2015/05/15 - 2015/05/15
174位(同エリア988件中)
玄白さん
最近、温泉に御執心の連れ合いが、女性に特に人気がある温泉、由布院温泉と黒川温泉に行きたいとずっと言っていた。普段は近場で安上がりの宿ばかり利用していたが、今回はちょっと贅沢に女性好みの温泉宿に泊まり、あくせくした観光はせず、ゆったりと温泉を楽しむ4泊5日の九州温泉三昧旅行へ。
4泊5日の九州温泉巡り旅行もいよいよ最終日。今日はもっぱら観光に徹する一日。
午前中は、高千穂峡散策、午後は熊本市内に移動し熊本城と以前から連れ合いの希望だった県立美術館細川コレクションで細川家伝来の茶碗を鑑賞。
この旅行記は、午前中の高千穂峡編です。
高千穂といえば単なる峡谷美だけではなく、天孫降臨の舞台でもあり古事記・日本書紀の神話と、その背後の古代史のロマンが感じられる特別な景勝地。一度は訪れてみたいと思っていたところである。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー ジェットスター
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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南阿蘇地獄温泉をチェックアウトし途中阿蘇カルデラの伏流水がこんこんと湧き出る白川水源に立ち寄ったあと、高千穂峡へ。
午前中なので、ボート乗り場に近い一番奥の駐車場に入ることができた。午後になると、平日でも満杯になり駐車場待ちになることもしばしばだそうだ。
地形学的な解説によると、12万年前、9万年前の2回、カルデラができたほどの大噴火した阿蘇山からの火砕流が五ヶ瀬川に流れ込み、体積した凝灰岩が川の浸食でできた峡谷が高千穂峡である。高千穂峡 自然・景勝地
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峡谷を流れる五ヶ瀬川には貸しボートがたくさん浮かんでいる。このボートで、高千穂峡ベストビューポイントの真名井の滝のそばまでいくことができる。
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餌をやっているボートには、鴨が群れている。鴨を引き連れて、真名井の滝まで行くのだろうか。
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イチオシ
御橋の上から俯瞰した真名井の滝。水量は多くはないが、崖の上から川に直接落下する姿は優美で、青モミジとの取り合わせが美しい。紅葉の時期もよさそうである。
古事記によれば、ニニギノミコトがアマテラスオオミカミ(天照大神)の命で天下った高千穂には、水がなかった。そこでニニギは部下のアメノムラクモノミコト(天村雲命)に、高天原に戻って水の種をアマテラスにもらってくるように命じた。それが天の真名井という湧水になり、その湧水が落下しているのが、真名井の滝ということになっている。
実際の真名井の滝の水源は、崖の上にあるオノコロ池である。 -
ボートをいれないで、もう1ショット
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高千穂峡の遊歩道入口の崖と反対側にあるオノコロ池。”オノコロ”島というのが、記紀神話の中のイザナギ・イザナミの国産み・神産み神話に登場する。イザナギノミコトと妹のイザナミノミコトが結婚し、まだ大海原しかない世界で、淡路島や九州、四国などの大地、アマテラスオオミカミ、ツキヨミノミコト、スサノオノミコトなどの神々を産んだというおなじみの神話である。大地を産んだとき、最初に出来た島がオノコロ島である。高千穂観光協会は、この池の中洲がオノコロ島だと言いたいのだろうか。2体の人形が、イザナギとイザナミなのだろう。
それにしても兄妹婚とは・・古代日本でも近親婚があったことを反映しているのだろうか? 古代エジプトでは、王族、貴族の間では、近親婚が多かったという史実がある。有名なファラオ、ラムセス2世は、自分の娘を側室にしたという。古代、権力者の純血性維持のため、近親婚が普遍的に行われていたというのもありうる話なのかもしれない。 -
オノコロ池には、珍しくも、チョウザメが泳いでいた。
高千穂の新しい名産品としてキャビアを売り出そうというのかな? まさか・・・ -
もちろん、ありふれた鯉も泳いでいる。
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イチオシ
峡谷に沿って遊歩道があるので、ちょっとしたハイキング気分で歩いてみる。
5分ほど歩くと、真名井の滝のビュースポットがある。ポスターやパンフレットでもおなじみのアングルの真名井の滝。 -
同じ位置から、少しアップ気味で撮影。
「天孫降臨」神話は、もちろん史実ではない。しかし、神話のストーリーの背後には、なんらかの史実が隠されているとみるのが妥当である。記紀神話にからめてさまざまな古代日本の歴史学説があり、一時期、興味を持ってそんな本を読み漁っていた時期があった。今回の温泉主体の九州旅行で、高千穂に行ってみたいという思いがあったのは、神話に絡めた古代史への過去の熱烈な興味の残滓があったからである。今でも興味を失くしたわけではないが・・・ -
中でも戦後まもなく歴史学会、考古学会に大きな波紋を広げ、手塚治虫が代表的作品「火の鳥」黎明編でモチーフとした、江上波夫氏の「騎馬民族征服王朝説」は、とても印象に残っている。
その学説の概要は以下の通り。
(古代史オタクっぽい文章なので、読み飛ばしていただいてけっこうです。)
・古墳時代中頃に、中国東北部の朝鮮半島に近いところにいた半農半遊牧のツングース系騎馬民族(扶余族)が、朝鮮半島南部に進出、さらに九州に渡り支配した。高千穂という地名は、古代には阿蘇北部、筑紫の一部まで含む広大な地域の地名だった。
・朝鮮半島の任那に居住していた扶余族が九州に来たときの首長が、実在する初代天皇の崇神天皇(皇統譜では10代)である。天孫降臨神話は、この史実を神話化したものである。崇神天皇の諡号、ミマキイリヒコハツクニシラススメラミコトが、そのことを示している。諡号の意味は、ミマキ=任那の城、ハツクニシラス=初めて国を治める、スメラミコト=天皇の大和言葉。
高天原から高千穂に天下ったニニギノミコトは、朝鮮半島から九州に来た崇神天皇を神話化したものである。
・その後、大陸から渡来した騎馬民族は、土着の弥生系ヤマト民族との抗争、混血、文化的混合を繰り返しながら、東に進出し、畿内でヤマト朝廷を打ち立てた。その時の首長が応神天皇であった。記紀神話では、神武東征の物語がこの史実を反映している。すなわち神武天皇=応神天皇である。
・日本書紀、古事記の神話の様々な説話に通奏低音のように現れる「天つ神」と「国つ神」は、それぞれ騎馬民族と古来からの土着のヤマト民族との抗争の歴史を反映している。
騎馬民族征服王朝説は、記紀などの文献史料だけでなく、北東アジア史の文献、古墳からの発掘品などの考古学的資料を広く検証して、主張の裏づけをしている。
現代では、この説に対しては多くの反証が挙げられ、学説としてはほぼ否定されている。しかし、戦前は軍国主義の下で記紀神話が史実とされ、天皇は神の直系であるという皇国史観を強制された国民にとって、そんな戦前教育の閉塞感を打ち壊す新鮮で痛快な東アジアの民族興亡の古代史ロマンとして感じられ、一般の人々にも広く受け入れられた。また、ヤマト朝廷の起源を大陸の騎馬民族に求めたこの学説が受け入れられたのは、近代になって日本が中国、朝鮮半島にしでかしたことへの償いの心情が国民の根底にあったのかもしれない。
騎馬民族学説だけでなく、崇神天皇は卑弥呼の弟でヤマト朝廷は邪馬台国の系統の政権だったとか、天皇家が万世一系ではなく第10代の崇神天皇、第16代の仁徳天皇、第26代の継体天皇を初代とする3王朝の交代があったというヤマト朝廷王朝交代論など、古代史ロマンを掻き立てる話題に事欠かない。 -
かつて夢中で読んだ日本古代史の本を思い起こしながら、高千穂峡遊歩道を進む。
同じ峡谷でも、初日に訪れた由布川峡谷と違い、ここは一大観光地。大勢の観光客が列をなして遊歩道を歩いている。 -
注連縄が巻かれた巨岩が現れた。鬼八の力石という200tの大岩である。
そばに立てられた説明板によると、ミケヌノミコト(三毛入野命)は神武天皇の兄であり、神武東征で東に向かったが、途中で引き返し、高千穂に戻ってきた。高千穂で悪行を働いていた鬼八という悪神を退治したが、そのとき鬼八がミケヌノミコトに投げつけた岩が、この岩だという。
なお、記紀神話では、ミケヌノミコトは高千穂に戻ったのではなく、神武東征の途中で波にさらわれて常世に行ったとされている。
高千穂峡の近くにある高千穂神社が、このミケヌノミコトとその家族神9柱を祭神として祀っている。 -
仙人の屏風岩という高さ70〜100mの柱状節理の岩壁。阿蘇山からの火砕流が急激に冷却されてできた垂直な柱の列のような地形である。さながら巨大な屏風のように見えるので、屏風岩という呼び名になった。
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川の両岸に柱状節理が並んでいる。あたかも天然のH型鋼で護岸工事をしたような地形だ。
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峡谷の一番狭くなったところ。槍飛という名前が付けられている。1591年(天正19年)に高千穂の三田井城が攻められ、城を逃れた兵士たちが、ここで槍を棒高跳びのポールのように使って渡った場所とされている。槍を手前に突いたものは渡るのに成功し、向こう岸に突いたものは川に落ちてしまったという趣旨の説明書きがあった。
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イチオシ
真名井の滝に次ぐビューポイント「高千穂三橋」。槍飛の少し先にいったところ。
ここからは3つの橋が同時に見える。
下から順に、石造りの神橋(大正時代)、樹木で半分隠れているコンクリート製の橋は、神都高千穂大橋(平成15年竣工)、鉄骨作りの高千穂大橋(昭和30年竣工)。建材が3種類異なるがすべてアーチ橋で、同時に見えるというのが観光のウリ。 -
神橋(しんばし)。大正期に創建されたときは、木製だったが、昭和22年に石造りに変えられたそうだ。
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甌穴
甌穴とは、河底や河岸の表面が硬い場合、表面に割れ目などの弱い部分があるとそこが水流による侵食のためにくぼみとなる。このくぼみの中に礫が入ると渦流によってその礫が回転し丸みを帯びた円形の穴に拡大する。その後川底が侵食の影響で下がり、甌穴のできた場所は水面より高くなる。その結果、甌穴が地表に見られるようになる。(Wikipediaより)
由布川峡谷でも見られた。 -
神橋まで行ってから、同じ道をたどって駐車場に戻る。
オノコロ池のほとりでは、古代の神のいでたちの人と記念写真を撮るサービスをやっていた。特に料金を請求されるわけではなく、観光客のカメラで客と一緒に2ショット撮影するというもの。
たまたま、通りかかったら、シャッターを押して欲しいと神様に頼まれた。
高千穂神社の神楽殿では、毎日夜8時から夜神楽が奉納されているが、そのときの衣装なのだろうか。 -
高千穂神社に立ち寄ってみた。
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神社拝殿。
祭神は、先に記したミケヌノミコトと、その家族神のほか、ニニギノミコト、コノハナサクヤヒメ、ヒコホホデミノミコト、トヨタマヒメノミコト、ウガヤフキアエズノミコト、タマヨリヒメノミコトと、実ににぎやかだ。
神話と古代史ロマンを感じたいのであれば、天岩戸神社のほうがふさわしいかもしれない。天照大神が天岩戸に隠れたという岩戸神話に関係し、神社の境内に天岩戸とされる洞窟があったりするのである。
天岩戸神話では、アマテラスの弟神スサノオの乱暴狼藉に困り果てた太陽神アマテラスが岩戸にかくれてしまう。彼女が身を隠すと高天原の地上も真っ暗になった。困った八百万の神々たちはウズメノミコトに面白おかしい踊りをさせて、アマテラスに岩戸を開けさせたという神話である。これも阿蘇山の火山噴火で空が暗くなってしまったという史実の反映だという説もあるようだ。 -
夫婦杉。全国各地で見られる根っこがつながった杉の木。カップルが手をつないで杉の周りを3周すると、恋愛成就、夫婦和合というご利益があるという。いわゆるパワースポットというヤツでしょうか。
連れ合いの希望である熊本県立美術館の細川コレクションや、旧刑部邸見学の時間も取らなければいけないので、古代史ロマンに浸るのは切り上げて、熊本市に向かう。天岩戸神社は断念。
以下、九州の名湯を巡る旅(6)に続く。
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この旅行記へのコメント (3)
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- YUMEさん 2015/06/05 18:01:43
- 奇遇ですね^^
- 玄白さん
お久しぶりです。
丁度、同じ時期に福岡で学会があったので、その延長で日曜日に高千穂峡に独りでいってきました。
当初はレンタカーで黒川温泉にも行く予定でしたが、いろいろあり高千穂にいきました。
高速バスで移動しその日の夜は神楽見て翌日福岡経由で東京にかえりました。
夢
- 玄白さん からの返信 2015/06/05 18:48:45
- RE: 奇遇ですね^^
- YUMEさん、こんばんは。
夜神楽を見られたんですか、いいですね。
玄白も見たかったのですが、スケジュール上、かないませんでした。
玄白
- YUMEさん からの返信 2015/06/05 21:34:45
- RE: RE: 奇遇ですね^^
- 玄白さん
夜神楽は1時間で4つの舞を観ましたが大変面白い舞でした。
口コミにちょっと載せてます。
旅ブログはイタリアを書き終えたらアップします。
早く書かないと記憶が薄れてしまいますが、なかなか進みません。
夢
> YUMEさん、こんばんは。
> 夜神楽を見られたんですか、いいですね。
> 玄白も見たかったのですが、スケジュール上、かないませんでした。
>
> 玄白
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