2014/12/30 - 2015/01/04
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kazimさん
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知り合いのロシア人Zさんから「リソザヴォーツクに来ませんか?」と誘われた。リソザヴォーツクは2007年に別の人の誘いで訪れており、ハバロフスクとウラジオストクの間の、この田舎街に不思議な縁を感じた。ロシアでの年越しを繰り返しているが、ウラジオストク周辺の訪問が続いていたので、4年半ぶりになるハバロフスクを経由して出かけることにした。メインは、リソザヴォードクでの民家宿泊と、ハバロフスクの冬の催しだ。
日程は以下の通り。
12/30 シベリア航空でハバロフスク着。
12/31 シベリア鉄道でリソザヴォーツクへ。そのまま年越し。
1/1 リソザヴォーツク滞在。
1/2 リソザヴォーツク滞在。
1/3 シベリア鉄道でハバロフスクへ。氷と雪の祭りなど。
1/4 シベリア航空で帰国。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- S7航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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《出会った人たち》
後列左がZさん。前列左からZさんの夫のYさん、Zさんのママ、ママの孫のD君。普段はZさん、Yさん夫妻の2人住まいだが、年越しの客としてママとD君が訪れていた。 -
さらに、Yさんの娘で近くに住むAさんとその夫。彼女たちの子供もいっしょだ。以上がリソザヴォーツクの人々。他にハバロフスクでV(Zさんの妹)とGさんの夫妻にお世話になった。
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《年越しの宴》
大晦日、午後2時過ぎにルジノ駅に降り立った私をZさん夫妻が出迎えてくれ、そのまま彼らのご自宅(写真)へ。まずは軽食だが、酒好きの彼ら(と私)のこと、早くもウォッカをいただく。その後、ロシア式サウナに入り、さらに仮眠をとるなどして、午後8時半、年越しの宴会が始まる。 -
おそらく全てのロシア人が最も楽しみにしているのが、この宴会だろう。家族が一堂に会し、客も招き(だから私も歓迎される)、豪華な食事と多量の酒を用意して年を越す。写真はその料理の1つ、Zさん手製のタルト「トールト」で、レバーが入って意外な味がする。
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イチオシ
おかず系としては、写真手前、「白樺」と彼らが呼ぶ鶏肉とキノコのヨーグルト掛け、後方に魚のカツレツ、いかと卵のサラダ。他に、イクラ、グリーンサラダ、煮こごり、「セリョートカ・ボド・シューボイ」(ちょっと説明しかねる料理、ネットで検索されたし)、赤カブのサラダ、チーズ、サラミ、ブタの脂身「サーロ」などなど。黒パンや白いパンでいただく。
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こちらはさらに鶏肉のカツレツ。酒は、私が持ち込んだ焼酎に加え、ウォッカは無限にあり、Yさんが洋服だんすから次々に新しいものを出してくる。
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こちらはママが用意したケーキ「ピロージノエ」だ。徹底的に甘くて、デザートまたはおやつ用。
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みんなで飲んで食べ、ロシアでも日本でも有名な「恋のバカンス」「百万本のバラ」などを歌って夜が更けていく。いよいよ年越しとなると、テレビの画面が切り替わる。
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プーチンの演説があり、続いて国歌、0時に間近に時計が映り、3、2、1、0で、「ス・ノーヴィム・ゴードム」(新年おめでとう)や「ウラー」(万歳)を叫び、シャンパンの封を切る。
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「花火を揚げるぞ」と誰かが言い、みんなで外に飛び出す。おそらくマイナス20℃以下だろうが、十分すぎるほどウォッカが回っているので寒さは感じない。
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この時刻、都会では、それこそ町じゅうで花火が揚がって大変なことになっているのだが、この田舎街でもあちこちから歓声とともに夜空に花が咲く。
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ここでも「ウラー」であり、近所の人と「ス・ノーヴィム・ゴードム」を叫びあう。
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部屋に戻ってからも、1時間遅れの日本の新年を祝い、スカイプで知り合いに祝いの言葉を述べあいながら、宴会は午前2時過ぎまで続いた。
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《元旦の街》
翌朝は10時過ぎに目覚めた。「二日酔い?」「大丈夫、だけどのどが渇いてる」「じゃ、ウォッカをどうぞ」というお決まりの会話。 -
イチオシ
D君の車でリソザヴォーツクの街を見て回る。最初はウスリー川に面した高台。氷結した川、奥の橋の上にはシベリア鉄道が走っている。
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この丘の上には、戦没者の慰霊碑がある。アフガニスタン戦争でのものが一番新しいとのこと。
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向かいの丘の上には教会があり、それを示すD君はなかなかイケ面だと思う。
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その教会の標示。教会の管区やロシア正教であることなどが書いてあるようだ。
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教会の中。キリストが中央だが、サイドにもマリアをはじめとする聖人・聖女の絵が飾られ、それらの前でロウソクを灯し礼拝する。
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教会の外観。7年前と色が変わっており、その塗り替えの足場が残ったままだ。
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続いて街の中心へ。飾られた樅の木とサンタクロースの像。ロシア正教のクリスマスが1月7日なので、サンタクロースは新年に活躍する。ただし、小さな街だけに、これらの飾りはいささかしょぼく、閑散としている。D君によれば、前夜遅くまで騒いだ人はまだ寝ている、とのこと。
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こちらは街の中心の大通り。ここが中心?と思わせる雰囲気だ。リソザヴォーツク「Ресозаводск」の、「リソ」は森、「ザヴォード」は工場の意。家具工場で名が知られているようだが、人口は36000余りの小都市だ。
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次に車を降りたのは、小さな街にふさわしからざる大きさのホテルの前庭。白樺や樅の木が美しいので案内したようだ。この日はマイナス15℃くらい、冷えきってはいるが、空気が澄んで気持ちがよい。
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これは公園らしい。中国との紛争の時に活躍したと思われる大砲が置かれている。ちなみに国境まで20キロほどしかない。
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道をはさんで反対側には、いくつかの彫刻。
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こちらは、昨日降りたルジノ駅近くの教会。リソザヴォーツクという駅もあるが、調べたら1日に1本しか列車が停まらない。対してルジノはモスクワからの列車も停まる大きな駅で、彼らは7キロほど離れたこの駅を利用する。
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《大人もそり遊び》
いったん家に戻って休み(もちろんウォッカを飲み)、陽が傾いた頃にAさん夫妻の家におじゃますることになった。パパの家から車で5分ほどと近く、目的はそり遊びとのこと。 -
彼らは自宅の庭にそりの滑り台を自作している。街の中心でよく見かける滑り台だが、手作りした家ははじめて見た。Aさんの友人も来ており、彼女らの子供も含めて、大きな歓声が聞こえる。
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長さは20mくらいで、滑り降りる先には原野が広がっているので、爽快感がある。
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ロシア人は、子供はもちろん、大人も、このそり遊びが大好きだ。特に女性は30歳、40歳を越えても、そりを始めると子供にかえってしまう。
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特に、黄色いウエアのMさんは、日本人の私が来たこともあってか大興奮。ひときわ大きな嬌声を上げている。
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そり無しで逆さまに滑ってみたりもする。
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また、ほうき(氷面の雪をかくのに使う)をギターにして騒いでみたり。
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あまりに素直で無邪気なので、私は正直いささか惚れた。
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イチオシ
これが、Aさんと友人のショット。素朴な性格がよく出ている。
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そりを何本か滑れば、顔は冷たくても、体は汗をかくほど温まる。疲れたところで室内に入り、ここでもウォッカ。だんなが秘蔵の「サマゴーン」を出してきた。自家製のウォッカである。
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そして再び外へ出る。Aさんの提案で、子供たちをそりに乗せて引っ張る。
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私も勧められ、「日本製のトヨタだよ」とか言って引っ張る。写真の後ろで、押していたAさんが転んでいるのが、またかわいい。なお、私の帽子や服は、ロシアの警察(ミリーツィア)のもので、Yさんからの借り物だ。
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《田舎の生活》
雪に埋もれ、周りを気にせず大きな声で笑いあう。これは田舎の生活の醍醐味だろう。ロシアの街の中心には、どこでも巨大なアパートがあり、多くの人が住んでいる。彼らのように1軒家に住んでいるのは少数だろう。 -
この街の1軒家の場合、電気は来ているが、水は井戸で汲んで家の中のタンクにに運び込む。トイレは当然水洗ではなく、小なら庭でということになり、大は庭の隅に別棟がある。いわゆるボットンのトイレだが、冬は排泄物が凍っている。それより、トイレのたびに寒い野外に出るので、コートを羽織り、靴を履くのが面倒だ。
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イチオシ
また、都会のアパートには温かい水を通した暖房(オトプレニエ)があるので、室内は自然にとても暖かい。しかし、1軒家にはそれがないので、室内のペチカで薪を燃やす。Zさんの家では1日に2、3回は燃やし、調理の煮炊きにもこれを使う。煙突の管が各部屋をめぐっており、壁自体が暖かくなる。
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《ヴァーニャの快感》
そうした苦労はあるけれど、1軒家の素晴らしさは、ロシア式サウナ(ヴァーニャ)に入れることだ。Zさんが私を招待するにも、「ヴァーニャがある」ことを売りにしていた。写真で、Yさんの左後方の建物がヴァーニャ(その右隣がトイレ)。 -
これがその室内。熱気と湿気でレンズが曇っている。ドアを開けると彼らが立っている脱衣所があり、ここにかまどがあるので、薪をがんがんくべて石を焼く。
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脱衣所の奥の部屋に入り、その石の上に置いた水槽の水(ほとんど煮立っている)を焼けた石にかけると、一気に湿った熱気が充満する。天井が低く作ってあるので、あっと言うまだ。あまりに熱ければ、頭を守るために専用のキャップ(左の壁に掛かっている)をかぶる。
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寝台に寝そべり、写真で手に持っている葉っぱを濡らして体をたたく。これが実に熱くて、一気に汗が流れてくる。
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体がポカポカに暖まり、ヴァーニャの後はこんな写真になる。中は80℃にもなり、外はマイナス20℃! 雪の中に飛び込んでもみたが、これはひどく冷たい。5秒と持たずにヴァーニャに中に逃げ込む。
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Aさんとの大晦日の写真だが、盛装をしている彼女に対し、私は申し訳ないことにTシャツ1枚だ。そもそもペチカで暖かい室内、さらにヴァーニャに入った後は汗が止まらない。外にいるときと比べれば、まずダウンのコートを脱ぎ、続いて、カーディガン、シャツ、フリースと脱いで、こんな姿になる。この旅行で、毎日多量のウォッカを飲んだにもかかわらず二日酔いがなく過ごせたのは、毎日ヴァーニャに入っていたからかもしれない。
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なお、ロシア語で「サウナ」は、ヴァーニャとは別物で、北欧あたりから入ってきたのだろう。都会の中のアパートの地下などにある施設で、いわゆるサウナに、飲み食いのできる広い部屋や冷水のプールなどが併設されている。グループで貸し切り、酒を飲みなどしながら、サウナに出入りする。つまり、ヴァーニャに入っているのはせいぜい15分だが、「サウナ」では数時間を過ごす。これは数年前のウラジオストクの「サウナ」の写真。かなり刺激的な光景だ。
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イチオシ
《「サナトリィ」へのドライブ》
翌1月2日も、D君が車で案内してくれた。50キロほど南(ウラジオストク方向)の「サナトリィ」に行くという。まずは、リソザヴォーツクの街の碑で記念撮影。ロシアの街には必ずこうした街の名を示した碑がある。トラ(アムール・タイガー)と蓮が、ここのシンボルだ。 -
D君の車は中古のレガシイだ。この車で、700キロほど離れたビロビジャン(ハバロフスクよりさらに西)からやって来た。運転席のパネルが日本語のままで、写真右上の外気温に注目してほしい。マイナス24℃とある。
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イチオシ
道はハバロフスクからウラジオストクに通じる主要な路線だが、対向車はほとんどない。原野を抜け、写真のような樅の木の森も通り、もちろん信号は1つもなく、30分ほどでゴールヌェ・クリュチという街に着く。
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突然のように大きなビルが数棟ならぶ。これが「サナトリィ」だ。日本語なら「サナトリウム」にあたり、病気療養なども兼ねた保養所、というところか。その中の丘の上の教会で車を降りた。雪の中の白い側面と、緑に輝く頂部が美しい。
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丘の上からの眺望も見事だ。ここには「サナトリィ」に滞在している客か、多くの人が訪れていた。日本で言うなら、初詣の感覚だろうか。
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続いて近くの釣り橋を見る。アムール川の支流のウスリー川、そのウスリー川の支流に架かる橋だ。
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もちろん川は凍り付いており、ここにもかなり多くの人が出ている。中には山スキーを楽しんでいる人もいる。
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ゴールヌェ・クリュチ「Горные Ключ」は、山の泉の意味だ。おそらく、いい水が出て、空気もきれいなので、保養所が作られたのだろう。
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イチオシ
これはドライブの途中にあった標識。ウラジオストクまで306キロ、ハバロフスクまで418キロ。なお、リソザヴォーツクはハバロフスク州に属するが、ゴールヌェ・クリュチはウラジオストクを中心とする沿海州に入っている。
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《旧交を温める》
ドライブの帰りに、7年前に泊まらせていただいた家に寄ってもらった。同じリソザボーツクの中だが、Zさん宅からは5キロほど離れた所にある。この家の娘と日本で知り合い、彼女が帰ったのをきっかけに訪問させていただいた。 -
当時はその娘や息子夫婦もいたが、今その娘はモスクワに移り、息子夫婦は近くに住んでいるがこの日は不在で、老夫婦が2人で過ごしていた。突然の訪問にも温かく迎えてくれ、しばらく当時の話に花が咲いた。
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《食事と宴会》
年が明けても、1月7日のロシア正教のクリスマスまでロシアのカレンダーは真っ赤。Zさん宅でも1日、2日と宴が続く。通常、年明けは年越しの残り物を食べるのだが、おそらく私のためにZさんが特別に作ってくれたのだろう。写真は水餃子のようなペリメニと、クレープのようなブリヌィ。 -
こちらはキジの煮込み。地元の猟で捕ったキジとのこと。後方に白いパンと黒いパン。
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イチオシ
そしてもちろん酒。これが元旦の夜。Yさんはよく見ると、三國連太郎に似ている。
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続いて1月2日の夜。毎晩同じような酔っぱらいの写真がある。そして、1月3日の早朝、私は彼らに見送られてリソザヴォードツクをあとにし、ハバロフスクへ向かった。
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《シベリア鉄道について》
ハバロフスク・ルジノ間は約400キロ、往路は12月31日8時25分に発ち、14時11分(所要5時間46分)に着いている。帰路は1月3日6時29分に発ち、12時47分(所要6時間18分)に着いている。どちらもモスクワ・ウラジオストク間の寝台列車だが、所要時間だけでなく料金も微妙に異なる。
写真はルジノ駅舎とレーニン像。 -
私は往復とも「クペー」というクラスの切符をとり、料金は往路が2816.8ルーブル(約6000円)、復路が2473.8ルーブルだった。こうした寝台車には通常「クペー」と「プラツィカールトヌィ」の等級がある。「プラツィカールトヌィ」はただただ寝台が並べられた寝るだけ車両で、最も安く「クペー」の半額近くになる。また「リュクス」という最高級クラスの車両が着いている場合もあり、これは「クペー」の倍近い料金だ。
写真は、ルジノ駅のプラットホーム、車両は郵便の列車。 -
所要時間や料金が異なるのは、列車のクラスによるようだ。往路は「ロシア号」(列車番号002МА)という名前が付いた最も速く豪華な列車で、復路はそういう名はついておらず、「099ЭА」という列車番号で呼ばれるものだった。しかし、設備自体に大した差はなく、せいぜい往路のトイレが水圧式だったのに対し、復路のそれは垂れ流しだった程度。所要時間の違いは主に駅での停車時間による(ハバロフスク以西では停まる駅の数も異なる)。
写真はルジノ駅に展示されていたSL。 -
そもそも日本では考えられないほど停車時間は長く、例えばハバロフスク駅で、往路の列車は30分、復路のそれは1時間も停まる。車両の点検や乗務員の交替などがあるのか、この停車時間で遅れを調節するのか。特に往路の列車はモスクワから延々とやって来るだけに遅れを心配していたが、復路も含めて完全なオンタイムだったのには感心した。しかし、とにかくこうした停車時間等の違いで、モスクワ・ウラジオストク間を、前者は5日23時間、後者は6日18時間という差が出てくる。停車時間を短くすれば、1日くらいは早く着けるように感じるが、これだけ長いとどうでもよくなる気もする。
写真は車窓からの風景。 -
この写真が「クペー」の車内。この廊下の右手に並ぶドアの中に、2段×2列の寝台の部屋がある(「リュクス」は1部屋に2つの寝台だそうだ)。券を買う際にパスポートを示すのだが、男女の区別はなく、往路では途中から私以外3人は女性の客になり、いささか気を遣った。しかし、日本のことなどを話して時間をつぶす。往路復路ともに11時頃にサービスで食事が付いた。特に復路では肉・魚・キチンから選択できた。スープも付き、量は少ないながら、温かく味もまずまず。
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よく言われることだが、1週間近くをかけて広大なロシアを東西に移動するという発想自体が日本にはない。復路で同室になった男は、イルクーツクの先まで乗るのだそうで、「着くのはいつ?」と尋ねたら「明後日」と返ってきた。私は翌日帰国したのだが、その頃にもまだ彼はあの列車に乗っていると思うと、不思議な気持ちがした。そうした長時間を過ごす人は、車内で暮らす意識のようだ。楽な普段着に着替え、読書をしたり、ボードゲームをしたり、昼間でも寝台でうつらうつらしている人もいる。
写真は、ハバロフスク、インツーリスト・ホテルのロビー。スタッフには好感 by kazimさんホテル インツーリスト ホテル
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往路のチケット。最上段に「2014年」と書類の種類。
中段、「002MA」は列車番号「31日12月01時25分発」「04号車」チケットに「1040.7ルーブル」座席指定に「1776.1ルーブル」「01名」。2段目、「ハバロフスク1〜ルジノ」など。3段目、座席(寝台)番号「019」など。1つおいて5段目は乗客の情報で、パスボートのナンバー、名前、生年月日、最後に「日本人、男」。6段目は料金合計「2816.8ルーブル」など。7段目、到着は「31日12月07時11分」。最下段は注意事項「時刻はモスクワ時間、禁煙」。 -
なお、ロシアの鉄道については、vokzal.ru というサイトが大変便利。ほとんど紹介されていないようなので載せておく。https://vokzal.ru/poezda/001MA が「ロシア号」(モスクワ行き)の時刻表。その中の駅名をクリックすれば、その駅の場所や発着列車の時刻表も出る。ちなみにハバロフスク駅の時刻表は https://vokzal.ru/stanciya/Habarovsk-1/2034001。ただし、ロシア語表記。時刻表は全てモスクワ時間。
写真は、ハバロフスク市内。 -
《ハバロフスクの夜》
ハバロフスク駅に降り立った私は、いったんインツーリスト・ホテルに入り、3時間ほど仮眠をとった。そして、市内のVさんの家に向かう。彼女はZさんの妹だ。 -
もちろんここでも写真のような料理が用意され歓待してくれる。手前のニシンのオープンサンド(ブテリブロード)がおいしかった。
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彼女の夫のGさんは典型的なロシア男性だ。彼がホテルに迎えてくれたが、最初は初対面の外国人に緊張気味だ。しかし、食事をし、酒を酌み交わせば一気にうち解ける。
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彼はウォッカのチェイサーとしてビールを飲む。すごいチャンポンで、まさにロシア。写真はビールの1.5リットル入りペットボトル。日本にビールのペットボトルはあるのか。これを見るたびにロシア人の酒好きを思う。最近では2.5リットルも出たそうだ。
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《レーニン広場の絢爛》
2時間ほど滞在し、酔っぱらったGさんは残して、Vさんの運転で氷の彫刻を見に行く。
写真は彼らの家の近くの、ホテル+サウナ+レストランのネオンサイン。 -
まずは市の中心、レーニン広場に車を停める。1月3日の夜、氷と雪の彫刻を見に、多くの人が出ている。
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イチオシ
写真のように、寒いけれど、夜こそこの展示は映える。
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これは誰だったか(プーシキン?)有名な文学者の雪像。
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ハバロフスクはウラジオストクと比較されがちだ。両市民の間にも対抗意識があるように感じる。
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街の格としては、APECが開かれるなどして、このところウラジオストクの方が勝っていると言えよう。おそらく日本人観光客も、どちらか1つと選択を迫られれば、ウラジオストクを取る方が多かろう。
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しかし、この氷と雪の彫刻だけは、ウラジオストクにはない。ウラジオストクの中央広場にあるのは、この写真のように大きな樅の木だけだろう。
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《ディナモ公園の豪華》
つづいて、近くのディナモ公園に移動する。ここは一層すばらしい。 -
写真はその門。大きなサンタクロースと、「ス・ノーヴィム・ゴードム」(新年おめでとう)の標示。
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イチオシ
門から入った通路の両側に、さまざまな展示が並べられる。
ヂナーモ公園 広場・公園
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ここにも樅の木。
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魚を凍り付けにして、水族館風に。
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さらに展示が続き、夢見るような視線を送る人が多い。
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ガリバーのような像は、夏でもあるもの。
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お酒が入っていないVさんが、先に「寒い」と言い出した。
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酒が入っている私は全く元気で「もうちょっといましょう」とせがむ。
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ひさしぶりに見る展示だが、一層きれいになっている気がする。
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LEDをうまく利用しているのだ。
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氷が溶けないので、冬の間はずっと展示されているらしい。
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私も夢を見たような気持ちで、ハバロフスクの夜を堪能した。
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