2015/07/13 - 2015/07/13
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名古屋のmisakoさん
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奈良のカサブランカ、ハスを見て、売太神社(めたじんじゃ)にも立ち寄ってきました。
松尾寺は、標高300mほどの山にある寺で、花はバラが有名ですが、3年ほど前からカサブランカの鉢植え1000球5000輪もあり、7月が見頃で13日も美しく咲いていました。ゆりの中でも大輪のカサブランカは1970年代にオランダで品種改良されたオリエンタルハイブリット系(ウィキペディアより)で、洋風豪華な花で良い香りがします、ゆりの女王と言われています。
売太神社は、主斉神稗田阿礼命、副斉神天宇受賣命、猿田彦神を祀る神社で、草創は古く、不詳ではあるが、遠く推古朝時代までには創建されていたとみられる。・・・中略・・・奈良時代には、稗田集落西辺に、平城京に通じる水陸両用の主要幹線道路「下つ道」があった。近年の発掘調査で、神社南方の下つ道の稗田遺跡から多数の祭祀道具が発見され、平城京の南正門にあたる羅生門真南の稗田の地は、都に出入りする人々の穢れを払い、また、交通の安全を祈願する神事の場所でもあったことがわかった。
稗田の地は太古より天宇受賣命を太祖とする猿女君稗田氏(さるめのきみひえだし)の居住地であった。奈良時代、子孫である稗田阿礼命が天武天皇に舎人としてお仕え申し上げていた。阿礼命は、非常に聡明で、抜群の記憶力の持ち主であったので、二十八歳の若い阿礼命をお選びになり、天皇が精選された古い神々や歴代天皇の御事跡・神代以来の各氏族の歴史など、数多くの事柄を誦み習わしお授けになった。これを三十有年後、元明天皇が、太安万侶に「稗田阿礼の誦み習った事柄を記録せよ」と命じられた。このようにして、和銅五年(712年)正月二十八日に天皇に撰上申し上げたのが「古事記」である。(パンフレットより)
古事記は日本最古の日本神話物語です。
奥田はす池公園の捨篠池(すてしのいけ)の説明書きによると、役行者の母である白専渡都岐麻呂(しらとうめとときまろ)またの名を刀良売(とらめ)が病気で療養中に奥田はす池公園にある捨篠池に、双頭の蓮の咲く葉に金色のカエルを見た、なにげなく萱の葉を投げたところ蛙の目に当たってしまい、蛙の目は一つ目になった、双頭の蓮も一つの蓮の花になり、輝く世界は消えてしまった、刀良売の病も重くなり間もなく亡くなった、以来この池の蛙は一つ目と言われている、と書かれていて、毎年このカエルを供養するためとも母の追善供養にと7月7日に蓮取り行事が行われるそうです。
母42歳を役行者が生まれた年?に幼くして亡くしたとありますが、699年役行者が65歳の時伊豆に配流される際、人質となった母のために姿をあらわしたとの伝承もあり、母は一体いつ亡くなったのでしょうか、少々疑問に思う次第です。
毎年7/7に、善教寺から出発し、福田行者堂、刀良売墓(役行者の母)、弁天神社・奥田はす公園捨篠池にて蓮取り行事後、金峯山寺本堂にてかえる跳び行事(かえる跳び行事の由来となった話が別に有ります)があるそうです。
奥田はす公園のハスは戦中戦後全滅したものを奥田の人々が再度植えて復活させたもので、108本の蓮を7/7の蓮取り行事で奉納された後でしたので数は減っていましたが美しく咲いていました。
藤原宮跡の蓮も見てきましたが、見ごろが7月下旬から8月上旬のせいかほとんど咲いていませんでした。
松尾寺 舎人親王像・大黒天像公開4/1〜11/30 拝観料300円 P無料
像高130.3cmの役行者像は9/1〜9/7に公開予定
売太神社 P無料 阿礼祭8/16
奥田はす公園捨篠池・弁天神社 福田行者堂 Pなし 蓮取り行事7/7
藤原宮跡 P無料
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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松尾山松尾寺、松尾山真言宗、創建は舎人親王が日本書紀を作成するに当り、42歳の厄除け祈願に創建した。
松尾寺は、養老2年(718)、天武天皇の皇子舎人親王が、勅命による日本書紀編纂の折、42歳の厄年であったため、日本書紀の無事完成と厄除けの願をかけて建立された日本最古の厄除霊場です。
親王が松尾山に参詣修行し、ご祈願の養老2年2月初めの午の日、東の山に紫の雲たなびき(瑞雲)、千手千眼観世音菩薩が天降りご出現なされたという「松尾山縁起」により、国運隆昌・国体安穏を祈祷申し上げる勅願寺として、歴代皇室の御叡信厚く、後水尾天皇も御持仏の如意輪観音を下された由緒ある寺です。
(ホームページより)
日本書紀は対外国向きに書かれた公式な日本の紹介書です。 -
カサブランカはラブロマンス映画の舞台になったモロッコの都市カサブランカと同じ名ですね、白が基本のカサブランカですが、ピンク、イエロー、パープル、レッドなどあります、白い家という意味だそうです
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奈良の名水、霊泉
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ハイキングコースいろいろあり
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大黒天像が公開されていましたが、今回は拝観しませんでした
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松尾山神社
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松尾山からの奈良の眺め
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松尾山神社の御祭神は牛頭天王(素戔鳴尊)、娑利采女(櫛稲田姫)
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舎人親王の毛骨を埋めた?
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雷神がピンぼけてしまいました・・・
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イノシシを飼っているのでしょうか・・・
宿泊施設と思われる建物が見えます、こちらで小学生が夏季修業を行うのかな?? -
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舎人親王伏し拝み伝承地、松尾寺から300mほどの法隆寺に続く道にあります、法隆寺までは約2km、矢田寺、霊山寺までもハイキングコースがあります
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718年2月千手千眼観音菩薩が東の山の紫雲より現る
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カエンダケに注意、触ってもいけません
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売太神社(めたじんじゃ)
主斉神は天宇受売の命の子孫である稗田阿礼命、副斉神猿田彦神は天孫降臨の際、瓊瓊杵尊を高天原か宮崎県日向の高千穂に向かわれる際天と地の分岐点に立って道案内をされたことから道や境界を守る神、方位の神、道びきの神と言われる、副斉神天宇受賣命は猿女君の祖先にあたる女神、天の岩屋の神事に、鎮魂舞踊を演じ、天照大御神を岩屋からお出しになった神、猿田彦神の妻、「おたふく」「おかめ」と言われている女の福徳を備えられた神様で、福の神、芸能の始祖神
(パンフレットより) -
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阿礼祭
売太神社で毎年8月16日に行われる祭り。
昭和5年8月16日当時の奈良県立図書館長仲川明らが提唱し、全国童話連盟の人たち当時の童話家 久留島武彦氏、岩谷小波氏などによって始められた。当日は「稗田舞」が奉納され、続いて前庭において「阿礼さま踊り」が「阿礼さま音頭」が催される。また地元小学校や神社で童話連盟の
人たちによる童話会も開かれる
(ななかまどHPより) -
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鳥居の東南にPはあります
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奥田はす池公園の捨篠池(すてしのいけ)
昔、役小角(行者)の母(刀良売)が、奥田の蓮池で病気を養っているとき、夏のある朝、池の中にまつってある神社に詣でると、白い蓮花が咲いていて、その葉には金色に光った蛙がいました。刀良売は、一本の篠萱を引き抜いて、何気なく蛙に投げつけたところ、それが蛙の目にあたって、目を損じてしまいました。さして、池の中に逃げた蛙は、もとの土色の蛙となって浮いてきました。そして五色の霧も消えてなくなり、一茎二花の蓮も、もとの蓮になってしまいました。それから、この池の蛙は、一つ目であるといわれています。また、この池の蓮は、一本の茎に二個の花をつけた蓮であったので、めでたいとの前兆ではないかとして、朝廷に献じられたこともあったそうです。この異変ののち、この池は捨篠の池と命じられたといいます。
刀良売は、それから病気が重くなり、42歳で亡くなりました。母を亡くした小角は、心に誓って修験道をひらき、吉野山に入って蔵王権現をあがめ、蛙をまつって追善供養をしました。
以来、毎年7月7日は、吉野の山伏が奥田の行者堂にやって来て、香華を献じ、蓮池の蓮(108本)を摘み、それを大峰山中の拝所に供える蓮華会がおこなわれます。また、この日、吉野の蔵王堂では、「蛙飛び」行事がおこなわれます。 「大和高田市史」より -
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「役行者(えんのぎょうじゃ)」とは、7〜8世紀に奈良を中心に活動していたと思われる、修験道の開祖とされている人物です。
「役小角(えんのおづの)」がその本名であると言われ、またほかに「役優婆塞(えんのうばそく)」、「神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)」、「山上様(さんじょうさま)」などの呼び名があります。
役行者が、7〜8世紀に実在したことは確かなようですが、生没年など詳しいことは不明です。もっとも、伝説の多くは、舒明天皇六年(634)1月1日に大和国茅原にて生まれ、大宝元年(701)、68歳の時に「没した」のでなく、「昇天した」としています。いずれにせよ、この世の人でなくなった、ということでしょう。
「役優婆塞」とは、平安初期に成立したと目されている『日本霊異記』における役行者の呼び名です。優婆塞(うばそく)とは、サンスクリット「up?・saka(ウパーサカ)」の音写語で、「在家仏教信者」を意味する言葉です。役行者は、僧侶ではなく、在家仏教信者として修行した人です。
(役行者礼蹟礼所会HPより)
役行者は、父は高賀茂間賀介麻呂(たかものまかげまろ)、母は白専渡都岐麻呂(しらとうめとときまろ)またの名を刀良売、役行者生誕伝承地とありますが、御所市茅原の吉祥草寺にも生誕地、産湯の井戸が有ります。 -
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奈良県大和高田市奥田470
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弁天神社は捨篠池が御祭神だったとも市杵島比売命ともいわれ、役行者の父が40歳になっても子がいないのを嘆き、子授け祈願を夫婦で毎日通って行った神社と言われています
ということは634年生まれではないかと言われる役行者の時代にはすでに存在した古社ということになりますね -
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福田行者堂、隣に善教寺が有りますが、立ち寄ってないので・・・残念、刀良売の墓も、よってないので・・・残念
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福田行者堂の蓮
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奥田はす公園から7kmほどで藤原宮跡に着きました
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発掘調査中でしょうか
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ほとんどまだ咲いていません
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コスモスが少し咲いています
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菊のようなコスモスが咲いています
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キバナコスモスはピンぼけましたがそろそろ時期ですが、こちらは去年の名残のようです
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名古屋ふらんす4個入り400円は、名古屋みやげですが、亀山PAで買ってみました
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売太神社は猿田彦神が副斉神でもあり、交通安全守はいろいろありました
交通安全反射板500円 -
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