2015/02/18 - 2015/02/19
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SUR SHANGHAIさん
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2003年の初回インド旅では独り訪れてみたアーグラー。
あの時のタージ・マハル訪問では、チケット・カウンターでお釣りをごまかされそうになったり、タージ・マハルのお足元で脱いで預けた靴を持って行かれたりの災難続き。
インド旅は初めてだったからなあ。(。・w・。) ププッ
その後数度のインド経験の後、今回久々に戻ってきたインドは、ビジネス訪問も兼ねた旦那との二人旅。
聞けば、旦那はこれまでのインドのビジネス旅ではまだタージを見ていなかったと言うので、急遽アーグラーも追加して寄ってみることに。
さて、あの時タージ・マハル周辺で起きた上記の事件のリベンジ訪問は出来るのか?
表紙の画像は、朝一番に訪れてみたタージ・マハル。これは、東側の側面から見た様子。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
デリーからは、インドの知人が手配してくれた運転手さん付きの車でアーグラー入りしたSUR SHANGHAIとその旦那。
いやはや、昔は埃まみれ汗まみれの格好でバックパッカー風インド旅をしていたSUR SHANGHAIは恐縮するばかり。(;^ω^)
今回は、旦那がまだ見ぬタージ・マハルが唯一の目的のため、ラディソン・ホテル・アグラ・タージ・イースト・ゲート・ロードに宿泊。
このホテルは、その名のとおり、タージ・マハルの東門まで1kmほどで徒歩でのアクセス可能。
それでも一歩ホテルの敷地からイースト・ゲート・ロードに出ると、この画像のようにいろんなお車がお客さんを待ってます。
タージ・マハル以外の見所にも行ってみたい方は、料金交渉の上で雇ってみては?
ただし、相手は手強いので、心配な方は信用できる旅行社を通じて手配してもらうと安心。 -
ラディソン・ホテル・アグラ・タージ・イースト・ゲート・ロードからタージ・マハル東門へと延びるイースト・ゲート・ロード。
2015年2月中旬現在は、タージ・プロジェクトで画像のように道路工事中。
ちょっと埃っぽかったですが、それでもホテルから歩いて行くのに支障は無し。
検問所らしき場所もありましたが、この時にはノー・チェックで通れました。
この道沿いには、小さい食堂やお土産屋さん、雑貨店などが並んでいるんですが、あんまり利用したくない雰囲気あり。
もう少し、外国人旅行客受けするお店にすればいいんじゃないかな。 -
さて、ここは上記と同じイースト・ゲート・ロード沿い。
ここにある工芸品市場内に、タージ・マハルのチケット・オフィスがあると聞いたので寄ってみます。
ラディソン・ホテル・アグラ・タージ・イースト・ゲート・ロードからだと、タージ・マハル東門への途中にありました。
左手の画像がその市場の入口で、敷地内には雑多なお店が並んでいます。 -
タージ・マハル東門へ続く道( タージ・イースト・ゲート・ロード)途中の手工芸品市場内。
タージ・マハルのチケット・オフィスはどこ?キョロ( 「・ω・ )キョロ( 「・ω・)キョロ
故意か偶然か、タージ・マハルとは関係の無いチケット・オフィスの名を掲げたお店もあって紛らわしいので要注意。
正しいチケット・オフィスは、左手の画像に出ているSHILP GRAMというピラミッド風建物に入っていて、表には看板も出ています。
画像左の白シャツの男性が出てくる扉奥にカウンターがありました。
2015年2月中旬現在、外国人観光客の料金は750ルピー/人。(15歳以下は無料)
チケット・オフィスの営業は17:30まで。金曜日はお休みだそうです。
SUR SHANGHAIたちは、翌朝早くの見学用にあらかじめ買っておくことに。
ここでチケットを買ったらそれで終わり! ではなく、見学時にはセキュリティー・チェックもあるタージ・マハルのゲートでチケット確認があるので、持って行くのをお忘れなく。タージ マハル 史跡・遺跡
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さて、翌朝早くのタージ・マハル見学に備えて、東門周辺の下見をしておきます。
SUR SHANGHAIは2度目とは言え、以前とは勝手が変わっているかもしれないし。
イースト・ゲート・ロード向こうに東門が見えて来た。
最初に行った時には、南門から入った気がするなあ。
どうだっただろう。タージ マハル 史跡・遺跡
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インドではあちこちの町で野放しになっているサルを見かけますが、イースト・ゲート・ロード周辺でも事情は同じ。
食べ物などは見せない方がいいですよ。
実はこのあと、SUR SHANGHAIもサル被害に遭いました。(;^ω^)
そのお話は、もう少し先で。 -
ここがタージ・マハルの東門。
左手に屋根がかかった通路が延びていて、見学者はそこに並んでチケット・チェックやセキュリティ・チェックを受けるようになっています。
この画像では閑散として見えますが、日の出前の時間帯は長々と行列が出来るほど混みあうんですよ。
その行列の並び方にはルールがあって…、タージ マハル 史跡・遺跡
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…タージ・マハルに入るゲートの通路は、男性、インド人女性以外の女性、そしてインド人女性の列と三つに分かれているんです。
この画像のように混まない時間帯だと適当ですが、翌朝早く来た時には一番混み合う時間帯だったようで、厳格に分けられました。
チケットの有無を確認されるほか、セキュリティ・チェックではカメラ用バッテリーも取り出して見せるように指示されてびっくり。
検査する人によって、厳しさは異なるかもです。タージ マハル 史跡・遺跡
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明日の早朝入場するタージ・マハル東門周辺の下調べが済んで、ホッと一息。
そこで思い出したのは、2003年に行った事のあるタージ・マハルの眺めがいい屋上カフェ・レストラン。
う〜ん、確か、東門から南門に通じる通路沿いのバッカパッカー向けホテル屋上だったな、と記憶を辿って行くと…、
ありました! オォォー!!w(゚ロ゚)w
え〜〜〜っ!!(◎◇◎) まだあったんだ!
このホテル・シャンティ・ロッジ屋上にあるんですよ。
古びた建物ですが、タージ・マハル方向の眺めがいいんです。シャンティ ロッジ レストラン 地元の料理
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古びた階段を上って行った5階(だったかな)が、ホテル・シャンティ・ロッジの屋上カフェ・レストラン。
ご覧のように全く気取りの無い場所で、このホテルに泊まっているわけではない外来者でも気軽に立ち寄れます。
コーラやビールだけでも、いい眺めが楽しめるんです。
そのいい眺めとは…、シャンティ ロッジ レストラン 地元の料理
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イチオシ
…これ!! ヽ(*^ω^*)ノ
アーグラーの庶民の町並みの向こうに傲然とそびえるタージ・マハルと、タージの敷地内にある茶色のメイン・ゲート!
ムガル帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーンが、愛する妃ムムターズ・マハル1人のために造らせた墓所タージ・マハル。
ムムターズが死去したのは1631年、タージ・マハルの全てが落成したのは1653年。
その墓所と庶民の家並みには、現代でも歴然とした差があるのに驚きます。
旦那も「ホ━━( ゚д゚)━━ゥ。」と言ったきり見とれるばかり。
●注: 下段の画像は、2003年にこのシャンティ・ロッジの屋上カフェ・レストランに来た時撮ったもの。
比較のために一緒の画像にまとめます。シャンティ ロッジ レストラン 地元の料理
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イースト・ゲート・ロード以外に、シャンティ・ロッジの屋上カフェ・レストラン周辺でもサルが出没するのでご用心。
SUR SHANGHAIとその旦那が上掲の画像のタージの眺めを楽しんでいたところ、テーブルに置いた瓶入りコーラをすばやく持って行かれました。(;^ω^)
右手の画像では、隣の民家の屋上で瓶を倒してコーラをなめているサル。
スマホやお財布、バッグ類も、うかつにテーブルの上に置いておいたら危ないかも。
(ノ∀`)アチャー これでアーグラーにはまたしてもやられてしまった。
明日のタージ・マハル見学でも何かありそう…。(-ω-ll)シャンティ ロッジ レストラン 地元の料理
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さて、その翌朝、まだ明けやらぬイースト・ゲート・ロードをテクテクとタージ・マハルの東門へとやって来たSUR SHANGHAIとその旦那。
上の方でも言ったように、三つの列に分かれて並んだんですが、日の出のタージを見るためのツアー客でごった返してました。
それでも早くから行って待った甲斐があり、まだ静かな敷地内見学ができました。v(`ゝω・´)
日の出の時刻は、前もって自分が泊まるホテルなどで確認して行くとよし。タージ マハル 史跡・遺跡
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これはタージ・マハル敷地内の地図。
敷地は、南北は560m、東西は303mの広大な長方形。
この画像は、クリックすると大きく表示されます。
画像右下にオレンジ色の楕円で囲った場所が東門。
無事にチケット・チェックやセキュリティ・チェックを済ませてタージ・マハルの敷地内に入ったら、まずは東門、南門、西門からの道が合流する前庭へ。
そのあとは、黄色の□で囲ったメイン・ゲートを抜けると、まっすぐタージ・マハルのお足元へと続く通路が目の前に広がります。タージ マハル 史跡・遺跡
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これが、タージ・マハルの敷地内にあるメイン・ゲート。
上で言ったように、東門、南門、西門からの道が合流する前庭にあって、ここを抜けるとタージ・マハルの姿が幻のように目の前に広がるという劇的な設計になっています。
う〜ん、今日は靄が濃いみたいだから、広大な敷地向こうのタージ・マハルは見えるかな。タージ マハル 史跡・遺跡
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イチオシ
タージ・マハルの敷地にあるメイン・ゲートを通り抜ける。
朝靄が濃いから見えないかも、と思っていたタージ・マハルの姿が、文字通り幻のように浮かび上がる姿が見えた!タージ マハル 史跡・遺跡
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メイン・ゲートを通り抜けた所から始まる水路と通路。
まずここからタージ・マハル+水路の写真を撮るのがお決まりのコース。
よって、ここはとても混み合います。
場所はお互いに譲り合いましょう。
早朝は、靄に煙って見えるタージ・マハル。
お天気の具合や光の当たり具合で印象がずいぶん変わりますよ。タージ マハル 史跡・遺跡
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メイン・ゲートを抜けた場所から始まるタージ・マハルのお足元へと続く通路。
この通路は靴を履いたままで歩いて行けます。
ぼうっと朝靄に浮かぶタージ・マハル。
総大理石造りと言う重量感が感じられない。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルの敷地を南北に横切る水路から見てみたタージ・マハルと、さっき通り抜けてきたメイン・ゲート。
タージ・マハルの四角い基壇には四隅に塔が立っていますが、よ〜く見ると、どれもわずかに外側に傾斜しています。
この上段の画像だとそれがよく分かります。
これは、地震等で塔が倒れる事があっても、タージ・マハルを直撃しないようにと言う配慮なんだそう。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルに近づいて行く。
水路に映るタージ・マハルの倒影がユラユラ動くと、一層儚げな夢のような光景。
2003年に訪れた時には、入口あたりが工事中で中には入れなかったような気がする。
今回はどうかな。タージ マハル 史跡・遺跡
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これはタージ・マハルの西側にあるモスク。
ただし、今では実際には使われてはいないようでした。
これとは対になって、東側には同じ形の集会場だった建物もあります。
上の方に出したタージ・マハル敷地内の地図でご確認ください。
あとでこのあたりも歩いてみます。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルの白い墓廟は、二段になった基壇の上にあります。
2003年に訪れた時には、ここで靴を脱いで下足番のおじさんに預け、裸足で上がって行ったんですが、今回2015年の訪問では、用意してある靴カバーを付けて上がって行くようになってました。
ここで昔の恥を申し上げますと、2003年には偽の下足番のおじさんに靴を預けてしまったSUR SHANGHAI。
見学を終えて戻って来てみたら、靴もおじさんも消え失せていて、裸足のままホテルへ戻って行ったんですよ。(;^ω^)
あの時のタージ・マハルでは、チケット・カウンターのおにいさんにもお釣りを大量にごまかされそうになったし散々だったなあ。
今では笑い話ですが。(。・w・。) ププッ
その時の顛末を知りたい方は、下記の旅行記も併せてご覧ください。
★初回インド旅 アーグラー編 −タージマハルで私の靴が消えた!
http://4travel.jp/travelogue/10005968タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルがある基壇の一段目。
通るべき道はフェンスや標識で示されています。
敷地を清める人の姿も見えて気持ちのいい朝。
そろそろ東の空も赤く色付き始めたね。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルの基壇から見たメイン・ゲート方向。
この緑と水が豊かな庭園は、砂漠の中の楽園を意味しているのだそう。
朝一番に来ると、通路を行く人たちも少なくて、タージ・マハルの敷地全体を借り切ったような気分。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルが直接立っている部分の基壇は、廟本体と同じく総大理石。
早朝、露で濡れている時には滑ります。要注意。
(*´-ω・)ン?
なんだかタージ・マハル全体が、2003年に見た時と比べると、全体的に黄ばんで来ているような。
それに、以前はツルツルお肌だった表面が、これまた全体的に肌荒れしているように見える。
これって、もうずっと問題になっているアーグラーの大気汚染のせい?
朝靄だと思っていたのも、スモッグによる空気の濁りなのかも。
それとも、単に光の具合でそう見えるだけ?タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルは、遠目に見ると白一色ですが、正面入口あたりの壁は色とりどりの石を使った象嵌の植物模様で飾られています。
よく見ると、浅い浮彫りの花模様も。
時の経過と共に破損した箇所があるとは言え、その繊細な技術には驚くばかり。
今回は、ムムターズ・マハルとシャー・ジャハーンの墓石がある内部に入れましたが、内部の撮影は禁止。
よって、その様子は紹介できませんが、その方が二人の静かな眠りを守れるのでは。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルに、この日の太陽が昇り始めた。
靄の向こうの光はまだ弱くて、太陽と言うより満月のよう。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルをほのかに赤く照らし出す朝日。
満月のような日の光りにつられて近寄って行ってみた。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルの東側にあるパビリオン。
そのてっぺんに止まった太陽は、丸い電球のよう。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハルの敷地内にある木立。
まだ今年の葉を付けていない木々が並ぶ様子は、まるで北国の景色。
これだけ見て、「ここはインド!」と当てられる人はいないでしょうね。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハル裏手を流れるヤムナー川。
その北岸も、早朝には靄の中で煙る。
かつてシャー・ジャハーンは、この北岸にタージ・マハルと同じ形の自分の墓廟を黒大理石で造らせたかったらしい。
それは果たせなかったものの、基礎工事と望楼だけは出来たとのこと。
この画像でぼんやり見える塔がその望楼?
もし、その黒大理石の墓廟が出来上がっていたら、ヤムナー川には橋も架けられて、タージ・マハルとは歩いて行き来できたんだろうか、と想像してみたSUR SHANGHAI。タージ マハル 史跡・遺跡
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これは、タージ・マハルの墓廟の北側。
内部見学を終えて出て来た人々と比べると、その大きさがよく分かると思います。
これだけの大きな墓廟を、愛する妃ムムターズ1人だけのために造ったとは思えない規模。
愛情表現のほかに莫大な資金も無ければ、とても出来上がらなかった建築!タージ マハル 史跡・遺跡
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今度は、タージ・マハルの一段下にある基壇をぐるりと一回りしてみます。
東の側面に回りこんで見てみると…、タージ マハル 史跡・遺跡
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…朝日が当たり、ほんのりとバラ色に色づいたタージ・マハルが目の前に。
重量を感じさせない建物全体が、美しいと言うより、この世のものではないような不思議な雰囲気を醸し出している。
その印象はどこから来るんだろう、と考えてみると、ここは死者のために建てられた場所だからと言う結論になる。
そう言えば、一種病的な何かを感じるし。
でも、それがまた、このインド・イスラム文化の代表的建築の魅力にもなっているのよね。タージ マハル 史跡・遺跡
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イチオシ
死者のために造られたタージ・マハルは、早朝にはシンと静まり返る。
ジッと見ていると、なんだか怖くなってくる。
そんな風景の中に、生きた人々の姿が入って来ると一安心。ε-(。・д・。)フータージ マハル 史跡・遺跡
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これもタージ・マハルの東の側面。
なんだか模型のように見えてしまうのはなぜ?
これから、ヤムナー川のある北側(画像右手)から回り込んで、今度は西側に行ってみます。タージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハル西側にあるこの建物はモスク。
東側にもこれと同じ形の建物があって、そちらは集会所として使われていた建物。
今ではどちらも使われていないようで、内部に入れず、アーケードになった部分は荒れてました。
でも、そのアーケード下から見るタージ・マハルがきれいなんですよ。
どんな風に見えるかと言うと…、タージ マハル 史跡・遺跡
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…アーケード部分の開いた部分が縁取りになって、向こうに見えるタージ・マハルが一枚の絵みたいなんです。
期せずして出来た風景画よね。タージ マハル 史跡・遺跡
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これも、モスクだった建物のアーケードから見てみたタージ・マハルの西側の側面。
この図もなかなかいい感じ。
…と、そこにやって来た1人の土地のおじさん。
「あそこから撮るともっといい。ここに立って撮って。」と、撮影場所を無理やり指定。
で、「アドバイス料、くれる?」
ははは…、やっぱりね。(;^ω^) 聞こえなかった振りをしてセーフ!
これで、前回のタージでは靴を奪われた負け点に加えて、今回は、屋上カフェ・レストランでサルにコーラを盗られて負け点追加。
う〜ん、リベンジ旅にはならなかったな。 (−"−怒)
でも、このおじさんはかわせたから、もうこれでいいことにしようっと。
それに前回は、タージ・マハルのチケットのお釣りをごまかされそうになったのを食い止めたから、イーブンにはなったかな。(*-`ω´-*)ゞタージ マハル 史跡・遺跡
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タージ・マハル西側にある昔のモスクの壁は赤。
白いタージ・マハルとは好対照。
そんな壁にも、浅い浮彫りの花模様がありました。タージ マハル 史跡・遺跡
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朝日が昇りきると、タージ・マハル訪問の観光客がどんどん増えてきた。
そろそろ帰り時かもね。タージ マハル 史跡・遺跡
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イチオシ
同じ日の朝でも、朝靄が退散したあとの時間帯だと優しげな表情に変身するタージ・マハル。
今日もたくさんの人たちの写真モデルになるのよね。タージ マハル 史跡・遺跡
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また東門に戻って行くタージ・マハルの敷地内。
名残惜しくて、何度もタージを振り返る。
2003年に出口に向かった時のSUR SHANGHAIは、靴を持って行かれたあとだったから、ずっと裸足でこの通路を戻ったのよね。
いまとなってはそれも懐かしい旅の思い出。
警察に届けても、靴が出て来るとは思えなかったし、ホテルに人力車で戻ってからはシャワー用に持っていたビーチサンダルで旅を続けたっけ。タージ マハル 史跡・遺跡
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同じ水路向こうのタージ・マハルも、日の光の変化で違った表情を見せる。
出来たら長期戦で、朝から晩までいて見てみたいと思うのはSUR SHANGHAIだけ?
青い空をバックにしたタージ、夕焼けに照らされたタージ、星空の下のタージもきっときれいよね。タージ マハル 史跡・遺跡
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イチオシ
タージ・マハルのてっぺんをつまむ格好で記念撮影するのは、2003年時には既に流行っていましたが、シャー・ジャハーンとその妃ムムターズ・マハルの墓廟に対して失礼かな、と思ってしまうSUR SHANGHAI。
で、今回もタージつまみの写真は無し。タージ マハル 史跡・遺跡
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戻ってきたメイン・ゲート脇。
2003年にもここからタージ・マハルを振り返ったっけ、と思い出して撮った写真は左手。
右手の画像は2003年当時のもの。
こうして比べてみると、敷地内の庭園の雰囲気は植木の数が増減した程度でいまも変わっていないみたい。タージ マハル 史跡・遺跡
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メイン・ゲート脇で最後に振り向いたタージ・マハル。
3度目に会える事ってあるかな。
あるとすれば、今回のように誰かを連れてくる時になるだろうな。
その日は来るや否や。
旦那も、「思っていたより見応えがあったなあ!」と言う感想で、SUR SHANGHAIもうれしかったよ。
(。´Д`。)ノシ バィバ〜ィ、タージ・マハル!タージ マハル 史跡・遺跡
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メイン・ゲート外側の前庭に出て来ると、今朝日の出前には暗くて見えなかったタージ・マハル敷地の南門と西門も朝の光の中。
上段の画像が南門。
下段の画像が西門。
こうして見てみると、どちらも出入り口として使われているみたい。
それぞれの門の近くに、チケット・オフィスもあるのかな。
2003年に、リクショーで来た時に通ったのは南門だったような…。
もう記憶もおぼろ。タージ マハル 史跡・遺跡
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こちらの門は、今朝SUR SHANGHAIたちが入って来た東門。
あとはラディソン・ホテル・アグラ・タージ・イースト・ゲート・ロードに戻って朝ごはん。
今回のアーグラーはタージ・マハルだけが目的だから、また運転手さん付きの車でデリーにとんぼ返り。
この日の夜には、アラビア海に面したゴア州の州都パナジへと向かいます。タージ マハル 史跡・遺跡
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