2014/09/26 - 2014/10/31
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スタリモストさん
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フランス第2の都市リヨンから、イタリア第2の都市ミラノに移動しました。マルペンサ空港からの帰国に合わせての、最後の訪問地です。
大聖堂 (ドゥオーモ)の他、少し変わった教会にも立ち寄りました。
ミケランジェロの晩年の大作「ロンダニーニのピエタ」をじっくり鑑賞できて幸せでした。
毎夜、食べ放題の「ハッピーアワー」で楽しんだのも良い思い出になりました。
■旅程
【9/26関空フライト→27.28ローマ→29オルヴィエート、30チヴィタ・ディ・ヴァニョレージョ→10/1.2.3フィレンツェ、4サン・ジミニャーノ→5.6ベネツィア→7.8.9バルセロナ、10モンセラット→11フィゲラス→12.13カルカソンヌ→14.15.16アルル→17.18.19.20.21.22サント・マリー・ド・ラ・メール(18.19秋の巡礼祭にあわせて滞在)→23リヨン、24オートリーヴ「シュヴァルの理想宮」、25.26リヨン→27.28.29ミラノ→30.31帰国】
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□32日目(10/27)
「シャンベリ駅」で電車を乗り換えました。
トリノまでの車窓には、アルプス山系につながる美しい山岳風景が流れました。季節がもう少し夏寄りでしたら、北イタリアのドロミテやスイス・フランスの山岳観光も選択肢の一つだったでしょう。 -
ミラノ・ガリバルデイ駅からは地下鉄で「Lanza駅」に出てLondon Hotel(243ユーロ/3泊で)に向かいます。すでに18時をまわり日は落ちていたので不安はありましたが、スフォルツァ城を囲むサークル状の道路を歩き、ダンテ通り近くのホテルに無事着きました。新しい街に、夜に入るのはなるべく避けたいものですが、リヨンとミラノを結ぶダイヤには限りありましたので致し方ありません。
※翌日に撮影 -
London Hotelは立地の良さで選択しました。しかし、「ドゥオーモ」にもこんなに近いとは思いませんでした。
照明に浮かび上がり、とても美しかったです。 -
ドゥオーモ横の「ヴィットーリオ エマヌエーレ 2 世のガッレリア」です。
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ミラノと言えば、ファッション。興味ある人はショーウインドーを見て歩くのも楽しいでしょうね。
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□33日目(10/28)
今回の旅行で残された日は、今日と明日の2日だけになりました。しっかり観光したいと思います。トラムやバスに乗らず街歩きを楽しみました。時間を気にせずぶらぶら歩くのは大好きです。
ミラノの街にはトラムがよく似合います。 -
露天の花屋さん・・いかにもヨーロッパ。
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大聖堂 (ドゥオーモ)前の広場には観光客であふれています。
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ファサードのブロンズ扉・・ルドヴィーコ・ポリアーギ作『聖母マリアの生涯』・・触って祈りを捧げた人たちの痕跡がくっきり。・・祈りが祈りを呼び、輝きが増す。・・そのことに気持ちが行って見とれました。
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教会内はステンドグラスを透過した虹色の光に溢れ荘厳です。
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マルコ・ダグラーテ作『聖バルトロマイ像』(16C)。イエスの使徒の1人で、生きたまま生皮を剥がされ殉教した聖人です。マントのように肩にかけているのは彼の生皮。残酷この上ない像ですが、痛々しさよりも筋肉の美しさに目が行くのは、大学で美術解剖学を履修したせいなのかも・・。
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ドゥオーモの屋上にあがりました。チケットショップはファサード右横にあります。エレベーターでなく階段を歩いて登る方を選択しました。入口はドゥオーモの外側右奥になります。
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ゴシック建築の特徴である尖塔が快晴の空に立ち並び、眼下にミラノ市内が見渡せました。1ヶ月間の旅行中、雨に降られたのは、フィレンツェで1日のみ。この季節、ヨーロッパの南は良い気候が持続するようです。
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「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世アーケード」に再び。
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立ち話をする警官と品位を感じるミラネーゼ・・2匹のワンちゃんもミラネーゼを引き立てます。
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「サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会」です。トリノ通りが切れる所で左折し、コルソ・ディ・ポルタ・ティチネーゼ通り少し行くと到達します。
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古代ローマ時代の列柱が教会正面に並んでいます。現代といにしえが解け合う不思議なシーンになっています。夜にも通りましたが、若者や恋人たちがお酒を飲みながら盛り上がっていました。
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教会内の「聖アクイリーノ礼拝堂」にも入りました。4世紀に描かれたフレスコ画です。
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スフォルツァ城にある市立美術館に入りました。なぜか入館料が無料で、渡されたチケットの裏面には0ユーロの刻印が。「金曜日午後2時以降無料」との情報はありましたが、今日は火曜日でしたし、理由は不明です。
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ミケランジェロ晩年の作「ロンダニーニのピエタ」は圧巻でした。
彼が彫った彫刻の中では、最も注目していた作品です。
台座はローマ時代のものです。このピエタ像はローマのロンダニーニ家に置かれていたのですが、そのことを記憶にとどめるために当美術館が行った演出のようです。
※ピエタ像=哀れみや慈悲などの意味を持ち、十字架降架のキリストを抱くマリア像を指します。
ミケランジェロは時間を置かず比較的短い期間で制作を完了する彫刻家でしたが、このピエタ像は1564年2月18日に死去する数日前まで制作を続けていました。1552年から制作を開始した記録がありますので、12年間も手元に置いていた訳です。
作品を前に長い時間い続けました。
ミケランジェロは当初、降架の場面を刻みましたが、途中から息絶えたイエスを抱き上げようとする場面に変更しています。マリアやイエスの頭部には、異なる顔の一部が残されていますし、降架のイエスの腕もそのままです。
未完ではありますが、不自然さが感じられません。
聖母マリアが生き絶えた息子のイエスを抱き上げようとする姿に、母であるマリアをイエスが背負うイメージがだぶり、母子共に静かに天上に昇っていくように見えてきます。
まさに慈しみあう永遠の母子像が刻まれています。
技巧でなく魂で彫った彫刻です。
ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」とは対面出来ませんでしたが、ミケランジェロの「最後の作品」はしっかり目に焼き付けることが出来ました。 -
□34日目(10/29)
ミラノ観光2日目。そして今回の旅で観光ができる最終の日となりました。
何箇所かチェックしておいたユニークな教会と、ミラノを代表する美術館「ブレラ絵画館」をめぐりました。
まず友人に絵はがきを出すために郵便局を探します。しかし看板が出ているわけではありませんので、見つけるのには苦労しました。 -
局内の壁画・・昔のポストマンが描かれています。ユニークな壁画です。
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「サンタ・マリア・プレッソ・サン・サーティロ教会(サン・サーティロ教会)Chiesa di Santa Maria presso San Satiro」です。
これはトリノ通りから撮った写真です。どこから入ってよいのかわからなかったのですが、 -
近くの店の人に聞いて反対側に回ったら教会正面入口に・・・。
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この教会は、祭壇部分の仕掛けが有名です。入口近くから見ましたら、列柱がつながり自然な奥行きが感じられます。
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しかし実は祭壇部分の幅は1mもありません。目の錯覚を利用し奥行き感を出しているわけです。敷地が狭くスペースを確保出来なかったので、こうした仕掛けを作ったのでしょう。
イタリアの盛期ルネサンスを代表する建築家でサン・ピエトロ大聖堂建築主任となったドナト・ブラマンテが手がけた名品です。
撮影禁止の表示は見かけませんでしたし、撮影をしている観光客も多かったので、少しにとどめシャッターを切りました。以前の情報によると撮影禁止だったようですが、見事なトリックアートですから記録にとどめたいですね。 -
トリックと言えば・・こんな大道芸も・・ヨーロッパのそこかしに出現する名物のようです。鉄骨が通っているものと思いますが、うまく回りこませていますから・・「どうなってるの、不思議??・・」となります。
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大道芸と言えば、「テルミン」にもお目にかかりました。テルミンはロシアの発明家テルミンが考案した電子楽器で、微弱な電磁場を両手で制御して音を出します。弦がありませんのでとても不思議です。ノコギリをしならせて出した音のようでもあり、ヴァイオリンのような悲しい音色でもあります。音程がしっかり安定し聞き惚れました。
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「聖ベルナルディーノ教会礼拝堂Chiesa di San Bernardino alle Ossa」です。
Duomoから南東方向、ラルガ通りがヴェルツィエレ通りに変わるあたりに位置し、10分も歩けば行けます。 -
この教会内の右側にある礼拝堂(納骨堂とするのが正しいかな・・。)がすごいのです。壁面におびただしい頭蓋骨が埋め込まれています。カタコンベのような墓地ではありませんし、死者をともらう納骨堂のようでもありません。頭蓋骨で十字架をデザインしている箇所もあり、いかにも装飾に供するために人間の骨が使われています。比較的小さな頭蓋骨が多かったのは、子供が一時多数病死したせいでしょうか・・。病院で亡くなった人たちの霊を弔う目的で教会が建てられたといわれていますから。
ここにいた30分ほど・・ずっと私たち2人だけでした。人間の生死について思いをはせる時間になりました。
※紹介は礼拝堂入口手前から撮った写真にとどめます。 -
「ブレラ絵画館」に向かいます。鑑賞は1人に限りますので、妻と別れます。
昨日のスフォルツァ城内市立美術館もそうでした。
彼女はティーチネーゼ門をこえてナヴィリオ運河方面にお散歩。 -
その界隈には古いミラノの面影が残り、300年前に使われていた洗濯場と出会いました。
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チョコの靴も発見(^_^)v。
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電気自動車「ルノー トゥイージー」・・ランプの付けまつげがキュート・・
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ランチは1人、ドゥーモ横の屋上レストランでサフランリゾット。「サフランの香りが際立ち、美味しかった。そして、
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ドゥオーモ独り占め(^_^)v」
優雅な時間を持てて良かったネ。 -
ミラノを代表する美術館「ブレラ絵画館」です。この建物の一階部分は大学になっています。美大生であった40年前を懐かしく思い出します。
美術館では、画集でおなじみのラファエロなどのルネサンス期の名作に出会いました。
写真撮影は、修復作業エリア以外は許可されています。 -
最も印象に残ったのは「カメリーノ三連祭壇画」です。
イタリアルネサンス初期の画家カルロ・クリヴェッリCarlo Crivelliの作です。この画家は人妻を誘拐して姦通罪に問われ、一時イタリアを追放されています。緻密な表現に似合わず奔放な性格だったのでしょう。
とても豪華な装飾的表現でした。絵画の素材そのものが美しく、描かれたイメージを凌駕するほどです。左の聖ペテロが持つ鍵は立体的に造形されています。絵画作品は画集を見ても、オリジナル作品とほぼ同質の感興を抱けますが、美しさに輝き、物体として存在感を主張する絵画作品には対面して初めて味わえる趣きがあります。 -
「モンテフェルトロ祭壇画」 ピエロ・デッラ・フランチェスカ
天井の貝殻の装飾から下がっているのはダチョウの卵で、「生命と復活」を象徴しています。又、イエスの首にある赤い珊瑚飾りは血を意味します。まさにイエスの誕生、磔刑、復活を物語るものです。そうした物語を登場人物が静かに見守っています。 消失点がマリアの顔に向かう緻密な遠近法が効果的な演出をしています。見事な演劇的表現です。直感的に味わう近代絵画も楽しいですが、絵の背景がわかると味わいが深まる絵画にも興味がつきません。 -
「聖母の婚礼」 ラファエロ
ラファエロ21歳の時の作品で、ペルージャ近郊にあるサン・ジュゼッペ礼拝堂の祭壇画として制作されました。「杖の先に花を咲かせたものをマリアの夫に」との聖告にもとづいて大工のヨセフが選ばれ、司祭長が婚礼の儀を執り行っています。師のベリーニが多用した幾何学的遠近法で描かれていますが、選にもれた若者が杖を折っている姿も描き込まれていて、若きラファエロの熱情を感じます。 -
「接吻」
19世紀ミラノの代表的なロマン主義の画家フランチェスコ・アイエツ作
とても人気があり、絵画を前に記念写真を撮る人が続出でした。 -
「サン マウリツィオ教会 Chiesa di San Maurizio al Monastero Maggiore」です。
ダンテ通りを西に進み、コルソ・マジェンタ通りにあります。 -
内部がフレスコ画で埋め尽くされた教会で、トリップアドバイザーでは、ミラノ人気ナンバー1の観光地となっています。
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聖書の物語が絵解きされています。
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「最後の晩餐」はダ・ヴィンチだけのテーマではなく、多くの画家が手がけています。ここにも発見。ブレラ絵画館にもありました。
現在修復中のため、祭壇の後ろ側には、一端外に出て右隣の考古学博物館から入りました。 -
「サンタンブロージョ聖堂 Basilica di Sant'Ambrogio」
ミラノ司教を務めたアンブロージョが創建したミラノ最古の教会で、4世紀末に着手され、数百年にわたり改修と改装が進められました。中世ロマネスク建築様式の美しい教会で、ファザードの両脇に回廊を持つ教会はあまり例がありません。 -
「サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会Chiesa di Santa Maria delle Grazie 」
ダ・ヴィンチの最後の晩餐が描かれた教会です。 -
最後の晩餐を観るには教会左横の建物から入ります。受付の奥をのぞくと順番を待つ見学者が控えていました。参加人数と時間が制約されていて、時間をかけじっくりと味わうことはかなわないようです。
今回は見学をあきらめましたが、絶対見ておかなくては・・とは思っていませんでしたから、心残りはありません。 -
滞在した3日間の夕食は「ハッピーアワーHappy Hour」ですませました。
以下に3日間分まとめて紹介します。
ミラノのレストランやバルには、1杯のドリンク料金で軽食が食べ放題になる「ハッピーアワーHappy Hour」というシステムがあります。※食前酒の「アペリティーボaperitivo」を、ハッピーアワーと同義語のようにも使っています。
ビュッフェスタイルで、好きなものを取って食べます。ピザやパスタ類、フライド・チキンやチーズ・ハム・ソーセージ、サラダなどが並び、何度もお代わりできます。店によって提供する料理に趣向を凝らし、集客に努めています。時間は午後6、7時頃から9時頃までに限定している所が多いようですが、閉店までハッピーアワーでやっている所もあります。
※この写真のように多くの店で、Happy Hourをやっていて、看板を出しています。 -
☆1日目夕食です。ホテルの近くのダンテ通りにある「Caffe Dante」の席に座りました。
ハッピーアワーをCaffe Danteでも、やっていることがわかりましたので、早速試してみることにしました。 -
飲み物は一律7ユーロです。私たちはビールと白ワインを1杯ずつ注文しました。食べ放題の前菜風料理は、本格的なイタリア料理ではありませんが、会話を楽しみ、お腹を膨らませるには充分です。メニューを見て選択する必要もなく、目で選べるのも気楽でイイです。何度もおかわりしました。料理がなくなると厨房から追加しますが、そのタイミングが狙い目です。
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Caffe Danteの給仕長の呼び込みに、見とれてしまいました。
道行く人たちに声をかけ、店に招きます。片方の手は店内に向け、足は少し後ろに引き「シニョーレ、シニョーラ、ブォナセーラ・・」と・・。前傾していますから前への動きが感じられ、ついお客もつられて店内を見ると、給仕長の素早い合図でスタッフが椅子をひいて待っているのです。その一連の動作が流れるように洗練されていますし、スタッフへの指示もてきぱきしていて無駄がありません。もちろん入らない客も多いのですが、「次の機会にどうぞ、ミラノの夜を楽しんで・・」(と言っているのかな・・) とにこやかに手を振り、嫌みを感じさせません。
まさに職人芸です。レストランが並ぶエリアなので彼の技術も磨きがかかったと思いますが、やはり集客率は高いようでした。
勘定をすませて立ち去る時も笑顔で見送ってくれました。彼を私たち2人の間に招き入れ記念写真を撮っておきました。 -
☆2日目
利用したのは、「Ristorante Sushi 189」・・サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会の先の石造りのゲートをくぐり、ティーチネーゼ門に向かう途中にあります。 -
この店は中華料理を提供する店ですが、ドリンク1杯(7ユーロ)を注文すると、寿司の盛り合わせが(かならず)付いてきます。
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中国人が握るこの寿司に、及第点をつけるかどうかは評価が分かれるでしょうが、私たちにとっては久しぶりのお寿司だったので、完食しました。
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もちろん、これで食事は終わりません。ビュッフェコーナーには色々な中華が並び、何故か味噌汁もありました。食べ放題です。果物でおしまいにした時は満腹になりました。
※揚げ物は全体に塩っ辛い味付けでしたから、あまりたくさん取らないほうがいいかと・・。 -
☆3日目
「Bar20」(Via Celestino IV,9 )に入りました。トリノ通りの西のはずれからサン・ヴィート通りを少し入った角の店です。 -
スタイリュシュな店で、外のテーブルにもたくさん若者たちが座っていました。おじさんおばさんの私たちは異邦人ですし、店内では浮いた感じを漂わせていましたが、
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そんなことは無視して色々と口に運びました。
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結局この1ヶ月にわたる旅行の最後を飾った夕食もハッピーアワーでした。今回の旅行は前半は息子たちも合流し、その間は人気店に日参しましたから、これでバランスがとれています。ましてとてもパッピーな旅行だったので、ハッピーアワーで締めくくったのも良しとしましょう。
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□35、36日目(10/30.31)
ミラノ中央駅に地下鉄で移動し、駅横から出ているシャトルバスで空港に向かいます。
中央駅の大きなこと・・。帰国する日にもかかわらず、プラットホームに立つと、旅心かき立てられ、電車に乗ってどこに出かけたくなりました。 -
初イタリア、初スペイン、初フランスの5週間の旅でした。温暖な地中海気候がサント・マリー・ド・ラ・メール滞在中に吹き荒れた冷たいミストラルで、空気が入れ替わりました。そうした点で季節の変わり目を体感する長い旅程でした。
第1級の美術の宝庫をめぐって充実した旅の日々を送ることが出来ました。これが1番の収穫です。カルカソンヌのミディ運河やアルルの女性たちの伝統衣装やカマルグ競技など、全く予期せぬ出会いがあったのも良かったです。
良い旅でした。 -
■旅の決算
いつもの旅行では会計簿を付け次の旅行に役立てるようにしていましたが、今回はしませんでした。付けるのが嫌になるほど、ユーロが軽くどんどん飛んでいきました。
なので、使った現金とカード決済の総額、並びにホテル代で振り返ってみます。(全て2人分、レートは137円で計算しています。航空運賃のぞく。)
ホテル代の合計は2375ユーロ(33泊32.5万円/4人部屋6泊・3人部屋8泊含む)、移動費含め滞在費は3000ユーロ(41万円)使いました。従って総滞在費は5375ユーロ(73.5万円)になります。※時間をかけてBooking.comを調べたので、ホテル代の平均が1泊1万円を切りました。
直近の旅行とくらべておきます。
インドには今年の1月中旬から52日間いて、滞在費の合計は22万円/1日当たり4230円(宿泊費は51泊して96500円・1泊平均1900円)になります。昨年のトルコ・グルジア34日間は31万円/1日当たり9110円(宿泊費は33泊で112000円・1泊平均3400円)でした。1日あたりの滞在費は、今回は21000円(宿泊費1泊平均9800円)でしたから、インドの時の5倍、トルコ・グルジアの時の2.3倍かかったことになります。言い換えるなら、1月分のヨーロッパ費用でインドに5ヶ月、トルコに2.3ヶ月滞在出来ることになりますね。
せっかくの「初」づくしでしたから、食べたいものは食べ、見たい物は見ました。・・いつもの旅のベースと同じで、私たちの身の丈に応じた内容とレベルではありましたが・・。やはりヨーロッパ旅行には、資金面での覚悟が必要であることはわかりました。
これで今回の旅のレポートは終了です。
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