2014/11/28 - 2014/12/09
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eimeiさん
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苦行のタンザン鉄道、2国に跨るビクトリアの滝(バンジージャンプはパス)、ボツワナのチョベ国立公園でサファリを予定している。行動範囲が限られるので、観光で終わりそうな気がする。そうした中でも、現地の人々をウオッチしていきたい。
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
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長距離を直線的に通過するので、もったいない気もするが、足(バイク)が無いので仕方ない。だんだんアフリカの旅にも慣れてきたが、東南アジアのように、安くて美味しい食べ物が少ないのが残念。ナミビアまでの我慢?
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11月28日朝、YMCAに滞在していた日本人の若者3人とタクシーをシァして、タンザン鉄道の出発駅タザラ駅へ行った。
【写真は切符を購入したときのもの】 -
駅構内には、すでに凄い人人人。切符を購入したときは、閑散としていたのに。
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ファーストクラスの待合室があったので、そこで時間を潰したが、出発時間の10時半になっても、何の案内もない。やっと乗車の案内があったのは12時頃。
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全員、乗車してもちっとも出発しない。列車が動き出したのは、12時半過ぎ。出発から2時間遅れ。前途多難だが、これがアフリカタイム!
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タンザン鉄道の三種の神器。水・トイレットペーパー・ウェットティッシュ。水は1.5リットル2本、備え付けのトイレットペーパーはすぐなくなるので1個、シャワーがないのでウェットティッシュで代用。食べ物・飲み物は、食堂車があるので車内で買える。
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カーブのところで窓から写真を撮ってみたが、何両連結しているだろうか。とにかく長い。
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ファースト寝台と言っても、4人1部屋のこんな部屋。当然、エアコンなどない。日本人2人とタンザニア人2人。窓から熱風が入ってくるが、閉めると、もっと熱い。
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一番安い2等客車。これでの2泊3日の列車旅は、私には絶対無理。
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駅に停車するごとに、物売りが殺到するが、車内へは入れないので、窓越し販売。私も飲み物などをよく買う。車内より安い。
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しばらく走ると、国立公園内を走る。いろいろな動物を見たが、列車が走っているので、何とかジラフ(キリン)の写真を撮ることができた。国立公園以外では、まず野生動物を目にすることはない。保護されていなかったらアフリカの野生動物は全滅していたはず。
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夕方、雷雨があり、綺麗な夕日が撮れなかった。
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11月29日、朝6時に目が覚め、日の出を撮ってみた。まだ、タンザニアの中央を走っているが、標高が1600mあり、涼しい。
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朝靄で幻想的な風景。
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朝早く、家族総出いで、畑作業。
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畑起こしは、牛か人力。それを先進国の人間は、遅れていると思うかもしれないが、農業機械(メンテナンス含む)、燃料を考えると、採算が取れない。また、機械化して大規模化すると、田舎の失業者が多くなり、社会不安になる。
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コンテナ用クレーンを中国はつくったが、全く使われていない。港のコンテナターミナルまで線路が繋がっていない。従って、トラックがコンテナを運んでいる。中国人の発想が通用しなかった。
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10時頃、途中の駅で、長時間停車し、乗客が物売りから窓越しに買っていた。
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私も窓越しに、揚げ物とコーラを買った。中はパサパサなので、コーラで流し込んだ。どうしても美味しい食べ物にたどり着けない。
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パオパブの木がたくさんある地区を通った。多分、村人が昔から切らずに残したのだろう。マダガスカルの木とは種類が違うと思われる。
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昼食は、初めて食堂車へ行った。写真は、昨晩のもの。
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食堂車でとったが、ランチは1種類のみで、美味しい食事ではなく、水で流し込んだ感じ。
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相変わらず、海抜1500mほどのところを走る。山が美しい。
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田舎の家々はこんな感じで、垣根もなく、フリー。
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タンザニアの西の大きな町ムベヤが近づくに従って、家も立派になり、塀で囲まれた家が多くなってくる。
人が多く集まると、貧富の差が広がり、治安が悪くなるという悪循環。 -
ムベヤの町。高いビルはないが、大きな町だ。この町の駅で、車両の数を半分ぐらいに減らして、ザンビアへ向かう。
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夕日を列車の窓から撮ってみた。上手く撮れたかな?
夜10時頃、国境に着き、列車内で、タンザニアの出国手続きをした。出国スタンプを押して終了。少し走り、列車を荷物を持って降ろされ、ザンビアのイミグレーションへ行く。ビザ代50$を払い、ビザシールをパスポートに貼り、終了。列車はザンビア用に乗り換え。 -
11月30日朝、最初に着いた大きな駅。パンと飲み物を買い、簡単な朝食。
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駅を出発しても、こんな風景ばかり。アフリカ大陸の真ん中辺の風景だが、もういい加減飽きた。
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たまに、このような民家がある。農業以外仕事がない。
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タンザン鉄道は単線なので、週2本の列車でもすれ違う場所がある。延々1時間半待って、やっと対抗列車が来たが、出発したのは、更に30分後。終点駅に着くのは深夜になり、2泊4日になりそう。
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余りに暇なので、地元の人を望遠でウォッチ。
まず、親子。母親はなかなかオシャレ。 -
地元の普通の若い女性2人。
ザンビアへ来ても「貧困」などどこにも見当たらない。 -
ルシワシ湖。そんなに大きくないが、川を持たない湖なので、多分、塩湖。
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夕日と列車を重ねて撮ってみた。
コンゴとの国境ギリギリを通る時は、時速100Km以上で飛ばし、怖いぐらい揺れた。治安が良くないのだろう。
ギリギリ夜11時半に終着のカピリムポシ駅に着いた。疲労困憊。
もう二度とタンザン鉄道の旅はしたくない。 -
12月1日、日本人2人、韓国人2人、ヨーロッパ人2人の6人でカピリムポシ駅構内にて雑魚寝。
早朝にミニバスで首都のルサカへ行き、ATMで現地通貨をおろし、ヨーロッパ人2人と別れた。
ルサカは首都と言っても、ナイロビ、ダルエスサラームと比較にならないぐらい貧弱。ルサカの中心街。中心街から離れると、道にゴミが散らかっている。
ミニバスのガラス越しに撮ったので、ガラスが反射しているのはご容赦。 -
アジア人4人は、大型バスターミナルで、朝9時半頃、リビングストン行きのバスに乗った。しかし、満員にならないと出発しないので、出発したのは、11時半頃。アジア人4人以外は、全員地元の人々。
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暑いバス内で待っている間に、バス内に次から次へと、物売りが入ってくる。飲み物・食べ物は理解できるが、時計、ビデオカメラ、携帯シムカード、バッグなども売りに来る。ウンザリ。
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ルサカ郊外にあった石油コンビナート。多分、中国がつくったもの。他にも、中国との合弁工場を何箇所か見かけた。
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途中に渡ったエフェ川。下流でザンベジ川へ合流し、インド洋へ流れる。
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リビングストン近くになったら、日が沈みかけたので、夕陽を撮ってみた。
日が沈んでからバイターミナルへ着き、そこで3人と別れた。
4日間でダルエスサラームから3000Km以上南西へ移動したことになるが、老体(62歳)には堪えた。4日間も体を洗ってないので、早くシャワーを浴びたい。 -
日が沈み、暗い中、グーグルマップを見ながら、歩いて着いた宿が「Fawlty Towers」。ドミトリー1泊8$($払い)にも関わらず、紅茶・コーヒー無料、3時にはパンケーキサービスまであり、更にプールまである。WiFiは無料だが、朝食は有料。【翌朝の写真】
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プールの奥にはコテージがあり、とてもアフリカにいるとは思われない宿。宿泊客は、私以外、全て欧米人。施設も欧米レベル。あまりに居心地が良いので、まず5泊することにした。【翌朝の写真】
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ドミトリーのある建物内。コンセントも多くあり、ルクソールのホテル以来の居心地の良さ。観光へ出たくないぐらい居心地が良い。このFawlty Towersは、「地球の歩き方」には載ってなく、ネットで知った宿。
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宿に置いてあった雑誌の鉱山のページ。多分、コバルト鉱山(銅鉱山かも)。ザンビアは銅・コバルトで有名だが、国土がアフリカ大陸の真ん中にあるので、探せば、まだまだ可能性がある。ただ、これが国民の雇用にはつながらず、外国企業と一部の富裕層の利益にしかなっていないのが残念。
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宿の飼い猫。
宿からビクトリアの滝へは数キロ離れているが、後日、宿の無料送迎で行く予定。 -
12月2日、【リビングストンの町の由来】(地球の歩き方より)
1855年、イギリスの探検家リビングストンがこの地を訪れ、ビクトリアの滝をヨーロッパ人が初めて発見し、滝に女王の名前を付けた。滝の近いこの町を彼にちなんでリビングストンと名付けた。
標高900mほどあり、昼間は暑いが、夜は涼しい。
久しぶりにネットが使い放題なので、ブログのアップと今後の下調べで午前中が潰れた。
午後、リビングストンの街の散策に出かけた。街にはゴミがほとんど落ちてなく、日本並みに美しい。ガソリンは、リッター10K(200円弱)もし、車は日本の中古車が主流。それでも車の台数は多い。 -
公園には、街を美しくするモニュメントの「ゴミ象」があった。
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博物館前には、リビングストンの銅像がある。博物館には入場せず。
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リビングストンの街の中心。SPARや銀行があり、不便を感じない。宿の近くにも、大きなスーパーがある。
明日、ビクトリアの滝へ行く予定。 -
12月3日、ビクトリアの滝への無料送迎車に乗り、滝の公園入り口まで行った。しかし、天気が悪く、そのまま送迎車に乗って帰ろうとしたら、「ジラフ(キリン)がいる」と運転手が言ったので、車を降りて、茂みの中へ入って行き、10mほどの距離まで近づくことができた。
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アップ。観光客慣れしているのか、悠々としている。当然、そこは自然公園で保護区。
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昼食をとりに、宿近くのショッピングセンターへ行ったら、ドイツナンバーのランドローバーが駐車してあった。
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ドイツ人らしく、なかなか重装備。1時間ほど待っていたが、所有者に会うことはできなかった。多分、南アフリカから北上してきたものと思われる。
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ドイツ人が現れるのを待っている間に、小型バイクに乗った若い日本人女性が来た。声をかけたら、ショッピングセンターへ買物に来た青年海外協力隊員であった。コーヒーショップで少し話をしたら、看護師として、バイクで村の巡回医療をしているそうで、今日の巡回医療が終わって、買物へ来たところだっだ。1年2ヶ月が過ぎ、あと残り8ヵ月しかないが、地元民の「自分たちで何とかしよう!」という意欲がないのを嘆いていた。援助慣れの結果かもしれない。リビングストンのような街を見ていると、税金を使ってまでの援助など必要ないと思えてしまう。それとも「インパラの朝」のように、青年海外協力隊員は安全保障理事会の常任理事国になるためのポイント稼ぎをやっているだけなのか。
女性隊員愛用のバイクの写真。 -
宿へ帰って、トイレを使い、手を洗っていたら、窓からプールが見え、水着のアベックがプールサイドで話をしているではないか。早速、望遠で盗撮。
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今日の夕食は、フリーキッチンで、スパゲッティを作ってみた。そこそこ美味しかった。
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12月4日、昨日宿へ来た日本人4人と無料送迎を使って、ビクトリアの滝へ行った。レセプションで入園料20$を払って、整備された遊歩道を歩き、滝へ向かった。
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遊歩道近くには、マントヒヒがたくさんいた。
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徐々に見えてきたのは、水がチョロチョロ流れる小さな滝のみ。がっかり!
今は雨が少ないので、岩しかない。水しぶきで、濡れ鼠になることを期待していたのに! -
仕方ないので、次のポイントへ向かった。見えてきたのは、ジンバブエ側の滝の水しぶき。今いるザンビア側は、雨期の水量が多い時しか滝にならないらしい。
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ジンバブエ側の滝のアップ。
後日、ジンバブエ側へも行く予定。 -
私以外の4人は若いので、ザンベジ川まで降りるという。仕方ないので、私も付いて行った。国境になっているビクトリアフォールズ大橋が上に見える。また、バンジージャンプでも有名な橋。若者4人は、後日、ジンバブエ側からバンジージャンプをするそうだ。ジンバブエ側の方が安いらしいが、私は絶対いや!
行きの下りは問題なかったが、帰りの上りはヘロヘロになり、遅れをとってしまったが、若者4人は上で待っていてくれた。
宿へタクシー2台で帰り、シャワーを浴び、プールへザブーン。
観光で疲れた1日だった。 -
12月5日、ビクトリアの滝にがっかりし、60$(ビザ30$+入園料30$)もかけてジンバブエ側へ行く気をなくしました。また、ボツワナのカサネは、安い宿を探しても1軒もなく、ゲストハウスでも1泊50$以上もする。「貧乏旅行者は来るな!」というような町なので、パスした。
来週の水曜日の朝、リビングストンからバスに乗り、丸一日かけて、ナミビアの首都ヴィントフックへ移動することにした。南アフリカのintercapeというバス会社なので、ネットでバスチケット(630R 7000円ほど)をとった。ナミビアではレンタカーで旅する予定。
今泊っている宿「Fawlty Towers」は居心地が良く、便利なので、来週の火曜日まで、滞在する予定。日本からハードディスクで持ってきた映画三昧の日々になりそう。 -
12月6日、運動不足なので、昼食も兼ね、暑い中、散歩に出かけた。まず、リビングストン駅へ行ってみたが、ご覧のように閑散としている。何せ、ルサカと列車が1日一往復するのみ。
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すぐ近くに、「ROYAL LIVINGSTONE EXPRESS」のSLがあったので、見に行った。なかなか年代物で、良いではないか。
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客車は、エアコンも完備され、いかにも高そうな感じ。そんな豪華列車より、リビングストンとビクトリアの滝の10Kmを結び、気楽に乗れるトロッコ列車を造ってほしい。ただ、地元の人々を見ていると、それを造る技術力さえないように感じる。
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わけの分らない土産物屋。馬の造り物や絵などを売っているが、どれも素人が作ったレベル。当然、お客はゼロ。
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荷物を自転車で運んでいるおじさん。ここリビングストンは、ガソリンが高いせいかもしれないが、バイクに乗っている人より自転車に乗っている人の方が多い。小排気量のバイクなら値段も高くないし、燃費も良い。多分、東南アジア・中国からの流通ルートが確立されていないからだろう。
いっそ「東アフリカにバイク工場を誘致し、バイクを作ればいいのに!」と思うが、その技術力以前に、それをやろうとする「意欲」がないように感じる。これがアフリカの「援助慣れ」なのか。 -
地元の女性ウォッチ。SPARにいたホスマを操作しているファッショナブルな女性。
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街を歩いている普通の女性。ファッションセンスも悪くない。ただ、縮れ毛のため、ヘァースタイルには苦労しているようだ。男のヘァースタイルは、坊主かスキンヘッドが多い。
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宿に貼ってあるサファリのポスター。
彼が待っているのは、「あなた」ではなく、「人間がいなくなる日!」。 -
12月7日朝、日本人の若者3人が宿を出て行き、再び、日本人1人になりました。この宿に9泊することとなり、今回の旅で最長記録。ただ、同室のヨーロッパの若者は、3ヵ月もこの宿に滞在し、今日、宿を出て行きました。上には上がいるものだ。
今日も昼食がてら、街を散策しました。立派な消防署もあり、MAN(ドイツ製)の消防車も2台あり、「アフリカは貧困にあえぎ、遅れている」というイメージは過去の話。 -
「リビングストンパックパッカーズ」もあり、隣には「赤十字ロッジ」もある。バカンスシーズンを除けば、宿泊施設に困ることはない。
スーパーでは、もうクリスマスソングが流れている。こちらは南半球なので、クリスマスは夏。 -
宿へ戻って、スーパーで買ってきた昼食を食べている横のプールの風景。一部のヨーロッパ人は観光にも行かず、プールサイドでゴロゴロしながら読書三昧。
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12月8日、昨日から、四人部屋を私1人で使っているし、朝から雨が降っていたので、部屋で鏡を見ながら、ルクソール以来のセルフ散髪をした。相当髪の毛が減り、頭の風通しがよくなった。2〜3日で、不揃いも目立たなくなる。
昼前に雨もやみ、晴れてきたので、昼食がてら散策に出かけた。リビングストンの街中の旅行会社でもINTERCAPEのバスチケットを扱っていた。INTERCAPEは相当広範囲にバスを走らせているので、利用価値は高い。ネットでチケットが取れるのも便利。 -
どんどん歩いて行くと、土産物街があるが、観光客がほとんどいないので暇そう。
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土産物街の裏に公園があり、地元の人が、木陰でくつろいでいた。平日なので、人は少ない。
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昼食をとり、宿へ歩いて帰る途中のガソリンスタンドに、ヨーロッパナンバーのバイクが3台給油に来た。2台がイタリア、1台がオーストリアで、ヨーロッパからナイロビへ飛行機でバイクを輸送したと言っていた。これから、ナミビアへ向かうそうだ。従って、バイクの装備も軽装備。
私も参加させてほしかったのに。 -
夕食は、ほぼ毎日、フリーキッチンでつくったパスタ。今日は、マンゴー付き。
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夕食を庭で食べていたら、従業員が、すぐ横の木を指さし、「これがマンゴーの木だよ」と教えてくれた。マンゴーの木は、樫の木のように大きくなるんだと初めて知った。
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木の上の方をよく見ると、いっぱい実がぶら下がっている。
スーパーで、大きなマンゴーでも50円〜60円ほどで買える。しかし、タイでは、マンゴーをスライスしたり、ミキサーでジュースにしたり、乾燥させたりして売ろうと努力しているが、そうした工夫や努力は見られない。これも「援助慣れ」のせいか? -
12月9日、今日も昼食がてら散歩へ出かけた。大通りから一本奥の通りに中国資本のホテルがあった。なかなか高級そう。
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宿の近くに、トラックを改造したバスが止まり、乗客は降りてスーパーへ買い物に行った。運転手に聞いたら、6週間かけて、ナイロビからケープタウンへキャンプなどをしながら旅行する途中とのこと。ナイロビを出てから3週間たち、ケープタウンまであと3週間旅をするとのこと。費用は聞かなかったが、3000$ほどではないか?
さて、リビングストンの宿「Fawlty Towers」に9泊もしてしまった。明日の朝、バス(INTERCAPE)に乗り、24時間のバスの移動で、ナミビアの首都ヴィントフックへ移動する。24時間のバスの旅に耐えられるかが心配。
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