2014/09/15 - 2014/09/15
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rsp68447さん
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花を訪ねて浜離宮恩賜庭園に行きました、海水を引き入れた潮入の池と、二つの鴨場を伝え、江戸時代には江戸城の
「出城」としての機能をはたしていた徳川将軍家の庭園です、承応3年(1654年)徳川将軍家の鷹狩場に、四代将軍
家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てました。
その後綱重の子、綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり「浜御殿」と呼ばれる
ようになりました。
以来歴代将軍によって幾度かの造園と改修工事が行われ、十一代将軍家斉の時代にほぼ現在の姿の庭園が完成しました
明治維新ののちは皇室の離宮となり、名称を「浜離宮」と変えました。
関東大震災や戦災によって、御茶屋など数々の建造物や樹木が損傷し、往時の面影はなくなりましたが、昭和20年
(1945年)11月3日、東京都に下賜され、整備ののち昭和21年(1946年)4月から「浜離宮恩賜庭園」として公開され
ました、その後、昭和27年(1952年)11月22日に「旧浜離宮庭園」(文化財指定名称)として国の特別名勝・特別史跡
に指定されました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
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中島の御茶屋の門
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中に馬場跡もあるました
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馬場跡の表示
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旧稲生(いなぶ)神社
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お花畑のコスモス
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お花畑
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コスモス
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庭園内の内堀
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コスモス畑
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中島の御茶屋を望む
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赤いコスモス
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潮入の池とお伝い橋(潮入の池から小の字島と中島を結ぶ延長(118m)
もある総檜造りの橋で、平成24年(2012年)に改修しました -
中島の御茶屋
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小の字島の案内・・中島の御茶屋の中間にある島
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対岸よりの中島の御茶屋眺め
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潮入の池の案内
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中の橋
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鷹の茶屋跡
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鷹の茶屋跡の土台石
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潮入の池と中島の御茶屋
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中島橋
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中島橋を正面より
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中島の御茶屋の門
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中島の御茶屋の一部
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潮入の池の一部
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潮入の池
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潮入の池とお伝い橋
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お伝い橋の表示板
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潮入の池と周りのビル
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潮入の池にビルが映ります
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中の橋
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中の橋から潮入の池とビル
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御亭山からの庭園を望む
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鴨場
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庚申堂鴨場・・鴨場の池にはいく筋かの引堀(細い堀・・写真)を設け
小のぞきから鴨の様子をうかがいながら、ヒエやアワ
等のエサとおとりのアヒルで引堀におびきよせ、機を
みて土手の影から鷹や網で捕るという猟 -
のぞき窓から細い堀(引堀)が見られます
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木槌
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たたかれる
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捕獲する網
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鴨場の説明
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鴨場前の池
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海手お伝い橋
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海手お伝い橋よりの風景
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樋の口山
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樋の口山・・東京湾に面した水門近くにの山
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潮をいれる水門
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水門の説明
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新樋の口山・・レインボーブリッジやお台場など臨海副都心を一望できます
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新樋の口山
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将軍お上がり場・・将軍が舟に乗降する所です。昭和24年(1949年)のキティ
台風で階段の一部が崩れて海中に沈みました -
将軍お上がり場(別の角度より)
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灯台跡案内
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灯台跡の石
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水上バス発着場・・「浅草」「両国」「お台場海浜公園」及び
「葛西臨海公園」「桜橋」等への発着場です -
お花畑のコスモス
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散策路の花婿・花嫁
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内堀の架かる橋
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内堀・・関西等より舟を引きこみ荷を降ろした為の内堀
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三百年の松・・いまから約300年前六代将軍家宣が、庭園を大改修した
とき、その偉業をたたえて植えられた松、太い枝が低く張り出し、
いまなお堂々たる姿を誇っています。 -
延遼傊跡・・明治時代の迎賓館の跡
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同上の右手側
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大手門の石垣
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大手門橋
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大手橋の欄干
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