2014/10/04 - 2014/10/04
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bakanekoさん
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本日、嫁のバイトの付き合いで運転手として京都 中書島に行く。地図を見ると寺田屋がある。これは行かねばと、嫁が仕事をしている間に寺田屋に行く。この時は本物の寺田屋(幕末からある旅籠)だと思っていた。おお、寺田屋の前に行くと、多くの観光客が写真を撮っている。まさに幕末であると思った。
。
さて幕末に戻ったと思いない(タイムワープ)。bakanekoは新撰組のダンダラ模様の羽織で、やっとうを握り寺田屋の前に立つ。
その横には鬼の副長土方歳三。当然配役は、栗塚旭。ニヒルな顔で立っている。
bakaneko「副長。ここに土佐の坂本がいます。ばっさりいきましょう。」
土方歳三じろりとにらみ「確かか。」
bakaneko「はい。10年以上前ですが、京都の旅行キャンペーンでもこの寺田屋。土佐の坂本の泊まったところ、嫁のお竜の風呂の入ったところと紹介されてました。確かです。」
土方歳三「よし。切り込むぞ」
bakaneko戸を開け「新撰組、御用改めである」といい中に入る。
入場料400円、履物は、ビニールの袋に入れてといわれ入る。
「写真は自由です。」といわれ小躍りして踏み込む。
「ここが薩摩藩急進派有馬新七(1825〜62)以下35名が関白九条尚忠(1798〜1871)と京都所司代の殺害を計画して集結した。薩摩藩は藩士を鎮圧に向かわせたが両者乱闘となり、有馬以下9名が死亡した(寺田屋騒動)部屋です。」
bakaneko「おおっそうか」ばちばちと写真を撮る。
土方歳三「坂本は」
bakaneko「上です」
寺田屋は旅籠でしたから、2階に小さな部屋がいくつもあります。龍馬がよく利用していた「梅の間」は、 右の写真の部屋です。現在、この部屋には、龍馬の掛け軸や、愛用した刀や短銃の模型などが展示されています。
bakaneko「いない。下か」
慶応2年(1866)1月23日、伏見の旅館寺田屋に宿泊していた坂本龍馬を、 伏見奉行配下の捕り方が急襲した騒動です。 このとき、入浴中だった婚約者のお龍は、裸のまま風呂から飛び出し、龍馬に知らせたといわれています。 お龍の機転により、龍馬は辛くも屋根伝いに逃げ延びたわけです。
なお、寺田屋には、いまもその風呂桶や、柱に争ったときの刀傷が残っています。
bakaneko「くそっ。風呂場にもいない」
土方歳三「bakaneko君どういうことだ」和泉守兼定がぶるぶる震えている。
山崎 烝(文久3年(1863年)末頃に新選組に入隊、元治元年(1864年)頃から隊士の動向調査や情報探索の任についている。)
「ここは本物の寺田屋ではございません。現在寺田屋を称する建物(同一敷地内)には、事件当時の「弾痕」「刀傷」と称するものや「お龍が入っていた風呂」なるものがあり、当時そのままの建物であるかのような説明がされています。しかしながら、現在の寺田屋の建物は明治38年(1905年)に登記されており、特に湯殿がある部分は明治41年(1908年。お龍はその2年前に病没)に増築登記がなされているなどの点から、専門家の間では以前から再建説が強かった。平成20年(2008年)になって複数のメディアでこの点が取り上げられ、京都市は当時の記録等を調査し、同年9月24日に幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると公式に結論されました。」
土方歳三(栗塚旭)ニヒルな薄笑いで「bakaneko君。局中法度は守ってもらう。」
bakaneko「不覚。御免」とその場で腹を切ったのである。
いやいや家に帰って、ネットで寺田屋を検索するまで本物だと思っていました。
大正年間に現在の寺田屋の土地・建物は幕末当時の主人である寺田家の所有ではなくなっており、のちに経営そのものも跡継ぎのなくなった寺田家から離れている。この「寺田屋」は昭和30年代に「第14代寺田屋伊助」を自称する人物が営業を始めたものであり、「第14代寺田屋伊助」自身、寺田家とは全く関係はない。
- 旅行の満足度
- 1.0
- 交通手段
- 自家用車
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この時は、本当に感動した。
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この方と寺田屋に乗り込んだわけですよ
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ちょっと建物になんとなく大正時代の匂いがしたが、まだ気づかない
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写真を撮るとき歴史を感じていた。
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坂本竜馬もこの風景を見ていたと思い、真剣に写している。写している場所は、有馬新七が殺された部屋だと説明があり、ますます必死に写真を撮る。
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お竜が入った風呂とみんな思っていた。
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この屋根をつたい竜馬が逃げたと思った。
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bakaneko君。局中法度には従ってもらわねばならぬ。
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近所のおかきやの庭が血で染まった。いやお茶を飲んだだけです。
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近所の風景。こんな風景にだまされていた。
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ちょっと宇治まで行き、外から平等院を見た。
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寺田屋は、夜、見なあかんやろうということで明かりが入ったところを撮る。
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こんな光景のコマーシャルをガキの頃見た。この時から寺田屋は幕末からあると思っていた。
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このため息が出る、光景にだまされていた。家に帰って気づくまで感動していた。やはり切腹ものである。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 墨水さん 2014/10/06 00:12:30
- テーマパーク。
- bakanekoさん、今晩は。
なるほどね〜〜っ、明治時代のテーマパークですか。
ほんで、昭和30年代に拡充したと、言う事でしょうか。
第14代寺田屋伊助さん、なかなかやりまんな〜〜っ。(笑)
切腹は、まだまだ速いぜよ。(土佐弁風)
明治時代には、土方歳三は居無かったし、当の土方歳三が見た寺田屋は別棟だったし、土方が「建物が違う。」と言ってくれれば済んだ話。(笑)
土方は、本物見てるんだからさ、偽ちゃだめじゃない?。
良く有るよね〜〜っ、誠しやかに本物を装て居るの。
墨水。
- bakanekoさん からの返信 2014/10/06 19:30:01
- RE: テーマパーク。
- 墨水さん。いつも励ましのお言葉ありがとうございます。いつも不調法で申し訳ありません。
いやはや今回は、結構真剣に見てしまったので、後で後世の縁もゆかりもないものと知り腰を抜かすほどの思いでした。
また昔2−30年前に何かのCMで出たとき、日本はすごいなあと思った記憶が合ったのです。
やられました。やはり京都人は恐るべしと思いました。ご投稿ありがとうございました。
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