2015/05/28 - 2015/05/28
69位(同エリア946件中)
ベームさん
5/28(木)、10日目。
アウクスブルクから鉄道でランツベルクに来ました。
ランツベルク:1160年バイエルン公ハインリヒ獅子王により建設された850年の歴史を持つ町。1268年よりヴィッテルスバッハ家領となる。
1280年都市権を得ています。
レヒ川の水運と塩の集積地として栄え、今も当時の塩の倉庫が残っています。
1923年、ミュンヘン一揆に敗れたヒットラーがこの地の刑務所に収容されたことがあり、その時獄中で書かれたのが「わが闘争」です。そのせいかこの町はヒットラーユーゲントが特に多かったそうです。
美しく保存された町と広場、華やかな教会、木組みの家こそないものの南バイエルンのローテンブルクと言われます。アウクスブルクの南38k、ミュンヘンの西55k。人口3万人弱。
写真は滔々と流れるレヒ川。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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丸印が訪問地。
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○囲いが訪問地。
本日はアウクスブルク~ランツベルク~ショーンガウ。
緯度的にはもうミュンヘンより南です。 -
アウクスブルク8:48発RB。
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ランツベルク(レヒ)行。
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ランツベルク9:40着。
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ランツベルク駅。
晴れわたりました。駅にコインロッカーが無いので荷物を引きずって街なかまで。 -
ランツベルク旧市街地。
左下が駅、右下、時計でいえば4時の所バイエルン門。真ん中がハウプト広場で一番上がザンダウアー門。川はレヒ川。 -
レヒ川に架かる橋を渡ります。
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橋の袂に「父なるレヒ」の像。
レヒ川は男性なのですね。ライン川も男性、ドナウ川は女性です。
ちなみにズボンは女性名詞、スカートは男性名詞、シャツは中性名詞です。なぜなのか分からん。 -
橋の上から左手のレヒ川の眺め。
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美しい眺めです。
アルプスの水を集めたレヒ川の水量は豊富です。アルプスからフュッセン、ランツベルク、アウクスブルクを流れドナウヴェルトの先でドナウ川に合流しています。
私はアウクスブルクからフュッセンまではずっとレヒ川流域を遡りながら旅していることになります。 -
右手。
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ユングフェルシュプルング/乙女の跳躍の塔と丸い尼僧の塔が見えます。
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旧市街地方面。
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橋の中ほどから左に見える母の塔。
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イギリスで活躍したランツベルク生まれの画家ヘルコマーが1888年にアトリエ兼住居と母の思い出として建てた塔です。
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橋を渡るとすぐ左手に音楽学校。
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ヘルコマー通り。
音楽学校の隣はクロスター教会。
元の聖ウルズラ教会。1766年。 -
クロスター教会。
早速中に入りました。 -
内陣。
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主祭壇。
南バイエルンらしい華やかな装飾です。 -
パイプオルガン。
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天井。
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岩窟の聖母。
ダ・ヴィンチの絵が有名ですが、これもそうです。
キリストは厩ではなく岩窟で生まれたという説もあるそうです。 -
岩窟の聖母みたいですね。
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クロスター教会の向かいにホテルゴッグル。
2008年訪問時に泊まったホテルです。健在でした。 -
ヘルコマー通り。
昔塩の交易で栄えたパトリチア/都市貴族の豪壮な建物が軒を連ねています。 -
ヘルコマー通りの先にハウプト広場が見えてきました。
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不等辺三角形 をした広場です。
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広場の東には市庁舎。
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市庁舎。
ファサードはドミニクス・チンマーマン作。1721年。チンマーマンはランツベルクの市長を1748~1753年の間務めています。
中にツーリストインフォメーションがあり荷物を預かってもらいました。 -
ファサード上部。
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東北隅にはシュマルツ塔。
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シュマルツ塔。
最初に造られた城壁。1260年。
左はマリアの噴水。 -
マリアの噴水。1783年。
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身軽になって街歩き開始。
ザルツガッセを曲がりレヒ川に出ました。 -
レヒ川から引いた水路が流れています。
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ヒンター・ザルツガッセ。
昔の塩の格納倉庫です。 -
道の両側にずっと並んでいます。手工芸品を売る店やレストランになっています。
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ザルツガッセの裏には水路が流れています。
水路も水量豊かです。 -
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通りの先、手前にヘクセン塔、奥は聖母被昇天教会。
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ヘクセン塔/魔女の塔。
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塔の横のレストランツム・ヘクセントゥルム。
ここも2008年食事をした懐かしい所です。魔女のなんとかという料理を食べました。 -
塩の倉庫の中で一番大きかったレヒシュターデル。
今は市立図書館です。 -
ヒンテレ・ミュールガッセ。
フェルバー門/染物屋の塔。
内側。 -
外側。
大体において市門は外から入ってくる方が構えが立派です。 -
ベッカー門/パン屋の門。
1435年。 -
こんな風景を小ベネチアと名付ける町も有ります。ランツベルクは違います。
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ベッカー門。
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ハウプト広場から北に延びるフォアデラー・アンガー通りに出ました。
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メインストリートです。
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聖ヨハニス教会。
ドミニクス・チンマーマンの手による。1750年頃。 -
表は目立たない小さな教会ですが中はこの通り。
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あのヴィース教会を造ったチンマーマンです。
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天井。
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華麗な装飾です。
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小さいけど美しい教会でした。
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フォアデラー・アンガー通り。
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通りを北に。
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右に市壁の一部ダッハル塔。
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通りの突き当りは町の北の守りの門ザンダウアー門。
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ザンダウアー門、外側。
城壁の北門。15世紀初期。30年戦争で破壊され1630年再建。 -
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門から再び市内に入り、フォアデラー・アンガー通りの一本東のヒンテラー・アンガー通りを南に歩きました。
向こうに見える塔は聖母被昇天教会。 -
屋根裏部屋の明り取り。
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通りの途中から左に急な階段を登って行きました。
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途中踊場に小さな祠がありました。
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中を覗くと可愛いらしいピエタが。
新しい花が供えられているということは、きちっと管理されているのです。 -
坂道に変りました。
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坂の途中から。
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レヒ川の対岸、ヘルコマーの母の塔も見えました。ズームです。
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登り切った所にある聖霊シュピタール(聖霊病院)。
創設は1349年に遡ります。 -
聖霊シュピタールのとなりのさらに上に聖十字架教会があります。
この階段もきつい。 -
聖十字架教会。
1754年。 -
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入った所に柵があり奥へは入れません。
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数人いた観光客も柵の隙間から必死に写真を撮っていました。
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主祭壇。
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思いっきりズーム。
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華麗なバロック・ロココ様式です。
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フレスコ画はクリストフ・トーマス・シェフラー。
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思いがけない壮麗な教会でした。
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教会の足元に新市博物館。
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元のイエズス会ギムナジウム。1693年。
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更にアルテ・ベルク通りを登りバイエルン門を目指します。
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通りにある豪邸。
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通りの頂上。バイエルン門。町の東南を固めています。
1425年。36m。 -
門を潜って外側です。
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外側が美しいですね。南ドイツで最も美しい門と言われています。
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門の外は明るく開けていました。
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門内に戻りシュロスベルク/城山。
5月の木は大概町の真ん中にありますがランツベルクのはこんな静かな所に凛として立っていました。 -
5月の木。
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ユングフェルンシュプルング塔。
訳すと若い乙女の跳躍塔です。 -
14世紀前半、町の南の市壁の一部。
駅から町に入る橋から見えていた塔です。 -
ユングフェルンシュプルング。
30年戦争時押し寄せる皇帝軍から身を守るため多くの乙女がここから身を投げた、という悲しい伝えがこの名の由来です。 -
塔の辺りからの眺め。
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シュロスベルクのランツベルク実業中等学校。
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ホーフグラーベンを街なかに降りる途中見つけた泉の小教会。
1756年。 -
昔は巡礼地だったそうです。
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Brunnenkirchleinとあるので泉の小教会と訳しました。
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さらに下るとヘクセンフィアテル/魔女の地区という通りがあります。
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ここから先ヘクセンフィアテル。
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ヘクセンフィアテル。
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古い木製のバルコニーのある芸術家街です。
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特に芸術家らしい人は見かけませんでしたがちょっと雰囲気の違う通りでした。
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ハウプト広場のシュマルツ塔が見えます。
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壁の絵の下にフライパンの柄の家と書いてありますが、建物の入り口にはコンタクトレンズ研究所と看板が架かっていました。
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シュロッサーガッセ。
市立劇場。バイエルン地方で最も古い市民劇場の一つだそうです。
1878年。 -
ゲーテの「ライネケ狐」なんかを上演しています。
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シュマルツ塔まで降りてきました。ゲートをくぐるとハウプト広場です。
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シュマルツ塔の位置からのハウプト広場。真ん中に市庁舎。
旧市街地をぐるりと一回りしたことになります。 -
振り仰ぐと聖十字架教会。
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広場の北側にある聖母被昇天教会。
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前回来た時は大修復工事中で中に入れませんでした。
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当初1458から1488年にかけ建てられ1678から1708年にかけバロック風に改装されました。
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入口の扉。
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堂内。
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華やかな教会です。
ドイツでは南に行くほどこういったバロック調の教会が主流になっていくようです。 -
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後方入口側。
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オルガン。
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身廊の天井。
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中央祭壇。
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中央祭壇。
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中央祭壇。
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説教壇。どこから入るのか。
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小さいながら美しいステンドグラス。
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ピエタ2像。
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拡大。
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受胎告知。
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最後に市庁舎の中を見ました。
2ユーロ出せば中に入れてくれます。 -
庁舎内に入るドアの鍵を渡され、自由に歩き回れます。帰るときはドアに鍵をかけ係員に返却。
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会議室のようです。
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豪華な天井の装飾。
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大広間か。
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重厚な木製の天井。
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ヘルコマーの部屋があります。
フーベルト・フォン・ヘルコマーは当地出身の画家。1849~1914年。
自分のアトリエと母の思い出にとレヒ川の対岸に「母の塔/ムッタートゥルム」を建てています。 -
フーバート・フォン・ヘルコマー:自画像。
妻マルガレートへ贈ったもの。
絵の右上に「あなたの最愛の夫より愛しい妻マルガレートへ」と書き込まれています。
ヘルコマーは当地生まれでイギリスで活躍したそうで、イギリス人っぽいですね。 -
フーバート・フォン・ヘルコマー:ペーター・ヘルコマー。
ヘルコマーの従兄弟。 -
フーバート・フォン・ヘルコマー:ヘルコマーと3番目の妻マルガレート。
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フーバート・フォン・ヘルコマー:神の神殿。
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フーバート・フォン・ヘルコマー:グヴェンディット・ヘルコマー。
ヘルコマーの最も愛した娘。 -
市庁舎の上から見下ろしたハウプト広場。
とても美しい街でした。これで南バイエルンのローテンブルクとも言われるランツベルクにさよならしバスでショーンガウに向かいました。
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