2015/09/19 - 2015/09/19
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風 魔さん
本日から10日間にわたり展開される「徳川家康公顕彰400年記念事業」の一環として、駿府城公園で開催されるメインイベント「駿府天下泰平まつり」を見物する。
昨夜のオープニングセレモニーでは、家康公ゆかりの静岡浅間神社において、徳川宗家第18代当主・徳川恒孝氏のご子息である家広氏が「江戸時代の平和が生まれたのは静岡の街」と講話され、駿府城に居住し江戸幕府に対して政治を行った大御所・家康公を称えました。
静岡市は、家康公の幼少期(今川家の人質)から老年期(大御所政治)に至るまで、駿府城を中心とした「城下町割り」により現在の市街地が形成され、徳川家と縁の深い歴史があります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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「駿府天下泰平まつり」の入場門。
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土産物店、工芸コーナーのある「駿府城下町」。
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演芸、イベント会場の「駿府夢舞台」。
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お祭りの山車。
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「家康公 四百年祭」の行列に使用される山車です。
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丸い水タンクのようなものはナンダロウ?
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白いバルーンは、夜になり空中に浮遊する光の天守です。
最大の目玉は、期間中毎晩行われる「チームラボ」による駿府城天守台跡地の空間演出ショーです。
家康公の想いを過去最大規模、世界初の挑戦で表現します。ここでしか見られない「幻想的な光と音の演出によるイリュージョン」は圧巻です。 -
静岡青年会議所が市民ボランティアとともに完成した、手作りの駿府城天守閣。
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高さ約15mの天守閣は、紙製で作られたものです。
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駿府城の天守閣再建は、官民による長年の悲願ですがとりあえず紙で作ってみました!
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静岡ゆかりの偉人には、十返舎 一九(駿府出身)、元首相の中曽根康弘氏(旧制静高:
現静岡大学出身)とともに、サッカーの三浦知良氏(静岡市出身)がおりました 。 -
次に「 坤櫓 」(ヒツジサルヤグラ)へ行く。
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2014年の干支・「未申」にちなみ、駿府城の南西の一角に再建された「二之丸坤櫓」(ニノマルヒツジサルヤグラ)は、資料館として公開されたものです。
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「 坤櫓 」の背景には、静岡市立病院の建物が見える。
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中堀より眺めた「坤櫓」。
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階段の上から、公園内ではここでしか「富士山の姿」を望めません!
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「 坤櫓 」の窓越しに中堀を眺める。
⇒ 静岡税務署(左)、静岡地裁(中)、静岡雙葉学園の校舎(右)の建物。
☆ 静岡雙葉学園は女子校ですが、多くの著名人を輩出しています。
上川 陽子氏 (衆議院議員、法務大臣)
明日海りお氏 (宝塚歌劇団)
牛尾奈緒美氏 (明治大学教授・元フジテレビアナウンサー)
鎌倉 千秋氏 (NHKアナウンサー)… そう言えば、裏手にはNHK・静岡放送局があります。
久保田祐佳氏 (NHKアナウンサー) -
入場者の記念撮影用の鎧兜。
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大きなイチョウの木には、銀杏が実っていました。
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公園内の中心にある花壇。
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現役サラリーマンの頃は、この公園内を歩いて四季折々の花々と植栽の緑色の移りゆく景色を眺めながら、勤務先へ通勤したため懐かしい思い出があります。
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花壇の花々。
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遊歩道とベンチで囲まれています。
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色とりどりの花々。
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花の即売会。
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お花畑に子どもが一人。
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植栽された、徳川家「三つ葉葵」の家紋。
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「フタバアオイ」は実在の植物ですが、「三つ葉葵」は架空のものです。
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鷹の入る鳥舎。
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午後の「鷹狩のパフォーマンス」に備えて鷹が待機中。
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やがて、「二の丸」「東御門」「巽櫓」の分岐点まで歩いてきました。
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つづいて、東御門〜巽櫓を見物する。
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「東御門」から公園内を眺める。
「駿府城外堀」の中の広大な敷地内には、文教地区として幼小中高校の校舎が 6校あり、さらに県庁舎(県警)〜税務署〜市立病院〜市民会館〜体育館〜地方裁判所〜法務局などがあり、中心部は憩いの「駿府城公園」として市民に親しまれています。 -
家康公着用の甲冑。
☆ 家康公の身体検査。
38歳時 ⇒ ・身長:155cm ・体重60kg。
戦国時代の武士は、この体格で甲冑と兜(約20kg)を着用して、刃渡り70cm位の重い日本刀を携え、戦場で戦うことは「 至難の業 」です! -
駿府(=駿河国府中)の城下町都市計画。
駿府とは、「駿河の国の国府」が置かれた都で「府中」とも呼ばれます。
室町時代から戦国時代にかけて、今川氏の城下町として栄えましたが、今川氏は京の都を模して駿府の街造りを行いましたので、現在でも京都と同じ地名や町名などが残っています。
なお、家康公は幼名:竹千代と名乗った幼年期( 6才〜18才まで)に、今川家の人質として駿府に居住していたため、大御所として駿府城に思い入れがあり晩年を居城として過ごしたのかもしれません! (駿府城にて75才で逝去) -
城内配置図と実物の模型とを比べてみる。
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駿府城の俯瞰図。
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かって日本一の高さ、大きさの壮大な天守閣は、左上方にありました。
駿府城は、三重の堀を持つ「輪郭式平城」として築城され、天守台は石垣天端で約55m×48m(五層七階)あり、日本城郭史上では最大の天守閣でした。
しかし、1607年(慶長12年)に完成直後の天守閣や本丸御殿などが、城内からの失火により焼失したまま現在に至ります。 -
古絵図の設計図面。
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静岡市街地の呉服町商店街(左中)は、今でもこのまま残っています。
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駿府城は、三重の堀により水面で防護されていました。
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日本最古の大名行列図の屏風画。
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これだけ多くのお供(武士〜足軽)と馬、調度品を従えて行列できることは、資金力と石高から推定して大藩の大名と思われます。
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長い大名行列絵巻でした。
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今川氏統治の時代から城下町には、活気ある多くの商店、職人の工房がありましたので、駿府では伝統の木工〜竹細工が盛んに行われ、後に家具〜下駄・サンダル〜木工芸(⇒プラモ模型製作に進化)など地場産業の発展を遂げました。
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威風堂々の大名行列は、「雄藩の威光」を天下に示す。
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巽櫓に上る。
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2階で開催された「万年青(おもと)愛好会」(日本おもと協会)の展示会。
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「万年青」は1年を通して、緑色の葉が枯れないので「万年青」(おもと)といわれます。
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「万年青」は、お正月の飾り花としても用いられます。
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「万年青」の愛好家は、花鉢の装飾にもこだわります。
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「万年青」には、斑入りのものもあります。
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なかでも一番評価の高い品種・「永島」。
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家康公が江戸に入り、江戸城の床の間に「おもと」を飾り入城した故事は有名です。
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ミニチュア盆栽のようです。
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鉢植えのフタバアオイ。
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和花の小宇宙に「ワビとサビ」を感じる。
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葉を改良した「万年青」。
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小さな「万年青」の配置は、雛飾りのように見えます。
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「万年青」は、武家に愛好家が多い植栽でした。
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松葉蘭。
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毎日の葉の手入れ、水遣り、鉢、道具など、お金と手間暇のかかる趣味です。
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部屋のインテリアとしてもオシャレです。
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静岡県庁の正面から、歩いて街中へ行く。
< 駿府城公園への近道 > 徒歩=20分
JR静岡駅 ⇒ 呉服町商店街 ⇒ 静岡県庁(西館の脇) ⇒ 二之丸橋 ⇒ 入園 -
右手を直進すると、JR静岡駅に到ります。
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昭和9年(1934)に竣工された「イスラム風ドーム」が特徴的な静岡市役所旧館は、現在は静岡市議会議事堂として使われています。( 国登録有形文化財 )
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呉服町では、ピエロがパフォーマンス。
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パントマイムもいました。
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先程から、この姿勢のまま全く動きません!
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阿波踊りの「静岡連一行」が通り過ぎる。
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でも少人数のため、本場の「阿波踊り」ほどの迫力はありません!
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葵区役所前の青葉シンボル・ロードでは、「日韓交流街頭公演」のパフォーマンスが行われていました。
戦国時代の末期に「文禄・慶長の役」で朝鮮に侵攻した後、国交が断絶しましたが江戸幕府誕生とともに朝鮮王朝との関係修復を図るため、家康公は平和外交をすすめ親書を携えた「朝鮮通信使一行」を江戸に招聘した際、当市の東海道を通過して興津・清見寺で休息したため、歴史的には縁が深い交流の経緯があります。 -
サッカーのリフティング・パフォーマンス。
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一度もボールを落とさずに、リフティング・パフォーマンス成功!
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つづいて、女子3人組によるライブ演奏。
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リズム感のある電子楽器のパフォーマンス演奏。
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「コントラバス」の変形のような楽器でした。
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観客も音楽に拍手で合わせ、座を盛り上げる。
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楽器プレーヤーが入れ替わり、パフォーマンスしながら演奏する。
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三者三様に演奏するリズムと音響に聴き入りました。
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今回の祭りの主催は、葵区役所です。
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静岡市には「政令指定市」として3つの行政区がありますが、葵区は「葵の紋のご威光」で行政の中心です。
< 水戸黄門漫遊記 >
物語のクライマックスには、必ず三つ葉葵の紋所が描かれた印籠を見せて
「 控え居ろう! この紋所が目に入らぬか 」
⇒ 悪人と町人など一般大衆は、土下座して 「ハァ ハァ〜」でめでたくエンディ ング。 -
建造された当初、モダンな静岡市役所・旧館は市民にとっては目立つランドマークです。
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レトロな旧静岡市役所。
<市内にある歴史的建造物は、すべて国登録有形文化財 >
○ 静岡県庁舎 … 全国的に数少ない帝冠建築様式建物。
○ 静岡市役所旧館 … イスラム風ドームをもつ建物。
○ 旧静岡三十五銀行本店(現静岡銀行・本店)… 昭和6年に建てられた建物は、
ギリシャ神殿風の円柱と鉄製のドアノブはライオンの頭部をデザインしてあります。 -
建物内部の階段、ステンドグラスも歴史を感じるレトロな造りです。
昭和初期に建てられた公共施設(都道府県庁舎・裁判所・美術館など)は、ほとんどが同じ様な建物の内部構造です。 -
静岡の地名由来の説明板。
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県警・静岡中央署の前には、かって駿府町奉行所がありました。
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大気の澄んだ上空には、刷毛で描いたような秋空の雲のかたち。
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秋雲の間には、2条の飛行機雲が見えました。
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「駐車場」への帰路のため、また駿府城公園へ戻りました。
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風車は、1本100円也。
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白いバルーンが、だんだんと上がってきました。
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現在開催中のミラノ国際博覧会において、日本館でバルーンの変化をパフォーマンスした「チーム・ラボ」の作品です。
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夜になれば、上空に展開する「幻想的な光と音の演出によるイリュージョン」のパフォーマンスは圧巻です。
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白いバルーンは、だんだん上がってきました。
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駿府鷹狩協会による鷹狩のパフォーマンス。
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家康公が好んだ「鷹狩」ですが、当時鷹匠が住んでいた地名=「鷹匠」(タカジョウ:ここから徒歩5分)は、今でも市内に現存します。
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「鷹匠」の手から放たれた鷹は、地面を這うように飛ぶ。
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☆ 家康公の好んだもの … お正月の初夢。
1.富士 = フジサン
2.鷹 = タカガリ
3.茄子 = ナスビ(折戸茄子) -
鷹は、目標まで一直線に飛ぶ。
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公園を周遊して、中堀にある「北御門橋」を渡る。
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市内を巡回する観光用小型バス・「竹千代くん」。
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「竹千代」とは、今川家人質時代の家康公の幼名です。
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「三加番稲荷神社」。
駿府城の周辺には、3つの「加番」といわれる駿府城を警護する武士の集団が住んでおりました。
慶安4年(1651年)由比正雪の反乱があった後、駿府城の城外警備の強化を図るため、従来の一加番、ニ加番に加えて新たに三加番が増設されることになりました。
ここ東草深(地名)にはその加番屋敷を設けると共に、屋敷内の守護神としてこの三加番稲荷神社を鎮祭しました。 -
昔は人出の賑わいを見せた「長谷通り商店街」。
この後方を左折すると、「県立・静岡高校」です。 -
帰り道には知人宅に立ち寄り、冷たい抹茶をいただく。
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玄関先にある、初夏から晩秋まで次々に花が咲く「日々草」。
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掛け軸のある床の間。
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めでたい「七福神」の掛け軸画。
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大黒様の木像。
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鴨居の額画には、100人の女人が描かれています。
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壁面に飾るスマートな花柄の絵画。
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ステンドグラスのアート作品。
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庭先には季節を感じる赤と白の彼岸花。
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ここに「万年青」の葉もありました。
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