1992/10/25 - 1992/11/02
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hy-2217さん
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私にとって、初めてのヨーロッパ旅行のアルバムを23年振りに開き、過去を思い出しながら「遠いむかしの旅行記」を書きました。
9日間のざっとした行程は、下記の通りです。
大阪〜成田〜ロンドン(イギリス)〜フランクフルト(ドイツ)〜ハイデルベルク〜ローテンブルク〜ミュンヘン(ドイツ)〜ザルツブルク(オーストリア)〜インスブルック〜フュッセン(ドイツ)〜インターラーケン(スイス)〜ユングフラウ〜チューリヒ(スイス)〜パリ(フランス)〜ブリュッセル(ベルギー)〜成田〜大阪
9日間で6ケ国を移動、その旅行で、一番楽しみにしていたことは、スイス・アルプスのユングフラウ地方のすばらしき山々を見る事でした。
旅行記録を残すために、片手にビデオカメラセットを持ち、ポケットにはパノラマカメラとフィルムカメラを入れて、「お気に入りの観光地」を撮影しました。
ヨーロッパ旅行のために、P社の最新型ビデオカメラ(VHS方式、倍率20倍、カラーファインダー)を購入しました。
メーカー標準のビデオ収納ケースには、ビデオ本体、新品のビデオテープ5〜6本、重い充電式バッテリー数個、充電器、海外旅行用プラグ、取扱説明書等の7つ道具を納めていました。
想像しただけで、笑い話になりますね。
今思うと、”あんなに重いビデオセットをヨーロッパまでよく持参したな”とあきれると同時に、コンパクトになった現在のカメラ技術の進化には驚くばかりです。
23年も経過すれば、観光地も随分変わったと思いますが、「むかしの旅行記」でよろしければ、一読・一見していただければ有難く思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
(1日目)
大阪国際空港→成田国際空港→ロンドン(イギリス)→フランクフルト(ドイツ)→ハイデルベルク(10/25泊)
☆ヨーロッパ主要都市を経由して、やっと、フランクフルト国際空港に到着しました。
大阪からフランクフルトまでの所要時間は、乗り継ぎ、乗り換え時間を含めて、約22時間の長旅でした。
直行便が無かったため、今では、信じられないほどの時間がかかっていました。
フランクフルト国際空港に午後9時過ぎに到着後、バスに揺られてハイデルベルクのホテルへ到着したのは、真夜中近くになっていました。
ホテルに着いた時、仲間達全員、”長旅で疲れた”という感じでした。
<往路の所要時間(約22時間)の内訳は、下記の通りです。>
◎大阪国際空港(07:40)→成田国際空港(08:50)(ANA 所要時間:1時間10分)
◎成田国際空港(乗り換え時間:2時間15分)
◎成田国際空港(11:05)→ロンドン(14:55)(ANA 所要時間:12時間50分)
◎ロンドン(乗り継ぎ時間:3時間50分 ※ヒースロー空港内を見学)
◎ロンドン(18:45)→フランクフルト国際空港(21:15)(BA 所要時間:1時間30分)
*写真は、歴史を感じさせるハイデルベルク城内の門です。 -
(2日目)
ハイデルベルク(ドイツ)→ローテンブルク→ネルトリンゲン→ミュンヘン(ドイツ)(10/26泊)
朝食後、ハイデルベルクの市内観光をしました。
【ハイデルベルクの豆知識】
ハイデルベルクは、ドイツ連邦共和国バーデンヴュルテンベルク州北西部の都市であり、ライン川とネッカー川の合流点近くに位置する。
ネッカー川、及び、旧市街を見下ろす高台にあるハイデルベルク城跡やドイツで最も古い大学がある学園都市である。
ハイデルベルクは、過去と未来が同居する街とも言われ、数多くの観光客や学者を惹きつけている。
*ハイデルベルク城からオレンジ色をした屋根が目立つ街並、ネッカー川、カール・テオドール橋方面を見た景色。
落ち着きがあり、古い歴史を感じさせます。
世界遺産に登録されていると思っていましたが、残念ながら未登録です。
何故?無知な私にはわかりません。
◇ハイデルベルクの思い出
市内観光のバスの車内で、添乗員から”これから行くDFSのワインは、酒があまり好きではない人でも、酒が飲めない人でも飲めるワインです。一度、試飲してください。”との説明があった。
DFS内では、試飲用に15,000円/本と5,000円/本のワインがあった。
試飲したところ、ブランデーのような、梅酒のような、ワインの味とは思えないような、口当たりの良い、マイルドな味であった。
私は、数杯試飲しましたが、あまりにも上品過ぎるマイルドな味であったため、購入はしませんでした。
味が気に入った或るカップルは、余程ワイン通なのか、15,000円のワインを6本単位で日本に配送依頼をしていました。
「ただ飲みの人」だけでなく、買ってくれる人がいて本当に良かった。 -
*ハイデルベルク城から見たすばらしき景色。
-
*ハイデルベルク城から見たすばらしき景色。
ネッカー川を挟んで、手前の家と、向こう側の家が対話しているような景色でした。 -
*ハイデルベルク城からすばらしき街並みを見る観光客。
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*ハイデルベルク城の外壁には、歴史を感じさせる彫刻がありました。
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*ハイデルベルクの街並み。
石畳と建物外壁の色が調和して、歴史を感じさせます。 -
*ハイデルベルクの街並み。
石畳と建物外壁の色が調和して、歴史を感じさせます。
街を散歩していると、みんなの顔がかしこく見えてきました。
手前に立っている、背が高いオッチャンも大学の考古学者に見えてきました。 -
*ハイデルベルクの街並み。
石畳と建物外壁の色が調和して、歴史を感じさせます。 -
*カール・テオドール橋側から見た街並みと高台に建つハイデルベルク城。
-
*ハイデルベルクのすばらしき街並み。
-
ハイデルベルク市内観光後、バスは古城街道〜ロマンチック街道をドライブし、ローテンブルクに到着しました。
【ローテンブルクの豆知識】
”中世の宝石”と称えられる、城壁に囲まれた中世都市。
城壁の中は、中世の面影がほぼ完全に残っており、タイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
中世のたたずまいを残すローテンブルクは、ロマンチック街道のハイライト。
*ローテンブルクの街並み。
ハイデルブルクを見学した後に、ローテンブルクを見学すると、同じドイツの街とは思えませんでした。
◇ローテンブルクの思い出
街の美術品店で、ローテンブルクの街並を描いたすばらしい版画を見つけました。
早速、値段の交渉です。値切り交渉が好きな関西育ちは、ディスカウントの交渉をしました。
相手の画家は、自分自身の作品に自信があったのか、”ディスカウントしてまでこの絵は売りません”と言うような顔をして、交渉は不成立に終わりました。
値引き”ゼロ”であった版画は、我が家の壁に、23年間、飾られています。 -
*ローテンブルクの街並み。
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*ローテンブルクの街並み。
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*ローテンブルクの街並み。
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*ローテンブルクの街並み。
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*ローテンブルクの街並み。
-
バスはローテンブルクを出発して、次の目的地ネルトリンゲンに到着しました。
残念ながら、ネルトリンゲンの写真はありません。街のカフェで、一杯のコーヒーを飲んだくらいの記憶しかありません。
ネルトリンゲン出発後、今夜の宿泊地ミュンヘンに到着しました。
ミュンヘンは、バイエルンの州都です。
*ホテル近くの景色です。 -
*ホテル近く、ドイツらしい景色です。
-
*お客さんで賑わうビアホール。
ミュンヘンと言えば、ビール。
本場のビールを飲むためにビアホールへ行きました。
さすがに、ビールはおいしかった。 -
*ビアホールではビールを飲みながら、ドイツ娘のショーを見ました。
-
*旅行で一緒になった仲の良いカップルと乾杯!。
ビアホールでは、おいしいビールをたらふく飲みました。 -
(3日目)
ミュンヘン(ドイツ)→ドイツ・オーストリアの国境→ザルツブルク(オーストリア)→インスブルック(オーストリア)(10/27泊)
バスは、ミュンヘンからオーストリアの国境に向かって走りました。片側一車線の田舎道を走ると、国境の検札所に到着しました。
*ドイツ〜オーストリア国境の検札所。
日本は島国、海が国境になっているので、国境と言ってもピンときません。
陸続きのヨーロッパでは、”これが国と国の境か?関所か?”と思う程、簡単な国境でした。
資本主義国と共産主義国の国境はこのような簡単なものではないですね。 -
バスは、ザルツブルクに到着しました。
ザルツブルクは、自然環境保護に、随分、力を入れている街なので大型バスは侵入禁止でした。
我々は、街の郊外で、環境にやさしい小型バスに乗り換えて市内に入りました。
【ザルツブルクの豆知識】
オーストリア・ザルツブルク州の州都。
ザルツは「塩」、ブルクは「砦」の意である。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトが1756年に誕生してから25歳まで住んでいたことで、音楽を愛する世界の人々にとって、いわば巡礼地になっている。
世界的なザルツブルク音楽祭も開催される音楽の都。
大自然に囲まれた古都は「世界で最も美しい街」の一つと称され、旧市街と歴史的建造物は、1996年ユネスコ世界遺産に「ザルツブルク市街の歴史地区」として登録された。
*門の彫刻が旅行者を歓迎してくれました。
◇ザルツブルクの思い出
ザルツブルクの店で、ブーツを買いました。
その時には、気が付かなかったのですが、日本へ帰って、明るいところで見ると右と左の色が微妙に違っていました。
理由はわかりませんが、日本では考えられないことでした。
返品することも、捨てることもできないので、妻は、それなりに、要領よく履いていました。
今では、ザルツブルクの良き思い出となっています。 -
*現地案内人から、ザルツブルク観光の注意事項を真剣に聞く旅行者達。
-
*モーツアルトの生家です。
室内には、昭和天皇陛下が訪れて、お座りになったと言われているイスとピアノが保存されていました。 -
*ザルツブルクの落ち着いた、美しい街並みとホーエンザルツブルク城。
-
*ザルツブルクの落ち着いた、美しい街並み。
さすが、世界遺産「ザルツブルク市街の歴史地区」・・依存はございません。納得です。 -
*小高い丘の上に建つ「ホーエンザルツブルク城」。
-
*ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地となったザルツブルクの「ミラベル庭園」。
主役のジュリー・アンドリュースが子供たちと「ドレミの歌」を歌ったところです。
バスはザルツブルク市内観光後、今晩の宿泊地、インスブルックに向かいました。 -
(4日目)
インスブルック(オーストリア)→フュッセン(ドイツ)→インターラーケン(スイス)(10/28泊)
【インスブルックの豆知識】
オーストリア・チロル州の州都。
アルプスへの基点となる、チロル地方の中心都市であり、ウインタースポーツの地として世界的に知られている。
1964年と1976年に冬季オリンピックが開催された。
残念ながら、一枚の写真もありません。
チロリアンディナーショーにも行きましたが、あまり、記憶はありません。
◇インスブルックの思い出
雪山に囲まれたウインタースポーツの街、という印象であった。
夜、ホテルでテレビを見ていると、「大相撲の”貴乃花”と女優の”宮沢りえ”が婚約した。」というビッグニュースが放映された。
翌日、旅行仲間に、そのことを伝えると、みんな随分、驚いていたことを憶えています。
大昔のことですね。
インスブルックのホテルを出発して、バスはオーストリア・ドイツの国境を通過して、フュッセン(ドイツ)に向かって走ります。
【フュッセンとノイシュバンシュタイン城の豆知識】
フュッセンは、アルプス山麓の自然に抱かれたロマンチック街道の最終地。
フュッセン郊外には、ルートヴィヒ2世が建てたノイシュバンシュタイン城と彼の父、マクシミリアン2世の城・ホーエンシュバンガウ城があり、ロマンチック街道のハイライトを飾っている。
ノイシュバンシュタイン城は、ドイツ南部のバイエルン州にある城。
1869年に着工し、1886年に何とか人が居住できる程度に出来上がったらしい。
現在は、ロマンチック街道の終点として、人気の観光スポットになっている。
その名は、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の白鳥伝説に由来し、国王はオペラの騎士城を夢見て建造に精魂を傾けた。
当時、膨大な国費をつぎこんだ城は、今では、バイエルン地区随一の観光資源となっている。
*田園地帯をほどほどに走った頃、ノイシュバンシュタイン城の麓に到着しました。
遠くに、ノイシュバンシュタイン城が見えてきました。 -
*白亜の城、ノイシュバンシュタイン城。
マリエン橋から城全体の景色を楽しむ。 -
*お城の入り口で、ノイシュバンシュタイン城を見上げる。
-
*王様になった気持ちで、城下の田園風景を眺める。
爽快な気分になりました。 -
*麓には有料の荷馬車があり、足に自信が無い人、過去の雰囲気を楽しみたい人達が利用していました。
ここからお城までは、緩やかな登り坂が続いています。 -
*ノイシュバンシュタイン城のセンスある水彩画があったので買いました。
金額は忘れましたが、今でも「お気に入り」の水彩画で、我が家の壁にかかっています。
絵全体は、縦・横とももっと大きく、お城の下部から描かれていますが、写真では一部分を省略しています。 -
*ノイシュバンシュタイン城全景。
マリエン橋からパノラマ写真で撮りました。 -
*ノイシュバンシュタイン城全景。
マリエン橋からパノラマ写真で撮りました。 -
*王様になったつもりで、城下の田園風景をパノラマ写真で撮りました。
-
*マクシミリアン2世の城・ホーエンシュバンガウ城。
間違っていたら、ゴメンナサイ。 -
フュッセン・ノイシュバンシュタイン城の見学を終え、バスは、再び、ドイツ・スイスの国境を越えて、インターラーケン(スイス)目指して走ります。
【インターラーケンの豆知識】
インターラーケンとは、”湖の間”と言う意味だそうです。
トゥーン湖とブリエンツ湖のふたつの湖に挟まれており、山里のムードは薄いが、華やかで緑豊かな美しい街(標高567m)である。
湖と雪化粧をした山を見ているとインターラーケンに到着しました。
*山と湖に囲まれたインターラーケンの景色。 -
*インターラーケンの公園とうっすらと雪化粧をした山。
-
インターラーケンの公園とうっすらと雪化粧をした山。
写真では、わかりづらいですが、手前の山と山のすそ野の間に、真白なスイス・アルプスがかすかにに見えていました。
明日は、今回の旅行で一番楽しみにしているユングフラウヨッホです。
この時は、翌日がすばらしい天気であることを信じていました。 -
(5日目)
インターラーケン(スイス)→グリンデルワルト→クライネ・シャイデック→ユングフラウヨッホ→クライネ・シャイデック→グリンデルワルト→チューリヒ(スイス)
前日は、すばらしい天気だったのに、朝、インターラーケンのホテルを出発する時は、まさかの「ドシャ降り」でした。
「ガッカリ」した気持ちでバスに乗り、グリンデルワルトに向かいました。
すばらしいユングフラウの山々を見たい気持ちが通じたのか、バスがグリンデルワルトに近づいてくると、雨は徐々に小降りになってきました。
*グリンデルワルト付近の村の雪景色。 -
*グリンデルワルト付近の村の雪景色。
-
インターラーケンを出発したバスは、やっと、グリンデルワルトに到着しました。
朝から降り続けた雨は、やっと上がりました。
*グリンデルワルトの街並みです。 -
*グリンデルワルトの街並みです。
外は寒いので、レストラン外部テーブルとイスは誰も使用していません。
上下に積み重ねていました。 -
グリンデルワルト(1034m)からクライネ・シャイデック(2061m)に行くために登山列車に乗りました。
登山列車は、クライネ・シャイデックを目指して、ゆっくりと着実に登って行きます。
その頃は雨は止んでいましたが、アイガー(3970m)・メンヒ(4099m)・ユングフラウ(4156m)の山々は霧に隠れたままでまだ姿を現しません。 -
*ユングフラウ鉄道のパンフレット。
【ユングフラウヨッホの豆知識】
ユングフラウヨッホは、観光マーケティング上のブランド名として「トップ・オブ・ヨーロッパ」という名称を使用している。
ユングフラウヨッホの標高は3466m。
スイス、ベルナーオーバーランド地方の山、ユングフラウとメンヒを結ぶ稜線の鞍部に位置する。
ベルン州とヴァレー州の境にあり、「スイスアルプス ユングフラウ−アレッチ」として世界遺産に登録されている。
標高3454mのユングフラウヨッホ駅は、ヨーロッパで最も標高が高い鉄道駅であり、ユングフラウ鉄道は1912年に全線開通している。
日本は大正1年、スイスでは、日本では考えられないような鉄道を造っていたものである。
エレベーターでスフィンクス展望台(3571m)に上がれば、スイス・アルプス最大、最長(22km)のアレッチ氷河をはじめ、ベルナーアルプス等の山岳景観を見渡すことができる。
また、アレッチ氷河の下に作られたアイスパレス(氷の殿堂)があり、氷の回廊を徒歩で回りながら、氷の彫刻を鑑賞することができる。
氷原が広がるプラトー展望台に出ると、目の前に、雄大なアルプスの山々を見ることができる。 -
*ユングフラウ鉄道のパンフレット。
-
*やっと顔を出してきたユングフラウの山々。
登山列車がクライネ・シャイデック(2061m)に着いた頃、徐々に、ユングフラウの山々が顔を出してきました。
朝、ホテルを出発した時は、「ドシャ降り」、ユングフラウの山々を見ることは半分あきらめていただけに、山が顔を出した時の感動は計り知れないものでした。
アイガー(3970m)・メンヒ(4099m)・ユングフラウ(4156m)の山々が見えてきた時の感動、感激は今でもよく憶えています。
クライネ・シャイデックで列車を乗り換えて、ユングフラウヨッホ駅(3454m)を目指して、コトコトとゆっくりと列車は登って行きます。
”列車は走る”という表現よりも、”列車は登る”という表現の方がぴったり当てはまります。
山が顔を出すたびに、”うわー すごい”の歓声が列車内に響きました。 -
*やっと顔を現わしたユングフラウの山々。
-
*途中停車した駅で、ちょっと一息、雪景色を見る。
-
*やっと顔を現わしたユングフラウの山々。
この景色を見るために、スイスに来たと言っても過言ではありません。 -
登山列車は、ユングフラウヨッホ駅に到着しました。
*山上レストラン「トップ・オブ・ヨーロッパ」がある岩肌。
雪は降っているのに、岩の勾配がきついため、雪は積もっていませんでした。 -
*プラトー展望台から見たアレッチ氷河。
アイスパレスの扉を開け、プラトー展望台に出ました。
標高約3500mですが、酸素が薄いとは感じませんでした。
外は雪、無風状態の時は、”寒い”だけで問題ありませんが、わずかな風が吹いただけで、環境は一変しました。 -
*プラトー展望台から見たアイガー(3970m)と真白い扇を広げたようなメンヒ(4099m)。
気分爽快・感激!!!。 -
*アレッチ氷河の下、アイスパレス(氷の殿堂)の中で一息。
周囲はすべて氷の塊。
すべらないように、手すりをつかんで、足元注意!!。
日本の「富士山」「おすもうさん」「お城」の彫刻がありました。 -
*登山列車は、真白な雪山を背負って、ゆっくりと、ユングフラウヨッホ駅を目指し、登って行きました。
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*真白な雪山の世界。気分爽快!!!最高の景色。
-
*真白な雪山の世界。気分爽快!!!、最高の景色。
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*山上のレストランで昼食後、真白い扇を広げたようなメンヒ(4099m)をパチリ。
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*山上のレストランで昼食後、アレッチ氷河をパチリ。
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*プラトー展望台から、真白い扇を広げたようなメンヒ(4099m)をパチリ。
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*プラトー展望台から、アレッチ氷河をパチリ。
私にとっては、満足の一日、非常に価値がある世界遺産でした。
ユングフラウヨッホ観光後、今夜の宿泊地、スイス第一の都市、チューリヒに向かいます。 -
(6日目)
チューリヒ(スイス)→パリ(フランス)(10/30泊)
チューリヒ国際空港からパリ・シャルルドゴール国際空港へ。
所要時間、1時間20分の短い空の旅でした。
パリ到着後、市内観光(ノートルダム寺院・コンコルド広場・オペラ座通り等)をしました。
*ノートルダム寺院の庭の景色です。
ステンドグラスの窓がすばらしかった。 -
(7日目)パリ(10/31泊)
終日自由行動。
◇主な行動
○昼は、パリ市内を散歩。
○ルーブル美術館は、一日で回るには規模が大き過ぎるため、オルセー美術館で名画鑑賞。
美術館の玄関近くには、ロダンの「考える人」の彫刻がありました。
「考える人」を見れるとは、まさかのうれしい出来事でした。
○エッフェル塔に上がって、パリの街を一望。
○夜は、凱旋門からシャンゼリゼ通りを散歩。
○何事も経験、パリのメトロに乗る。
○ショッピング、その他。
*セーヌ川沿いで、ちょっと一息。 -
*初めてのパリなので、とりあえず、エッフェル塔の全景写真を撮る。
-
*エッフェル塔最上階の展望台です。
ほどほどの時間並んで、チケットをゲット。
中間階の展望台と最上階の展望台に行きました。
展望台からパリの街全体を見たかったのですが、天気は今一つ。
パリの空には、薄いモヤがかかっていて、すべてがボンヤリしていました。残念!。
歌のようなすっきりした景色を見ることはできませんでした。
◇パリの印象
シャンソンを聞き、パリを舞台にした複数の映画を見て、自分なりにパリのすばらしいイメージを作っていました。
そのイメージを基に、凱旋門・シャンゼリゼ通り・セーヌ川・エッフェル塔・美術館・寺院・メトロ等々を体験しました。
路地裏に行けば、日本と同様、狭い道路には多くの車がひしめきあって駐車していました。
由緒ある建物が多いので、建物内に駐車場が少ないのかもしれませんね。
たった2日間、一部分しか見ていませんが、私が描いていたイメージとはちょっと違っていました。パリは普通の都会でした。
(8日目)パリ→ブリュッセル国際空港(ベルギー)→成田国際空港
パリからバスに乗って、のんびりとした田園風景を眺めながら、ブリュッセル国際空港に向かいました。
数時間後、ブリュッセル国際空港に到着。
ブリュッセルでは、小銭を無くするために、いろいろな買い物をしたり、カフェでお茶を飲んで過ごしました。
(9日目)成田国際空港→羽田空港→大阪国際空港
<復路の所要時間(約17時間)の内訳は、下記の通りです。>
◎ブリュッセル国際空港(12:25)→成田国際空港(7:50)(ANA 所要時間:11時間25分)
◎成田→羽田のリムジンバス移動その他(4時間10分)
◎羽田(12:00)→大阪国際空港(13:00) (ANA 所要時間:1時間)
7泊9日の忙しい日々でしたが、大きなトラブルも無く、非常に充実した価値ある旅行でした。
日本では考えられないことですが、有料トイレも初めて経験しました。トイレの使用料を徴収するために、入り口にオバチャンが小銭入れを持って座っていました。いくらくらい支払ったかは記憶にはありません。
今では、良き思い出となっています。
帰国の翌日、時差ボケの状態で仕事に出かけました。
一生懸命、仕事に打ち込めたのかは記憶にありません。
私ことの「むかしの旅行記」に長時間お付き合いいただき有難うございました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- labelleさん 2021/09/06 16:29:01
- 懐かしいドイツ
- 晩秋のドイツも素敵ですね。私も1991年、ピアノを勉強するためミュンヘン音大に夏季留学していました。
その時訪れたのはミュンヘン、ザルツブルク、ウイーン、ブダペストですが、色濃く思い出として残っています。
授業の合間に訪れたノイシュバンシュタイン城、ホーエンシュバンガウ城、ビアホール
そして師事した先生の出身地ローテンブルクは可愛い街でした。
ザルツブルクの風景、全て懐かしく思い出されます。
特にノイシュバンシュタイン城は壮麗なる美 ですね!
インターラーケン、グリンデルワルドの雪景色には引き込まれます。
またゆっくり拝見します。
- hy-2217さん からの返信 2021/09/11 16:35:28
- RE: 懐かしいドイツ(書き込み、有難うございます)
- labelle 様
「いいね!の投票&書き込み」有難うございます。
私にとって初めてのヨーロッペ旅行は「ドイツ&オーストリア&スイス&フランス&ベルギー9日間」でした。
カメラ(36枚撮りのカラーフィルム、6〜7本)と最新型のビデオ・カメラ(30分撮りテープを約10本)を旅行カバンに詰め込んで出かけました。
帰国してからは、自宅のテレビや会社のテレビで再生して、仲間と一緒に珍しい映像を楽しんだ記憶があります。
そして、テレビでビデオ再生が出来なくなった現在は、DVDとして保管しています。今では、ほとんど、見ることはありませんが・・・。
> 晩秋のドイツも素敵ですね。私も1991年、ピアノを勉強するためミュンヘン音大に夏季留学していました。
> その時訪れたのはミュンヘン、ザルツブルク、ウイーン、ブダペストですが、色濃く思い出として残っています。
↓
ドイツでは、ハイデルベルク城から眺めたハイデルベルクの静かな街並み、賑やかだったミュンヘンのビアホール、ロマンチック街道沿いの田舎の村(ローテンブルグその他)、ノイシュバンシュタイン城、等がよく記憶に残っています。
オーストリアでは、川に沿って建っていたザルツブルクの静かな街並みが頭に残っています。また、モーツアルトの生家を訪れた時は、ピアノの前に昭和天皇が座られたイスが置かれていましたが、おそらく、足が届かなかったのでは?と勝手に心配したことを憶えています。
>
> 授業の合間に訪れたノイシュバンシュタイン城、ホーエンシュバンガウ城、ビアホール
> そして師事した先生の出身地ローテンブルクは可愛い街でした。
> ザルツブルクの風景、全て懐かしく思い出されます。
> 特にノイシュバンシュタイン城は壮麗なる美 ですね!
>
> インターラーケン、グリンデルワルドの雪景色には引き込まれます。
↓
スイスで、一番楽しみしていたのはユングフラウ・ヨッホに行くことでした。明け方、インターラーケンのホテルを出発した時はどしゃ降り、グリンデルワルドに到着した頃には雨が小降りになり、登山列車に乗ってユングフラウ・ヨッホ駅に行く途中雨が止み始めました。
そして、雲の間から、ユングフラウ、アイガー、メンヒが顔を出したときは感激しました。
約100年以上前の明治時代に、約4300mの高さまで登山鉄道が開通していたなんて信じられないことでした。
また、インスブルックのホテルの部屋でテレビを見ていた時、「横綱・貴乃花&宮沢りえさんが婚約した」と言うニュースが流れていたことをよく憶えています。
> またゆっくり拝見します。
旅行には、いろいろな思い出がありますね。
from hy-2217
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