2015/05/06 - 2015/05/07
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はなまりんさん
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台湾に関係のある本を漁っているとき、たまたま「この命、義に捧ぐ」という本に出会いました。衝撃でした。
え、日本人が金門島で戦ったの?ホント??金門島の勝利は彼の功績なの?
金門島は、中国大陸福建省の沿岸に浮かぶ小さな島です。福建省アモイとは目と鼻の先。台湾本島からは遠く離れた前線の島です。
第二次世界大戦後の1949年、国共内戦で敗走を重ねた蒋介石の国民党軍はここ金門島に逃れ、中国大陸の縁アモイまで追撃してきた毛沢東の共産党軍と、狭い海峡を挟んで激しい戦闘を繰り広げました。この戦闘は、ついにほぼ奇跡と言ってもよい”国民党の勝利”によって決着しましたが、この勝利に根本中将が深く関わっていたというのです。
しかし、国共内戦自体は、勝敗を決しないまま、現在に至っていると言われています。1958年の、大砲による砲撃戦を始めとして、金門島は今でも、双方にとって最前線であるという位置づけです。
これはもう、行ってみるしかない!!
【※ 本編の手直しをしている2022年8月9日現在、台湾は中国大陸政府との間で厳しい緊張関係に包まれています。
日本にとって、重要なパートナーとされる台湾の行く末には、到底無関心ではいられません。台湾の歴史や文化を知り、ここに日本がどう関わっていくべきかを考えるために、本稿が少しでも、読者の皆様のお役に立てれば幸いです。】
【※ 更に、再手直しをしている2024年2月19日現在、中国海警局の巡視船が金門島の周辺海域で巡視活動を強化する旨、発表したそうです。これは今月中旬、中国漁船が転覆し、乗組員二人が死亡した件への報復とみられるのだそうです。金門島はまさに台湾と中国大陸との攻防の最前線。今後どんな展開を見せるのか、気がもめて目が離せません。】
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
その日本人の名は 根本博 元大日本帝国陸軍中将。
終戦時、駐モンゴル軍司令官であった根本中将は、日本人の引き揚げに際して便宜を図ってくれた蒋介石に深い恩義を感じていた。
大戦後、中国共産党軍と国民党軍の内戦はいよいよ激しさを増し、ついに国民党軍は台湾へ敗走、大陸のふち厦門、金門で両者は対峙し、1949年10月、最後の戦いに臨もうとしていた。この局面で、根本は蒋介石の恩義に報いるべく、その激戦の地に馳せ参じ、作戦参謀として蒋介石を助け、戦いを勝利に導いた。
「この命、義に捧ぐ」には、このように書いてあります。 -
作者は門田隆将。小説(ノンフィクションかな?)ですが、丹念な調査に基づいて書かれているように感じられます。
今回私たちは半信半疑ながら、この話の舞台を自分の目で確かめたくて、激戦の地であった金門島に渡ることにしました。
歴史に「if」は意味がないとはいえ、やはり考えずにはいられません。
この話が本当なら、
・・・もし根本中将なかりせば・・・
・・・もし金門の勝利なかりせば・・・ -
さて、6日午前10:15。台北松山空港から立榮航空のプロペラ機で金門島に飛びます。
フライトは約1時間。料金は約1万円/一人です。
立榮航空のWEB予約ページには日本語版がなかったので、万全を期すため、台湾の保保旅行社東京支店にチケットの予約を依頼しました。スムーズに手配をしてもらえて助かりました。
もちろん、この時は、この同型後が後に墜落事故を起すなんて、知る由もありませんでしたが。 -
座席は2‐2列。翼は窓の上についています。
満席でした。大陸の中国人が多いようでした。中国の人たちは金門島と厦門の間はフェリーを利用するのだそうです。買い出しのお客さんが多いとか。 -
11:30金門島尚義空港着。
通路の天井には華やかに金門島の動植物や史跡等の写真が飾られています。観光客へのアピールでしょうか。楓香林 (千楓園) 広場・公園
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こんな空港も珍しいですね。
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金門島は、四国によく似た形をしています。
赤丸は主に、今回訪れた、或いは車の窓から眺めた場所です。 -
金門島では、半日しか見て回る時間がないので、今夜の宿のオーナーの黄さんに車付きのガイドをお願いして、駆け足で島内を回ってもらいました。
まずはランチ。金城街の食堂です。台湾本島とは微妙に違う優しい味でした。 -
何の料理か忘れましたが、とてもいい味でした。粉ものが美味しく、ゴマ餡のようなあんの入ったお餅が最高でした。
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金城街。金門島随一の繁華街です。
陸軍文具というお店がありますね。どういうお店でしょうね?
一時、この島には軍隊が10万人もいたと言いますから、その関係かも。 -
いよいよ古寧頭の戦場跡に来ました。ここは古寧頭戦役記念館です。
古寧頭は、四国似の地図では愛媛県に当たる辺りです。
1949年10月24日から3日間、ここ古寧頭で共産党軍と国府軍の激闘が繰り広げられました。根本中将が作戦参謀として、共産軍殲滅作戦を授けたという戦いです。
最終的に蒋介石軍を打ち破れなかった共産党軍は、撤退せざるを得なくなりました。国共内戦は結局決着がつかないまま、今日に至っています。故に、ここ金門島が最前線であるという事情は今も変わっていないのです。中国側は停戦協定を結んだと言っているようですが…
しかし、記念館には多くの絵や写真の展示があるものの、根本に関する記述は一切ありません。
これだけの働きをした人物の記録がないというのは何故なのでしょう?
この話自体が虚構だというのでしょうか?
それとも、国民党としては抗日戦争で戦った相手に助けてもらったとは言えないという事情があったからでしょうか。
半信半疑どころか、根本中将は本当にここで蒋介石の為に戦ったに違いないと、いつの間にか確信するに至っている私たちにとって、なかったことにするなどとは到底受け入れられるものではありません。
たとえその後の歴史の展開がどうであれ、史実は史実なのですから。
どうなってるんだ、台湾はっ!古寧頭戦史館 博物館・美術館・ギャラリー
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記念館内にはこんな絵がたくさん展示してありました。戦場の戦闘のもようですね。
記念館の係員さんも根本中将のことは全然知らなかったようですが、すぐにパソコンをたたいて検索し、ふうん、中国名 「林 保源」 というんですね と、つぶやいていました。
しかし、近年、さすがに根本中将の存在を無視することは出来なくなったようで、軍当局も最近では、根本に関する記述を戦史書に盛り込むようになった、とも聞いています。
日付は忘れましたが、国民党の馬英九総統が、記念式典で、根本中将の子孫に当る方に謝意を表した、という新聞記事を見た覚えがあります。きちんと史実を伝えられる時代が来たという事でしょうか。
(古寧頭戦史記念館展示) -
(古寧頭戦史記念館展示) -
なんと、根本中将の存在を証拠づける品があるのだそうです。それがこの一対の花瓶。
戦闘の後、蒋介石が根本への感謝のしるしとして根本に贈ったのだそうです。一対の右の方を根本に、左のを終生手元に置いていたそうです。根本への信頼が、いかに篤かったかを物語っているようですね。
花瓶は3対作られ、一対はエリザベス女王に、もう一対は天皇陛下に贈られたとか。
根本中将の話は、事実なのだと考えるしかなさそうです。凄い日本人がいたものです・・・ -
記念館の中を見て回りました。
記念館から外へ出るトンネルのような通路がありました。当時のままだということでした。 -
横道もあります。
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こんな海岸に出ました。誰もいません。
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海岸にはたくさんの杭が海を遮っているのが見えます。これが何なのか、聞きそびれてしまいました。延々と続いています。
ここが、かの激戦の地・・・ -
古寧頭の高射砲座。
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金門の熊と呼ばれたM5A1戦車。
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激戦地古寧頭を離れ、さらに島内を巡ります。
八二三を記念する塔。八二三とは、8月23日の意。
1949年の古寧島戦の後も戦闘は断続的に行われ、殊に1958年8月23日からの一か月、金門島は激しい砲撃を受けました。大陸の中共軍側から飛来した砲弾はなんと47万発。金門から撃ったのは6万発だったそうです。この1958年は島民の記憶からなくなることはないのだそうです。
金門島は島全体が要塞のような島です。島民以外が島に入ることも長年制限されていました。もちろん観光客など論外です。しかし近年、規制は緩和されて観光客も入ることが出来るようになりました。
現在では実際に戦闘が行われることはありませんが、金門島が最前線の地であることに変わりはないのです。 -
1958年に撃ち込まれた砲弾。実物です。
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弾痕の残る建物。保存してあります。
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北山の巨大スピーカー。テレサテンの歌を大陸に向けて流していたとか。
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獅山砲陣地跡。観光客向けの砲弾発射ショーを見せてくれます。
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大砲は地下壕のような所から外へ向かって撃ちます。今ではお役御免とはいえ、本物です。
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砲弾発射操作ショーの皆さん。4分間のショーです。なかなかの迫力でした。メンバーは女性が多かったです。
この日、観客は私達3人だけでした。特に合図もなく、フッと始まってフッと終わりました。
YOU TUBEに動画をアップしています。
終わりがけに、写真撮ってもいい?と言っている声の主は、ガイドの黄さん。
https://youtu.be/rDdJ7pjd_8M
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金門島は大陸まで2キロちょっと。海を挟んで砲弾が飛び交うなんて・・・
地図上赤い印のところが獅山。
左側の、四国に例えるなら愛媛県の先の辺りが、古寧頭です。馬山観測站 建造物
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西側の海岸。大潮の引き潮で、この海岸でも杭がずらりと並んでいるのが見えます。遠くにかすかに写っているのは、金門島と小金門島をつなぐ橋です。まだ工事中。
将来は金門と厦門(アモイ)の間にも橋をかけようという構想もあるのだとか。そうなると金門島は中国に飲み込まれるのではないかと、島民は心配しているそうです。 -
大陸を向いて延々と杭の列は続く。
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戦車の列。
何の説明もなく、ただ海岸に並べて置かれていました。観光客のための展示でしょうか。それとも何かのデモンストレーションでしょうか?
というより、何と言ってもここは現役の戦闘態勢維持の場所なんですね!?
寝とぼけ観光客も、やっとそのことを思い出させられました。 -
戦車。
・・・ 根本中将を追って金門へ渡った私たちですが、次第に金門島が現在の台湾の難しい立場を象徴する場所であることに気づきました。
毛沢東も蒋介石も、自分の政府が中国の正統な代表であると言って、譲りませんでした。その構図は表向き、現在も続いています。
台湾は今も微妙なバランスの上に成り立っており、金門はその最前線なのです。
・・・うーむ うーむ すごいところだな・・・ (-_-;)
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ぢろーさん 2023/01/26 12:48:45
- 別旅行記のコメント有難うございます。
- 2023年8月に金門島訪問の予定なので参考にさせていただきます。
私の場合は台湾映画の軍中楽園と言う映画での舞台だったので興味が湧きました。
折角なので隣の厦門にも行ってみます。
- はなまりんさん からの返信 2023/08/27 23:09:43
- Re: 別旅行記のコメント有難うございます。
- ぢろーさん、
今頃になって返信なんて、本当にごめんなさい。気付かなかったのか、忙しさに紛れたのかよく分かりませんが、間の抜けたことで申し訳ないです。
もう8月も下旬ですから、金門島には既に行かれたのでしょうか?
よかったら、感想を聞かせて下さい。
私などは平和ボケの代表のような者なので、金門島訪問はボケた頭に、大変なインパクトをもたらしました。大げさに言えば、世界の緊張の前線を垣間見た、とでも言うような・・・
きっと旅行記を出されるでしょうから、楽しみにしております。
はなまりん
- ぢろーさん からの返信 2023/08/28 16:45:35
- Re: 別旅行記のコメント有難うございます。
- こんにちは、返信ありがとうございます。
前回のコメントは1月だったのですね・・・・
時が経つのは早いです。
有言実行で8月のお盆休みに金門島に行ってきました。
あそこは広東粥が美味くて美味くて。
旅行記はこれから書きます・・汗
充分に準備したのですが、
廈門には渡れず、その分たっぷりと金門島を堪能してきました。
やはり軍事の島と言う印象が残ります。
もう1度行くかと聞かれれば微妙な所かもしれません。
- はなまりんさん からの返信 2023/08/28 18:15:15
- Re: 別旅行記のコメント有難うございます。
- やはり行かれたのですね。有言実行、さすがです👏⤴ そう言えば、お粥が美味しかったのを覚えています。
旅行記を楽しみにしています~🎶
はなまりん
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