2014/08/24 - 2014/08/30
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nanaoさん
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今日は1日、ペトラ遺跡を歩きます。
暑くて暑くて。
ふらふらしながらも歩きます!
お昼も食べたし、色々と見て回ります。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~
今年の夏休みはどうしようか。
知り合いから「マチュピチュもいいけどペトラ遺跡もいいわよ。大変だけど」と言われ。
確かにパンフレットなどで見るペトラ遺跡は興味がある。
縮小している死海で浮いてみたいし。
中東情勢はちょっと不安だけど、思い切って行ってみよう!
そして不安的中。
当初はヨルダンとイスラエルのエルサレムに行くツアーでしたが、イスラエルの情勢不安によりヨルダンだけとなりました。
が、これが結果的にはよかったと思います。
見どころ満載のヨルダン、情勢不安な国に囲まれてると思えないほどのんびりとしていました。
予想通り暑く、カラッとしている分、焼ける焦げる~と思う天気の中、こまめに水分を取りながらも楽しい旅行でした。
【日程】
○1日目:成田空港出発
○2日目:アブダビ経由アンマン着→マダバ観光→ペトラへ
●3日目:ペトラ遺跡観光
○4日目:ペトラ→ワディ・ラム→アカバ→死海
○5日目:死海→ジェラシュ→アンマン
○6日目:アンマン観光して帰国
○7日目:成田空港着
●が今回の旅行記です。
本日は8月26日(火)です。
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
お昼も食べ、カラッカラの体に水分を補給し、お水も1本購入。
ガイドブック片手にさっき簡単にしか見てない列柱通りのあたりをふらふら回ろうと思います。 -
カルス・アル・ビント
正式名は「カルス・アル・ビント・フィルアウン」で「ファラオの娘の宮殿」という意味だとか。
紀元前30年、オボダス3世により建てられ、ローマ時代は改修。教会として使用、それ以降は馬小屋として使われていたそう。
手前にあるのが生贄をささげたと考えられてる祭壇。 -
神殿の高さは23m
左端、真ん中よりちょっと上あたりには木が。
耐震のためらしいです。 -
当時は神殿内は司祭しか入ることが許されなかったそうですが、入ります。
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ペトラで最も重要な神殿とする説も。
だいぶ朽ちてますね。 -
凱旋門
うしろから。 -
こっちが表。
レリーフが彫られてますね〜。 -
大神殿
紀元前1世紀にナバタイ人の主要な神殿として建造され、4世紀の大地震で多大な被害をこうむりながらも、修復、拡張工事を経てビザンチン時代まで使用されたそう。 -
あ〜ロバさんの頭が…!!
中に入ってみます。 -
凱旋門をちょっと高いところからぱちり。
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建物は2階層に分かれ、1階部分は6角形の床石が敷き詰められたテメノス。
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両脇に3列の列柱が並びます。
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2階は神殿になっており、600人収容の小規模な劇場型のテアトロンがきれいに残っている。これは1世紀に設置されたもの。
ってガイドブックには書いてあって、たぶんここがその場所かと……。 -
そんな場所から列柱通りの方を見た一枚。
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神殿の斜め後ろにある居住区跡ってこれかな??
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「ビザンチン時代の浴場跡が残っている」っていうのはたぶんこれ。
きちんと網に守られてます。
その隙間からぱちり。
浴場は四角い部屋に円形のドーム。現在でも中東でよく見られるハンマーム形だ。そして建物全体の地下には水路がとおっており、装飾された円柱がみつかっている。
だそう。 -
1993年からアメリカのブラウン大学が調査をしているそう。
この建物がギリシアの神殿の形態に酷似しているから大神殿と呼ばれているが、もっと世俗的なナバタイの王が演説をするため、もしくは集会場ではないか、と考えられているんだって。 -
次はあのちょこっと屋根が見えているビザンチン教会へ向かいます。
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ちなみに列柱通りにはこんな感じで遺跡の一部がゴロゴロしてます。
広すぎて色々と手が回らないのかな?? -
なんとなく〜な道をのぼってると目の前で雲がくるくる渦を巻いて消えていった。
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ビザンチン教会に到着。
もとはナバタイ人の建物だったものを、ペトラのキリスト教化に伴い、ビザンチン時代の530年頃に教会に造りかえられたんだって。 -
入口を入ると井戸型の貯水槽があります。
右側が教会の本殿で、左右に列柱が並び、その外側にモザイクがあります。
動物、鳥、人間。四季や海、大地、知恵などを擬人化した画です。 -
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入り口に戻って、左の方には洗礼を行うための部屋がありました。
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ガラガラっぽいカフェを眺め、
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青い教会へ。
後陣には主教の玉座が残ってました。 -
4本の円柱はエジプト産の花こう岩。
茶色が多い中、目立ちます。 -
王家の墓へ行くのに列柱通りへ戻るの面倒だな〜と思っていたら橋を発見。
ちょっとコワいけどこっちの方が近道〜。
そしてエル・ハズネを見下ろすビューポイントへトレッキングしたかったところですが、あきらめて大人しく王家の墓を観て歩きます。 -
おうちに帰るの?という感じのベドウィンの家族に遭遇。
一応、という感じで「馬乗る?」と聞いてきます。
商売熱心ね〜。
断って、ゆっくり歩いて到着。
左にあるのが宮殿の墓
風化は進んでますが、3階層からなる、王家の墓では最も巨大な建築物。
ローマ皇帝ネロ(在位54〜68年)のゴールデン・ハウスを模倣したものであるとされていて、その手の込んだ装飾から、アレタス3世など、ナバタイの王の宮殿であったという見解があるんだと。
左上部は切り出した長方形の岩で補完されているそう。 -
王家の墓はちょっと高いところにあるので列柱通りがよく見えます。
-
コリント式の墓
エル・ハズネにそっくりの墓。
その名のとおり、コリント式の円柱をもつ。
エル・ハズネと同時期か、それ以前に建設されたといわれているが、これも詳しいことはわかっておらず、アレタス2世の宮殿という説があるそう。
下層階のポーチコ(柱廊式玄関)はナバタイ様式で、上層階にはギリシアの影響が見られるんだって。 -
左がシルクの墓。
別名、虹の墓。
王家の墓では群を抜いて小規模だが、その名が知られているのは、ファサードに使われた砂岩の模様の美しさによる。アレタス2世の別宅という説もあるそう。 -
壷の墓
ファサードの頂点に、壷の彫刻が見られることからそう呼ばれていて、現地名はアル・マフカマ、裁判所を意味するそう。でも法律に関するものは見つかってないんだって。
この建物が何であるかについては諸説あるが、そのひとつはアレタス4世(在位前9〜後40年)の宮殿であり、その家族を埋葬した墓という説。いずれにしても、ここには王が住み、民が訪問することもあったと考えられているそう。 -
下の方のひと部屋に入ってみました。
座って一休み。
麦茶を持参しましたが、水筒に入れてスポーツドリンクも持参しました。
生ぬるい麦茶と違ってまだ冷たいスポーツドリンク。
沁みます〜。 -
上の方にも入ってみます。
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天井の模様が下の方と違うのね〜。
自然がつくるこの模様。
鉄など鉱石によってできるそう。
ならばこれを精製すれば資源がとれるのか?? -
祭壇みたいなのもありました。
-
王家の墓のあたりにもお土産物屋さんが並んでます。
でもあんまり商売っけはないみたい??
ラクダなんかの客引きっぷりとは対照的。
商売っ気は歩きながら絵ハガキ売ってる子供たちの方があるなぁ。
「1ダラ〜1ドル〜」と言ってきます。
1円は…ダメよね。 -
私はだいぶ干からびてますが、植物はたくましい。
ラクダの勧誘にこたえることなく、黙々と歩きます。 -
エル・ハズネまで戻ってきました。
もう日は当たりません。
ベンチに座って一休み。 -
ちなみにお昼ごはんの後、カメラのバッテリーがなくなった〜。
なので予備の古いカメラで撮ってました。
で、これはなんとか1枚、メインの新しいカメラでぱちり。
こっちの方が肉眼で見た色合いに近いです。 -
これが朝撮ったやつ。
バラ色の遺跡は日の当たり方で色々な表情を見せてくれますね〜。
中途半端に光が当たるより、午後の均一な色合いの方が綺麗に見えるかな? -
名残惜しいですが、ホテルへ戻ろうと思います。
シークも光の当たり方によって表情がかわります。 -
エル・ハズネに戻る途中でラクダの客引きもあったし、しんどいなら馬車なり馬なり乗ればいいのに、何故か自力でがんばる。
我ながらなんでそんなに頑張ったのか……。
狭いシークをすごい勢いで馬車が通ります。
ちょっとコワい。
行きは朝早くてまだ空いてたからよかったな〜。 -
こういう隙間を見ると行ってみたくなる。
-
それにしてもタンクトップや上半身裸の欧米人をけっこう見たけど……日焼けは気にしないよね。
薄着になりたい気持ちもよくわかる。
そんな中、私は日焼け防止のため長袖ですが。 -
あ、ネコ〜!
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なんか捕ってる??
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「もう行くよ」って言われてるみたい。
-
あ〜さようなら。。。
ちなみにこっちのネコはちっちゃいな〜と思ってたら暑いところのネコは小ぶりなんだって。
帰ってきてから思いかけず聞いた話です。 -
シークを抜けてからもけっこうあるのよね……。
しかも日陰が全くない!
水分もあとわずか。
だらだら歩いてると、全身真っ黒なアバヤを着た女性たちを発見。
いや〜暑くないのか?
もちろん慣れもあるんだろうが。
暑いからって脱ぐわけにもいかないしね。
空港などで見たけど、男性が着ている真っ白なトーブは涼しそう。 -
途中、馬の逃走劇も目撃しました。
結構ムチで叩かれてる姿を馬もロバも見たけど……ちょっとかわいそうだったな〜。
あーいうものなのかしら?? -
ようやっとホテルに到着〜!
本当、ゲートのすぐ側で助かる。
それにしてもヨルダンのホテルは入るときに荷物を空港にあるみたいなX線装置に通し、金属探知機のゲートをくぐります。
けっこうセキュリティーが厳しい。 -
ロビーでちょっと涼んで、アイスを購入。
生き返る〜。
クリームブリュレやマンゴーなどもありましたが、さっぱりしたのが食べたくてストロベリーをチョイス。
ジューシーな感じで大変おいしゅうございました。 -
部屋でのんびりしてから夕飯へ。
昨日と同じくホテルのレストランです。
ツアーの中で色々な遺跡に行ってる方がいました。
その方が言うには「ペトラは今までで一番キツかった」とのこと。
確かに去年のマチュピチュの方が楽だった。
もちろんマチュピチュもトレッキングなどをすれば違うんだろうけど。
ペトラは敷地が広いんだよな〜。
そんな中あちこち歩いて見て回れば、ね。
暑かったのもあるけど。 -
ちなみに本来のヨルダン&イスラエルのツアーだと今日はお昼すぎにイスラエルに移動だったそう。
ヨルダンだけになったため、今日は一日ペトラ遺跡を回れました。
よかった〜。
なお、昨日のペトラ・バイ・ナイトもヨルダンだけになったから行けました。
今日は暑い中3万歩くらい歩いてました。
疲れたよ〜。
ぐっすり眠れました。
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