2015/04/10 - 2015/04/17
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くろへいさん
「さあ、ロシアに行くか!」
と言い続けて随分と経ってしまった。
当時田舎の中学生だった少年くろへいは、「五木寛之の青年は荒野を目指す」を読んで遠い異国の地に思いを募らせていた。
多くの同世代にとって、「海外旅行」なんか夢のまた夢だった頃、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパを目指すという途方も無い野望を抱いていたのだ。
元々全共闘時代に安田講堂でゲバ棒を持って機動隊と殴りあった両親の影響もあり、少年くろへいにはソ連邦への強い憧れがあった。
父曰くは、ソ連の「プロレタリアート」による共産革命が世界中で起こり、ソ連こそが世界の中心になるという信念があったのだ。
さて、80S当時の海外旅行の定番といえば、ハワイや西海岸、バリ島や西側ヨーロッパが主流だった。
然しながら、自分にとっての海外とは、ドストエフスキーを生み、ナポレオンを阻み、ナチに正義の鉄槌を下した、世界最大にして最強のソ連邦こそが彼の地だった。
90Sになると、外貨規制も撤廃され格安航空券が公然と売られ、バブルの景気が円高を招き、海外旅行の敷居が一気に低くなってしまった。
当時の学生くろへいにとっても、ついに夢が現実となりはじめたのだ。
しかし、嘗てあれだけ恋したソ連邦への想いなど欠片すら無くなっていた。
海外旅行が現実味を帯びると、多くの同世代の若者と同じく、バンコクに沈みカオサンRDで買った格安航空券を手に、インドや周辺アジア諸国が自らのフィールドとなっていた。
TVでは有吉弘行が相方の森脇和成と共にヒッチをしながらユーラシア大陸を横断していた。
バックパッカーという言葉が市民権を得るようになった頃だった。
その頃の将来の夢は、大学を卒業したら、タイ人ホステスのヒモになって、毎日博打や酒を飲みながら、ダラダラ暮らす事だった。
不幸にもその夢は適わなかったものの、タイで生活する事は何とか実現できた。
その後、暇を見つけてはタイを基点に世界中を旅してきた。
そして数年前に、出張先のドイツで旅好きのクライアントとロシアについて話を聞く機会に恵まれた。
「今や、君が旧東ドイツを旅するのと同じくらいにロシアも変化している。特にサンクトペテルブルグは美しい」
Especially Russian girls.
という意味深な最後のフレーズが、ロシアへの旅を決定的にした事はどうでもよいが、ともかくモスクワ行きのチケットとVISAを手にした瞬間、ロシアへの夢は現実へとなった。
待ってろよプーチン!
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実は在タイ日本人がタイの在ロシア大使館でVISAを取得するのは非常に難しい。
インツーリストもバンコク市内の旅行代理店もタイ人以外のロシアVISAの代理申請業務は全て取り扱っていません。
招聘状はモスクワの代理店で取得し、オリジナルをDHLで送付して貰いました。
必要書類を全て揃え意気揚々とロシア大使館に行きましたが、受付けの女性職員は「ニエット(NO)」の一言で門前払いに…。
あまりに理不尽なので、直接モスクワの内務省にメールで問い合わせたところ、最終判断は在ロ大使館にあるが申請は可能との返事がありました。
その内容を添付し、在タイロシア領事宛に嘆願書を書いたところ、領事からメールで「申請を許可する」との紹介状を貰いました。
そこで、紹介状を持って先般門前払いをした職員に提出したところ、ようやく受理、そしてロシアVISAが発給されました。
ところが、今度はタイ航空がモスクワ便の運航を廃止してしまいました。
タイ航空と交渉したことろ、ストックホルムまでTG。その後はLHのコードシェアでミュンヘン経由モスクワ行きに変更して貰いました。
殆ど、欧州引き回しの刑ですが仕方ありません。
ストックホルムまでは12時間のフライト。
目が覚めると黒海上空でした。 -
タイ航空の手配したチケットでは、ストックホルムでの僅か50分。
予想通り乗継ができずに呆然。
ルフトハンザに交渉したところ、スカンジナビア航空モスクワ行き直行便に変更して貰いました。
「そのかわり、エコノミーになりますよ」
というスカンジナビア航空のおばちゃん。
「勿論、構いません」
お陰でミュンヘン経由よりも4時間も早くモスクワに到着します。
スウェーデン上空にて
スカンジナビア半島を流れる川は、未だ凍結してます。 -
モスクワ到着!
此処からサンクトペテルブルグに移動です。
ルフトハンザはドモジェドヴォ国際空港に到着しますが、スカンジナビア航空はシェレメーチエヴォ国際空港に到着。
従って、予め購入していたドモジェドヴォ→サンクトペテルブルグの国内線は破棄。
すぐにスマホでシェレメーチエヴォ→サンクトペテルブルグを60ユーロで買い直しました。シェレメーチエヴォ国際空港 (SVO) 空港
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悪名高きアエロフロートですが、今回はホントに助かりました。
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アエロフロートのCAさん
「写真を撮って良いですか?」
「いいわよ、そのかわり美人に撮ってね」
初ロシア好印象! -
国内線の変更に合わせて、ホテルに頼んでいたピップアップ時間もmailで変更しました。
空港出口で「くろへい様」と表示されたi-padを持った運転手さんを発見。
スムーズにVWの新車に乗り込みます。
珍しく、英語が流暢な運転手さんだったので、ここぞとばかり、現在の経済危機やプーチン体制等々聞いてみました。
曰く
「ルーブルクライシス?大丈夫だよ。俺達は我慢強いんだ。90日間に及ぶナチの兵糧攻めに比べたら楽なもんさ。ロシアは大国だ。石油もガスも穀物もある。外貨が無くてもウォッカは造れるからね」
なるほど、僅かな会話の中に、ロシア人気質というものを実感できました。 -
今回は、サンクトペテルブルグ観光の中心、冬の宮殿まで徒歩2分の「プシュカイン」というブティックホテルを選びました。
丁度、町がトワイライトに染まる時間にホテルに到着。
チェックイン前にホテル玄関正面の太鼓橋から撮影。 -
ホテル玄関の脇からの景色
運河を往来する船の先にはフィンランド湾に面したポリシャワ.ネヴァ川が広がっています。Pushka Inn Hotel ホテル
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とりあえずホテルで夕食を終え、周辺をお散歩しました。
フィンランド湾に沿ったドヴォルツォヴァヤ通り
深夜にもかかわらず、ポルシェやBMWが猛スピードで駆け抜けていきます。
バンコクから24時間以上
長い一日が終わります。 -
翌朝、時差ぼけで早々と目が覚めてしまいました。
ホテルの朝食は7時からなので、それまで周辺を散歩してきます。
ホテルから、冬の宮殿に行く途中。 -
未だ、街の外灯は灯が燈ったままです。
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冬の宮殿です。
朝日を背景にロシアらしいシルエットが浮かびます。 -
冬の宮殿
朝が早いため、人通りは少なく清々しいです。 -
宮殿内の詰め所から護衛兵が出てきました。
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宮殿広場で地方から観光で来た若者グループに話しかけられました。
彼らはロシアの田舎から観光に来たそうです。
その中の女の子が素敵だったので、モデルを頼みました。
カメラを意識しないように、望遠で距離をとって撮影。 -
風に髪がなびきます。
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宮殿広場に隣接するエルミタージュ美術館
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サンクトペテルブルグといえば、やはりエルミタージュ美術館。
前売りチケットをネットで手配して無かったので、開館30分前に並びましたが先頭から10人程度の位置。
オンシーズンでは、こうはいかないでしょう。 -
館内は広く、一日で全て観るのは難しいので、主要な作品を中心に駆け抜けてきました。
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美術品も素晴しいですが、何よりも宮殿の内装が凄い!
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世界三大ミュージアムのひとつに挙げられますが、他と異なるのは宮殿がそのまま美術館として使われている事だそうです。
それにしても、エカテリーナはどこまでイタリア好きやねん?
と突っ込みたくなるほど、イタリアンルネッサンスに溢れています。 -
故宮美術館のような作品も展示されてます。
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全体的にゆるーい雰囲気
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ガンジャ用パイプ?
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ガンダーラ美術
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おおっレンブラント?
筆のタッチとかそっくりですが、違うようです。
工房の作品?
ファンデーションの厚みが場所により随分異なります。
但し、筆使いは躊躇なく神業です。 -
館内やコレクションの詳細は、諸々と情報の媒体があるので、そちらを参考に。美術館の雰囲気が伝われば良いので、数枚の写真の掲載でやめておきます。
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バチカンの回廊を模写したと、近くにいた団体の英語ガイドさんが言ってました。
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美術館を出ると、馬車が停まっていました。
ヨーロピアンチックな光景です。 -
美術館の前では、どこかのTV局が取材してました。
一生懸命台本を確認する女子アナ? -
次はイサク聖堂に向います
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交差点を渡ります
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4月中旬ですが、北欧なので木々の並ぶ道は未だ冬景色です。
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お散歩スナップ
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イサク大聖堂に到着
平凡すぎる写真になってしまいました。
少し遠回りしましたが、エルミタージュから徒歩10分聖イサアク大聖堂 寺院・教会
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大聖堂の扉です。
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聖堂の内部に入ります
彫刻と天井画に彩られた内部に光が当たり、言葉を失う美しさです。 -
天井に描かれたフレスコ画に露出を合わせてみました。
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有名な、キリストのステンドグラス
逆光で浮かぶガラスを印象的に捉える為、露出-0.7で補正
格子状のパースの歪みが出ないようにズームを標準にして撮りました。 -
次は、階段を昇って展望台に行きます。
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展望台からの景色
血の上の救世主教会です。 -
ネヴァ川方面
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エルミタージュ美術館
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カザン聖堂
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デカブリスト広場にある「青銅の騎士像」を展望台から見下ろします。
実際には展望台から200M以上離れています。 -
聖堂前の写真屋さん
帝政ロシアの服装で観光客と記念撮影できます。
50RUBで写真を撮らせて貰いました。 -
次は徒歩でカザン聖堂に向います。
大通りを避けて、寄り道しながらのお散歩です。 -
公園で一休み
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ネフスキー通り下鉄入口の花屋さん
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運河に架かる橋にて
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カザン聖堂発見
カザン大聖堂 寺院・教会
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ローマのサン・ピエトロ大聖堂を手本に設計したそうですが、とにかく巨大。
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丁度ミサが行われており、厳粛なムード。
一眼レフを肩から掛けて、レンズを聖台に向けてシャッターを切りました。
正教徒にとっては、まさに聖地の為、内部は撮影禁止です。
蝋燭に火を灯す光景が美しかったので、つい盗撮してしまいました。 -
さすがに疲れたのでホテルに戻ります。
しかし、この街は美人が多いな。 -
ホテルのすぐ前にあるビストロです。
ウクライナ料理との事ですが夕方までクローズ。
何か、美味そうな空気がビンビン感じます。
こういう予感はかなりの確率で当たります。 -
ホテルで少し休憩して、ビストロで夕食をとります。
メニューはキリル文字
スタッフも英語はできませんが、予めスマホの翻訳アプリで以下の言葉を入力
1.前菜+スープ+メイン(肉料理)
2.予算は1,000RUB以下(アルコール除く)
3.はじめに生ビール
4.地元産のハウスワイン(赤) -
この翻訳ソフトのお陰で、何とかディナーにありつけました。
メインは、ウクライナ南部の郷土料理でケバブがお勧めとの事。
(少し英語のできる馴染みぽいお客が教えてくれました)
ワインは、グルジアの赤ワインをデキャンタで。
スープは、鍋調理と思えるほどのボリュームたっぷり。
土鍋の蓋を取ると、食欲をそそる良い匂いが…
スタッフ&常連さんの視線が集まる中でスプーンでスープを啜ると、ビーズベースのスープにポークスペアリブの燻製とたっぷりの野菜。
勿論「オーチェンハラショー!」
と言うと、注目していた皆さんの緊張した視線が一気に緩くなり、店内は元の様子に戻りました。
まさに旅の醍醐味です。 -
お腹いっぱい、ほろ酔い加減でレストランを出ると、4月の冷たい風が。
酔い覚ましに、ライトアップされた血の上の救世主教会までお散歩。ハリストス復活大聖堂 (血の上の救世主教会) 寺院・教会
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ゴージャスなデコレーションが美しく闇に浮かびます。
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とりあえず、教会内部の見学は明日にし、今日はこれまで。
そのまま千鳥足でホテルに帰り就寝しました。
今日もカメラ片手に歩き回る一日でした。
さあ、明日も頑張って観光するぞ!
次章ではプーチンが登場!
初ロシア2/2 Wander of the City サンクト ペテルブルグ & モスクワ
http://4travel.jp/travelogue/11028242
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