2015/09/12 - 2015/09/14
391位(同エリア1292件中)
JBさん
「主祭神は山幸彦、神名帳の最初に記載」という益救(ヤク:屋久島)神社ガイドを眺めるうち、「国生み神話はなぜ淡路島から始まるの?」という、記紀ロケーションへの疑問が改めて湧いてきた。
そんなことから開いた兵庫のGoogleマップ。あれこれ想い縮尺を拡大縮小するうち、いつの間にやらGoogleペグマンが姫路へ。
「そういえば、きれいになったと噂の御城をまだ見ていない。いささか薄情かも…。」呼ばれた感から、行ってきた。
*姫路城(最近は輝政よりも官兵衛や秀吉でのPRが多いが)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- レンタカー 新幹線 徒歩
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姫路へは午前中に到着。
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なにはともあれ、入場。
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あいにくの雲天だが…。
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確かに、確かに「白くなっている!」
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比較に残した訳ではなかろうが。
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コンクリペンキと違って
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漆喰は維持も大変だろうなと、改めて思う。
しかも、スグに修理がままならない、…のも「世界遺産の勲章」か。。。 -
ぐるりではなく、池のような堀。
想えば小学四年生の時にここで、
「なぜ周堀でなく池なの?」と警備の小父さんに聞いていて、家族とはぐれ大騒ぎ。 -
あれからもう何度、ここに来たことだろう。
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戦わなかった城で戦いのカラクリを見るために、かなあ。
「美しい!」と、ただそう思う。 -
*昭和修理の時に移された天守礎石
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…更なる磨き込みを。
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など。
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などなど…と、…を。
あれこれあれこれと想いつも…。 -
それらを頭の中で組み立てること。
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勝手な繋がりを勝手に想うことは、無限の煩悩で。
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盆クラは煩悩が…、やはり愉しい。。
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午後は好古園へ。
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姫路の市制百周年に造られた庭園。
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まったくの現代モダンだが。
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区画地割は発掘調査データに従って復元されている。
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(御城の化粧直しに絡め…)
吉原からこの地に身請けされた榊原高尾太夫の姿が浮かび。 -
そんな瞬時の妄想から、ふと庭に目を向けると。
鷺が…。 -
飛んだ!
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という、それだけだが。。。
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愉しい(=^・^=)。
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翌朝は晴れ。
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初めて渡った明石海峡大橋。
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が、渡った淡路島に格別のあてはなく…。
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伺ってみたのが伊弉諾(イザナギ)神宮(神名帳の明神大)。
http://izanagi-jingu.jp/hp/ -
多くの想いがあるのだろう。
…多くの石碑。 -
「ホ、ほう」の感慨で、次々に眺める。
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解説では、ここは「日の本で最初の神社」とのこと。
山ではなく陵(ミササギ)が信仰の対象で、現本殿はその上に造られている。書紀に出てくる「幽宮(カトリノミヤ)はここだ」とも紹介されていた。 -
池は陵墓の周堀の跡らしい。
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宮司さん発表の書「陽の道しるべ」が解説されている。
何も知らずに訪れて、そこで思いがけない愉しみが見つかることもある。 -
碑に書かれた要点は
春分・秋分には
同緯度にある伊勢から太陽が昇り、對馬の海神(ワタツミ)神社に沈む。 -
夏至には
信濃の諏訪大社から太陽が昇り、出雲の出雲大社に沈む。 -
冬至には
熊野の那智大社から太陽が昇り、日向の高千穂神社に沈む。 -
上記のことは
「藤原京が同緯度の伊弉諾神宮と伊勢神宮との中間に造られた」との言い伝えを基に、宮司さんが「太陽の運行調査」を依頼して得た、事実だそうだ。 -
ならば、記紀の初めに「鉾の滴が落ちて生まれた」と載る淡路島。
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「その落ち先が…」と、そこに籠められた想いは何だったのだろう(無限に見出せる交差から選ばれた一点の…、後から造られた神社の…、)。
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