2014/06/13 - 2014/06/13
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
イタリア最後の日は、どこに行こうかなと考えて、最初は宿の主人お勧めのトリオーラTrioraに行こうと思ったのです。彼曰く、トリオーラは、イタリアでも有数の美しいチタデル(大城塞)の残る町。ルネッサンスの頃魔女狩りが行われたことでも知られていて、「魔女の町」とも呼ばれているそうです。ところが、朝サンレモのバスターミナルに行って時刻表を調べたら、バスで1時間半以上かかる上に、バスの便が1日数本と少なく、戻ってくるのが夜の9時半過ぎになりそう。・・・
もう一つ推薦されたのはドルチェアクアDolceaacqua。ネルヴィア川沿いの中世の村で、村でも一番古いエリアには例のドーリア家の城があります。この村は、サンレモのお隣、イタリア国境の町ヴェンティミッリィアからバスの便があるそうですが、サンレモでは時刻表がわかりません。
ぐずぐずしていても仕方がありません。それならとりあえず行ってみるか・・・とちょうど到着していたバスに飛び乗ってヴェンティミッリィアに向かいました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテル・リヴァティの朝食は、主人じきじき用意してくれます。ペストリーはパリッパリ!特製カプチーノはシナモン振り過ぎ・・・だけれど美味しかったです。
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サンレモからヴェンティミッリィアへは、思ったより時間がかかって、バスで50分弱。バス停からインフォメーションを探して、トレンイタリアの駅までやって参りました。
ここにもインフォはありません。駅員は「ここは小さな町だからね。インフォは要らないよ。旧市街は川向こうね。」と素っ気無い。バスターミナルもなさそうだし、ガイドブックはないしで、はたと困りました。 -
とりあえず、旧市街のほうに行けば、インフォがあるかもしれない と目抜き通りを歩きます。観光客らしい人がいるから、ついてってみようかな・・・
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さすが国境の町。方向表示板がにぎやかです。でもインフォの表示はなし。道行く人はなぜか皆フランス人ばかり。ドルチェアクアのことわかりそうな人いなそうです。こうなったら、折角なので、川の向こうの旧市街に行ってみますか・・・
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ロイヤ川の向こうに、なるほど旧市街らしき小高い丘が広がっていました。ひときわ高い教会の尖塔があるので、誰でもすぐにわかりますね。
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海に注ぐ直前の橋が遠くに見えました。
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ロイヤ川には、寂しげな白鳥が一羽浮かんでいました。
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旧市街の下を貫くトンネルがあるところは、サンレモとも似通っているようですが、果たしてどんな町でしょう?
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旧市街突入です。何の表示もないので、ちょっぴり不安でしたが、道は整備されています。
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地元の女性が2人、坂を上っていきます。前にいる女性はかなり年配。と後ろの若い女性がそばに駆け寄っていって、すかさず老婦人の手荷物を代わりに持ってあげていました。この坂を毎日買い物袋を持って上がるのは大変。住んでいる環境から自然に身についたと思われるご近所さん同士の微笑ましい光景をしっかりと見てしまいました。
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赤いゼラニウムが咲き乱れる坂道を上って行きます。
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旧市街の交差点にはいつもワクワクします。この辺りで、10名くらいのアメリカ人のグループに出会い、会話を交わしました。ありがたい!英語です!「素晴らしい教会があるから、是非いってご覧なさい」と言われ、地図がない不安から少し開放されました。
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写真の奥に、先ほど老婦人の荷物を持ってあげた女性が見えます。この女性は本当に親切で、私にも声をかけてくれ、「教会はこちらよ!」と方向を教えてくれました。ありがとうございました。お陰で楽に到着できました。
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この建物の渡り廊下は、どうやらお部屋として使用しているみたいですね。
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最後はこんなトンネルの階段を上って行くと、少し広めの通りに出ました。
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ひょっこり尖塔が姿を現しました。目の前の壁は、よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えばぼろぼろです。古い祠も残されていました。青い背景色がなぜだか印象的です。
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ヴェンテイミッリィアの大聖堂の前に出ました。正式の名をサンタ・マリア・アッスンタ(昇天の聖母)聖堂といいます。町そしてこのサンレモ教区の守護聖人であるサン・セコンドとも深くつながりがあるようです。
大聖堂の背後の建物は、Canonichesse Lateranensi修道院です。 -
早速中に入ってみました。ロマネスクの建物なので、どっしりとしていて、柱が太く、天井が低く感じます。
この教会は、11世紀から12世紀の間にヴェンティミッリィアの人々によって建てられました。この場所には、元々ローマ時代の異教の寺院が存在していて、最初の教会はその跡地に建てられたようです。今でも聖堂内にその遺跡を見ることが出来ます。 -
最初の教会はプレロマネスク様式(プレロマネスクは、年代としては、大体8世紀から10世紀の間を指すようです)で、今のものよりずっと狭く、1廊のみで半地下の礼拝堂(クリプト)がありました。再建後の聖堂は、3廊式の柱とアーチのあるバシリカに木製トラス屋根がついたロマネスク様式になっています。現在では、リグーリア州ではもっとも重要なロマネスク建築だとされています。
写真はとてもすっきりとして、それでいて温かみが感じられる祭壇です。 -
何の説明もありませんでしたが、かなり痛んだピエタがありました。
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こちらもぽつんと置かれていた茨の冠をつけたキリスト像です。
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後陣に隣接して、11世紀の八角形をした洗礼室がありました。ここは洗礼者聖ヨハネに捧げられています。洗礼室には2つの階があって、様相が全く異なりました。
洗礼室の2階部分は、17世紀に改修され、バロック様式の美しい天井がついています。こちらの天井画は新しいもののようです。下の階と全く様子が異なるので、とても印象的で、思わず、天井を見つめながら何枚も写真を撮ってしまいました。 -
こちらの壁には、半円筒形のニッチが作られていました。正面が祭壇になっています。
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天井のアップです。沢山の天使?達に見つめられているような気がします。こんな古い教会の中に別の世界があるみたいで不思議です。
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よほど気に入ったのか、8枚の天井画を2枚ずつアップで写しているので、ご覧ください。二人の画家が1枚おきに描いたもののようです。画家の署名もみえますが、1921年と書いてあるようです。
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同じく天井の一部です。教会内部の説明はイタリア語のみでした。
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同じく天井の一部です。
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こちらで最後です。
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低い階には石造りの壁に全部で8つのニッチがあり、そのうち4つが半円形、後の4つが長方形をしていました。
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ここに展示されているのは、昔の異教の寺院跡から発掘されたものだと思います。間違っていたらごめんなさい。
教会が建つ前の古い寺院は、ローマ神話に登場するユノーJunoに捧げられた寺院だったようです。ユノーは女性の結婚生活を守護する女神で、主神ユーピテルの妻であり、最高位の女神なのだそうです。
スペイン人が、アステカやインカの寺院を破壊し、その跡地に、破壊した石を再利用してキリスト教会を建てたケースや、イスタンブールのアヤソフィアのように、キリスト教会をイスラム教寺院にしたケースなど、「聖域」の再利用はあちこちで見られますね。なかなか興味深いです。 -
中央に置かれた八角形の洗礼盤です。洗礼室や洗礼盤は八角形であることが多いけれど、これはどんな意味があるのだろうと調べてみました。
8という数字は、キリスト教では死者の蘇生=復活を表すシンボルなのだそうです。
ところで、この洗礼盤は、とても大きなものですが、これも初期のキリスト教では全身を水に浸す儀式として使われていたため、浴槽のような大きいものが必要だったことがわかりました。中世になると、幼少の頃に洗礼式を行うことが多くなり、少量の水をふりかける形式が普及していきました。それとともに、洗礼盤は小さくなり、聖堂と独立した洗礼堂ではなく、聖堂そのものの内部におかれるようになったそうです。 -
壁の一部にフレスコ画が残っていました。1606という数字も見えます。
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はっきりしませんが、受胎告知の一部だと思われます。
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タイトルは12世紀の馬とうずくまったうさぎとあります・・・えっウサギはどこ?
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こちらは8世紀後半の石板です。こういう渦巻き模様の石板は、方々で見た記憶があります。マルタ島でも見かけましたが、もっと古い時代のものだったかもしれません。渦巻き模様というのも、永遠、8という数字を横にした無限大に繋がっているような気がしますね。
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最後に下りてきたのは、プレロマネスク様式のクリプト。地下礼拝堂と訳されますが、お墓であることが多いようです。半円形をしていて、ここにも沢山の石板が展示されていました。
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バラの花が捧げられた祭壇。
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ここには、古い建物の一部がはっきり残っています。重要な部分だったのかな?解説がイタリア語だけだったので、きちんと理解できなかったのがとても残念です。
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床には、くっきりと柱の跡が4つ残っていました。ヴェンテミッリィアの大聖堂なかなか奥が深いです。
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中央祭壇まで戻ってきました。ここが一番落ち着きます。この石板がもたらす効果なのでしょうか?
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最後に、聖堂内部の絵を2枚紹介します。
こちらは、昇天の聖母聖堂にふさわしい聖母被昇天です。 -
画質が大変悪いのですが、ご容赦を。この町の守護聖人であり、サンレモ教区の聖人でもある聖セコンドの絵(左の兵士)です。この絵には、英語のタイトルが添えられていました。「聖家族をヴィンテミッリァの町に保護する聖セコンド」作者は17世紀のカヴァロッツィ派とのみあります。
聖セコンドは3世紀のローマ軍の兵士で、やはり殉教者です。彼のことを調べてみると、彼の遺体は「10世紀の頭の部分」がヴェンティミッリィアに、残りの部分はトリノに保存されていると書かれていたのでびっくりしました。
「10世紀の頭の部分」って一体なんでしょう??
そもそもがわからないと苦労しますね・・・
長くなりましたので、この続きはイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その36 ヴェンティミッリィア(2)で。
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