![今日はコック川南側の、山岳オ・・・コースを走りました。<br /><br />オ・・・は、その昔、泣く子も黙る名門?オフロードだったのです。<br /><br />朝7時に出発しても、暗くなる前に家には戻れない難関コースでしたが、今は10時に家を出ても明るいうちに家に戻れます。<br /><br />自分にとって思い出の多い山岳コースでしたが、現在は山岳民族の娘がピンク色のスクーターで、我が物顔で走っており、「なんじゃ、こりゃ~~」という「山岳銀座通り」になってしまいました。<br /><br />それでも標高が1500メートルを超える山岳部が二か所あり、雄大な山々を走ると身も心も洗われるような気がします。<br /><br />写真はドイチャンの桜ですが、今、満開になろうとしています。<br />チェンライ周辺で、桜が見られるのは、ドイチャンとドイメーサロンだけのようです?<br />純粋な桜の品種ではないようですが、一応お花見気分だけは味わうことが出来ます。<br /><br />](https://cdn.4travel.jp/img/thumbnails/imk/travelogue_album/10/97/82/650x_10978238.jpg?updated_at=1423055536)
2015/02/01 - 2015/02/01
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kyucyanさん
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今日はコック川南側の、山岳オ・・・コースを走りました。
オ・・・は、その昔、泣く子も黙る名門?オフロードだったのです。
朝7時に出発しても、暗くなる前に家には戻れない難関コースでしたが、今は10時に家を出ても明るいうちに家に戻れます。
自分にとって思い出の多い山岳コースでしたが、現在は山岳民族の娘がピンク色のスクーターで、我が物顔で走っており、「なんじゃ、こりゃ~~」という「山岳銀座通り」になってしまいました。
それでも標高が1500メートルを超える山岳部が二か所あり、雄大な山々を走ると身も心も洗われるような気がします。
写真はドイチャンの桜ですが、今、満開になろうとしています。
チェンライ周辺で、桜が見られるのは、ドイチャンとドイメーサロンだけのようです?
純粋な桜の品種ではないようですが、一応お花見気分だけは味わうことが出来ます。
- 交通手段
- バイク
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今日のコースです。
△印がコースと方向を示しています。
(地図をクリックすれば拡大表示になります)
10年以上前は、殆どが未舗装の山岳コースでしたが、今は見る影もありません。
数年ぶりに走ってみましたが、前回50パーセントの舗装率が、今回は70パーセント以上と思われます。 -
チェンライ町中から1211号線を進みます。
1211号線は道なりに進むと、チェンマイ行き118号線に出ます。
中心部を外れて暫く走ると、新しいお店ができました。
溜池の岸辺に作られた店ですが、道路が工事中で、少々埃っぽいです。
クイッテアウや喫茶店等のお店で、休日は満席もしばしばです。
この先にシンハービールの見学農場が出来たため、相当賑わっています。
一番手前の店のクイッテアウ・ルアは味が良いのですが、量が少な過ぎです。 -
シンハービールの見学農場の前を通り過ぎ暫く進みます。
相変わらず多くの観光客で賑わっており、皆さん楽しそうです。 -
クンコン滝入口の標識がある交差点で、ここを右折します。
-
クンコン滝の下流にあるリゾートです。
この川の上流が滝ですが、流石チェンライNo1の人気を誇る滝だけあって、乾季に入った現在でも、水量は豊富です。 -
滝への途中の道は、別荘が増えてました。
この辺りは、環境もよく便利で人気もあるようですが、一方で工事中のリゾートが売りに出ています。
もうすぐ、私の好きな廃墟になるのでしょうか? -
この門の手前の川沿いを進めばクンコン滝ですが、今日はパスしてフアイチョンプーに向かいます。
10数年前は、この門から先は殆どの道が未舗装でしたが、今はどんどん舗装箇所が増えてきました。 -
今回のコースは、チェンライ山岳部の主要道路で、山岳民族の村を数十、あるいはそれ以上、各所の山岳部の山並みから散見することが出来ます。
山岳民族の村も変わりつつあり、カラフルなセメント作りの家も目立つようになりました。
電気の無い村も少なくなり、3G スマホを持つ山岳民族も多くなりました。
山岳民族も、下界の我々が得られる情報量も、ほとんど差がなくなりつつあります。
竹や山の木で出来た粗末な家という固定観念も、時代と共に変わりつつあるようです。
その昔厳しい山岳オフロードだった、この道の名は、十数年の時を超え「チェンライ山岳・銀座通り」に変わりました・・・あはは。 -
クンコン滝の入り口の門から約20キロは完全舗装でしたが、ここから未舗装のオフロードに入ります。
右側の道はさらに先まで舗装されており、コック川のつり橋付近に出ることができます。 -
ファイチョンプーの Tambon(町)の役所です。
DoiWawiに近いファイチョンプー村は、ここから30キロ前後もあり、ほんの数十戸の小さな村です。
普通役所は、Tambon(町)の名前を冠した村近くにあるのが普通だと思ってました。
ファイチョンプー町は、このあたりの山岳部一帯の広大な地域を指すような感じです。
昔、ファイチョンプーは何処ですかと聞いて、怪訝な顔をされました。
多分ファイチョンプーと言っても、広すぎて答えようが無かったのでしょう。 -
標高は1300メートルを超え、さらに登りは続きます。
山焼きの煙でよく見えませんが、あちらこちらに、山岳民族の村が見えています。 -
左がファイチョンプー村、Wawi方面本線、右側は何処かの村に出るようです。
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木の間から、数キロ先に面白そうな形をした山があり高さも、かなりありそうです。
今度改めて出直したとき、この山を探検しましょう。 -
山の中の学校も最近は立派な校舎が増えています。
自分は趣味のバイクで山岳部の道を走る機会が多く、当然山岳民族との接触も多くなります。
ここで山岳民族への自分の考え方、スタンスを少し書いておきたいと思います。
タイの山の中には、国境の概念が生まれる以前から、数多くの少数民族が各地から流入し住んでいました。
数十年前まで、彼らは下界とは殆ど関わらず、山の中で焼き畑農業を中心に自給自足の生活を維持してきました。
最近になり「山岳民族自立支援」という言葉を、ネットでたびたび見掛けるようになりました。
この言葉に、我々下界人の驕りを感じるのは私だけでしょうか?
彼らはタイに流入する有史以前から、山の中で誰の助けもなく立派に自立して生きて来たのです。
完全に自立している人々に対し、自立支援とは一体なんでしょうか?
山岳民族への支援は「下界民族同化支援」と改めるべきと、自分は考えています。
最近はタイ政府による、過去の行き過ぎた同化政策も改められ、彼らの文化や歴史を尊重した同化に進みつつあるように感じますが、未だ不十分と言わざるを得ません。
子供の教育を最優先に、またIDやタビアンバーン(住民票)での差別も早急に撤廃すべきと感じます。 -
今回のコースでは川渡は意外に少なく、大き目の川渡は、ここだけです。
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タイ語の標識、看板だけでは残念ですが、わかりましえ〜〜ん。
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山の尾根にあるファイチョンプー村は写真のように小さな村です。
戸数にして数十戸でしょうか。
自分は今まで、手前の大きな村をファイチョンプー村と勘違いしてました。 -
ファイチョンプー小学校です。
村の小学校にしては大き過ぎるので、近隣の村からも、生徒が通っているのでしょう。
少数民族へのスタンスの続きです。
自分は山の中で必然的に出会う少数民族には道を聞いたり、売店で水等を買う以外の、一切の関わりを持ちません。
彼らの文化や生活には興味はありますが、山で偶然出会った祭りや行事にも一切参加はしません。
最近、山の中でも下界と変わらないセメント作りの家も見かける事が多くなりました。
山の畑から得られる収入だけでは、悪事に手を染めない限り、粗末な藁小屋以外の家を建てることは絶対有り得ません。
山を下りて下界で働くようになったとか、下界の人と結婚等々、下界との関わりが深まったからこそ、山の中でセメント作りの家を建てることが出来たのです。
最近はタイ政府の指導もあり、山の森林を完全に破壊する焼畑農業は少なくなりましたが、焼き畑に代わる他の収入手段が殆ど無いのが今の現実です。
WawiやDoi Chanのように、お茶やコーヒー栽培が成功し、大きな発展を遂げた山岳の村もありますが、まだまだ、我々下界の人間から見れば、赤貧とも思える厳しい暮らしの中で山岳民族は暮らしています。
昔は山の中で、阿片用のケシ畑に入り込んだり、山の木を不法伐採中に入り込み
森林監視員に勘違いされ危ない目にあった事もありましたが、基本的に山岳民族は善人が多いと思います。
山の中で彼らから助けられる事もあり、山で下界のように騙されたり不快な思いをした事は一度もありません。
これからの山岳民族の生きる道は、森林の破壊者として山の耕地を拡大せずに、高収入を期待できる、お茶やコーヒー等に代わる新しい生産物を開拓するか、自分達の歴史と文化を維持しつつ、下界との関わりを深めていく以外の道筋はないように感じます。
幸い、学校にも行けなかった山の子供達も一部を除いて,下界並みの教育が受けられるようになりつつあります。
彼らとの関わりを否定する矛盾とポリシーの無い自分ですが、少数、山岳民族の将来の幸せを願わずにはいられません。 -
中国国民党の村と言われる、Doi WaWiです。
ドイメーサロンを小さくしたような町ですが、今回も新しい建物が散見され発展を続けています。
初めてバイクで来た10数年前は、辺境の中国人村のイメージでした。
昔の町のイメージが変わってしまい、捻くれ者の自分には用のない街になってしまいました。 -
Doi WaWiには寄らずにDoi Chanに向かいますが、途中にある大仏です。
数年前に作られた新しい大仏様です。 -
メースワイに向かう、本線3037号線のDoi Chan入口です。
さすがに、今、流行りの観光地だけあって、案内板が数多くあります。
メースワイ〜メーサラック間60キロが完全舗装されたのは、記憶では8年位前かと思います。 -
昔は苦労して登った(下った)難所のコースも、今は快適なドライブコースになり多くの観光客が訪れる山間の街になりました。
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Doi Chanの山と、麓の町が見えてきました。
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Doi Chanの町が近づくと、果樹園が増えてきます。
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Doi Chanの町の入り口には桜が咲いていました。
過去にも一度見ましたが、十数本の桜は運良く、ちょうど満開のようです。 -
タイの山には桜に似たような木がありますが、花弁がまるで違います。
遠くから見ると、桜と勘違いしてしまいます。
Doi Chanとドイメーサロンの桜は、確かに日本の桜と同じ花びらのようです。 -
日本の桜と比べるのは酷ですが、花見目的で訪れた日本人は、かなりガッカリすると思います。
桜を、外国で見られる幸せだけを感じたいと思います。 -
ほかにも、少しですが周辺に咲いており、楽しませてくれます。
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チェンライ側下りにも何本かあり、こちらは8分咲きというところでしょうか。
ドライブのついでとか、WaWi見物のついでに花見など如何でしょう。
日本の花見とは、スケールがまるで違いますので、その点は大目に見て下さい。 -
Doi Chanに至る恒例の湖渡りの現場です。
昔雨季に通ったときは、水量が増して危険な状況でした。
観光客が写真を撮っているので、期待に背かないよう、水しぶきを立てて渡り切りました。
残念ながら、拍手はありませんでした。 -
本日走行の標高データです。
ファイチョンプーとDoi Chanが1500メートルを超えています。
コック川周辺で一番高い山は、Doi Chan 1714メートルになるのでしょうか?
今日はそれなりに、楽しい1日を過ごすことが出来ました。
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