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南三陸さんさん商店街にある「京極」の蕎麦がまた食べたくなったため、また志津川を訪れることにしました。<br /><br />その前に、前回は辿り着くことが出来なかった上山八幡宮を参拝することにしました。<br /><br />以前神社は防災対策庁舎の隣に鎮座していましたが、昭和35年のチリ地震やその後の集中豪雨によって浸水したため、昭和45年に高台に社殿を移築して遷座されました。<br /><br />3階建ての防災対策庁舎は平成23年3月11日の大津波によって屋上まで完全に飲みこまれ、最後まで避難を呼びかけた多数の職員が犠牲となってしまったのでした。

志津川散歩

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2013/03/30 - 2013/03/30

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倫清堂

倫清堂さん

南三陸さんさん商店街にある「京極」の蕎麦がまた食べたくなったため、また志津川を訪れることにしました。

その前に、前回は辿り着くことが出来なかった上山八幡宮を参拝することにしました。

以前神社は防災対策庁舎の隣に鎮座していましたが、昭和35年のチリ地震やその後の集中豪雨によって浸水したため、昭和45年に高台に社殿を移築して遷座されました。

3階建ての防災対策庁舎は平成23年3月11日の大津波によって屋上まで完全に飲みこまれ、最後まで避難を呼びかけた多数の職員が犠牲となってしまったのでした。

  • 前九年の役に赴いた源義家公が石清水八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。<br /><br />平成2年には宗像三女神と息長帯比売命(神功皇后)を勧請し、名前も現在の上山八幡宮と改めました。<br /><br />周辺の家は全て流されてしまい、氏子さんたちは仮説住宅に移ったり親戚を頼りに転居したりされてしまったのでしょう。<br /><br />ひっそりとしていて人の姿を見かけることは出来ません。

    前九年の役に赴いた源義家公が石清水八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。

    平成2年には宗像三女神と息長帯比売命(神功皇后)を勧請し、名前も現在の上山八幡宮と改めました。

    周辺の家は全て流されてしまい、氏子さんたちは仮説住宅に移ったり親戚を頼りに転居したりされてしまったのでしょう。

    ひっそりとしていて人の姿を見かけることは出来ません。

  • 坂道の上まで車で登り、そこからは歩いて階段を登ると、木々に抱かれるように建つ社殿が見えて来ました。<br /><br />一日も早く、かつてのように参拝客でにぎわう様子が戻ることを祈ります。

    坂道の上まで車で登り、そこからは歩いて階段を登ると、木々に抱かれるように建つ社殿が見えて来ました。

    一日も早く、かつてのように参拝客でにぎわう様子が戻ることを祈ります。

  • 境内には摂社でしょうか、古峯神社が鎮座しています。<br /><br />明治28年に古峯原から日本武尊の御神霊を奉還し、修験道場跡地に社殿を新たに設けてお祀りしました。<br /><br />時間の流れを追うと、ここには修験道場があったもののいつか廃れて工藤祐隆氏(宮司の親族?)の住居だけが残り、そこに古峯神社が建てられ、更に八幡宮が遷座したという流れになるのでしょうか。

    境内には摂社でしょうか、古峯神社が鎮座しています。

    明治28年に古峯原から日本武尊の御神霊を奉還し、修験道場跡地に社殿を新たに設けてお祀りしました。

    時間の流れを追うと、ここには修験道場があったもののいつか廃れて工藤祐隆氏(宮司の親族?)の住居だけが残り、そこに古峯神社が建てられ、更に八幡宮が遷座したという流れになるのでしょうか。

  • 御手洗石は大正10年の古峯神社社殿大修理を記念して造られたものです。<br />

    御手洗石は大正10年の古峯神社社殿大修理を記念して造られたものです。

  • 大震災の後に立てられた石碑は、津波がこれほど高いところまで押し寄せたことを後世に伝えるものとなっています。<br /><br />大地震の直後、愛する町が津波に呑まれる様子をなす術もなく見ているしかなかった避難者の方たちの気持ちは、察するに余りあるものです。<br /><br />ここから志津川の町が一望出来ますが、人々の生活していた痕跡はほとんど残っておらず、ただ一本のあすなろの木が悲しみと希望を一身に背負ってたくましく空を指しているのが見えるだけです。<br /><br />濁流を生き延びたあすなろの木は、志津川再興の時を待っていてくれるでしょう。

    大震災の後に立てられた石碑は、津波がこれほど高いところまで押し寄せたことを後世に伝えるものとなっています。

    大地震の直後、愛する町が津波に呑まれる様子をなす術もなく見ているしかなかった避難者の方たちの気持ちは、察するに余りあるものです。

    ここから志津川の町が一望出来ますが、人々の生活していた痕跡はほとんど残っておらず、ただ一本のあすなろの木が悲しみと希望を一身に背負ってたくましく空を指しているのが見えるだけです。

    濁流を生き延びたあすなろの木は、志津川再興の時を待っていてくれるでしょう。

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