2014/12/10 - 2014/12/26
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eimeiさん
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最初の計画では、ザンビアのリビングストンの後、国境を渡ったジンバブエのビクトリアフォールズへ移動し、更に、ボツワナのチョベ国立公園でサファリを予定していた。
しかし、ビクトリアの滝にがっかりし、60$(ビザ30$+入園料30$)もかけてジンバブエ側へ行く気をなくした。また、ボツワナのカサネは、安い宿を探しても1軒もなく、ゲストハウスでも1泊50$以上もする。「貧乏旅行者は来るな!」というような町なので、これも行く気をなくした。
リビングストンからバスに乗り、ナミビアの首都ヴィントフックへ移動することにした。ナミビアで、レンタカーの旅する予定。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヴィントフックまで行けば、12月25日の飛行機に間に合えばよいので、ゆっくりナミビアのレンタカーの旅をした後、ケープタウンへ移動すればよい。多分、南アフリカはケープタウンのみの滞在で終わるだろう。不本意ながら、観光中心になりそう。
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12月10日、ビクトリアフォールズ国境のザンビア側までタクシーで行き、バスを待っているところ。リビングストンのバスターミナルにも止まるので、そちらでバスに乗ってもよかった。
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バスは、ヨーロッパ製で、エアコンも効くが、何せ狭い。これで24時間、我慢、我慢の1日。昼過ぎに国境へ着き、ザンビア出国、ナミビア入国の手続きに、2時間以上かかり、午後3時過ぎに、昼食兼夕食。
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12月11日、日が上がったが、昨晩はよく眠れなかった。こんな風景ばかり。
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途中の休憩場所で見かけた日本の中古トラック。ナミビアまで来て、まだ働いている。ナミビアは、日本車とヨーロッパ車が半々ぐらい。
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ヴィントフック郊外で、ナイロビ以降、初めて工場らしい工場をみた。ドイツ資本が多いらしい。
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バイターミナルへ着き、バスで一緒だった日本人の若者とCardboard Box Hostelへチェックインした。
私がシャワーを浴びている間に、腕時計を盗まれた。セキュリティーが甘いので、外部の人間の可能性が高い。 -
中庭にはプールもあり、テントスペースもある。
リビングストンの宿にいた日本人若者3人に再会し、更にフランス人の63歳のおばちゃんも加わり、合計6人でレンタカーを借り、明日から5日間の旅に出ることになった。 -
私のテントの購入とATM利用のため、ヴィントフックの街の中心街に出かけた。街自体は大きくないが、完全にヨーロッパの雰囲気。ショッピングセンターも混んでおり、とてもアフリカにいるとは思えない。
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12月12日、レンタカーを借り、日本人の若者4人とフランス人のおばさんと私の6人で、まずナミム砂漠へ向かった。レンタカーは4WDのトヨタハイラック。
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南へ向け、幹線道路を時速100Kmほどで走る。道は全く問題ない。
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1時間弱走り、スーパーで買物をし、300Kmの未舗装道路へ入る。ハイラックなので、そんなに乗り心地は悪くない。
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道路から見える風景。こんな風景が4時間ほど続く。
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砂漠が見えてきたら、国立公園事務所に到着。
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事前に予約してあるので、キャンプ代金を払い、早速、テント設営。私とおばさんは、前日に安いテントを購入しておいた。
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フランスのおばさんが、ロンブラに載っている近くのキャニオンへ行きたいというので、最初に行ってみたが、ショボイ。
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気を取り直して、夕陽の見える砂丘へ行った。道は舗装され、普通に走れ、国立公園事務所から30分ほどかかる。
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早速、若者4人は砂丘に向かって、走っていく。
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若者4人は、どんどん砂丘に登っていく。年寄り2人は下で写真撮影。
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若者4人のアップ。「元気だな〜 あと30歳若ければなあ〜」と見上げる私。
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砂丘の上で、サンセットを待つ若者たち。
(若者たちからもらった写真) -
若者4人は砂丘の上で、年寄り2人は砂丘の下で、サンセットを楽しむ。
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砂丘の下からサンセットを撮ってみた。その後、キャンプサイトへ戻った。
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12月13日早朝、まだ暗いうちに、テントを撤収し、昨日より先の未舗装道路を4WDにして走り、一番奥の砂丘へ向かった。もう日が昇る前で、砂丘が赤く染まっていた。若者4人は走って砂丘を登っていく。年寄り2人は少し登って、途中でストップ。
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若者は砂丘の上で、年寄り2人は砂丘の麓で、日の出を迎えた。
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日が昇ると砂丘の赤がさらに艶やかになる。しばらく日の出を楽しんだ。
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少し車で戻り、ナミブ砂漠のハイライトへ向かった。駐車場から少し歩いた所から駐車場方向を望む。
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丘を越えると幻想的な干上がった湖がある。雨が降ると少し水が貯まるようだが、今は全く水がない。
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早速、干上がった湖へ降りていく。
奇麗に取れた写真を5枚ばかり選んでみた。
1枚目。 -
2枚目。
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3枚目。
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4枚目。
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ラスト5枚目。
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駐車場へ戻ってみたら、送迎用の4WD車がお客を待っていた。乗用車では舗装道路しか無理なので、数キロを有料の送迎用4WD車で送迎してもらう。
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帰りがてら、車で他のビューポイントにも寄ってみた。
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帰りも同じ未舗装道路を300Km走る。皆、グッタリ。
途中で、事故(自損)を起こし、エトゥシャ国立公園行きは中止になった。 -
【やっと、事故処理も終わったので、参考のために事後顛末をアップする】
12月13日、ダートの道を時速90Kmほどで運転していたら、突然スリップし始め、道路脇へ突っ込み、ひっくり返った。【運転していたのは、一番若い大学生】 -
スリップして、「やばい!」と思ってから少し時間があったので、幸い、後部座席に乗っていた者(私を含む4人)が軽いむち打ちになった程度で済んだ。フランス人のおばちゃんは助手席に乗っており、シートベルトで無傷。
車(トヨタハイラック)はこんな状態で、天井の片側が凹んだ。 -
通りがかりの車を止め、警察へ電話してもらい、レンタカー会社にはこちらから連絡を入れた。1時間ほどしたら警察が来て、現場検証をした。その後、レンタカー会社の車とレッカー車が来て、ハイラックを起こした。
レンタカー会社の車で町まで運んでもらい、ヴィントフックの宿に戻った。
【その後の顛末】
レンタカーの保険には入っていたが、全額カバーできないので、免責金額を払う必要がある。私の名前で借りているので、私が運転していたことにし、事故書類にサインした。
「クリスマス・正月休暇があり、免責金額がわかるのは年明け以降」とレンタカー会社の人に言われ、ヴィントフックに滞在していても仕方ないので、各自の旅を続けることにした。
私は年末に帰国したが、2月初旬に免責金額(約25万円)のメールがきた。それからメールで連絡し合い、「日本人5人が1人5万円ずつ負担し、フランスのおばちゃんは免除」で決着し、私のクレジットカードで払った。
3月現在、私の軽いむち打ちの症状は、完治していない。 -
12月15日、交通事故のため、宿に滞在していたら、改造されたスイスナンバーのランクルが来た。
ヨチヨチ歩きの赤ん坊をつれた夫婦。日本では考えられない。 -
ランクルに貼ってあった地図。子連れで考えられないコースを走ってきたようだ。オーストラリアから南アフリカへ輸送し、南アから北上してきた。エジプトからはコンテナでトルコかイタリアへ運び、スイスへ帰るそうだ。
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宿の飼い猫が近くにいたので、パチリ。
午後、同じドミトリーの部屋に青年海外協力隊の男性が来た。ナミビア北部の村の学校でコンピュータを教えて、半年になり、夏休み(南半球だから)を利用して、旅をしているそうだ。これで青年海外協力隊員に会ったのは、4人目。こんなに会うと言うことは、治安の良さそうなアフリカの国には、相当数の青年海外協力隊員が日本から来ている証拠。 -
12月16日、朝方、宿へテレビ東京のスタッフが撮影に来た。スタッフと言っても1人で、ハンディービデオカメラ。内容については不明。
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ショッピングセンターへ買物に行ったついでに、近くのセント・メアリー大聖堂に寄ってみた。なかなか美しい。
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12月17日、レンタカー会社から連絡がないので、出向いたら、「クリスマス・正月休暇があり、免責金額がわかるのは年明け以降」とに言われた。仕方ないので、散歩がてらヴィントフック観光へ出かけた。
街の中心のズーパーク。平日の昼間なのに日陰でゴロゴロしている男が多くいた。 -
ズーパークから坂を登っていくと、唯一の観光の施設クリストゥス教会がある。しかし、観光客は見かけない。
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角度を変えると、後ろに国立博物館の建物が見える。共に外周を歩いただけ。
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再び、ズーパーク近くを散策すると、土産物露店街があり、そこにヒンバ族も出店しており、記念撮影(有料)にも応じていた。完全に観光用。
土産物露店街の縁に観光案内所があり、そこで地図をもらったり、エアポートシャトルのことを聞いた。 -
宿へ帰りながら、ヴィントフック駅に寄ってみた。植民地時代の建物らしい。ただ、列車の本数も少なく、閑散としている。
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駅前に昔のSLが展示してあった。おもちゃの様なSL。
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買物がてらショッピングセンターへも寄ってみた。もう、クリスマスモード一色。
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店内には、物があふれ、「貧しいアフリカ」とは全く無縁。むしろ、肥満が問題になるぐらい。
総菜売場で、店員に中国人と間違われ、私が否定もせず対応していたら、軽蔑する言葉を次から次へと投げかけられた。差別されてきた者が、別の弱い立場の者を差別する典型的なパターン。中国人は、こんな中でも、我慢しながら、働き、生活している。 -
街を歩いていると、中国人経営の商店をよく見かける。まだ、中国人が少ないので、チャイナタウンはできていない。中国国内の経済停滞により、今後、援助と引き換えに、中国人がアフリカへ送り込まれ、チャイナタウンがアフリカ各国にできてくるだろう。
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街が小さいので、中心街の外側には、ビルがどんどん建設されている。
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宿の近辺は、高級住宅街で、すべての家が高いフェンスで囲まれている。さらに、フェンスの上に高圧電流を流している家も多い。ここヴィントフックも貧富の差が開いたまま経済発展したので、治安があまりよくない。
19日のケープタウン行きのエアーチケットをネットでとった。2万円ほど。 -
12月19日、ナミビアのヴィントフック国際空港は、中心街から40Kmも離れ、公共交通機関はないので、エアポートシャトルを頼んだら、3000円近くした。ヴィントフックの街を出たら、こんな風景ばかりで、空港を造る土地はいくらでもあるのに。
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30分走り、空港へ着いてみたら、ジョボイ空港でビックリ。これが首都の国際空港?
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37人乗りの小型ジェット機でケープタウンへ向かった。7割ほどの乗機率。
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機内食もショボイ。期待していたのに。
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予定より早く着き、夕日が沈むケープタウンの街を飛行機から撮れた。テーブルマウンテンと半島の喜望峰へ、後日、行く予定。
夜の移動は危険が伴うので、空港泊し、翌朝、リムジンバスでケープタウンの中心街へ移動し、予約してある宿「cat and moose」にチェックインする予定。 -
12月20日朝、エアポートバスに乗り、街の中心街にあるシビックセンターへ向かった。途中に窓から見えたスラム。2か所ほどスラムを見かけた。
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シビックセンターでバスを降り、バスを降りて目にした最初の風景。ここはヨーロッパ?
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少し歩けば、BMWの販売店があり、ミニも派手に展示してある。
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グーグルマップを見ながら、1Kmほど歩き、予約してある宿「cat and moose」へ到着。ウェブページの写真よりショボイ。ドミトリー1泊150R(1500円ほど)で、朝食なし。施設、立地からして、安くはないが、5泊する予定。
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中は広くないが、キッチンだけは広いので、自炊派にはよい。
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少し、仮眠をとったあと、街の散策に出かけた。宿の前の風景。
マックがすぐ近くにあったので、ビックマックセット(450円ほど)で遅い昼食。 -
ケープタウンは、今、夏だが、日が差していても、気温は30度を超えることはない。まるで夏の北海道にいるような感じで、過ごしやすい。また、冬になっても平均気温10℃ぐらいで過ごしやすい。
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テーブルマウンテンが見え、2階建ての観光バスも頻繁に走っている。
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大通りから奥に入ると、緑豊かな公園に多くの土地が使われている。
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公園にはリスもたくさんいて、微笑ましい。
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公園を抜けると、博物館などの建物があるが、完全にヨーロッパ風。
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古い建物も内部を改装して、現在も使われている。
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大通り沿いの店なども、昔のヨーロッパの雰囲気を残している。
少し歩いてみただけで、ここケープタウンに本気になってヨーロッパの街を再現し、住もうとしたことがわかる。ヨーロッパの街には黒人は不要なので、アバルトヘイト(人種隔離政策)をし、批判を受けても、このヨーロッパ風の街を手放したくなかった。マンデラ以降、アバルトヘイトはなくなったが、白人と黒人の貧富の差は歴然としており、交流もほとんどないように感じる。
地球上には、他にも、アメリカ東海岸、アルゼンチン、オーストラリア南東地区も同じように、ヨーロッパの街を再現したが、そこに住んでいた原住民をほとんど抹殺してしまったので、アバルトヘイトのような問題が起きなかった。そのころヨーロッパでは、完全な階級社会で、下層階級は悲惨な生活をしていたので、新天地へ自ら進んで出て行き、住もうとした。 -
ガソリンは、リッター120円ほどで、日本より相当安い。
明日は、歩いて、ウオーターフロントへ行く予定。 -
12月21日、歩いてウオーターフロントへ向かった。20分ほどで、港へ着く。ベイエリアにある国際会議に使われるコンベンションセンター。
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ドッグには、中国漁船が整備のため、引き揚げられていた。中国は日本近海だけでなく、インド洋、大西洋まで遠洋漁業に出ている。かつての日本と同様に。
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やっとウオーターフロントに着いた。テーブルマウンテン方向の風景。
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ウオーターフロントの中心、クロックタワー。ここに観光案内所がある。
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いかにもウオーターフロントという風景。暑くもなく気持ちが良い。
奥の建物が、ショッピングモール。 -
ショッピングモールの中。ブランドショップ、土産物店、フードコート、スーパーマーケットなどがある。今日は、クリスマス前の日曜日なので凄い人出。とてもアフリカにいるとは感じられない。私も2点ばかり土産物を買った。
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ショッピングモールの2階からクリスマスツリーと観覧車とテーブルマウンテンを撮ってみた。
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今日は日曜日なので、いろいろな催しが行われている。ステージではダンス。
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路上のスペースでジャズなどの演奏。
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静止系大道芸人。
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アフリカンダンス及び演奏。木琴と太鼓などを使い、迫力があり、良かった。
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帰りがてら、パブリックセーフティーを撮ってみた。中にガードマンがおり、治安維持に一役買っている。街の重要ポイントには、必ずパブリックセーフティーが置かれている。
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花屋の前を通ったら、美しいひまわりの花があったので、造花かなと思い、触ってみたら本物。ここは南半球で、夏だったことに納得する私であった。
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12月22日、天気がよさそうなので、テーブルマウンテンのケーブルカー乗場まで歩いていこうと宿を出た。途中でスーパーに寄り、中国人のつくった寿司を買って食べた。「これ寿司なの?」という味だった。
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どんどん坂道を登っていく。風景は美しいが、老体にはキツイ。バイクがあればなあ〜。
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山の上では、パラグライダーをしている。「気持よさそうだなあ」と見上げる私。
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車が路肩駐車してある。車から降りて、歩いているのでケーブルカー乗場は近いぞ。
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テーブルマウンテンが美しい。しかし、見上げてみると、相当数の車が路肩駐車してある。
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下を見ると、ケープタウンの街が美しい。
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やっと、ケーブルカー乗場が見えてきた。あと一息だ。
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しかし、近づいてみると、人人人!
チケット買うのに長い行列。さらに、乗るのに長い行列。ケーブルカーに乗るのに、2~3時間以上かかりそうなので、諦めた。 -
これがケーブルカー。60人ほど乗れるが、人の方が多く、なかなか行列が進まない。
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ケーブルカー乗場で、ケープタウンの街を撮り、宿へ向かった。あと2日あるので、天気の良さそうな日に再チャレンジしたい。
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帰る途中の高級住宅街。住んでいるのはすべて白人。高い塀に囲まれ、高級車が行き来している。
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帰り道にセブンイレブンがあったが、日本のマークと違う。異なる資本?
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タバコは、200円〜350円ほどで、店によって値段が違う。喫煙率は、日本より少し上かな。
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明日、テーブルマウンテンへ再チャレンジをするため、MYCITIカードをバス停近くのスーパーで買った。チャージ式カードで、ケープタウンの一般バスで使える上、エアポートシャトルでも使えるので便利。
しかし、こんな大きな街なのに地下鉄がない。白人は高級車で移動するし、黒人はバスで我慢しているようだ。白人と黒人が協力して、ケープタウンの街をつくっていこうという雰囲気が全く感じられない。 -
12月23日、昨日のリベンジを果たそうと、朝一でバスに乗り、途中からシャトルバス(カード使用可)に乗り換えて、ケーブルカー乗場に着いたのが、朝7時。それでも行列ができていた。いがいに、インド系の人が多かった。
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チケットを事前に購入している人は、8時前にケーブルカーに乗れたが、チケットのない者は、チケット売場が開く8時まで待たされた。225R(2200円ほど)の往復チケットを買ったら、すぐケーブルカーに乗ることができた。
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テーブルマウンテンの上の風景。海抜1000m以上あるので、高山植物が生えている。
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テーブルマウンテンからケープタウンの街を望む。ビューポイントからケープタウンの街が真下に見え、美しい。
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少し移動して、再び、ケープタウンの街を望む。徐々に雲(霧)が出てきた。
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雲(霧)が海側から流れてくると、テーブルマウンテンの上は、こんな感じになる。
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ケープタウンの街の反対側の喜望峰方面。雲(霧)がかかり半分しか見えない。
雲(霧)が濃くなってきたので、10時半頃、ケーブルカーで麓に降りた。 -
ケーブルカー乗場の横に、登山道があるが、私には絶対無理。
バスを乗り継いで、ウオーターフロントへ行き、遅い昼食、土産物の下見をした。 -
ウオーターフロントからの帰りに、靴下を買いに、中国製品を扱っている「Amazing Store」に寄った。靴下を3足150円で買えた。
しかし、店の入り口で、店主が台の上に乗り、厳しい顔で睨みを利かせている。店員の中国人もニコリともせず、レジや客の対応をしている。相当、万引きを警戒している。ここケープタウンは、インド系が早く進出し、後発の中国系は厳しいようだ。 -
12月24日、午前中、国立現代美術館へ歩いて行った。
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南アフリカの女性芸術家Penny Siopisの展覧会をしていた。
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気に入った2点を紹介。
私には、血の上のマットレスに寝ている女性に見える。 -
日本画の影響を受けた絵だが、左下の部分が不気味。
他の常設展示の絵などがあるが、Penny Siopisに比べたら迫力なし。 -
その後、ウオーターフロントへ行き、遅い昼食とお土産の購入をした。マンデラ筆頭に4人の偉人の銅像があり、記念撮影場所になっている。私はマンデラの銅像とツーショット。
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今日は、クリスマスイブだが、ケープタウンは夏なので、水遊びをしている。こんな遊びをする余裕のあるのは、白人のみ。この近くには、マリーナがあり、白人所有の豪華ヨット・モーターボートが停泊している。
≪バイクがあれば、郊外のビーチへ行き、ビーチスナップをアップできたのに!≫
帰りにいつものスーパーへ寄ったら、イブのため人人人。レジに30分もかかった。
明日の朝、宿をチェックアウトし、空港へ移動し、帰国便に乗る予定。 -
12月25日朝、 MYCITIカードを使い、ケープタウン国際空港へ向かった。アフリカの上空の写真。ドバイ経由で関空まで、丸1日飛行機に乗ることになる。
約2か月間ナイロビからケープタウンまで、急ぎ足で旅をしたが、募金のポスターに出てくるような厳しい貧困はどこにもなかった。地下資源には恵まれているが、現状を見る限り、経済成長もあと10年ほどではないかと感じた。地球上で最後のフロンティアと言われているが、世界に通用する製造業・サービス業を誘致・育成することができず、資源の輸出のみの地域のまま推移していくように感じる。
アフリカの人々をひとくくりにするのは大雑把過ぎるかもしれないが、気質的には、フィリピンの人々に似ているように感じた。依存心が強く、物事を機能的・システム的に考えることが苦手で、困ったら投げ出してしまう。そして、先進国からの援助を求める。
水野和夫氏が述べているように、地球上のどこへ資本を投資しても、利潤の出ない「資本主義の死」が近づいているように感じる。日本がどの国より早く資本主義を卒業して、次の社会システムへ移行しなければいけないと実感した。私個人としては、「成長がなくても、機能的で、消エネルギー、格差の少ない社会」を次の世代がつくってくれることを願っている。それと同時に、不便さ・収入減になっても、西欧諸国のように、休暇を年1回、1か月まとめて取れる社会システムにしてもらいたい。
26日の夜、無事帰宅できた。しかし、交通事故の後遺症で、まだ首が少し痛い。 -
《付録》アフリカのポップス
私がアフリカで好きな歌手は、ナイジェリア(治安が悪く旅が不可能)のP-Square、RUN TOWN、D'Banjなどです。P-Squareは、Shekini が一番気に入っています。他の曲Do Me、 Alingo 、Personallyも好きです。RUN TOWNはGallardo、D'BanjはOliver Twistが好きです。
一度、聞いてみてください。レベルは高いです。
Shekini : https://www.youtube.com/watch?v=aCcuzqRRTHQ
Gallardo : https://www.youtube.com/watch?v=V7N9wjgGpfg
Oliver Twist : https://www.youtube.com/watch?v=CQP-etYU1ps
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