2014/04/21 - 2014/04/21
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SUR SHANGHAIさん
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前日サンチャゴから到着したイースター島。
宿にチェックインしたあとはすぐにバイクを借りに行き、島の道の様子も確かめつつ小手調べにラノ・カウ火口湖まで走って見に行ったのよね。
2日目は、イースター島の観光の目玉になっているラノ・ララク(モアイの製造場所だった岩山)や、15体のモアイが海岸に沿って横一列に並んでいるアフ・トンガリキは是非見に行きたい。
計画は立てても、お天気の運ばかりは文字通り天任せ。
晴れてくれますように…。(-人-) 南無南無・・
一夜明けると、朝から気持ちよく晴れ渡ってバイク日和。
よ〜し、今日はハンガ・ロア村を出たあとは、まず南海岸沿いの遺跡を一つずつ見て行こう!
海岸沿いの景色も楽しめそうだしね。
そうなると、ラノ・ララクやアフ・トンガリキはお昼過ぎの見学になるかな。
そんなことを言いあいながらおでかけします。
表紙の画像は、アフ・ハンガ・テエの遺跡そばの海岸。
太平洋の荒波が直に打ち寄せる荒々しい眺めが続きます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日のイースター島は朝から晴れ。
バイクで島を巡るのも、モアイたちを見学するのも楽しめそう!(^◇^)
…と、宿になったハンガ・ロア村のマラエ・カバーニャス・プレミアムを出発。
これは、マタベリ空港の東の端っこに出ていた観光推奨ルート標識。
ラノ・ララク(モアイの製造場所だった岩山)をはじめとする見所の名前がいくつか出ています。
ルート図の下方にある◎は、基点となるハンガ・ロア村。
この画像はクリックすると大きく表示されるので、必要な方はご覧ください。
標識の左側に出ている三角形は、イースター島の輪郭です。
この標識に出ている見所への道は、簡単な舗装がされているか、未舗装でも平らに均してあって走りやすくなっていました。
実際には、これ以外にもマイナーな遺跡は全島に散らばっていて、名前や説明付きで道のすぐ脇にもあったりするんですよ。
あれこれ見つけてみましょう。 -
さて、この日SUR SHANGHAIたちが最初に目指すのは、上掲の画像の標識には名前が出ていないアフ・ビナプ(AHU VINAPU)と言う遺跡。
上掲の画像だと、ハンガ・ロア村と、アフ・ハンガ・テエ(AHU HANGA TE'E)の遺跡との中間にあります。
そこへ行く道は未舗装で曲がりくねっていましたが、それでも平らに均されていて走行には問題なし。 -
アフ・ビナプの遺跡へ向かう途中にあったのは、石油の備蓄基地?
-
アフ・ビナプの遺跡到着。
この旅行記の始めに出した、マタベリ空港の推奨ルート標識からだと10分足らず。
到着と言っても、遺跡のすぐそばまでバイクや車で行けるわけではなく、ちょっとだけ離れた所にこんな駐車場がありました。
イースター島の見所ではどこでもこんな感じで、標識(時には遺跡説明も)付きの駐車場がありました。
昨日イースター島入りした時に、空港でラパ・ヌイ国立公園のチケットを買っておいたので今日はずっと携帯していましたが、このアフ・ビナプではチェック無し。
SUR SHANGHAIたちが行ってみた限りの遺跡でチケットの提示を求められたのは、この日の後半のラノ・ララク(モアイの製造場所だった岩山)と、翌日行ってみたオロンゴ儀式村だけでした。 -
アフ・ビナプの遺跡(一部分)遠景。
牧草地のような斜面が太平洋に落ち込む手前に残る遺跡で、右手に見える柱や岩塊のように見えるのはモアイのパーツ(胴体や頭に乗せていた髷部分のプカオ)なんだそう。
他の部分はすっかり崩れ去って、ただの土の盛り上がりのようにも見えます。 -
これもアフ・ビナプの遺跡の一部。
こちらはもう少し遺跡らしい形を残していて、近づいて行くと…、 -
…明らかに人為的に積み重ねられた祭壇らしき石組や、かつては立っていたに違いないモアイの胴体らしき部分も。
倒れたモアイについてはこの旅行記で後述します。
崩れ去った遺跡でも、周りにはロープが張ってあったり、立ち入り禁止の札も出ています。
地元の人たちが信仰し守って来たものには敬意を表しましょう。
イースター島では、遺跡への落書きや破壊行動は、禁固刑・罰金刑の対象にもなっているそうです。 -
アフ・ビナプの遺跡には、ミステリーとされている部分があるんですよ。
別に何の変哲も無いようですが、ここから左手に回り込んで行った所には…、 -
イチオシ
…こんな石組みの低い壁があって、ペルーのインカ文明の遺跡との類似性が指摘されているんだそう。
下段の画像では、大小の岩が信じられないほどきっちりと組まれているのがよく分かると思います。
イースター島でこんな精巧な石組みが残されているのは、SUR SHANGHAIたちが回った限りではここでしか見られなかったと言うのも不思議。 -
そして、その壁の前にあったモアイの頭部分。
風化作用で、細部の造作は失われています。
これは元々こういう風に置かれていたのではなく、壁の上にしつらえられていた祭壇から転げ落ちたんでしょうね。
このモアイの頭は、イースター島を紹介する画像でよく見る尖った鼻を持つ細面のモアイとは雰囲気がずいぶん違って見えます。
あとで分かったことなんですが、モアイが造られ始めた初期の造形は人間的要素が濃く、時代が下るに従って抽象化された形に変遷して行ったのだそう。
じゃ、これは比較的古い時代に造られたもの? -
アフ・ビナブの遺跡敷地内。
この赤い分銅のような形の岩は、元々はモアイの頭に乗せられていたもの。
かと言って帽子を表わしていたのではなく、昔のイースター島民が結っていた髷だという説が有力なんだそう。
プカオと呼ばれるこの部分の岩は、モアイ本体の凝灰岩とは違う赤色凝灰岩製。
切り出す山もそれぞれ異なっていたそうで、今日の後半ではモアイ本体を切り出していたラノ・ララク、明日はプカオ部分を切り出していたプナ・パウという場所にも行ってみようと思います。 -
アフ・ビナプの遺跡敷地内。
このドーナツ型の岩も上述のプカオのパーツ?
これをモアイの頭にはめてから、上掲の画像の分銅型のパーツを置いたんだろうか?
あれこれ独り言を言ってますが、間違いでしたらお許しを。 -
アフ・ビナプの遺跡敷地内。
太平洋に落ち込む斜面には、まだまだ遺跡の一部らしい人工物が多数。
説明が出ていないのが残念。
左手の画像のストーン・サークル風に並べられた石は、今にも草に覆い尽くされてしまいそう。
右側は、かつては石畳だったような趣き。 -
アフ・ビナプの遺跡敷地から見たイースター島の南岸。
打ち寄せる太平洋の波が霧になって、景色の一部がもやっと霞んでいるのがよく見える。
そういえば、はじめにこのイースター島に住み始めた人々はどこからやって来たんだろう。
それがそもそもこの島のミステリーよね。
ポリネシアの人々は南米から渡って来たと言う仮説を立てたノルウェーの探検家・考古学者のヘイエルダールが、それを実証しようと筏を造り、1947年にペルーからタヒチに漂着するという冒険を成し遂げた事を『コンチキ号漂流記』で知っている人は多いのでは?
ただし、学会では、ポリネシアの人々はアジアから渡って来たと言う説の方が有力なんだとか。
そのコンチキ号の博物館がノルウェーのオスロにあって、SUR SHANGHAIも数年前に見学に行きましたが、その旅行記はアップしていないのでお許しを。 -
また、観光推奨ルートに戻って来た。
イースター島には地図に出ていない脇道もたくさんありますが、主要な道筋にはこんな標識があって親切。
島の周囲は58kmだけど、見所までのキロ数も書いてくれたら、さらにありがたいかな。 -
イースター島南岸沿いの遺跡の一つアフ・ハンガ・テエ(AHU HANGA TE'E)へと向かう道。
すると、前方に狼煙のような黒い煙がモクモク。
え!??(゚ω゚ノ)ノ まさか、火事? -
煙が立っている場所を発見。
これって、普通の野火じゃ無さそう。
刈った草を焼いているにしては煙が濃すぎるし、まさかこんな場所で古タイヤでも燃やしているの?
風向きのお陰で臭いはしなかったけど。(;^ω^)
消防車が来てもおかしくない煙なのに、見張りの人も騒ぐ人もいないのが不思議な光景だった。 -
アフ・ビナプの遺跡からアフ・ハンガ・テエの遺跡方向へバイクで15分ほど。
野の中にポツリと立つモアイ像があった。
説明は出ていなかったので詳細は不明。
南海岸沿いには、あまり紹介されていないマイナーな遺跡も多いから、このモアイもその一部だったのかも。
顔を挙げ、虚空を見つめるモアイ像。
もうどの位、ここに立ち続けているんだろう。
あれ? これって祭壇が無いモアイ?
これまたミステリー。 -
上掲の画像のモアイ像からバイクで2分ほど。
ここがアフ・ハンガ・テエの遺跡への入口。
ここは画像奥の海岸そばの祭壇に、倒されたモアイ像が並んでいる場所。
見学し終わって、こちらに歩いて来る二人連れも見えています。 -
アフ・ハンガ・テエの遺跡。
ここはさっき見てきたアフ・ビナプの遺跡とは違って、平らな草地がそのまま太平洋の海岸に接している場所。
そこには8体のモアイ像が立てられていたようですが、今ではこのように倒れているため、離れた所から知らずに見るとただの岩場のよう。
更に近づいて見てみると…、 -
イチオシ
…ただの岩だと思っていた物が、実は倒れたモアイ像だと分かるようになります。
これは自然にこうなったのではなく、1700年頃に始まった部族間抗争で引き倒された結果なのだそう。
1722年のイースターの日にオランダの探検家ヤコブ・ロッヘフェーンが島を発見した時には、既に多くのモアイが倒されている状態だったそうです。
このアフ・ハンガ・テエの遺跡以外にも、倒されたモアイ像が見られる場所がありますよ。
どれも顔を地面に打ち付ける形に倒されて基部が上向き。
モアイの目には不思議な霊力が宿っていると信じられていたため、その目を見ずにすむこの形で倒したのだとか。 -
モアイは凝灰岩から造られた像。
火山灰が堆積してできた凝灰岩は、石材としては柔らかく風化されやすいという特徴があるため、アフ・ハンガ・テエの遺跡では、うつ伏せに倒れた形のまま土に帰ろうとしているモアイも。 -
アフ・ハンガ・テエの遺跡。
かつてはモアイ像が立っていた場所の前は、石で丸く囲んであった。
これはパイーナと呼ばれる祭儀場の跡。
地面に転がっている赤い岩は、モアイの頭に置かれていたプカオ。
モアイ像が引き倒された時に、一緒に転げ落ちたに違いない。 -
アフ・ハンガ・テエの遺跡は、太平洋の海岸そば。
部族間抗争でモアイ像が引き倒された時に転げ落ちたものなのか、波打ち際で終わりを迎えようとしているプカオもあった。
プカオは、上の方でも言ったように、モアイの頭を飾っていたパーツで、髷を表わしていると言う説が有力。
モアイ本体が切り出されていたラノ・ララクとは別の、プナ・パウという赤色凝灰岩の石切り場があったというので、そこへは翌日行ってみます。 -
アフ・ハンガ・テエの遺跡そばの海岸には、ケルンのような無数の石積みが。
これも、モアイと同時期に作られた、
…というのは ウソ です。( ̄m ̄*)
ここまでやって来た観光客が、太平洋の荒波を眺めつつ、記念に残して行った物でしょうね。 -
イチオシ
アフ・ハンガ・テエの遺跡そばの海岸。
太平洋の荒波が直に押し寄せて来る様子が怖くも美しい。
しばらくその様子を眺めていると…、 -
…波が打ち寄せるのにもリズムがあって、だんだんと「次は大きな波が来るぞ〜。」と分かるようになりますよ。
太平洋の水平線がくっきり見えたこの日。
日本は、あのはるか西にある。 -
寄せては砕ける大海原の波。
イースター島でモアイが盛んに造られていた頃の島民たちも、その手を休めてこんな風景を眺める時間があったかな。 -
アフ・ハンガ・テエの遺跡を去る。
草原と空の狭間に、倒されたモアイの姿が遠ざかる。
あのモアイたちは、自分たちが立てられて敬われていた日々を思い出しているのかも。 -
アフ・ハンガ・テエからお次のアフ・アカハンガ(AHU AKAHANGA)まではバイクで数分。
名前を書いたこんな立て札と駐車場があってすぐに分かります。
お客さんが多い時期には露店も出るようで、テーブルが出ていたんですが、今日は空っぽ。
ハンガ・ロア村を出て来る時に、飲み物やスナックを持って来てよかったね。
イースター島の南海岸の見所で常設の売店・カフェ・お土産屋さんがあるのは、この日の後半に行ったラノ・ララク(モアイの製造場所だった岩山)の入口だけでした。
個人で回る方は、飲み物くらいは準備をお忘れなく。
トイレも、気付いた限りではラノ・ララクでしか見かけませんでしたよ。 -
アフ・アカハンガの遺跡は、アフ・ハンガ・テエの遺跡と雰囲気が似ている。
海岸線のすぐそばにあって、やはりかつての部族抗争の際に標的にされたモアイたちが引き倒されたまま。
ここまで三つの遺跡を見て来て、共通しているのは、名前がどれもアフで始まっていること。
このアフというのは祭壇の意味で、モアイが立てられている基部の石積み部分がそう。
神聖な場所になるので、今でもアフ部分には足を踏み入れてはいけない事になっています。要注意。 -
アフ・アカハンガの遺跡。
祭壇の上のモアイたちは、やはり顔面を地面に打ち付けた形で倒れているのが痛々しい。
中には、倒れた時の衝撃のせいか首が折れているものも。
横から見ると、顔の造作が分かるモアイもありました。 -
アフ・アカハンガの遺跡。
このモアイは、引き倒された際に首が折れて転がったのか、天を仰いでいた。
その空ろに窪んだ目が、無限の悲しみと押し殺された恨みを秘めているように見えてブルブル ((;゚ェ゚;)) ブルブル
モアイの目には不思議な霊力があると言う言い伝えが本当に思えてくる。 -
アフ・アカハンガの遺跡。
丸いテーブル状に積まれた石があるかと思えば、ドーナツ状の囲いのような石積みも。
これはどの遺跡にも共通して見られた物なのに、説明がついていない。
いまも解明されていないんだろうか。 -
イチオシ
アフ・アカハンガの遺跡。
これは、海に続く石畳の道のように見える。
海から上がってくる何者かを出迎えていた場所だったのかも。
ちょっと怖いね。 -
さ、お次はいよいよ、イースター島観光のハイライト、ラノ・ララク(モアイを製造していた岩山)や、アフ・トンガリキ(15体のモアイが並ぶ場所)へ行ってみよう!
やっぱりここを見ない事には、イースター島に行って来たとは言えない場所だし。
まずは、近い方のラノ・ララクからだね。(^◇^)
じゃ、ここで左折して、続きは次編で!
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