のフライ又は鶏もものグリルの選択がメニューに載っていましたが鯖のフライはなくなっていました。
    機材はエアバス社のA330で座席は2−4−2の並びです。

  • 到着前に2回目の食事が出ました。焼肉と付け合わせ野菜とライスです。<br />ビールはトルコで一番人気のEFESで、さすがトルコ航空です。あっさり系の飲みやすいビールです。<br />途中でサンドイッチやおにぎりのリクエストができます。

    到着前に2回目の食事が出ました。焼肉と付け合わせ野菜とライスです。
    ビールはトルコで一番人気のEFESで、さすがトルコ航空です。あっさり系の飲みやすいビールです。
    途中でサンドイッチやおにぎりのリクエストができます。

  • 予定より30分ほど早めに到着です。2時間強の待ち時間で、19時発ベルリン・テーゲル空港行のTK1727便に乗継です。

    予定より30分ほど早めに到着です。2時間強の待ち時間で、19時発ベルリン・テーゲル空港行のTK1727便に乗継です。

  • バスで飛行機まで移動し、タラップを登り搭乗です。

    バスで飛行機まで移動し、タラップを登り搭乗です。

  • 約3時間の飛行です。メニューにはチキンとパスタの選択があります。

    約3時間の飛行です。メニューにはチキンとパスタの選択があります。

  • パスタを選びました。<br />機材はエアバス社のA321で座席は3−3の並びです。

    パスタを選びました。
    機材はエアバス社のA321で座席は3−3の並びです。

  • ほぼ定刻の午後9時前にベルリンのテーゲル国際空港に間もなく到着です。

    ほぼ定刻の午後9時前にベルリンのテーゲル国際空港に間もなく到着です。

  • 成田を朝10時に出発してから、飛行時間と乗換時間を合わせ18時間弱で到着です。時差の関係で現地時間の午後10時過ぎに、スーツケースをピックアップし入国審査を終え30キロ程離れたホテルに向かいます。

    成田を朝10時に出発してから、飛行時間と乗換時間を合わせ18時間弱で到着です。時差の関係で現地時間の午後10時過ぎに、スーツケースをピックアップし入国審査を終え30キロ程離れたホテルに向かいます。

  • 宿泊ホテルはベルリンの中心地から南東の方向にあるシェーネフェルト空港近くのレオナルド・エアポート・ブランデンブルグです。

    宿泊ホテルはベルリンの中心地から南東の方向にあるシェーネフェルト空港近くのレオナルド・エアポート・ブランデンブルグです。

  • 翌朝ホテルの部屋からの眺めです。高層のアパートが並んでいます。<br />日本との時差はサマータイムで7時間あります。ヨーロッパへ向かう時は夜中に到着しそのままベッドに入ってしまうので朝の目覚めはさほど苦痛ではありません。

    翌朝ホテルの部屋からの眺めです。高層のアパートが並んでいます。
    日本との時差はサマータイムで7時間あります。ヨーロッパへ向かう時は夜中に到着しそのままベッドに入ってしまうので朝の目覚めはさほど苦痛ではありません。

  • 朝の食事はブフェスタイルでごく普通です。

    朝の食事はブフェスタイルでごく普通です。

  • ホテルを9時に出発し午前中はベルリンの市街地観光です。<br />ドイツ鉄道の東駅(Ostbahnhof)で現地のガイドさんをピックアップし、バスはシュプレー川のほとりに建つメルセデス・ベンツ・アリーナの横に停車しました。<br />この建物は2008年に完成しO2ワールド・ベルリンと呼ばれていましたが2015年今年の7月に名称変更したばかりのようです。

    ホテルを9時に出発し午前中はベルリンの市街地観光です。
    ドイツ鉄道の東駅(Ostbahnhof)で現地のガイドさんをピックアップし、バスはシュプレー川のほとりに建つメルセデス・ベンツ・アリーナの横に停車しました。
    この建物は2008年に完成しO2ワールド・ベルリンと呼ばれていましたが2015年今年の7月に名称変更したばかりのようです。

  • 派手な色彩の熊がいます。ブラジル生まれの画家ロメロ・ブリットの作品のようです。なぜここにあるのかは不明ですが・・・。後で調べるとベルリン市の紋章に、立ち上がった熊が使われてていることがわかりました。熊はベルリンのマスコット的存在なのです。

    派手な色彩の熊がいます。ブラジル生まれの画家ロメロ・ブリットの作品のようです。なぜここにあるのかは不明ですが・・・。後で調べるとベルリン市の紋章に、立ち上がった熊が使われてていることがわかりました。熊はベルリンのマスコット的存在なのです。

  • 道を挟んで壁が見えます。既に多くの観光客が集まっています。

    道を挟んで壁が見えます。既に多くの観光客が集まっています。

  • ここは、かつてのベルリンの壁が残されており、現在はイーストサイドギャラリーとなっています。<br />1961年以降築かれた壁は、1989年11月9日壁が崩壊しました。<br />1990年2月から9月にかけ壁に絵が描かれ、2009年に修復が行われたとの説明書きがあります。<br />

    ここは、かつてのベルリンの壁が残されており、現在はイーストサイドギャラリーとなっています。
    1961年以降築かれた壁は、1989年11月9日壁が崩壊しました。
    1990年2月から9月にかけ壁に絵が描かれ、2009年に修復が行われたとの説明書きがあります。

  • このギャラリーは1.3kmの長さで、壁の高さは3.6mあります。シュプレー川沿いに築かれた壁が二重になっているところもあります。<br />第二次世界大戦後の1949年東西ドイツに分裂独立し、東ドイツが1961年8月に東西ベルリンの境界線を封鎖し、後に境界線上に壁を建設し西ドイツを封じ込めました。総延長は150?以上にも及び28年もの間、壁が存在しました。実態は東ドイツからベルリンを経由し、西ドイツへ脱出する人が続出した為これを防ぐ目的で東ドイツが作った壁です。<br />当然ながら壁が築かれていた時代にはアートは施されていません。

    このギャラリーは1.3kmの長さで、壁の高さは3.6mあります。シュプレー川沿いに築かれた壁が二重になっているところもあります。
    第二次世界大戦後の1949年東西ドイツに分裂独立し、東ドイツが1961年8月に東西ベルリンの境界線を封鎖し、後に境界線上に壁を建設し西ドイツを封じ込めました。総延長は150?以上にも及び28年もの間、壁が存在しました。実態は東ドイツからベルリンを経由し、西ドイツへ脱出する人が続出した為これを防ぐ目的で東ドイツが作った壁です。
    当然ながら壁が築かれていた時代にはアートは施されていません。

  • 旧ソ連のレオニード・ブレジネス書記長と旧東ドイツの国家評議会議長のエーリッヒ・ホーネッカのキスの壁画です。男性同士のキスはソ連の文化として存在していたようです。

    旧ソ連のレオニード・ブレジネス書記長と旧東ドイツの国家評議会議長のエーリッヒ・ホーネッカのキスの壁画です。男性同士のキスはソ連の文化として存在していたようです。

  • イーストサイドギャラリーからシュプレー川沿いの博物館島に向かう途中、車窓からニコライ教会が見えました。1230年に建てられたベルリン最古の教会です。

    イーストサイドギャラリーからシュプレー川沿いの博物館島に向かう途中、車窓からニコライ教会が見えました。1230年に建てられたベルリン最古の教会です。

    聖ニコライ教会 寺院・教会

  • 車窓から見える聖マリエン教会です。1270年に建てられたベルリンで2番目に古いゴシック様式の教会です。<br />森鴎外の小説舞姫で、主人公とエリスが出会う場所がこの教会の前だそうです。

    車窓から見える聖マリエン教会です。1270年に建てられたベルリンで2番目に古いゴシック様式の教会です。
    森鴎外の小説舞姫で、主人公とエリスが出会う場所がこの教会の前だそうです。

  • シュプレー川の中州にある博物館島にやってきました。<br />プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世は、王室美術コレクションを大衆に公開するための王立博物館の設計をシンケルに命じ1830年に開館しました。その後1845年に旧博物館と改名されています。

    シュプレー川の中州にある博物館島にやってきました。
    プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世は、王室美術コレクションを大衆に公開するための王立博物館の設計をシンケルに命じ1830年に開館しました。その後1845年に旧博物館と改名されています。

    旧博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 旧博物館の階段左側に獅子狩人があります。

    旧博物館の階段左側に獅子狩人があります。

  • 階段右側に、猛獣からの攻撃を防ぐアマゾン族の女戦士像があります。

    階段右側に、猛獣からの攻撃を防ぐアマゾン族の女戦士像があります。

  • 高さ114mのベルリン大聖堂はホーエンツォレルン王家の墓所がある教会です。

    高さ114mのベルリン大聖堂はホーエンツォレルン王家の墓所がある教会です。

  • 再建中のホーエンツォレルン家の王宮です。プロイセン時代に端を発し1950年に東独政府によって爆破されたバロック様式の王宮だったものです。

    再建中のホーエンツォレルン家の王宮です。プロイセン時代に端を発し1950年に東独政府によって爆破されたバロック様式の王宮だったものです。

  • 旧国立美術館では印象派展が開催中で行列ができていました。

    旧国立美術館では印象派展が開催中で行列ができていました。

  • 旧国立美術館と旧博物館の間の道からアレクサンダー広場に建つテレビ塔が見えます。368mの高さです。

    旧国立美術館と旧博物館の間の道からアレクサンダー広場に建つテレビ塔が見えます。368mの高さです。

  • 右手に大聖堂が見えます。

    右手に大聖堂が見えます。

  • 遊覧船がシュプレー川を行き来しています。

    遊覧船がシュプレー川を行き来しています。

  • 博物館島を後にしてブランデンブルグ門に向かう途中にマダムタッソーの蝋人形館がありました。

    博物館島を後にしてブランデンブルグ門に向かう途中にマダムタッソーの蝋人形館がありました。

    マダム タッソー蝋人形館 テーマパーク・動物園・水族館・植物園

  • 入口にマリリンモンローがいます。入場を待っている人が沢山いました。

    入口にマリリンモンローがいます。入場を待っている人が沢山いました。

  • ブランデンブルグ門のすぐそばに、ホテル アドロン ケンピンスキーがあります。1907年開業の格式あるホテルで戦争で焼失し、1997年に再建されました。<br />2011年6月に日独交流150周年に招かれた日本の皇太子殿下が3泊ほど宿泊しています。

    ブランデンブルグ門のすぐそばに、ホテル アドロン ケンピンスキーがあります。1907年開業の格式あるホテルで戦争で焼失し、1997年に再建されました。
    2011年6月に日独交流150周年に招かれた日本の皇太子殿下が3泊ほど宿泊しています。

  • ブランデンブルグ門は1788〜91年にプロイセン王国の凱旋門として、アテネの神殿の門を手本にして造られ、高さは26mあります。

    ブランデンブルグ門は1788〜91年にプロイセン王国の凱旋門として、アテネの神殿の門を手本にして造られ、高さは26mあります。

  • ブランデンブルク門の上に勝利の女神像があります。四頭の馬に曳かせた古代ギリシャ式の戦車です。この像は1806年にナポレオンがプロイセンを破った際にパリに持ち帰りましたが、1814年にベルリンに戻ったようです。

    ブランデンブルク門の上に勝利の女神像があります。四頭の馬に曳かせた古代ギリシャ式の戦車です。この像は1806年にナポレオンがプロイセンを破った際にパリに持ち帰りましたが、1814年にベルリンに戻ったようです。

  • ブランデンブルグ門の西側の交差点に東西ベルリンの境界線跡の石畳が見られます。中央部分の左右に石のラインがあります。東西分裂時代はここに壁が築かれていたため門は通過できなかったようです。

    ブランデンブルグ門の西側の交差点に東西ベルリンの境界線跡の石畳が見られます。中央部分の左右に石のラインがあります。東西分裂時代はここに壁が築かれていたため門は通過できなかったようです。

  • 交差点から北側にドイツ連邦議会の置かれた国会議事堂が見えます。屋上ドームが少し見えています。

    交差点から北側にドイツ連邦議会の置かれた国会議事堂が見えます。屋上ドームが少し見えています。

  • ブランデンブルグ門を後にしてポツダム広場に向かう途中車窓から見えたホロコースト記念碑です。<br />虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑で、コンクリート製の石碑が並んでいます。2005年に完成したようです。

    ブランデンブルグ門を後にしてポツダム広場に向かう途中車窓から見えたホロコースト記念碑です。
    虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑で、コンクリート製の石碑が並んでいます。2005年に完成したようです。

    虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 (ホロコースト記念碑) モニュメント・記念碑

  • ほどなくポツダム広場に到着です。<br />かつてポツダム広場には、ポツダム駅がありましたが、ベルリンの壁の下に位置していたため、1961年から1989年まで閉鎖されていました。 1990年代に入ってから、地下駅が再建されました。<br />またこの場所はベルリンが隆盛を極めた1930年代はヨーロッパで最も交通量の多い交差点として知られていました。しかし第二次大戦で破壊され、1999年からダイムラーとソニーの資本を導入して再開発されました。

    ほどなくポツダム広場に到着です。
    かつてポツダム広場には、ポツダム駅がありましたが、ベルリンの壁の下に位置していたため、1961年から1989年まで閉鎖されていました。 1990年代に入ってから、地下駅が再建されました。
    またこの場所はベルリンが隆盛を極めた1930年代はヨーロッパで最も交通量の多い交差点として知られていました。しかし第二次大戦で破壊され、1999年からダイムラーとソニーの資本を導入して再開発されました。

  • 高層ビルが並んでいます。<br />右端はドイツ鉄道の本社ビルです。赤いDB(Deutsche Bahn)のロゴが見えます。

    高層ビルが並んでいます。
    右端はドイツ鉄道の本社ビルです。赤いDB(Deutsche Bahn)のロゴが見えます。

  • 2004年に完成したソニーセンターです。富士山を連想させるような大きなガラス屋根が見えます。<br />もっとも2008年に売却をしたようですが名称は当面継続する契約とのことで、ソニーグループ各社もテナントとして継続入居の模様です。

    2004年に完成したソニーセンターです。富士山を連想させるような大きなガラス屋根が見えます。
    もっとも2008年に売却をしたようですが名称は当面継続する契約とのことで、ソニーグループ各社もテナントとして継続入居の模様です。

  • 交差点には、かつての壁があったことを示す”ベルリンの壁 1961‐1989”のプレートが埋め込まれています。<br />壁はここから800m程北にあるブランデンブルグ門に続いており、街中をぐるりと囲んでいました。<br />総延長が150km以上あったとのことで驚きを隠せません。

    交差点には、かつての壁があったことを示す”ベルリンの壁 1961‐1989”のプレートが埋め込まれています。
    壁はここから800m程北にあるブランデンブルグ門に続いており、街中をぐるりと囲んでいました。
    総延長が150km以上あったとのことで驚きを隠せません。

  • 街頭に”ベルリンの壁”の説明パネルが設置されていてます。<br />一番上の写真は1930年代のポツダムプラザで、説明文にはヨーロッパ一の交通の要所で、ホテルやレストランやショップで隆盛を誇っていたとあり、電車と馬車が写っています。<br />1961年8月13日以降通交が遮断され壁の時代は無人の荒れ地で死の通リと呼ばれていたようです。

    街頭に”ベルリンの壁”の説明パネルが設置されていてます。
    一番上の写真は1930年代のポツダムプラザで、説明文にはヨーロッパ一の交通の要所で、ホテルやレストランやショップで隆盛を誇っていたとあり、電車と馬車が写っています。
    1961年8月13日以降通交が遮断され壁の時代は無人の荒れ地で死の通リと呼ばれていたようです。

  • パネルの下にある写真には、壁の向こう側を見るため展望台に上っている人が写っています。

    パネルの下にある写真には、壁の向こう側を見るため展望台に上っている人が写っています。

  • 広場の交差点にひときわ目立つサムスンの広告があります。この後ろのビルらしき建物は実物ではなく広告の一部で印刷物だそうです。

    広場の交差点にひときわ目立つサムスンの広告があります。この後ろのビルらしき建物は実物ではなく広告の一部で印刷物だそうです。

  • 近くのレストランで昼食です。

    近くのレストランで昼食です。

  • 500MLの黒と白ビール ともに4ユーロです。

    500MLの黒と白ビール ともに4ユーロです。

  • ボリュームたっぷりのハンバーグです。

    ボリュームたっぷりのハンバーグです。

  • 昼食後バスでポツダムへ移動する途中で見かけたベルリン動物園駅です。

    昼食後バスでポツダムへ移動する途中で見かけたベルリン動物園駅です。

  • 駅からすぐ近くに水族館の建物があります。

    駅からすぐ近くに水族館の建物があります。

  • ベルリン市街地から南西に40km弱離れたポツダムに到着です。<br />初めに訪れたのはシェツィリエンホーフ宮殿です。見取り図と説明書きの看板があります。<br />プロイセン最後の王ヴェルヘルム二世が皇太子家族のために1913年から17年にかけて建てたイギリス風の宮殿です。<br />ヴェルヘルム二世とツェツィリエ夫人の写真や部屋の写真があります。<br />この館には176の部屋があり、博物館と一部ホテルとして使われていると書かれています。

    ベルリン市街地から南西に40km弱離れたポツダムに到着です。
    初めに訪れたのはシェツィリエンホーフ宮殿です。見取り図と説明書きの看板があります。
    プロイセン最後の王ヴェルヘルム二世が皇太子家族のために1913年から17年にかけて建てたイギリス風の宮殿です。
    ヴェルヘルム二世とツェツィリエ夫人の写真や部屋の写真があります。
    この館には176の部屋があり、博物館と一部ホテルとして使われていると書かれています。

  • 皇太子は1944年までこの館に居住しました。<br />ここが有名になった出来事があります。ナチス・ドイツの降伏後の1945年7月17日〜8月2日まで開かれたポツダム会談です。<br />米国のトルーマン、英国のチャーチル、ソ連のスターリンなどによる第二次世界大戦の戦後処理とソ連の対日参戦を含めた日本の終戦などを会談したことです。<br />印象的な花壇のモチーフは終戦後ここをいち早く占拠した、ソ連の赤い星の紋章をかたどったようです。

    皇太子は1944年までこの館に居住しました。
    ここが有名になった出来事があります。ナチス・ドイツの降伏後の1945年7月17日〜8月2日まで開かれたポツダム会談です。
    米国のトルーマン、英国のチャーチル、ソ連のスターリンなどによる第二次世界大戦の戦後処理とソ連の対日参戦を含めた日本の終戦などを会談したことです。
    印象的な花壇のモチーフは終戦後ここをいち早く占拠した、ソ連の赤い星の紋章をかたどったようです。

  • 宮殿の横を通りバスに戻ります。<br />次に向かうのはここから少し離れたサンスーシ宮殿です。

    宮殿の横を通りバスに戻ります。
    次に向かうのはここから少し離れたサンスーシ宮殿です。

  • サンスーシ宮殿に到着し、初めに目についたのが大きな風車です。1787年から91年にかけて造られ1945年焼失しましが、1993年再建され現在でも動いています。<br />この風車で粉を曳いて焼いたパンを売っていました。

    サンスーシ宮殿に到着し、初めに目についたのが大きな風車です。1787年から91年にかけて造られ1945年焼失しましが、1993年再建され現在でも動いています。
    この風車で粉を曳いて焼いたパンを売っていました。

  • サンスーシ宮殿は1745〜1747年にフリードリヒ大王の夏の離宮として高台に建てられました。<br />これはレプリカで、宮殿が上部に小さく見えます。290万?の広大な庭園の全体像がわかります。大王自ら設計に関わり、王の趣味を反映したと言われています。<br />庭園は、東京ドーム(おおよそ4.7万?)の約61倍の広さです。

    サンスーシ宮殿は1745〜1747年にフリードリヒ大王の夏の離宮として高台に建てられました。
    これはレプリカで、宮殿が上部に小さく見えます。290万?の広大な庭園の全体像がわかります。大王自ら設計に関わり、王の趣味を反映したと言われています。
    庭園は、東京ドーム(おおよそ4.7万?)の約61倍の広さです。

  • ガーデン・パビリオンは庭園の入り口に建つ門です。太陽と思われるモチーフの装飾がついています。薄緑色の金網状の建物で中にベンチがあります。<br />この門をくぐった先にフリードリヒ大王の墓があります。

    ガーデン・パビリオンは庭園の入り口に建つ門です。太陽と思われるモチーフの装飾がついています。薄緑色の金網状の建物で中にベンチがあります。
    この門をくぐった先にフリードリヒ大王の墓があります。

  • フリードリヒ大王は犬たちと共に、サンスーシー宮殿のすぐ傍らに眠っています。大王は、寒冷でやせた土地でも生育するジャガイモの栽培を奨励し食用として広めたことでも知られています。<br />お供えのジャガイモが置かれているのが大王の墓で、奥にはこよなく愛した犬達の墓が並んでいます。<br />、

    フリードリヒ大王は犬たちと共に、サンスーシー宮殿のすぐ傍らに眠っています。大王は、寒冷でやせた土地でも生育するジャガイモの栽培を奨励し食用として広めたことでも知られています。
    お供えのジャガイモが置かれているのが大王の墓で、奥にはこよなく愛した犬達の墓が並んでいます。

  • フリードリヒ2世(1712年〜1786年)は第3代プロイセン王で、優れた軍事的才能と合理的な国家経営でプロイセンの強大化に努め、不動のものとしたので大王と称されました。<br />ロココ様式の優美な宮殿の建物が印象的です。

    フリードリヒ2世(1712年〜1786年)は第3代プロイセン王で、優れた軍事的才能と合理的な国家経営でプロイセンの強大化に努め、不動のものとしたので大王と称されました。
    ロココ様式の優美な宮殿の建物が印象的です。

  • サンスーシー宮殿の建物の柱の彫刻は、葡萄酒の壺をかついだバッカスの像です。

    サンスーシー宮殿の建物の柱の彫刻は、葡萄酒の壺をかついだバッカスの像です。

    サンスーシー宮殿 城・宮殿

  • フリードリヒ大王は、この地では難しい言われたブドウを栽培することにに挑戦し、自分の庭園にブドウ畑を造りました。<br />宮殿の前に実をつけたブドウが茂っています。

    フリードリヒ大王は、この地では難しい言われたブドウを栽培することにに挑戦し、自分の庭園にブドウ畑を造りました。
    宮殿の前に実をつけたブドウが茂っています。

  • ガラスで囲われた部分は温室になっていて、ここにはイチジクが植えられています。<br />何故イチジクとブドウなのかは、聖書にも出てくる植物で豊穣を意味する緑だから、とのことのようです。

    ガラスで囲われた部分は温室になっていて、ここにはイチジクが植えられています。
    何故イチジクとブドウなのかは、聖書にも出てくる植物で豊穣を意味する緑だから、とのことのようです。

  • 庭園にある噴水から高台に建つサンスーシ宮殿を見るとこんな風景です。

    庭園にある噴水から高台に建つサンスーシ宮殿を見るとこんな風景です。

  • ポツダムを後にしてベルリンの市街地に戻ります。<br />夕食のレストランは Neumann&#39;s というレストランでブランデンブルグ門から北西方向に行ったところにあります。

    ポツダムを後にしてベルリンの市街地に戻ります。
    夕食のレストランは Neumann's というレストランでブランデンブルグ門から北西方向に行ったところにあります。

  • お昼を食べたレストランとオーナーが同じ店とのことです。ビールで乾杯です。サラダはお昼と同じでした。

    お昼を食べたレストランとオーナーが同じ店とのことです。ビールで乾杯です。サラダはお昼と同じでした。

  • ソーセージとジャガイモと酢キャベツの付け合わせです。<br />お昼のハンバーグのボリュームに比べると少し物足りない感じです。

    ソーセージとジャガイモと酢キャベツの付け合わせです。
    お昼のハンバーグのボリュームに比べると少し物足りない感じです。

  • 店内には雰囲気のあるカウンターがありました。<br />明日は、ベルリンを発ちドレスデン観光、ポーランドのズゴジェレツを経由してチェコのプラハに移動です。

    店内には雰囲気のあるカウンターがありました。
    明日は、ベルリンを発ちドレスデン観光、ポーランドのズゴジェレツを経由してチェコのプラハに移動です。

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