2014/08/28 - 2014/08/30
81位(同エリア203件中)
黄昏気分さん
もう3年半も経ってしまったのですね。
親戚4名、友人3名そして多くの尊い命を奪ったあの日から四度目の夏を迎えました。
車いっぱいの支援物資を積んで、国道4号線をひたすら北上し、どうにか辿り着いた時見た地獄絵図は生涯脳裏から消え去る事は無いでしょう。
3年半振りに被災地を訪れてみました。「時が全てを解決する」と云う言葉は余りにも陳腐な慰めだと痛感しました。
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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石巻から三陸町へ向かう途中の道の駅に立ち寄りました。
石巻震災ラジオ局のFMカーが放送準備中のようです。 -
こんな自販機もあるんですね。
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道の駅には震災のコーナーもありました。
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地震があった午後2時46分で止まったままの時計。
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もぎ取られた道路標識
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南三陸温泉郷に到着
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リアス式海岸が見事な海岸線です。
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海岸に続く小高い岬にあった商店。
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居住区に近づきましたが...
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レストランかホテルだったようです。三階部まで破壊されていました
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地元の人たちで賑わったであろうこの建物だけが、あの日のまま取り残されていました。
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瓦礫が撤去された分、町の輪郭がはっきりと確認できます。
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本来有るべき所に道は無く、車のナビは戸惑うばかりです。
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荒涼とした大地に取り残されたまま
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国道沿いのガソリンスタンド
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朽ち果てています。
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荒涼とした大地にポツンと残るのは南三陸町の防災対策庁舎です。
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赤く錆びた骨組みだけになった防災対策庁舎、言葉がありません。
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建物の正面には献花台と一対のお地蔵様が供えられていました。
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この防災対策庁舎では住民、町職員、町議会員等54人が避難しましたが43人の方々が帰らぬ人となったそうです。
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向かって左側が湾、津波の巨大な威力をねじ曲げられた階段の手すりが物語っています。
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この防災対策庁舎は南三陸町としては取り壊しの方針だそうですが、撤去依頼をされた県側は現在保留しているそうです。
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大きな被害があった志津川に架かる橋があった場所ですが、道路と橋が寸断され右側に仮設橋が架かっていました。
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まだその傷跡は生々しく
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志津川沿いの国道脇にあったコンビニ、プレハブ造りです。
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気仙沼に向かう途中にあったJR気仙沼線歌津駅です。
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草が生い茂った軌道には既に線路は撤去されていました。
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ホームは途中で寸断され「こんなの高い所まで」と唖然とさせられます。
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野草が駅施設を覆ってました。
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ホーム上から見た歌津駅周辺です。銀行や公民館、商店があった町並み。
遠くに見える湾からこのホームを津波は乗り越えたのですね。
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