2014/05/15 - 2014/05/15
378位(同エリア1445件中)
サンルカさん
南イタリアを代表する街といったら、何はなくともやっぱりナポリ。
というわけでやってきましたナポリです。
次のポイントへの通り道だっただけにスルーしてしまうのも勿体ないかなってことで、
たった半日ほどの短い時間ですがさらっと見て歩くことにしました。
なのであれもこれもとはいかないので、やりたい見たいポイントを絞ってみたところ、
まずは兎にも角にもナポリといったらピッツァかな?
あとは大好きな映画のロケ地巡りをやっておくことになりました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
カセルタから高速を使って30分ほどでナポリに到着。
高速の終点出口を下りるとダイレクトで海岸沿いの大通りに出るので、
そのまま真っすぐ進んで旧市街方面を目指します。
もちろん、他の都市と同様にZTL(通行規制区域)の規制が厳しく、
むやみやたらに街の中心に向かって突入していく訳にはいきません。 -
進行方向左手が海となってます。
フェンスの隙間から大きな船やコンテナが見えますので、
このあたりは貨物港となっているようです。
それにしても石畳を敷き詰めた道路のデコボコが酷すぎます。
直す気がないのか、スピード抑制のためにあえてそのままなのか?
この道、交通量のある主要道路にも関わらず制限速度が30km/hなのです。
みんなそれをしかっり守って道路の大きさに見合わぬ超スローペース。
ナポリでは誰も彼も運転が荒くて無茶苦茶って、デタラメ情報!?
まったくのウソだったんですね。 -
正面に見えてきたのはヌォーヴォ城ですね。
左手海側からお城を回り込んでさらに真っすぐ進みます。
どうもこの先付近からZTLゾーンでカメラが設置されているようですが、
今は周辺の工事の影響か、しばらく規制が解除されているみたいです。
それはラッキーなので、もっと先まで入って行きましょう。 -
サンタルチア地区を過ぎた辺りで、“P”の案内を見つけて入場。
そこは大きな建物の地下にある公営(かな?)の駐車場のようで、
クルマ一台がやっとの細い誘導路をグルグルと地下深く潜っていきます。
クルマを停めたら、これまた地上に出るまで細い通路を行ったり来たり。
通路の壁は、所々が掘削したまま岩盤剥き出しとなっています。 -
今から60年も昔に作られた古?いベスパが無造作に展示? されてます。
こんな場所に置いておいて、イタズラなんかの心配はないのでしょうか?
ナポリが犯罪の巣窟だったのは、もはやおとぎ話みたいな昔のことなの? -
こんなソファーがあったりと、公共の駐車場なのにやたらとオシャレ。
クルマを停めたところから地上までの道のりは遠いかもしれませんが、
こうしたユニークな展示物のおかげで苦労はずいぶんと和らげます。 -
とつぜんだだっ広い地下空間に出てきました。
小さなステージがあったりイスやテーブルが並んでいますが、
ここでなにかのイベント等が行われるのでしょう。 -
単なる駐車場の通路とは思えない高い天井。
どうもここは何百年も昔に掘られた遺跡のような気がします。 -
こちらは地上への出口とは逆の方向ではありますが、
ずっと奥までトンネルが続いているように見えます。 -
この先はギャラリーになっているみたい。
ギャラリーといっても写真展とかの美術画廊の意味だけではなく、
地下通路や坑道みたいな意味としても使われるらしい。
ここでは、ナポリの地面の下に掘られた地下空間が見学できるようです。
面白そうなので入ってみることにしましょう。 -
入場料が必要ですが、ガイドさんによる見学ツアーとなっています。
ということで、ナポリ地下探検に出発!!
ちょうど他のお客さんがいないタイミングだったからか、
我々二人に専属の元気なお姉さんガイドが付いてくれました。
でも、言葉はイタリア語か英語なので細かな解説までは分かりませんが。 -
通路の端にはあちらこちらに謎の物体が置かれています。
これは彫刻の足部分? -
どうやらこの地下空間は、17世紀頃に市民の水瓶として掘られたそうで、
かつては山から引いてきた水がこの巨大空間に貯まっていたとのこと。
天井から地面まで3~40メートルはありますよ。
よくこれだけ深く掘ったもんですね。
ここで掘り出した石材を使ってナポリの建物が作られていたそうです。 -
正面の細い隙間を伝ってメンテナンスの人が下りてきていたそうです。
人形がそんな当時の風景を再現していますが、
こうして左右の壁に両手両足を突っ張って昇り降りしていたようです。
このメンテナンス用の穴からゴミを捨てる不届き者も多かったらしく、
水瓶の底には何百年もの積もりに積もったゴミで溢れていました。 -
それから幾年もの時が経った19世紀半ばのブルボン家統制時代のこと。
絶対権力者として悪名の高かった3代目当主フェルナンド2世によって、
王宮からの脱出口としての秘密の通路が作られることになりました。
その秘密通路とは別に王宮と港を結ぶ兵隊移動のための道路が作られ、
この付近一帯は立体的に複数の地下通路が入り組んでいるとのことです。
そして第2次世界大戦中には防空壕としても使われていたそうです。
住民たちは大切な財産もこの地下空間に避難させたのですが、
そのときに持ち込まれたベスパがここから大量に発掘されたのです。 -
大戦中には市民たちの防空壕としてだけではなく、
軍隊の基地としてもその機能を果たしていたそうです。
病院の施設が整えられただけでなく、
長期間の生活には欠かせないトイレも完備されていました。
なお、基本的にトンネル内では撮影禁止で、
ここだったら撮って良いよっていう場所のみ撮影をさせてもらいました。
我々に付いてくれたガイドさんが気を利かせて、
こっそりと「ここなら良いよっ」て言ってくれただけで、
基本的には撮っちゃダメみたい!? -
OKが出たのは周囲に他のガイドさんやお客さんがいないときだけ。
-
当時としてはとっても貴重なクルマも何台もありましたが、
終戦になってもここから地上に引き上げることができなかったのでは?
上から降ろすときに誤って落下させてしまったのか、
グシャリと潰れたクルマもあります。 -
ファシズム時代にあちこちの広場に建てられた巨大な石像は、
こうして切り刻んでから手っ取り早く地下に捨てられたとのことです。
そういう過去の遺産みたいなものですね。 -
地下探検もこれにて終了。
ガイドさんとお別れして、さあ地上に上がりましょう。
まだナポリの地は自分の足では踏んでいませんしね。 -
なんやかんやで時刻はまもなく11時30分。
ということで、まずは観光の前にお昼ご飯にしておきましょう。
ナポリにきたからには、ベタ過ぎですけどピッツァですよね。 -
こんな風景がイメージしていたナポリといったところでしょうか。
大きな都市だけどミラノのように洗練されておらず、なんだか良い感じ。 -
ここもなんとなくナポリらしいイメージ!?
-
はい、これが王宮です。
さっきの地下トンネルのフェルナンド2世の指示による掘削部は、
この建物のどこかにある、秘密の抜け穴から始まっているのです。
ナポリ市民を敵にまわしてしまったフェルナンド2世は、
いつも襲撃されることに怯えていたようです。 -
王宮の向かい側。
大きな広場を挟んで建つサン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂。
必要以上に歩きたくないから、ここから眺めるだけで充分。
これ以上あっちへは近づきません。 -
旧市街のナポリヴェッキアへやってきました。
-
どれだけ問題を起こしてもマラドーナはいつだって大人気。
メインの政治家さん本人の目線が外れているというのに、
そんな写真でもポスターにしてしまうなんて……。 -
イタリアでは学生たちによる共産思想の活動が盛んです。
でも、ここまでいったらもはやフッションかアートですけどね。 -
長年街角の建物を彩ってきたグラフィティですが、
最近では罪悪感が芽生えたのか紙に書いてから貼っていくのが主流? -
ナポリを作った人の像。
だったような気がします。 -
そんな感じでここまでダラダラ歩いてきて、
12時ちょっと過ぎに目指していたピッツェリアに到着です。
この写真は帰るときに撮ったのですが、
到着時は店前も店内もまだガラガラだったのに……。
言われているほど混んでいる訳ではないんだと思っていたら、
あれよという間に通りは空席待ちの人で溢れかえることに。 -
ナポリでのピッツァなら丘の上のラ・ノティツィアだったのですが、
調べたらそこは残念ながら夜しかやっていません。
ということで、第2候補だったこのお店にやってきた訳なのです。
そういえば、その昔はピッツァというのは夜に食べるもので、
(観光地を除いて)昼間にはやっていなかった覚えがありますが、
いつの頃からか、みなさん昼にもピッツァを食べるようになりましたね。 -
マルゲリータ!!
イタリアで切り売りじゃないピッツァを食べたのって、これで何回目?
たぶん5~6回だと思うけど、大半は誰かに誘われて付いていっただけ。
美味しかったからもちろん完食はしましたが、
根本的にピッツァってそれほど好きでなかったことを再確認できました。
まあこれは、初ナポリの記念ということで……。 -
写真で見てるとまた食べたくなるんだけど……。
でもマルゲリータ一皿が3,30ユーロって安いですよね。
もう一皿のちょい豪華ピッツァが5,30ユーロで、ビール1本に水も1本、
そこに10%のサービス代が入ってお支払いは14,19ユーロでした。 -
これってどれだけ待ってたら席に着けるの?
ここに写っていない画面の外にもまだまだ大勢の人々が溢れてます。
繁華街周辺の徒歩圏内にある真っ当なピッツェリアは案外少ないので、
やっぱり昼時ともなればこんなになってしまうのも仕方がないのかも?
ガンベロロッソ誌などによれば、ナポリの無数のピッツェリアの中では、
第一候補だったラ・ノティツィアとココがベストだと紹介されています。
日本のガイドブック等で紹介されてきた人気ピッツェリアなどは、
その手の現地の食情報ではかなり評価が低いのですが……。
まぁ、観光客ずれしていないから「チップを出せ」とかもありません。 -
田舎が好きで大都市はあまり好みではないのに何故ナポリに?
それは、その昔に見た映画が脳裏に焼き付いて忘れられないからです。
ジャック・レモンとマルチェロ・マストロヤンニが演じる、
1985年公開のナポリを舞台とした“マカロニ”という映画で、
40年もの時を経た二人の再開で、人の温かさを思い出す人情劇。
でここは、アントニオの息子でミュージシャンを目指すジュリオが、
裏社会の金に絡んで窮地に追いやられるシーンで映し出されたドクロ。 -
映画の中での最初の感動シーンの舞台となった、
アントニオが働いているナポリ銀行の公文書保管室。
実在する本物の建物がそのまま使われているのも、これまた感動。 -
この看板も映画のワンカットで登場します。
-
門を潜って建物の奥へ入るとこんな感じになってました。
さすがに公文書庫へは入っていけません。 -
リムジンの運転手に「近くに教会が2つある広場はあるか?」と聞き、
教えてもらっていたのがこのジャズ広場。
ロベルトの目の中にこの風景が飛び込んできた瞬間、
兵隊としてナポリに赴任していた40年前のことが蘇ってきたのです。 -
40年の時を経てダグラス社の副社長にまで登り詰めた、
ジャック・レモン演ずるロベルト・トラベンの回想するシーンは、
ここジェズ・ヌォーヴォ教会の前から始まります。 -
そして、こちらがサンタキアラ教会。
ロベルトはこのトビラから中に入って修道院の回廊へと出て行きますが、
実際にはここからは回廊へは行けないみたいですね。
それとも、映画が撮影されていた当時はここから行けたのかな? -
有名なマヨルカ焼きの陶板タイルで飾られた回廊の中庭。
入るのにひとり6ユーロも掛かるが、ここだけは致し方ない。 -
劇中で映し出される景色では柱の上にブドウ棚が組まれていて、
通路全体が心地よい木陰となっていますが、
今ではそれもすっかり取り払われて日が射し放題。 -
ここです、ここ!!
回想シーンのクライマックス。
ロベルトが恋をしていたアントニオの妹マリアとデートをした場所です。
当時を懐かしむロベルトが寄りかかっていたのがこの柱。
その視線の先には記憶の奥から蘇ってきたマリアが腰をかけています。 -
もう思い残すことはないけれど、もうちょっとだけ散歩を続けましょう。
-
ここはブックショップになっていたところ?
この奥に博物館があったと思いますが入ってないので分かりません。 -
ではそろそろ、クルマへ戻ることにしますか。
-
トレド通りを戻ってきたら、広場の手前にガッレリアがあります。
ここもマカロニでの印象的なシーンの舞台となってますね。 -
ここがガッレリアの正面入り口。
-
ガッレリアの中にあるバールで民衆芝居の台本を書いているアントニオ。
ロベルトはアリタリアとの重要な仕事に行かずアントニオに会いにいく。 -
生クリームがたっぷり乗ったババを買い食いするふたり。
トッピングのサクランボは舌で隅に移動させておいて、
最後まで残しておくのがツウの食べ方らしい。 -
そんな感じでナポリ半日観光も終了となり、卵城は帰り道の車窓から。
さあ、今夜の宿はここナポリからずっと南下した場所にあります。
予定時間より遅くなっているので急いでナポリを脱出したいのですが、
みなさん真面目に30km/hで走るものだから……。
クルマ一台通れるだけの隙間さえ開いていれば、
スクータや地元民のクルマに負けじとガンガン行きますよ。
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