1974/08/07 - 1974/08/08
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを
船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は中世以来の面影を残す、石畳のある古都ブラチスラバ。
スロバキア共和国の首都で政治、文化、経済の中心地である。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
-
昭和49年8月7日
チェコスロバキア国営旅行社チェドックのバウチャー
8月7日から8日ブラチスラバ パレスホテル1泊朝食付き12.5ドル3,563円
8月9日から10日プラハ オリンピックホテル1泊朝食付き17.5ドル4,988円
8月8日ブラチスラバ〜プラハ
列車料金 2等寝台料金込みで10.5ドル2,993円
8月10日プラハ〜ニュールンベルグ
列車料金13.5ドル3,848円
合計金額54ドル15,390円 -
昭和49年8月8日
四月四日広場で
1945年4月4日のナチスドイツからブラチスラバの解放を記念する広場。
噴水の背後の教会は13世紀以来のっ聖フランシスコ教会。 -
昭和49年8月8日
四月四日広場
8月7日の夕方チェコスロバキアのブラチスラバに着いた。
ブラチスラバの第一印象は坂道が多く石畳の古風な街と云う感じ。
午後9時過ぎナホトカ航路で一緒だったKさんが訪ねて来た。
嬉しかった。日本語を話すのはワルシャワ以来である。
明日14時に会う事にした。 -
昭和49年8月8日
四月四日広場で -
昭和49年8月8日
石畳の坂道で -
昭和49年8月8日
ドナウ河で
ドナウ河はヨーロッパ大陸ではボルガ河に次ぐ大河で、
水源の西ドイツから河口の黒海まで8ヶ国の国内及び国境を
流れる。全長2850km。
西ドイツの黒い森シュワルツ・ワルトに源を発して東流して
パッサオでオーストリアに入る。 -
昭和49年8月8日
ドナウ河
ドナウ河はリンツ、ウィーンを経てブラチスラバで一旦スロバキアに
入るが、ここからオーストリアとチェコスロバキアとの国境を約160キロ
流れて南に折れ、ハンガリーの中央部を南下してユーゴスラヴィアに入る。
ユーゴスラヴィアのベオグラードを経てルーマニアとブルガリアの
国境を流れる。ルーマニアの南東部で向きを変えて、
ルーマニアとソ連との国境を形成しつつ大きなデルタを作りながら
黒海に入る。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城で
四隅に塔を持つ正方形のブラチスラバ城は、小高い丘の上に
周囲を城壁で囲まれて、眼下にドナウ河の流れと新しい吊り橋、
左手の方にはブラチスラバの古都を見下ろすように建っている。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城で
現在の形のものは15世紀前半に造られたが、度々の修復改築を経て
18世紀になってからマリアテレサ女王の代にバロック様式の建物に
再建された。1811年に一度火災で焼け落ちたが、
1966年に修復が終了した。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城から聖マルティン教会
ドナウ河の新しい橋のたもとに建つこのゴシック様式の教会は、
市内で最も美しい、美術的価値のある聖マルティン教会である。
14〜15世紀の建造で塔の高さは85m、当時の城壁の一部分でもあった。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城から聖マルティン教会 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城からドナウ河 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城からドナウ河 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城で -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城で
ブラチスラバ城内でKさんといたら、
スロバキア人と一緒だった日本人医学生Nさんと知り合い、
ビールでも飲もうかと、いう事になり、
近くのビアガーデンに入った。
以下の写真はNさんが撮ってくれました。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバ城で -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで
スロバキア人は何かあれば、とりあえずビールらしい。
美味しいビールの国の一つである。 -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで
ビアガーデンは日本のビアガーデンの様に提灯などの
飾り付けも無く一見殺風景に見えたが、周囲は城跡のブロック塀に
囲まれていて古都らしく感じた。 -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで
ドイツでもそうだったが、ここではビールにつまみなどは無く、
ビールだけ飲むのであった。 -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで -
昭和49年8月8日
ビアガーデンで
Nさん、Kさんの通訳でスロバキア、チェコ、ソ連、日本について
大いに議論していたが、ビールを飲んでいるうちに気持ち良く酔ってしまい、
何を話していたかよく憶えていない。 -
昭和49年8月8日
Nさん、Kさん、スロバキア人 -
昭和49年8月8日
ノスタルジアを感じるドナウ河の夕暮れ -
昭和49年8月8日
今夜、夜汽車でプラハに向かう。
「青年は荒野をめざす」五木寛之作詞 加藤和彦作曲 歌フォークル
ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ
いま 青春の 河を越え
青年は 青年は荒野をめざす
夕闇迫る頃、そんなイメージにぴったしの場面になったので、
「青年は荒野をめざす」のイメージで撮って欲しいとNさんに頼み、
設定はKさんに私の去り行く後ろ姿に向かって
「私を置いて行かないで。」という気持ちでNさんが、二人の後ろ姿を撮る、
事で打ち合わせをして撮った。
ところが帰国して現像してみると、自分はぴったし決まっているのに、
肝心のKさんは自分が去って行くのをまるで嬉しそうな笑顔で振り向いているではないか。
ごく自然にその気になってその世界に入って行ったのは自分だけであった。
デジカメなら再生して撮り直しのシーンだが、よくよく見ると彼女の笑顔は
まるでNさんと示し合わせて、台本を無視してうまく行った、
と云う感じに見えなくは無い。
自分は「幸せに背を向けていた」ので気付かなかった。 -
昭和49年8月8日
ブラチスラバで両替
5ドル1,425円 1コルナ50.89円 -
昭和49年8月8日
国営旅行社チェドック発行
ブラチスラバからプラハ行きの列車切符カバー -
昭和49年8月8日
ブラチスラバからプラハ行きの列車切符
22時45分発の列車でプラハに向かった。
Kさんは出発まで付き合ってくれてホームで見送ってくれた。
次号に続く。 -
昭和49年8月8日
列車切符だと思うが分からない、
誰か分かる人教えてください。 -
昭和49年8月7日
クラコフからブラチスラバまでの移動距離441.6キロ、
横浜港からブラチスラバまでの移動距離11,451.2キロ
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