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 美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?<br /> 子供たちは、道東には見向きもせず<br /> ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。

北帰行 三人旅 富良野 前編

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2015/05/25 - 2015/06/25

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愛走路

愛走路さん

 美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?
 子供たちは、道東には見向きもせず
 ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。

旅行の満足度
5.0
同行者
家族旅行
交通手段
自家用車 徒歩
  •  美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?<br /> 子供たちは、道東には見向きもせず<br /> ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。子供たちの自分用お土産は、すべて無料でゲット<br />役場まで行っていただいてきた<br />A4の通常ファイル

     美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?
     子供たちは、道東には見向きもせず
     ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。子供たちの自分用お土産は、すべて無料でゲット
    役場まで行っていただいてきた
    A4の通常ファイル

  •  美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?<br /> 子供たちは、道東には見向きもせず<br /> ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。子供たちの自分用お土産は、すべて無料でゲット<br />役場まで行っていただいてきた<br />A4の通常ファイル50×70センチの大きさのポスター<br />ほしいポスターが張ってあると、<br />ダメもとで聞いて<br />ゲットして。

     美瑛二泊 上富良野一泊 富良野一泊 上川・空知郡内四泊、贅沢と感じるか?
     子供たちは、道東には見向きもせず
     ただひたすら、この近辺に絞って歩いている。子供たちの自分用お土産は、すべて無料でゲット
    役場まで行っていただいてきた
    A4の通常ファイル50×70センチの大きさのポスター
    ほしいポスターが張ってあると、
    ダメもとで聞いて
    ゲットして。

  • 50×70センチの大きさのポスター<br />ほしいポスターが張ってあると、<br />ダメもとで聞いて<br />ゲットし。50×70センチの大きさのポスター

    50×70センチの大きさのポスター
    ほしいポスターが張ってあると、
    ダメもとで聞いて
    ゲットし。50×70センチの大きさのポスター

  • 50×70センチの大きさのポスター<br />ほしいポスターが張ってあると、<br />ダメもとで聞いて<br />ゲット。50×70センチの大きさのポスター

    50×70センチの大きさのポスター
    ほしいポスターが張ってあると、
    ダメもとで聞いて
    ゲット。50×70センチの大きさのポスター

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />Photo by Muauko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    Photo by Muauko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。

  • Photo by MUSUME<br />

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板<br />Photo by Musuko<br /><br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板
    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />Photo by Musuko<br /><br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    Photo by Musuko

  • Photo by Muauko<br />

    Photo by Muauko

  • 美術館入口<br /><br />Photo by Musuko<br />

    美術館入口

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    Photo by Musuko

  • 日の出公園<br />Photo by Musuko<br />

    日の出公園
    Photo by Musuko

  • Photo by Musuko<br />

    Photo by Musuko

  • 日の出公園<br />Photo by Musuko<br />

    日の出公園
    Photo by Musuko

  • 日の出公園<br />Photo by Musuko<br />

    日の出公園
    Photo by Musuko

  • 日の出公園<br />Photo by MUSUME<br />

    日の出公園
    Photo by MUSUME

  • 日の出公園<br />Photo by Musuko<br />

    日の出公園
    Photo by Musuko

  • 日の出公園<br />Photo by MUSUME<br />

    日の出公園
    Photo by MUSUME

  • 日の出公園<br />暑い中 ラベンダーの手入れ<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    日の出公園
    暑い中 ラベンダーの手入れ

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色

    Photo by Musuko

  • 日の出公園休憩小屋<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    日の出公園休憩小屋

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へ

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へ

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />  Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    Photo by MUSUME

  • Photo by MUSUME<br />

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br /><br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売

    Photo by MUSUME

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />Photo by MUSUME<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    Photo by MUSUME

  • Photo by Musuko<br /><br /><br />

    Photo by Musuko


  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />ベランダに低い位置で<br />ガラスの柵があるだけ<br />これほど広々としたベランダが<br />あるだろうか<br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    ベランダに低い位置で
    ガラスの柵があるだけ
    これほど広々としたベランダが
    あるだろうか
    Photo by Musuko

  • Photo by Musuko<br />

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />ベランダに低い位置で<br />ガラスの柵があるだけ<br />これほど広々としたベランダが<br />あるだろうか<br />ベランダの先は、背の低いガラスの柵<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    ベランダに低い位置で
    ガラスの柵があるだけ
    これほど広々としたベランダが
    あるだろうか
    ベランダの先は、背の低いガラスの柵

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />ベランダに低い位置で<br />ガラスの柵があるだけ<br />これほど広々としたベランダが<br />あるだろうか<br />ベランダの先は、背の低いガラスの柵<br /><br />ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    ベランダに低い位置で
    ガラスの柵があるだけ
    これほど広々としたベランダが
    あるだろうか
    ベランダの先は、背の低いガラスの柵

    ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />ベランダに低い位置で<br />ガラスの柵があるだけ<br />これほど広々としたベランダが<br />あるだろうか<br />ベランダの先は、背の低いガラスの柵<br /><br />ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)<br />一枚ガラスから これもまた アート<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    ベランダに低い位置で
    ガラスの柵があるだけ
    これほど広々としたベランダが
    あるだろうか
    ベランダの先は、背の低いガラスの柵

    ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)
    一枚ガラスから これもまた アート

    Photo by Musuko

  • 我が家でも「ハルユタカ」使っていますが<br />十勝産。同級生が応援大使になっている。<br />ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに<br />「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と<br /> 聞いた。<br />彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。<br />1979・1980・1981年と3年連続、<br />この大雪高原でテントを張りお世話になる。<br />ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから<br />小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。<br />1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。<br />国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので<br />銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。<br /> むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘<br />ホテルの朝食<br />ほとんどが富良野・北海道の食材<br />フロントに<br />「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」<br />と、聞くと、フロントマン<br />「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。<br />このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、<br />「きらら397」とのこと<br />きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ<br />Aランクです。<br />朝のホテル窓から<br />朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内<br />10時20分 後藤純男美術館着<br />美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。<br /><br />「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに<br /><br /> なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ<br /><br />後藤純男美術館ホールにも<br />応援大使の大きなポスター<br />残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。<br />一階のの外に<br />開放的なテーブルとイス<br /><br />二階のテラス<br />日の出公園<br />日の出公園<br />小屋の屋根がラベンダー色<br />チャリンコが、十勝岳温泉を目指す<br />がくでん駅構内を渡って<br />六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する<br />下り始発と上りの二番は休日運休<br />ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。<br />帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。<br />児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。 <br />昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が<br />帯広千秋庵にて使用開始。 <br />六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。<br />彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に<br />坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な<br />YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。<br />その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも<br />坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った<br />一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり<br />ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。<br />バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。<br /><br />昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。<br />忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。<br />愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、<br />1982年(昭和57年)8月17日。<br />その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)<br />自宅へ寄らせていただいた。<br />6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km<br /><br />富良野の初夏が広がる<br />こちらは十勝岳を望むスペース<br />贅沢な空間が広がる<br />ふらの餅はここだけの<br />限定販売<br />ふらの餅を買いに行った二人<br />まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない<br />そこへ携帯電話へメール。<br />「いいとこだから、来て!」<br />なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。<br /><br />珈琲紅茶Free<br />ベランダに低い位置で<br />ガラスの柵があるだけ<br />これほど広々としたベランダが<br />あるだろうか<br />ベランダの先は、背の低いガラスの柵<br /><br />ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)<br />一枚ガラスから これもまた アート<br /><br />館内 娘と愛走路<br /><br />Photo by Musuko<br />

    我が家でも「ハルユタカ」使っていますが
    十勝産。同級生が応援大使になっている。
    ぜひにと、このシールも役場でいただいてきた息子!40年以上前 小清水YHのペアレントさんに
    「北海道でお子さんを連れていきたい場所はどこですか?」と
     聞いた。
    彼は、即座に 「大雪高原!」と答えた。
    1979・1980・1981年と3年連続、
    この大雪高原でテントを張りお世話になる。
    ここには、ホテルの他に山小屋があった。小屋のご主人が亡くなってから
    小屋は朽ち、源泉から湯気をあげて温泉が噴き出しているだけになった。
    1997年8月18日 子供たちと、ここをベースに緑岳へ登頂予定だった。
    国立公園のパトロール隊員から ヒグマが出没しているので
    銀泉台から赤岳へのルートを推薦され、変えたことがあった。
     むろん今回大雪高原は、まったく候補に子供たちからあがってこなかった。明日からの予定をチェックする娘
    ホテルの朝食
    ほとんどが富良野・北海道の食材
    フロントに
    「今朝のごはんで使用されたお米の銘柄を教えてください。!」
    と、聞くと、フロントマン
    「ここではわかりませんので、少々お待ち下さい!」と 厨房へ電話を入れる。
    このホテルでは、北海道産米を使用していますが、今朝は、
    「きらら397」とのこと
    きらら397は、食味ランキングでは、新潟(上・下越)コシヒカリと同じ
    Aランクです。
    朝のホテル窓から
    朝食で出されたアスパラや菜類は、自家菜園での朝どりということです。娘がホテルフロントで見つけた案内
    10時20分 後藤純男美術館着
    美術館入館券 1000円が特別入館優待券で850円となった。

    「本日中なら何度でも入場できますからネ」とお姉さんに

     なるほど、入館券には、「一日利用券」と書かれてある。美術館の外壁は木板十勝連峰側にもベランダ

    後藤純男美術館ホールにも
    応援大使の大きなポスター
    残念ながら このポスターは 手に入れることはできなかった。
    一階のの外に
    開放的なテーブルとイス

    二階のテラス
    日の出公園
    日の出公園
    小屋の屋根がラベンダー色
    チャリンコが、十勝岳温泉を目指す
    がくでん駅構内を渡って
    六花亭富良野店へJR富良野線 学田駅は 上下各9本停車する
    下り始発と上りの二番は休日運休
    ここは、娘の希望でコースに組み込まれた。
    帯広千秋庵(現・六花亭)の社長・小田豊四郎が開拓農家の坂本宅訪問。
    児童雑誌の表紙絵の依頼を坂本直行は、無償で引き受ける。
    昭和36年(1961年・秋)直行がデザインした花柄の包装紙が
    帯広千秋庵にて使用開始。
    六花亭さんと、坂本直行(坂本竜馬の親戚)との結びつきは、ここから始まる。
    彼は、元小清水YHペアレントの大学の大先輩。ユースホステル各部屋の入り口に
    坂本画伯の花の絵(本物)が飾ってあり、花の名が部屋の名に。なんとも贅沢な
    YHであった。坂本直行がデザインした花柄の包装紙。彼の絵のほとんどは日高の山並み。
    その日高山脈の絵を何十点も飾ってある個人宅を知っている。トイレにも
    坂本直行の絵があるのは、たぶん柴崎宅だけだろう。八雲町から山の中に入った
    一軒家、柴崎重行宅。小清水YHでオンコの木彫り熊を見せていただいたおり
    ペアレントが、東京へ帰る前に作者に会って行ったら・・と紹介していただいた。
    バーナード・リーチもこの柴崎熊を手元に置いていたというぐらいの作品だ。

    昭和52年、坂本直行がまず初冬の日高連峰の油彩四号一点を送った。
    忘れたころ、オンコのかたまり二個が柴崎さんから届いたそうだ。鉈で創作した熊だった。
    愛走路が柴崎先生と初めてお会いしたのは、
    1982年(昭和57年)8月17日。
    その後毎年(最後が1991年6月21日長男・次男と)
    自宅へ寄らせていただいた。
    6月16日(火) 12時10分 六花亭富良野店着 577.2km

    富良野の初夏が広がる
    こちらは十勝岳を望むスペース
    贅沢な空間が広がる
    ふらの餅はここだけの
    限定販売
    ふらの餅を買いに行った二人
    まてど暮らせど、駐車場で待っている愛走路まで戻って来ない
    そこへ携帯電話へメール。
    「いいとこだから、来て!」
    なるほど、子供たちが気にいった気持ちがわかった。

    珈琲紅茶Free
    ベランダに低い位置で
    ガラスの柵があるだけ
    これほど広々としたベランダが
    あるだろうか
    ベランダの先は、背の低いガラスの柵

    ブルーベリーの畑を挟んで美術館(ここも無料)
    一枚ガラスから これもまた アート

    館内 娘と愛走路

    Photo by Musuko

  • Photo  ベリー類もまもなく熟す<br /> by Musuko<br />

    Photo  ベリー類もまもなく熟す
    by Musuko

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