2015/06/05 - 2015/06/06
43位(同エリア594件中)
ベームさん
6/5(金)、18日目。6/6(土)、19日目。
6/5、夕方ザルツブルクから到着しました。
6/6、2時ころまでインスブルックの町を歩きミュンヘンに戻りました。
ザルツブルク、インスブルックとオーストリア2つ目の町ですが、インスブルックで初めてなんとなくドイツと違うなと感じました。ザルツブルクは私の頭では全くドイツの延長線上といった感じです。インスブルックは長年ドイツ/バイエルンと対立してきた過去があり異なった風土・文化があるのでしょう。
インスブルック:オーストリア、チロル地方の中心都市で州都。人口約13万人。イン川が町の中を流れ、町の名も古いイン川の橋/インブリュッケに由来します。
北はアールベルク峠でドイツと、南はブレンナー峠で北イタリアと結ばれる交通の要所にあり発展。1239年都市権を得ますが14世紀よりハプスブルク家の支配下になり、特に15世紀末から16世紀にかけマクシミリアン1世のもとで政治・経済・文化の中心地として最盛期を迎えました。また女帝マリア・テレジアの名も忘れることは出来ません。
ウインター・スポーツのメッカで、1964、1976年に冬季オリンピックが開かれています。
写真はイン橋とイン川の対岸の家並み。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ザルツブルク15:00発のRJ862/レイルジェットでインスブルックに向かいました。
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電光掲示板もドイツのとは違います。
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オーストリア鉄道の車両。
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ウエストバーンの列車も入線していました。
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入線してくるRJ/レイルジェット。
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重厚な車内。
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イン川。
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駅員の服装も新鮮です。
駅舎とかホームはドイツの田舎の駅に比べて整備されているように思いました。
ドイツのローカル駅はホームに屋根もなく、廃屋のような駅舎、辺りは草ぼうぼうといった感じですが、オーストリアの田舎の駅はホームに屋根があり清潔に管理されているように思われました。
全体の規模が小さいと個々の管理も行きとどくのでしょう。 -
途中クーフシュタイン駅。
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クーフシュタイン城塞が見えます。
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クーフシュタイン城塞。
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チロルの風景。
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本当のチロルらしさは平地ではなくもっと山間部に入らなくては味わえないと思います。
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時速189キロ。
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インスブルック中央駅に着きました。16:54。
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近代的な構内。
インフォメーションでインスブルックカード24時間用を買いました。33ユーロで高いです。使用開始の時間を記入するとその時間から24時間通用します。 -
インスブルック駅。
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駅前のトラム乗り場。
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駅前風景。
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マリア・テレジア通りまでトラムで行きました。
左の塔はシュピタール教会、右の塔は市の塔。 -
マリア・テレジア通り。目抜きです。
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道幅が狭くなってマリア・テレジア通りから続くヘルツォーク・フリードリヒ通り。
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通りの突き当りに黄金の小屋根が見えます。
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右の塔は市の塔。
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今日の泊りはガストホーフヴァイセス・クロイツ/白十字。
ヘルツォーク・フリードリヒ通りの真ん中にあります。 -
ホテル入り口。
老舗ホテルのようですが調度が駄目です。
部屋には小さな丸テーブルが一つだけ。ロッカーのハンガーが3m近くの高さにありしかも取り外せないので私には衣類を掛けることが出来ません。経営者はお客サービスにどういうセンスを持っているのか。 -
大きな荷物はミュンヘンのホテルに置いてきているので小さなリュック一つ、すぐ街に出ました。
旧市庁舎と市の塔。1450年。51m。 -
市の塔とヘルツォーク・フリードリヒ通り。
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黄金の小屋根のあるホーフガッセ。
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黄金の小屋根。
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神聖ローマ帝国皇帝マキシミリアン1世が広場の行事見物のために造らせた出窓。
1500年。
建物はチロル伯の居城として1420年の建築。 -
3階にはマキシミリアン博物館があります。
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たいがいインスブルック一番の名所に挙げられますがそれほどでもなし。
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2657枚の金箔の瓦が使われているそうです。
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横から。
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左から3枚目が、
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皇帝と最初の妻マリー・ド・ブルゴーニュ、2番目の妻マリア・ビアンカ・スフォルツア。
マリーはブルゴーニュ公国の跡取り娘で、マリーと結婚することによりハプスブルク家はブルゴーニュ領だったフランドルを領することになった。 -
ホーフガッセ。
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レンヴェークという広い通りに出ました。
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正面の山並みはノルトケッテ山塊、左の白い建物は王宮。
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王宮の向かいのチロル州立劇場。
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出し物は、
チャイコフスキー「ピック・ダーメ/スペードの女王」。 -
グノー「ファウスト」。
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ミュージカル「キャバレー」。
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大聖堂聖ヤコプ教会です。王宮の裏にあります。
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18世紀前半にバロックに改築されました。
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威風あたりを払う威容です。
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中に入りました。
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身廊。
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主祭壇。
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主祭壇。
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祭壇中央、クラーナハ作「救済のマリア」。
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クラーナハ作「救済のマリア」。
絵葉書です。 -
祭壇下部。
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ザルツブルクの大聖堂よりさらに色彩が豊かです。
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それもそのはず、天井画と化粧装飾はミュンヘンのアザム教会を造ったアザム兄弟の手によるものなのです。
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パイプオルガン。
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説教壇。
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天井画及び化粧漆喰はミュンヘンのアザム教会を造ったアザム兄弟の作です。
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ドーム。
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ピエタ。
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大聖堂らしい重厚で華やかな教会でした。
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ホーフガッセの方に戻ります。
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黄金の小屋根のある界隈に戻ってきました。
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この地方特有のエルカーと呼ばれる出窓が連なっています。
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ヘルプリングハウス。
15世紀の市民の家。外壁のロココ様式の飾り漆喰は1730年頃のものです。 -
黄金の小屋根。
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ホーフガッセ。
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ホーフガッセの出口のオットーブルク。
旧市街地の西端にある建物で中世の城壁に沿って建てられた民家。1494年。 -
イン川に出ました。
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流れ流れて最後にパッサウでドナウ川に合流します。
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市公文書館など市の役所がが入っている建物。
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民芸品の店。
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ホテルゴルデナー・アドラー。
インスブルック最古のホテル。1450年。
ゲーテ、モーツアルト、ハイネが止宿したことがあるそうです。 -
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チロルの英雄アンドレアス・ホーファー。
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マリア・テレジア通り。
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アンナ記念柱。
1703年バイエルン軍の侵攻からの解放に感謝して建てられました。
ここまで来たところで引き返しました。足の痛みが限界です。 -
マリア・テレジア通り。
シュピタール教会。1701年。 -
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色鮮やかな天井画。
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今日はこれで終わり、ホテルに帰りました。
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6/6。
ホテルヴァイセス・クロイツ。1465年来となっています。 -
ホテルヴァイセス・クロイツの出窓は不自然に見えます。いかにも後で取ってつけた様な。
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マリア・テレジア通り。
朝はほとんど人影がありません。
その2に続きます。 -
朝のヘルツォーク・フリードリヒ通り。
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ホテルのあるアーケード。
この地方特有の石造りのアーケードでラウベンといいます。 -
ラウベン。
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ラウベン。
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トラウトソンハウス。
15世紀のラウベンのある家。 -
カッツウングハウス。
角のエルカー/出窓に特徴があります。15世紀。 -
ヘルプリングハウス。
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ここも1階はラウベンになっています。
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ヘルプリングハウスの側面。
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ラウベン/アーケードとエルカー/出窓。
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ホーフガッセをイン川に向かって。
奥が昨日見たオットーブルクです。 -
イン川の向こうにノルトケッテンの山並みが聳えています。
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インスブリュッケ/イン橋。
イン橋は1180年に架けられています。 -
アルプスの水を集め、水量が豊富です。
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対岸の淡いカラフルな建物。
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15~16世紀の建物です。
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マルクト広場。
正面はマルクトハレ/屋内市場。 -
ブレンナー方面。
まっすぐ行くとゲーテやナポレオンも通ったブレンナー峠に通じているのだ。 -
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