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訓子府の友人宅で、休憩後 <br />「明日 朝の新潟行きフェリーに乗るため 小樽へ行く」<br /> ご夫婦は、旭川経由をはじめ推奨。しかし、・・・<br />足寄経由の方が楽かな?ということになり<br />訓子府市街地から道路工事区間など<br />事細かに 教えてくださりました。

70歳 北帰行一人旅 陸別・足寄・士幌編

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2015/05/25 - 2015/06/25

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愛走路

愛走路さん

訓子府の友人宅で、休憩後 
「明日 朝の新潟行きフェリーに乗るため 小樽へ行く」
 ご夫婦は、旭川経由をはじめ推奨。しかし、・・・
足寄経由の方が楽かな?ということになり
訓子府市街地から道路工事区間など
事細かに 教えてくださりました。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車
  • 「高速道路の工事をしている場所を<br /> 右側走れば、あとは道なりで足寄へでるから!」<br />と、友人に教えられた通り、訓子府市街地を抜け<br /> 道道143号線美園峠を越え陸別町へ入る。<br /><br />現在廃線となった池北線<br />道央と網走を結ぶ幹線鉄道として網走線の名で1910年に池田側から開業。<br />1911年には野付牛(現在の北見)まで延長、<br />1912年にはさらに網走へと延長され、<br />網走本線(あばしりほんせん)となった。<br />しかし、1932年に石北線が野付牛に達すると<br />距離の短い石北線がメインルートとなり、<br />1961年には線路名称の整理が行われて、<br />石北線が名実ともに本線(石北本線)となり、<br />池田 - 北見間が池北線となった。出典ウィキペディアより

    「高速道路の工事をしている場所を
    右側走れば、あとは道なりで足寄へでるから!」
    と、友人に教えられた通り、訓子府市街地を抜け
    道道143号線美園峠を越え陸別町へ入る。

    現在廃線となった池北線
    道央と網走を結ぶ幹線鉄道として網走線の名で1910年に池田側から開業。
    1911年には野付牛(現在の北見)まで延長、
    1912年にはさらに網走へと延長され、
    網走本線(あばしりほんせん)となった。
    しかし、1932年に石北線が野付牛に達すると
    距離の短い石北線がメインルートとなり、
    1961年には線路名称の整理が行われて、
    石北線が名実ともに本線(石北本線)となり、
    池田 - 北見間が池北線となった。出典ウィキペディアより

  • その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る

    その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る

  • その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより

    その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより

  • その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい

    その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい

  • まもなく 落陽

    まもなく 落陽

  • その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が<br />そのまま残されている。松山千春の大きな看板を<br />掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。<br /><br />道東自動車道 本別・足寄IC 入線

    その昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が
    そのまま残されている。松山千春の大きな看板を
    掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。

    道東自動車道 本別・足寄IC 入線

  • ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が<br />そのまま残されている。松山千春の大きな看板を<br />掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。<br /><br />道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー<br />明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ<br />その小樽へ向かう<br />帯広JCTを過ぎた高速道路運転中<br />娘から電話が入る。<br />「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」<br />え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・<br />「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事<br /> とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、<br /><br />次のPが 十勝平原のSAだ。<br />とりあえず今晩はここで泊る。<br />真夜中 電話がきた。<br />次男から<br />「俺も行っていい??」<br />むろんノープロブレム!!<br /> 駐車場を見渡すと 車が一台もいない。<br /> クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。<br /> 戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。<br />  道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />点灯

    ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が
    そのまま残されている。松山千春の大きな看板を
    掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。

    道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー
    明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ
    その小樽へ向かう
    帯広JCTを過ぎた高速道路運転中
    娘から電話が入る。
    「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」
    え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・
    「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事
    とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、

    次のPが 十勝平原のSAだ。
    とりあえず今晩はここで泊る。
    真夜中 電話がきた。
    次男から
    「俺も行っていい??」
    むろんノープロブレム!!
     駐車場を見渡すと 車が一台もいない。
     クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。
     戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。
    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    点灯

  • ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が<br />そのまま残されている。松山千春の大きな看板を<br />掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。<br /><br />道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー<br />明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ<br />その小樽へ向かう<br />帯広JCTを過ぎた高速道路運転中<br />娘から電話が入る。<br />「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」<br />え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・<br />「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事<br /> とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、<br /><br />次のPが 十勝平原のSAだ。<br />とりあえず今晩はここで泊る。<br />真夜中 電話がきた。<br />次男から<br />「俺も行っていい??」<br />むろんノープロブレム!!<br /> 駐車場を見渡すと 車が一台もいない。<br /> クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。<br /> 戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。<br />  道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />このメンバーでの三人旅は、<br />5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。<br /> 末っ子も現在北海道在住だから<br /> 6人中4人が北海道に集まることになった。<br /> 六月の北海道 万歳!!<br /><br />6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです<br />体調は崩してませんか?」ブログ仲間から<br /><br />「気遣っていただき恐縮です。<br />そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。<br />ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」<br />と、返信。<br /><br />

    ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が
    そのまま残されている。松山千春の大きな看板を
    掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。

    道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー
    明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ
    その小樽へ向かう
    帯広JCTを過ぎた高速道路運転中
    娘から電話が入る。
    「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」
    え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・
    「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事
    とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、

    次のPが 十勝平原のSAだ。
    とりあえず今晩はここで泊る。
    真夜中 電話がきた。
    次男から
    「俺も行っていい??」
    むろんノープロブレム!!
     駐車場を見渡すと 車が一台もいない。
     クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。
     戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。
    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    このメンバーでの三人旅は、
    5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。
     末っ子も現在北海道在住だから
     6人中4人が北海道に集まることになった。
     六月の北海道 万歳!!

    6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです
    体調は崩してませんか?」ブログ仲間から

    「気遣っていただき恐縮です。
    そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。
    ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」
    と、返信。

  • ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が<br />そのまま残されている。松山千春の大きな看板を<br />掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。<br /><br />道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー<br />明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ<br />その小樽へ向かう<br />帯広JCTを過ぎた高速道路運転中<br />娘から電話が入る。<br />「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」<br />え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・<br />「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事<br /> とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、<br /><br />次のPが 十勝平原のSAだ。<br />とりあえず今晩はここで泊る。<br />真夜中 電話がきた。<br />次男から<br />「俺も行っていい??」<br />むろんノープロブレム!!<br /> 駐車場を見渡すと 車が一台もいない。<br /> クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。<br /> 戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。<br />  道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />このメンバーでの三人旅は、<br />5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。<br /> 末っ子も現在北海道在住だから<br /> 6人中4人が北海道に集まることになった。<br /> 六月の北海道 万歳!!<br /><br />6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです<br />体調は崩してませんか?」ブログ仲間から<br /><br />「気遣っていただき恐縮です。<br />そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。<br />ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」<br />と、返信。<br /><br />道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />夕焼け雲が<br />車のガラスに映る

    ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が
    そのまま残されている。松山千春の大きな看板を
    掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。

    道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー
    明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ
    その小樽へ向かう
    帯広JCTを過ぎた高速道路運転中
    娘から電話が入る。
    「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」
    え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・
    「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事
    とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、

    次のPが 十勝平原のSAだ。
    とりあえず今晩はここで泊る。
    真夜中 電話がきた。
    次男から
    「俺も行っていい??」
    むろんノープロブレム!!
     駐車場を見渡すと 車が一台もいない。
     クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。
     戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。
    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    このメンバーでの三人旅は、
    5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。
     末っ子も現在北海道在住だから
     6人中4人が北海道に集まることになった。
     六月の北海道 万歳!!

    6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです
    体調は崩してませんか?」ブログ仲間から

    「気遣っていただき恐縮です。
    そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。
    ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」
    と、返信。

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    夕焼け雲が
    車のガラスに映る

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />夕闇迫る。

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    夕闇迫る。

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリアの朝

    道東自動車道 十勝平原サービスエリアの朝

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />この囲いは??

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    この囲いは??

  • ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる<br />この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。<br />この急行列車、この陸別が起点で <br />朝7時30分発「池北1号」として池田へ<br />15分後折り返し北見へ11時36分着 <br />急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着<br />再び折り返し18時20分発<br />終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。<br /><br />写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。<br />これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、<br />またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。<br /> 一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が<br />そのまま残されている。松山千春の大きな看板を<br />掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。<br /><br />道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー<br />明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ<br />その小樽へ向かう<br />帯広JCTを過ぎた高速道路運転中<br />娘から電話が入る。<br />「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」<br />え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・<br />「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事<br /> とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、<br /><br />次のPが 十勝平原のSAだ。<br />とりあえず今晩はここで泊る。<br />真夜中 電話がきた。<br />次男から<br />「俺も行っていい??」<br />むろんノープロブレム!!<br /> 駐車場を見渡すと 車が一台もいない。<br /> クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。<br /> 戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。<br />  道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />このメンバーでの三人旅は、<br />5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。<br /> 末っ子も現在北海道在住だから<br /> 6人中4人が北海道に集まることになった。<br /> 六月の北海道 万歳!!<br /><br />6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです<br />体調は崩してませんか?」ブログ仲間から<br /><br />「気遣っていただき恐縮です。<br />そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。<br />ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」<br />と、返信。<br /><br />道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />夕焼け雲が<br />車のガラスに映る道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />SAにしては、トイレのみ。

    ライトがその昔 北見・池田間を、ジーゼルカーで乗車した記憶がよみがえる
    この池北線 訓子府発13時58分 陸別14時59分着 急行「池北2号」だった。
    この急行列車、この陸別が起点で
    朝7時30分発「池北1号」として池田へ
    15分後折り返し北見へ11時36分着
    急行「池北2号」として13時40分再び池田へ16時24分着
    再び折り返し18時20分発
    終着駅陸別19時39分着 やっとここ陸別駅構内車庫で眠りにつく。

    写真 最後の欄 「ふるさと銀河線りくべつ鉄道広場」の名称が残る1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。
    これには、ふるさと銀河線開業時、第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、
    またバブル期で金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。
    一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。出典ウィキペディアより国道242号線(陸別国道)に夕日がまぶしい懐かしの ちほく高原鉄道足寄駅が
    そのまま残されている。松山千春の大きな看板を
    掲げた真っ赤なバスの休憩所もここから近かかった。

    道東自動車道 本別・足寄IC 入線小樽から新潟へフェリー
    明日の朝乗船すると あさって午後には戸隠到着だ
    その小樽へ向かう
    帯広JCTを過ぎた高速道路運転中
    娘から電話が入る。
    「北海道へ1週間後いきたいんだけど まだ、いる?」
    え?と 息を飲んだ。あまりにも突然だったが・・・
    「1週間でも 1ケ月でも待っているヨ」と返事
    とりあえず、小樽行きは中止にせねばと、

    次のPが 十勝平原のSAだ。
    とりあえず今晩はここで泊る。
    真夜中 電話がきた。
    次男から
    「俺も行っていい??」
    むろんノープロブレム!!
     駐車場を見渡すと 車が一台もいない。
     クマに襲われたらひとたまりもないだろう・・・。
     戸隠に戻るのは 早くても下旬以降だ。
    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    点灯道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    このメンバーでの三人旅は、
    5年前の ニュージーランド以来のとりあわせとなる。
     末っ子も現在北海道在住だから
     6人中4人が北海道に集まることになった。
     六月の北海道 万歳!!

    6/5のブログに 「今日十勝岳積雪5センチだそうです
    体調は崩してませんか?」ブログ仲間から

    「気遣っていただき恐縮です。
    そうなんです。北海道全域 低温注意報が出ています。
    ゆっくり 温泉に入って 眠くなったら寝てしまう そんな生活が続いています。」
    と、返信。

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    夕焼け雲が
    車のガラスに映る道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    SAにしては、トイレのみ。

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />SAの周囲は広々とした 牧草地帯

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    SAの周囲は広々とした 牧草地帯

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />のんびりできる 場所がたくさん。

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    のんびりできる 場所がたくさん。

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />おうまさんをモチーフにした オブジェ

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    おうまさんをモチーフにした オブジェ

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />日高の山々が近い

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    日高の山々が近い

  • 道東自動車道 十勝平原サービスエリア<br />そろそろ 出発

    道東自動車道 十勝平原サービスエリア
    そろそろ 出発

  • 5時12分 道東自動車道 十勝平原サービスエリア出発<br />5時22分 十勝清水出口 1230円(道内初めて徴収される)

    5時12分 道東自動車道 十勝平原サービスエリア出発
    5時22分 十勝清水出口 1230円(道内初めて徴収される)

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み

  • 美蔓のパノラマパーク看板

    美蔓のパノラマパーク看板

  • パーキングには、愛走路の車一台のみ<br />

    パーキングには、愛走路の車一台のみ

  • 美蔓のパノラマパーク トイレは清潔に保たれていた。

    美蔓のパノラマパーク トイレは清潔に保たれていた。

  • 美蔓のパノラマパーク<br />鉄道をモチーフ?

    美蔓のパノラマパーク
    鉄道をモチーフ?

  • カリオンが・・・

    カリオンが・・・

  • 美蔓のパノラマパークからの展望<br />真正面に<br />日高の山並み

    美蔓のパノラマパークからの展望
    真正面に
    日高の山並み

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける<br /> Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?<br />12時00分 発<br /><br />

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み
    6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける
     Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?
    12時00分 発

  • なかなか<br />資料がそろっている<br />道の駅でした。

    なかなか
    資料がそろっている
    道の駅でした。

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける<br /> Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?<br />12時00分 発<br /><br />たくさん この道の駅で<br />車中泊のキャンピングカーが停泊中。

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み
    6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける
     Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?
    12時00分 発

    たくさん この道の駅で
    車中泊のキャンピングカーが停泊中。

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける<br /> Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?<br />12時00分 発<br /><br />たくさん この道の駅で<br />車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。<br />のんびり時がながれゆく

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み
    6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける
     Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?
    12時00分 発

    たくさん この道の駅で
    車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。
    のんびり時がながれゆく

  • パノラマの地図で <br />大変見やすい

    パノラマの地図で
    大変見やすい

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける<br /> Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?<br />12時00分 発<br /><br />たくさん この道の駅で<br />車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。<br />のんびり時がながれゆく12時35分 道の駅うりまく 2769.2? 気温12度C<br />13時00分 発<br /> <br /> 13時30分 道の駅ピア21しほろ 2791.9km <br />   13時45分 発

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み
    6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける
     Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?
    12時00分 発

    たくさん この道の駅で
    車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。
    のんびり時がながれゆく12時35分 道の駅うりまく 2769.2? 気温12度C
    13時00分 発

    13時30分 道の駅ピア21しほろ 2791.9km
    13時45分 発

  • とりあえず<br />次のIC 十勝清水で降りる。<br />日勝国道274号線を北東へ<br />清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。<br />上川橋で十勝川を渡ると<br />急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから<br />日高の山並み<br />6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける<br /> Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?<br />12時00分 発<br /><br />たくさん この道の駅で<br />車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。<br />のんびり時がながれゆく12時35分 道の駅うりまく 2769.2? 気温12度C<br />13時00分 発<br /> <br /> 13時30分 道の駅ピア21しほろ 2791.9km <br />   13時45分 発自衛隊の車列が目立つ

    とりあえず
    次のIC 十勝清水で降りる。
    日勝国道274号線を北東へ
    清水町市街地を通過 佐幌川の谷を上る。
    上川橋で十勝川を渡ると
    急坂となり 美蔓のパノラマパーク到着美蔓のパノラマパークから
    日高の山並み
    6時12分発 道の駅しかおい 外水道あり車のガラスが拭ける
     Wi?Fiがパーキングで使用可 うれしい。2758.5?
    12時00分 発

    たくさん この道の駅で
    車中泊のキャンピングカーが停泊中。駐車場内で Wi?Fi使用可能でうれしかった。
    のんびり時がながれゆく12時35分 道の駅うりまく 2769.2? 気温12度C
    13時00分 発

    13時30分 道の駅ピア21しほろ 2791.9km
    13時45分 発自衛隊の車列が目立つ

  • 雲の流れが速い

    雲の流れが速い

  • 山の向こうは雨が・・・

    山の向こうは雨が・・・

  • 十勝の山並みまで続く<br />直線道路

    十勝の山並みまで続く
    直線道路

  • 14時51分 しほろ温泉プラザ緑風 2803.9km<br />なんと入浴料金に琥珀色の露天風呂で疲れをいやす<br />シニアー割500円→350円に<br /> 売店で 「なまら蝦夷 宿主たちの旅案内」<br />         「とほ宿」 の2冊(1649円)購入 <br />レジ通過時刻14時51分<br /> 隣が瓜幕郵便局 100円記念貯金<br />15時〇〇分出発<br /> <br />

    14時51分 しほろ温泉プラザ緑風 2803.9km
    なんと入浴料金に琥珀色の露天風呂で疲れをいやす
    シニアー割500円→350円に
     売店で 「なまら蝦夷 宿主たちの旅案内」
    「とほ宿」 の2冊(1649円)購入
    レジ通過時刻14時51分
     隣が瓜幕郵便局 100円記念貯金
    15時〇〇分出発

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