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“ とびっきり美しい 水と緑の国 ”…<br /><br />日本を そう表現したのは 『 美しい日本のふるさと 』の著者で、全国 くまなく取材された その本に、小さな町・小幡(おばた)も 3ページほど 掲載されていた。情感 溢れる 住民のエピソードも相まって、それから 訪問切望の的に。<br /><br />念願叶って 感じたのは まさに、水と緑が 美しい町だった。<br /><br />【 立ち寄りラインナップ 】<br />上信電鉄・上州福島駅 → 雄川堰 ・ 養蚕農家群の町並み → 宝泉寺 → 道の駅 甘楽 → せせらぎの路 → 中小路 ・ 武家屋敷 <br /><br />→ 大名庭園 ・ 楽山園 → 吹上の石樋 → 雄川堰取水口 → 織田宗家七代の墓 → 雄川堰遊歩道 → 甘楽町歴史民俗資料館 → お休み処信州屋 → 上州福島駅<br /><br /><br />町の白眉、“ 雄川堰 と 古い町並み ”は 交通量が多い 県道沿いと、やや拍子抜け; でスタートした散策も 蓋を開けてみれば、由緒ある場所から、名もなき路地裏まで 景趣に富んでいて、 実に濃厚な1日に。<br /><br />雄川に 大・小の堰、楽山園の池、さらには 水路の立体交差まで、海なし群馬県の 小さき町にも、洋々とした光景が そこここ にあった。いわば 水と親しい町、安心と信頼の 水の町… <br /><br />郡上八幡や 長井(山形県)に続き、そんな 愉しい“ 名水の町 ”の お気に入りが、また一つ加わった。

ぐんま洋々 ・ 瀬音の響きが 心地いい、 自然豊かな 城下町 探訪 ①/② 【 織田宗家ゆかりの町 ・ 小幡 ( 甘楽町 ) 】

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2014/09/30 - 2014/09/30

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tokotoko

tokotokoさん

“ とびっきり美しい 水と緑の国 ”…

日本を そう表現したのは 『 美しい日本のふるさと 』の著者で、全国 くまなく取材された その本に、小さな町・小幡(おばた)も 3ページほど 掲載されていた。情感 溢れる 住民のエピソードも相まって、それから 訪問切望の的に。

念願叶って 感じたのは まさに、水と緑が 美しい町だった。

【 立ち寄りラインナップ 】
上信電鉄・上州福島駅 → 雄川堰 ・ 養蚕農家群の町並み → 宝泉寺 → 道の駅 甘楽 → せせらぎの路 → 中小路 ・ 武家屋敷

→ 大名庭園 ・ 楽山園 → 吹上の石樋 → 雄川堰取水口 → 織田宗家七代の墓 → 雄川堰遊歩道 → 甘楽町歴史民俗資料館 → お休み処信州屋 → 上州福島駅


町の白眉、“ 雄川堰 と 古い町並み ”は 交通量が多い 県道沿いと、やや拍子抜け; でスタートした散策も 蓋を開けてみれば、由緒ある場所から、名もなき路地裏まで 景趣に富んでいて、 実に濃厚な1日に。

雄川に 大・小の堰、楽山園の池、さらには 水路の立体交差まで、海なし群馬県の 小さき町にも、洋々とした光景が そこここ にあった。いわば 水と親しい町、安心と信頼の 水の町…

郡上八幡や 長井(山形県)に続き、そんな 愉しい“ 名水の町 ”の お気に入りが、また一つ加わった。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ショッピング
5.0
交通
3.5
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 上信電鉄 ・ 車窓<br /><br /><br />改札の手前にある 立ち食い蕎麦で 腹ごしらえして、2両編成の電車に 揺られる。8時台ではあるが、旅人の姿も ちらほら。<br /><br />高崎の街を抜けると 長閑な車窓となるが、人里は 途切れることなく。30分弱で、小幡の最寄り駅 ・ 上州福島 に到着。

    上信電鉄 ・ 車窓


    改札の手前にある 立ち食い蕎麦で 腹ごしらえして、2両編成の電車に 揺られる。8時台ではあるが、旅人の姿も ちらほら。

    高崎の街を抜けると 長閑な車窓となるが、人里は 途切れることなく。30分弱で、小幡の最寄り駅 ・ 上州福島 に到着。

  • 上信電鉄 ・ 上州福島駅<br /><br /><br />古くて 小ぢんまりした駅舎が いい雰囲気。そして 駅員さんの姿も。<br /><br />これから向かう 小幡(おばた)は、鎌倉時代から戦国時代にかけては 豪族・小幡氏、元和元年(1615)からは 8代 152年にわたり、織田家が 所領した城下町。<br /><br />さっそく、その小幡の町並みがデザインされた 記念入場券を購入。

    上信電鉄 ・ 上州福島駅


    古くて 小ぢんまりした駅舎が いい雰囲気。そして 駅員さんの姿も。

    これから向かう 小幡(おばた)は、鎌倉時代から戦国時代にかけては 豪族・小幡氏、元和元年(1615)からは 8代 152年にわたり、織田家が 所領した城下町。

    さっそく、その小幡の町並みがデザインされた 記念入場券を購入。

  • 上信電鉄 ・ 上州福島駅<br /><br /><br />また 駅には、嬉しい レンタサイクル(たしか無料)も あって。<br /><br />柔和な駅員さんに 見送られ、自転車で 甘楽町(かんら) 小幡を 目指す。

    上信電鉄 ・ 上州福島駅


    また 駅には、嬉しい レンタサイクル(たしか無料)も あって。

    柔和な駅員さんに 見送られ、自転車で 甘楽町(かんら) 小幡を 目指す。

  • 甘楽町 (かんら)<br /><br /><br />駅そばの交差点を抜け、そこからは 一本道。ただ、ゆるやか ながら ずーっと 上り坂で、息を切らして 良い準備運動に;…。<br /><br />10分ほどで 小幡地区に入ると、右手には 賑々しい一角が。そこは 「こんにゃくパーク」で、テレビで見たとおり 人気のよう。<br /><br />パークに 一歩でも踏み入ると 不思議なことに誰もが、大好物ランクで “こんにゃく”が急上昇し、さらには “こんにゃく和尚(アンパンマンより)”が たちまち大好きになる、とかならないとか……入ってないけど;

    甘楽町 (かんら)


    駅そばの交差点を抜け、そこからは 一本道。ただ、ゆるやか ながら ずーっと 上り坂で、息を切らして 良い準備運動に;…。

    10分ほどで 小幡地区に入ると、右手には 賑々しい一角が。そこは 「こんにゃくパーク」で、テレビで見たとおり 人気のよう。

    パークに 一歩でも踏み入ると 不思議なことに誰もが、大好物ランクで “こんにゃく”が急上昇し、さらには “こんにゃく和尚(アンパンマンより)”が たちまち大好きになる、とかならないとか……入ってないけど;

  • 小幡(おばた) 町屋地区 ・ 雄川堰<br /><br /><br />駅から 約15分で 突如、 それまでの 凡庸な町並みに 景趣が 加わる。 見所のひとつ ・ 桜並木 と 雄川堰で、その満ちみちた 清らかな用水路は 「土木遺産」であり、「日本名水百選」 にも。<br /><br />そして このちょうど 訪ねた月(平成26年9月)に、※「かんがい施設遺産」に 登録されたそうな。<br />※ 歴史的に価値ある世界の利水施設を、“国際かんがい排水委員会”(本部・ニューデリー)が登録・表彰。

    小幡(おばた) 町屋地区 ・ 雄川堰


    駅から 約15分で 突如、 それまでの 凡庸な町並みに 景趣が 加わる。 見所のひとつ ・ 桜並木 と 雄川堰で、その満ちみちた 清らかな用水路は 「土木遺産」であり、「日本名水百選」 にも。

    そして このちょうど 訪ねた月(平成26年9月)に、※「かんがい施設遺産」に 登録されたそうな。
    ※ 歴史的に価値ある世界の利水施設を、“国際かんがい排水委員会”(本部・ニューデリー)が登録・表彰。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡 ・ 雄川堰 <br /><br /><br />町を 南北に流れる「雄川堰」。その流れは、私の足を 苦しめた;丘陵地ともあって、ゆったり… というイメージに反する、 なかなかの速さ。<br /><br />雄川堰は、甘楽町 と 富岡市を 流れる 利根川水系の “ 雄川(一級河川)”から 引き込まれている。そして、用水の 要となる “大堰”と、大堰から取水し 陣屋内に配された “小堰”からなり、写真のここは “ 大堰 ”。

    小幡 ・ 雄川堰


    町を 南北に流れる「雄川堰」。その流れは、私の足を 苦しめた;丘陵地ともあって、ゆったり… というイメージに反する、 なかなかの速さ。

    雄川堰は、甘楽町 と 富岡市を 流れる 利根川水系の “ 雄川(一級河川)”から 引き込まれている。そして、用水の 要となる “大堰”と、大堰から取水し 陣屋内に配された “小堰”からなり、写真のここは “ 大堰 ”。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡 ・ 養蚕農家群の町並み<br /><br /><br />また 雄川堰 沿いには、昔ながらの風情を とどめる 家並みも。<br /><br />明治中期に建てられたという 養蚕農家群。その大きさと、切妻造で 軒が深い屋根が ジグザグと連なる光景が また壮観で。<br /><br />それらは、奥行きの長い 短冊状に建てられていて、天窓を設けた屋根が 特徴的。

    小幡 ・ 養蚕農家群の町並み


    また 雄川堰 沿いには、昔ながらの風情を とどめる 家並みも。

    明治中期に建てられたという 養蚕農家群。その大きさと、切妻造で 軒が深い屋根が ジグザグと連なる光景が また壮観で。

    それらは、奥行きの長い 短冊状に建てられていて、天窓を設けた屋根が 特徴的。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡 ・ 養蚕農家群の町並み<br /><br /><br />前日に訪ねた “ 六合赤岩 ”に続き この地も、 明治期の重要な輸出品であった 絹・生糸の 主要産地だったそうな。

    小幡 ・ 養蚕農家群の町並み


    前日に訪ねた “ 六合赤岩 ”に続き この地も、 明治期の重要な輸出品であった 絹・生糸の 主要産地だったそうな。

  • 小幡<br /><br /><br />堰 の所々( 約50箇所 )には 「 洗い場 」 が設けられ、かつては “ 蚕かご ” 等の 養蚕道具を洗うのにも 利用されていた。現在も “ 芋車 ”を設置するなど、日常的に 利用されている という。<br /><br />生活を 支え、多目的に利用されてきた その歴史は、藩政時代以前(400年以上前)に 端を発しているの だそう。

    小幡


    堰 の所々( 約50箇所 )には 「 洗い場 」 が設けられ、かつては “ 蚕かご ” 等の 養蚕道具を洗うのにも 利用されていた。現在も “ 芋車 ”を設置するなど、日常的に 利用されている という。

    生活を 支え、多目的に利用されてきた その歴史は、藩政時代以前(400年以上前)に 端を発しているの だそう。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡<br /><br /><br />その雄川堰には かつて、両側の家々の通行のために 12の石橋が 架かっていたという ( 5つが現存 )。<br /><br />その大きな 板石が、桜の幹と寄添うように 余生を過ごしていた。

    小幡


    その雄川堰には かつて、両側の家々の通行のために 12の石橋が 架かっていたという ( 5つが現存 )。

    その大きな 板石が、桜の幹と寄添うように 余生を過ごしていた。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡 <br /><br /><br />美しい水路に 古い町並み、さらに 桜並木も共演する この地のハイライトは、やはり 桜咲く季節。 <br /><br />開花基準木は、この井戸そばに 。

    小幡


    美しい水路に 古い町並み、さらに 桜並木も共演する この地のハイライトは、やはり 桜咲く季節。

    開花基準木は、この井戸そばに 。

  • 小幡 ・ 雄川堰<br /><br /><br />町屋地区の 水路幅は、1.2 〜 1.7m。<br /><br />輝きながら とうとうと 町中を走り、さらに 下流の水田地帯へ。

    小幡 ・ 雄川堰


    町屋地区の 水路幅は、1.2 〜 1.7m。

    輝きながら とうとうと 町中を走り、さらに 下流の水田地帯へ。

    雄川堰 名所・史跡

  • 小幡 ・ 町屋地区<br /><br /><br />古い町並みの片隅には、味わい深い 旅館の看板。もう、営業はしていない ようす…

    小幡 ・ 町屋地区


    古い町並みの片隅には、味わい深い 旅館の看板。もう、営業はしていない ようす…

  • 小幡<br /><br /><br />楽しみにしていた、この水路と 古い町並み。ただ その立地が、イメージ(期待)とは違った;。県道と これほど近接しているとは…(この前日、路地に堰が伸びる「白井宿」の風景が 目に焼き付いたことも 大きいのだろうけど;)。<br /><br />でも 水路と並木が、喧騒と静寂の 境界線の役割も成しているようで…。古い家並み側は いわば無風、県道が 目と鼻の先なのに 不思議と、ひっそり穏やかな空気が 流れていた。<br /><br />その対比も、なんだか おもしろい。

    小幡


    楽しみにしていた、この水路と 古い町並み。ただ その立地が、イメージ(期待)とは違った;。県道と これほど近接しているとは…(この前日、路地に堰が伸びる「白井宿」の風景が 目に焼き付いたことも 大きいのだろうけど;)。

    でも 水路と並木が、喧騒と静寂の 境界線の役割も成しているようで…。古い家並み側は いわば無風、県道が 目と鼻の先なのに 不思議と、ひっそり穏やかな空気が 流れていた。

    その対比も、なんだか おもしろい。

  • 小幡<br /><br /><br />ただ 県道側にも、雰囲気いい 路地が伸びていて。

    小幡


    ただ 県道側にも、雰囲気いい 路地が伸びていて。

  • 小幡<br /><br /><br />吸い寄せられるように 路地に入ると、そこは “恵比寿さま”を祀る 「 宝泉寺 」への参道だった。 秘密ぷる…基地ですか〜ぷるっぷー

    小幡


    吸い寄せられるように 路地に入ると、そこは “恵比寿さま”を祀る 「 宝泉寺 」への参道だった。 秘密ぷる…基地ですか〜ぷるっぷー

  • 小幡 <br /><br /><br />「宝泉寺」の参道より。彼方に みえるは 「 妙義山 」 でしょうか。

    小幡


    「宝泉寺」の参道より。彼方に みえるは 「 妙義山 」 でしょうか。

  • 小幡 ・ 大手門跡<br /><br /><br />町屋地区の 桜並木が 途切れる 写真付近が、陣屋への入口となる 「 大手門跡 」。<br /><br />小幡の町割りは、3代 織田信昌が 陣屋を小幡に移転した頃(寛永19年・1642)に 形成されたとか。<br /><br />大手門より 南側に武家屋敷、北側に町屋 という配置。

    小幡 ・ 大手門跡


    町屋地区の 桜並木が 途切れる 写真付近が、陣屋への入口となる 「 大手門跡 」。

    小幡の町割りは、3代 織田信昌が 陣屋を小幡に移転した頃(寛永19年・1642)に 形成されたとか。

    大手門より 南側に武家屋敷、北側に町屋 という配置。

  • 道の駅 甘楽( 甘楽町物産センター )<br /><br /><br />町屋地区から 坂を 少し下ると、 大きな 道の駅。<br /><br />真新しい、広々とした内部 には 観光案内に加え、食事処や 農産物直売所も あって、土産を 購入。また訪ねたなら、名物 「 桃太朗ごはん 」 を ぜひ食べたい。<br /><br />そして写真を よくよく眺めると、裏手には 見学施設 「 松井家住宅 」も あるではないか… うっかり 見落とした;。 松井家は 江戸時代の上級農家で、この住宅は 移築復元したもの。

    道の駅 甘楽( 甘楽町物産センター )


    町屋地区から 坂を 少し下ると、 大きな 道の駅。

    真新しい、広々とした内部 には 観光案内に加え、食事処や 農産物直売所も あって、土産を 購入。また訪ねたなら、名物 「 桃太朗ごはん 」 を ぜひ食べたい。

    そして写真を よくよく眺めると、裏手には 見学施設 「 松井家住宅 」も あるではないか… うっかり 見落とした;。 松井家は 江戸時代の上級農家で、この住宅は 移築復元したもの。

  • 道の駅 甘楽<br /><br /><br />駐車場には、風変わりな車が…。うっかり者の 私でも、さすがに 気付く アピール具合;。<br /><br />鎧兜に “ 雄川堰 ”や “ ソメイヨシノ ”が描かれた、 鮮やかな 「 かんらちゃん 」。 ローカルな この町も今、変革の時を 迎えているらしい。この地で、キングの座を盤石にする“ こんにゃく和尚 ”を脅かす、 次世代スター登場と もっぱら言われている、 とか いないとか……

    道の駅 甘楽


    駐車場には、風変わりな車が…。うっかり者の 私でも、さすがに 気付く アピール具合;。

    鎧兜に “ 雄川堰 ”や “ ソメイヨシノ ”が描かれた、 鮮やかな 「 かんらちゃん 」。 ローカルな この町も今、変革の時を 迎えているらしい。この地で、キングの座を盤石にする“ こんにゃく和尚 ”を脅かす、 次世代スター登場と もっぱら言われている、 とか いないとか……

  • 雄川<br /><br /><br />【 甘楽の地には 清流が流れている… 】<br /><br />元和元年( 1615 )、「 大坂夏の陣 」での功のご褒美として、徳川家康から 甘楽郡 2万石を与えられた 織田信雄(織田信長の次男)は、その清流に着目。自身の四男・信良に 甘楽を与え、織田宗家として 小幡藩が立藩した……<br /><br />目を つけたというのが この「 雄川 」。堀の役割を果たす 川の西側には、切り立った崖 もあり 要害の地でも。信雄は さらに、町の中を 網の目のように巡る 堰を整備させた。<br /><br />道の駅 から 雄川 に沿って進み、武家屋敷が 残る地区へ。

    雄川


    【 甘楽の地には 清流が流れている… 】

    元和元年( 1615 )、「 大坂夏の陣 」での功のご褒美として、徳川家康から 甘楽郡 2万石を与えられた 織田信雄(織田信長の次男)は、その清流に着目。自身の四男・信良に 甘楽を与え、織田宗家として 小幡藩が立藩した……

    目を つけたというのが この「 雄川 」。堀の役割を果たす 川の西側には、切り立った崖 もあり 要害の地でも。信雄は さらに、町の中を 網の目のように巡る 堰を整備させた。

    道の駅 から 雄川 に沿って進み、武家屋敷が 残る地区へ。

  • 御殿前通り<br /><br /><br />大手門(陣屋への入口)から 小幡藩邸 へは、武家屋敷地区を貫く 「 中小路 」と、写真の 「 御殿前通り 」からなる 700m の道のり。<br /><br />ミドリの彩が 悠久に添える その先に、大名庭園 「 楽山園 」 がある。

    御殿前通り


    大手門(陣屋への入口)から 小幡藩邸 へは、武家屋敷地区を貫く 「 中小路 」と、写真の 「 御殿前通り 」からなる 700m の道のり。

    ミドリの彩が 悠久に添える その先に、大名庭園 「 楽山園 」 がある。

  • 中小路<br /><br /><br />「 中小路 」へ入ると すぐさま、江戸時代さながらの 佇まいが 目に 飛び込んできた。<br /><br />小幡藩は 2万石の小藩ゆえ、城郭は建設されず、陣屋 を居城とした。その陣屋は 現存しないが、いくつかの 遺構は残り、ひとつが この「 喰い違い郭 」。 <br /><br />これは、戦時の防衛上のために造られたもの。また、下級武士が上級武士に出会うのを 避けるために隠れた、とも いわれているという。

    中小路


    「 中小路 」へ入ると すぐさま、江戸時代さながらの 佇まいが 目に 飛び込んできた。

    小幡藩は 2万石の小藩ゆえ、城郭は建設されず、陣屋 を居城とした。その陣屋は 現存しないが、いくつかの 遺構は残り、ひとつが この「 喰い違い郭 」。

    これは、戦時の防衛上のために造られたもの。また、下級武士が上級武士に出会うのを 避けるために隠れた、とも いわれているという。

  • 松平家大奥<br /><br /><br />奥方と 何人かの腰元が住んでいた、といわれる 松平家。<br /><br />ペリーの黒船が来航した際、将軍が 江戸城大奥の女官ら 約15人を、親藩である小幡藩の この屋敷に疎開させた、という。<br /><br />あの怪盗 ・ 鼠先輩… じゃなかった、“ 鼠小僧 ”を 捕らえたのは、 松平 忠恵 【 小幡藩 第3代藩主 ( 織田家移封の後 )】。

    松平家大奥


    奥方と 何人かの腰元が住んでいた、といわれる 松平家。

    ペリーの黒船が来航した際、将軍が 江戸城大奥の女官ら 約15人を、親藩である小幡藩の この屋敷に疎開させた、という。

    あの怪盗 ・ 鼠先輩… じゃなかった、“ 鼠小僧 ”を 捕らえたのは、 松平 忠恵 【 小幡藩 第3代藩主 ( 織田家移封の後 )】。

  • 中小路<br /><br /><br />小幡藩主が 通った由緒ある 道路。 その道幅は 7間 13mと、往時にしては 珍しい 広さ。<br /><br />それは、御神輿行列などの行事祭りを 念頭にして 造られたから、だとか。文化を嗜好する 織田家にあって、信雄も その血筋を 引いたよう。<br /><br />ちなみに この「 中小路 」は、約20年前に 復元。写真の右手側は 未舗装だが、かつては そこを 地主が “ 畑 ”に 転用していたのだそう。畑で 栽培されたのは、桑 や コンニャク、サトウキビ…。その サトウキビは、土地の子どもたちに とっての “ おやつ ”だったそうな。

    中小路


    小幡藩主が 通った由緒ある 道路。 その道幅は 7間 13mと、往時にしては 珍しい 広さ。

    それは、御神輿行列などの行事祭りを 念頭にして 造られたから、だとか。文化を嗜好する 織田家にあって、信雄も その血筋を 引いたよう。

    ちなみに この「 中小路 」は、約20年前に 復元。写真の右手側は 未舗装だが、かつては そこを 地主が “ 畑 ”に 転用していたのだそう。畑で 栽培されたのは、桑 や コンニャク、サトウキビ…。その サトウキビは、土地の子どもたちに とっての “ おやつ ”だったそうな。

  • 中小路<br /><br /><br />城下町の縁を ありありと見せる “ 石積み塀 ”。<br /><br />矢羽積で、石垣 最上段を 30cm × 50cm 前後の大きな石で おさえている。 石材は、「 雄川 」の “ 緑色片岩 ”が 用いられたという。<br /><br />姫路城の築城に携わった職人が、ここも 手がけたとか。<br />長く伸びる それは、その高い方が 往時のまま、低い方が 復元されたもの。

    中小路


    城下町の縁を ありありと見せる “ 石積み塀 ”。

    矢羽積で、石垣 最上段を 30cm × 50cm 前後の大きな石で おさえている。 石材は、「 雄川 」の “ 緑色片岩 ”が 用いられたという。

    姫路城の築城に携わった職人が、ここも 手がけたとか。
    長く伸びる それは、その高い方が 往時のまま、低い方が 復元されたもの。

  • 中小路 ・ 高橋家<br /><br /><br />澄み渡る空の下、白壁が 目にも 鮮やかに…<br /><br />武家屋敷の中で、昔の様子を 最も残しているのが、勘定奉行の役宅跡 である「 高橋家 」。

    中小路 ・ 高橋家


    澄み渡る空の下、白壁が 目にも 鮮やかに…

    武家屋敷の中で、昔の様子を 最も残しているのが、勘定奉行の役宅跡 である「 高橋家 」。

  • 高橋家 ・ 庭園<br /><br /><br />敷地内は 一部見学可能で、庭園の 中央には “ 心字池 ”。<br />この池には、 雄川の水が 風情とともに、絶えず注がれている。

    高橋家 ・ 庭園


    敷地内は 一部見学可能で、庭園の 中央には “ 心字池 ”。
    この池には、 雄川の水が 風情とともに、絶えず注がれている。

  • 中小路<br /><br /><br />石積み塀が ずいーっと伸びていて、奥に 見えるのが 先の「 高橋家 」屋敷。<br />こちら側の石垣は 全て、往時のままのもの。

    中小路


    石積み塀が ずいーっと伸びていて、奥に 見えるのが 先の「 高橋家 」屋敷。
    こちら側の石垣は 全て、往時のままのもの。

  • 中小路<br /><br /><br />見学に夢中で、乗ってきた自転車を ほったらかしに…<br />そんな 放置自転車に 近付く人影;、慌てて 駆け戻り、“注意されるかな”・・・と 思ったのは 杞憂だった;<br /><br />温厚な その土地の方には、 武家屋敷のことや 町の歴史、織田信雄が お気に入りだった場所など、色々と 教えて頂いた。感謝。

    中小路


    見学に夢中で、乗ってきた自転車を ほったらかしに…
    そんな 放置自転車に 近付く人影;、慌てて 駆け戻り、“注意されるかな”・・・と 思ったのは 杞憂だった;

    温厚な その土地の方には、 武家屋敷のことや 町の歴史、織田信雄が お気に入りだった場所など、色々と 教えて頂いた。感謝。

  • 小幡 ・ 中小路

    小幡 ・ 中小路

  • 小幡 <br /><br /><br />喰い違い郭 を 通り抜ける “ にゃんこ ”。 <br /><br />ただ これ以降、この にゃんこを 町で 見かけた者は いない………

    小幡


    喰い違い郭 を 通り抜ける “ にゃんこ ”。

    ただ これ以降、この にゃんこを 町で 見かけた者は いない………

  • 小幡 <br /><br /><br />にゃんこは 異界の門を くぐったのでは…<br /><br />なんて 空想するほど;、心躍る ワクワクが止まない 小幡の探訪。<br />「 楽山園 」(大名庭園)などの 続きは、また次回に。

    小幡


    にゃんこは 異界の門を くぐったのでは…

    なんて 空想するほど;、心躍る ワクワクが止まない 小幡の探訪。
    「 楽山園 」(大名庭園)などの 続きは、また次回に。

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  • pedaruさん 2015/06/11 06:08:40
    群馬にこんなところがあったとは
    tokotokoさん お早うございます。

    ご無沙汰している間にたくさんアップしてましたね。気が付きませんでした。自分のことで夢中で余裕がなかったんでしょうね。と、人事のよう・・・

    tokotokoさんの旅行記入り口の解説文、これでは誰でも飛びつきたくなりますよ。
    ワクワクする期待感、どんな旅行よりも素晴らしい物語が待ち構えているだろうか?

    いろんなことを想像させるプロローグ、そして・・・・旅はそれをどう見るか、評価するかで決まりますね。普通の石を宝石に感じ、そして他人にもそう思わせてしまう、そんな旅行記がtokotokoさんの特徴です。

    特に嬉しいのは、わが故郷群馬においで下さり、pedaruの知らない町の紹介をしていただいたことです。 遅ればせながら今度行ってみたいと思います。

    pedaru

    tokotoko

    tokotokoさん からの返信 2015/06/14 19:01:43
    RE: 群馬にこんなところがあったとは
    pedaruさん こんばんは。

    ゆるい拙い;記事を見てくださり 恐縮です。旅では 特別なことをしたり見なくとも、自然と満足してしまうと いいましょうか(軍資金の額によるものではないか…という声もありますが;)。

    群馬でも、昔町や集落を散策しているだけで 充足していきました。群馬が郷里なのですね☆ 豊かな自然に温泉、歴史町と、溢れる魅力を堪能するには 車での周遊が最適でしょうね。小幡はやはり、桜の季節にまた訪ねたいですし、秘境という“砥沢”の集落も 気になるところです。

    冒頭の解説文というと、pedaruさんの奥日光での出来事を綴った、詩情あふれるプロローグに感動したのを強く覚えています。多彩なコトノハをちりばめた文章には、どっぷり 惹き込まれましたね(pedaruさんのように コトバや表現の 引き出しを増やしたい!)。あと、群馬でいうと館林のお蕎麦屋さんの記事も印象的でした☆

    気まぐれマイペースな更新にも関わらず、いつも ありがとうございます! tokotoko

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