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江戸時代の名奉行、大岡越前守忠相を輩出した大岡家は茅ヶ崎に領地を持ち統治していたということを茅ヶ崎に越してきて知りました。そして大岡家の菩提寺も茅ヶ崎市内にあるので行ってみようと思いつつなかなか機会がなかったのですがようやく行くことができました。<br />菩提寺である浄見寺は市北部にあり周りは静かな山里です。

大岡越前守の眠る墓所

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2015/05/13 - 2015/05/13

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エトランゼ

エトランゼさん

江戸時代の名奉行、大岡越前守忠相を輩出した大岡家は茅ヶ崎に領地を持ち統治していたということを茅ヶ崎に越してきて知りました。そして大岡家の菩提寺も茅ヶ崎市内にあるので行ってみようと思いつつなかなか機会がなかったのですがようやく行くことができました。
菩提寺である浄見寺は市北部にあり周りは静かな山里です。

  • 茅ヶ崎市街地を通り抜けしばらくすると新緑鮮やかな山里の中に浄見寺が現れます。<br /><br />大岡家二代目当主大岡忠政が亡父の初代当主大岡忠勝を慰霊するために建立したのが浄見寺の始まりで以後大岡家の菩提寺となりました。

    茅ヶ崎市街地を通り抜けしばらくすると新緑鮮やかな山里の中に浄見寺が現れます。

    大岡家二代目当主大岡忠政が亡父の初代当主大岡忠勝を慰霊するために建立したのが浄見寺の始まりで以後大岡家の菩提寺となりました。

  • 春には盛大な大岡越前祭が墓前で営まれますが普段は訪れる人もほとんどいない静かなお寺です。<br />大岡越前守墓提所と書かれた石柱の裏には彼が組織した町火消しの纏の絵が刻まれています。

    春には盛大な大岡越前祭が墓前で営まれますが普段は訪れる人もほとんどいない静かなお寺です。
    大岡越前守墓提所と書かれた石柱の裏には彼が組織した町火消しの纏の絵が刻まれています。

  • 本堂へ向かいます。

    本堂へ向かいます。

  • 本堂は閉ざされていましたがお参りします。

    本堂は閉ざされていましたがお参りします。

  • これ賽銭箱(袋)です。こんな形は初めて見ました。

    これ賽銭箱(袋)です。こんな形は初めて見ました。

  • 境内に立つ法然像。

    境内に立つ法然像。

  • なんと凛々しいお顔ではないですか。

    なんと凛々しいお顔ではないですか。

  • お地蔵様も並んでいます。

    お地蔵様も並んでいます。

  • 墓所には石段を上っていきます。

    墓所には石段を上っていきます。

  • 墓所は柵に囲まれ中には入れないので柵の外から写真を撮りました。<br />初代忠勝の墓石をはじめとして十三代まで一族累代の墓碑58基が並んでいます。

    墓所は柵に囲まれ中には入れないので柵の外から写真を撮りました。
    初代忠勝の墓石をはじめとして十三代まで一族累代の墓碑58基が並んでいます。

  • 初代忠勝のお墓。

    初代忠勝のお墓。

  • 二代 三代 四代 と代々のお墓が順に並んでいます。

    二代 三代 四代 と代々のお墓が順に並んでいます。

  • 中でもひときわ大きいのが五代忠相のお墓です。

    中でもひときわ大きいのが五代忠相のお墓です。

  • 浄見寺を出るとすぐ前に古民家があり民族資料館となっています。<br />旧和田家住宅で中も見学できるので行ってみました。

    浄見寺を出るとすぐ前に古民家があり民族資料館となっています。
    旧和田家住宅で中も見学できるので行ってみました。

  • 江戸時代に村役人を務めた和田家の住宅ですが元は市内の別の場所にあったのを移築したものです。

    江戸時代に村役人を務めた和田家の住宅ですが元は市内の別の場所にあったのを移築したものです。

  • 住宅建築に係わる記録類が残っているので建築準備が始まったのが嘉永4(1851)年であることや資材の購入先や普請に関わった人についても明らかになっています。

    住宅建築に係わる記録類が残っているので建築準備が始まったのが嘉永4(1851)年であることや資材の購入先や普請に関わった人についても明らかになっています。

  • 奥の間

    奥の間

  • 中の間

    中の間

  • 土間

    土間

  • 幕末期の大型民家の特徴をよくそなえた建物です。

    幕末期の大型民家の特徴をよくそなえた建物です。

  • 近くにもう一軒の古民家があるので行ってみます。<br />浄見寺の裏に回り

    近くにもう一軒の古民家があるので行ってみます。
    浄見寺の裏に回り

  • 特に目印となる看板もないのでお寺の周りを何度も行ったり来たりしましたがこの石段を上ったところにありました。

    特に目印となる看板もないのでお寺の周りを何度も行ったり来たりしましたがこの石段を上ったところにありました。

  • 旧三橋家住宅<br />こちらも市内の別の場所から移築したもので名主をしていた三橋家の住宅です。

    旧三橋家住宅
    こちらも市内の別の場所から移築したもので名主をしていた三橋家の住宅です。

  • 井戸

    井戸

  • 建築経過を記録した「大工木挽萬控帳」が残されていて建てられた年代が明らかになっています。

    建築経過を記録した「大工木挽萬控帳」が残されていて建てられた年代が明らかになっています。

  • 「控帳」によると文政10(1827)年7月9日に木挽き職人の仕事が始まり、8月25日に手斧立の儀式、11月14日に棟揚げ、内装などの作業を経て、翌年の2月末に建物は完成しています。

    「控帳」によると文政10(1827)年7月9日に木挽き職人の仕事が始まり、8月25日に手斧立の儀式、11月14日に棟揚げ、内装などの作業を経て、翌年の2月末に建物は完成しています。

  • 江戸時代末期の農家ですが立派な造りです。

    江戸時代末期の農家ですが立派な造りです。

  • 土間

    土間

  • 古民家の見学を終えて浄見寺の境内に戻ってきました。

    古民家の見学を終えて浄見寺の境内に戻ってきました。

  • きれいなお庭を拝見して大岡一族の眠る浄見寺を後にしました。

    きれいなお庭を拝見して大岡一族の眠る浄見寺を後にしました。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • カメちゃんさん 2015/08/23 17:36:33
    「大岡越前守」のタイトルに惹かれました。
    エトランゼさん 

    大岡越前の守の墓所のお話、とても興味を持って拝見しました。
    彼の墓が茅ヶ崎市にあるなんて、これまで全然知りませんでした。大岡家代々の墓所だったんですね。
    大岡越前のテレビドラマはよく見たものでした。水戸黄門のドラマも見ましたが、大岡越前の方が好きでしたね。何人かの俳優が越前を演じたものですが、とても楽しかったです。

    石柱の裏にある町火消しの纏の絵が、越前の守の人柄を表しているようにも感じます。信頼されるお方だったことの表れでしょうか。

    途中の法然様の像は、お若い時のご様子のようですね。
    なんか、今時の若者のように見えてしまいました(^^)

    さて、大岡家の墓所。
    代々のお墓が横一列に並んで、流石に旗本・大名の貫禄ですね。
    中でも忠相の墓は一番大きく、立派でしたね。

    大岡越前は亡くなる3年ほど前に、現在の東名高速道路の岡崎インターの近くの「西大平藩」の大名になっている人です。 大岡家は戦国時代以前から三河に住んでいましたから、大岡越前が最後に三河の中に領地を持った大名になったのも、頷けます。
    私たちは、同じ「三河人」として大岡忠相を身近に感じますし、その昔「西大平藩」内だったかも知れない岡崎インターをよく利用しますので、ますます身近に感じる人なんです。

    お話とお写真を楽しませて頂きました。
    ありがとうございました。
    カメちゃん

    エトランゼ

    エトランゼさん からの返信 2015/08/23 21:38:17
    RE: 「大岡越前守」のタイトルに惹かれました。
    カメちゃんさん、こんばんは。
    コメントをありがとうございます。

    大岡家の墓所については私も2年前に茅ヶ崎に引っ越してから知りました。
    毎年春には盛大な大岡越前祭が催されご当主ご夫妻も参加されています。

    テレビドラマの大岡越前守と言えば私は加藤剛さんですがカメちゃんさんはどなたが演じた越前守がお気に入りなんでしょう。

    子供の頃はテレビドラマで江戸時代のことをいろいろ知りましたよね。

    カメちゃんさんの旅行記には時々お邪魔しているのですがコメントを残さずに失礼しています。
    これからも奥様との楽しい旅行記を見せていただくのでよろしくお願いします。

    エトランゼ
  • コクリコさん 2015/06/17 13:16:15
    加藤剛と竹脇無我さんを
    エトランゼさん、お久しぶりです。

    茅ヶ崎に大岡家の墓所があるとは私も知りませんでした。
    大岡越前守の存在をすっかり忘れていたというか・・・

    急に若かりし頃の加藤剛と竹脇無我の美しいお顔とテーマ曲を思い出してしまいましたよ〜

    お賽銭箱にはびっくりです。
    あの中に100円玉がぎっしり入ったらどのくらいになるのでしょうね。
    かなりの金額でしょうね!
    そんなこと思うと加藤剛の大岡忠相のイメージとはちょっと違うお賽銭箱でした。

    小田原城修復するのですね。
    学生時代サークルの関係で何回も小田原城に行ったので懐かしいのですが、それ以来行ってないような気がします。。。かなりの月日が経ってますね(^^;)
    完成したら行ってみようかしら。

    エトランゼ

    エトランゼさん からの返信 2015/06/17 21:58:52
    RE: 加藤剛と竹脇無我さんを
    こんばんは〜

    > 急に若かりし頃の加藤剛と竹脇無我の美しいお顔とテーマ曲を思い出してしまいましたよ〜

    そうですよねー♪
    大岡越前=加藤剛 、 そして竹脇無我、山口崇....懐かしい面々です。

    春の大岡越前祭に加藤剛さんも特別参加されたこともあるそうですよ。


    > お賽銭箱にはびっくりです。

    こんな形のお賽銭箱ってね。初めてみました。

    お墓を見に行ったお寺でしたが他にも色々な見所がありました。


    > 小田原城修復するのですね。

    天守閣だけですけど来年の4月まで耐震工事をするそうです。
    お城は昭和に再興された新しいものなので歴史的価値はないでしょうが、展示内容もリニューアルされるそうですので、私もまた行ってみようかなと思っています。

    エトランゼ

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2015/06/18 12:11:42
    RE: RE: 加藤剛と竹脇無我さんを

    > そうですよねー♪
    > 大岡越前=加藤剛 、 そして竹脇無我、山口崇....懐かしい面々です。

    あら、山口崇懐かしい〜
    若い頃山口崇好きでした♪
    徳川吉宗役でしたよね!・・・『天下御免』の時の平賀源内も良かった♪
    竹脇無我が榊原伊織!
    昔のことはよく覚えてること(^^;)

    我が家は衛星放送の契約していないので見られないのですが、最近は東山紀之が大岡忠相を演じているんですって?
    ヒガシもあの頃の加藤剛の年齢になりましたものね。

    ミーハー的なコメントばかりで失礼いたしました(先日はミーハー的な話しなかったような???)

    > 天守閣だけですけど来年の4月まで耐震工事をするそうです。
    > お城は昭和に再興された新しいものなので歴史的価値はないでしょうが、展示内容もリニューアルされるそうですので、私もまた行ってみようかなと思っています。

    桜に間に合うかどうか、ですね。無理でしょうね。

    エトランゼ

    エトランゼさん からの返信 2015/06/18 21:16:37
    RE: RE: RE: 加藤剛と竹脇無我さんを
    山口崇の吉宗、ハンサムでちょっと駄々っ子のようで良かったですよね。
    榊原伊織も良かったわ〜 。いつも冷静で弱者の味方。
    3人の仲の良さも人気の理由でしたよね。

    やっぱりこの頃のことはよく覚えているわ(*^^*)

    次回お会いした時はミーハーで盛り上がりましょう。
    きっとあの方もお好きでしょうから(^_−)−☆

    エトランゼ
  • 前日光さん 2015/06/15 21:11:36
    松平不昧公のお墓を思い出しました!
    エトランゼさん、こんばんは。

    大岡越前守の墓所が湘南にあるのですね。
    まるで松江の月照寺の松平家のお墓のようです。
    初代から何代もの墓所が建ち並んでいて、やはり不昧公のお墓が立派でした。
    あるいは鳥取の池田家墓所も、こんな感じだったかも。
    歴史に名を残した人の墓所というのは、やはり立派なものですね。

    旧和田家住宅などは、素朴ながらどっしりとした構えで、ちょうど鹿沼市にある医王寺の講堂に似ています。
    講堂の他によく似た客殿もあり、どちらも茅葺きの大屋根がゆったりとしたイイ感じの建物なんですよ。

    お賽銭箱が巾着袋の形だったり、少年時代の法然上人の凜々しい像があったりと、なかなか興味深いお寺ですね。

    浄見寺のお庭に立つ朝鮮系の仏像(最後の写真です)は、とてもよいお顔をされていますね。

    大岡越前守の墓所といった、普通見る機会のない場所をご紹介いただきまして、ありがとうございました。


    前日光

    エトランゼ

    エトランゼさん からの返信 2015/06/15 22:51:14
    RE: 松平不昧公のお墓を思い出しました!
    こんばんは。


    大岡家の領地が茅ヶ崎にあったそうで菩提寺も市街地から少し離れた丘陵地にあります。

    由緒正しい家の墓所というのは整然と墓石が並び立派ですね。
    初代から13代までの墓石があったので春の越前祭のパレードに参加されたいた当代ご夫妻は14代目ということになるのですね。

    浄見寺を挟むように2軒の古民家が民族資料館として移築されています。
    民家にしては中々どっしりとした立派な建物でした。
    どちらも建築年の記録が残っており、改修なども殆どされず江戸時代末期の姿が残されているので貴重なのだそうです。

    こうしてみると町のあちらこちらにささやかな歴史物語がありそうです。
    土地柄やはり源氏にまつわる話が多いのですが時間を見つけて尋ねてみたいと思っています。

    エトランゼ

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