2014/08/14 - 2014/08/14
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Wind99さん
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中部東山地方(長野・岐阜・山梨県)を夏の車中泊で気ままなドライブ。3日目
3.郡上八幡〜竜吟峡〜鬼岩公園〜大湫宿〜苗木城
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
早朝の道の駅和良。
朝は10台位が駐車していた。
歴史資料館や全天候型多目的広場、テニスコート等もある。 -
今朝も雨だ。
郡上八幡に向かう途中に、郡上鍾乳洞の看板があった。
鍾乳洞は小さそうだが、鍾乳洞からきれいな水が流れ出ていた。 -
郡上八幡に到着。観光の中心らしい所(新橋)で車を止める。
郡上八幡樂藝館で、明治時代の旧病院を再現した建物は町方民俗資料館になってる。 -
その横に、野口雨情の歌碑があった。
昭和初期にここに立ち寄り、詩を残したことを記念して、今年新たに建てられたものであった。 -
「左京稲荷神社の近道はこちら」の観光看板に釣られて寄ってみた。
金森左京は元郡上藩主の分家で、本家が宝暦の百姓一揆で断絶した時、一族でただ一人だけ特に存続を許され、明治維新まで栄えた。
この神社は幸運児・金森左京の守護神として今日も一家の繁栄を願う多くの人々に崇敬されているという。 -
郡上八幡記念旧庁舎記念館。
旧郡上八幡町役場で国の登録文化財の指定を受けている。
吉田川の大瀬(だいせい)とよばれる早瀬を見下ろす新橋のたもとにある。
現在、郡上おどりの「徹夜おどり」の真っ最中であった。 -
その新橋に飛び込みの注意書きが。
夏によくニュースでやっていた所かもしれない。 -
この水の色のすばらしさ!
市内中心部に流れる川とは思えない。 -
犬啼水神
郡上八幡旧庁舎記念館前の広場に湧き出る水の上に安置された2体の水神。
看板を読むとこれに由来する江戸時代の実話の話し。 -
やなか水のこみち
新橋からすぐのところに、なんかいい感じの小道があった。
人気の観光スポットらしい。 -
少し分け入ると稲荷大明神があった。
さらに「奥美濃おもだか家民芸館」「斎藤美術館」「心の森ミュージアム遊童館」の3つの美術館や民芸館があった。
そのため、これらは通称「やなか三館」と呼ばれる。 -
何しろ湧水が豊富で、民家の軒先でもよく水が出ている。
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吉田川を渡ると、川原にキャンプテントが一杯見えた。
キャンプできる場所なのかな? -
宗祇水
「日本名水百選」の第1号に指定されたことで有名になった湧水。 -
以前来た記憶から、昨日の下呂で探しまくっていたが、郡上八幡にあるw。
下呂と郡上八幡を混同していた。 -
格子にかわいいかえるを発見!
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奥の水源から、
1つ目は飲料水
2つ目は米等の洗い場
3つ目は野菜等の洗い場
4つ目は桶等をつけておくさらし場
と仕切りで分かれている。 -
雨に煙る吉田川の風情。
歴史を感じる風景だ。 -
尾崎延命地蔵尊
天保の大飢饉で、多くの餓死者が出たが、この尾崎地区では地蔵尊を建立し死者の霊を弔ったことから、今も参詣する人々が絶えないという。
ここでは地蔵尊が多い。 -
郡上八幡城へ来た。
山城の山頂まで車で登れる。 -
戦国時代の築城で、江戸時代は郡上藩であった。
明治の廃藩置県で廃城となり、建物は取り壊しとなった。 -
現在の天守は、1933年(昭和8年)模擬天守としては全国的にも珍しい木造で造られたそうだ。
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城のある八幡山の麓には、山内一豊と妻の像があった。
ここは山内一豊とは無関係なはずで、不思議に思い、戻ってから調べてみると、妻(見性院)の出生の地とう説があるためと分かった。 -
郡上八幡観光協会の先に、古い町並みと看板が出ていた通り(郡上市八幡町)に来て見た。風情はあつるが、民家が隣接し家には駐車スペースもなく生活しにくい。
この後、どこに行くか考える。御岳山の南側に行くには、来た道を通ることになるので、勘で一般道を南下し、多治見市に行くことにした。
駅前で看板を探したり、それらしい観光地をナビで調べたりしたが、空振りで、南木曽方面へ向かう。 -
名古屋めしの看板につられ、名古屋めし定食を頂く。
なつかし処 昭和食堂 瑞浪店。
海老フライ、味噌串かつ、どて煮、茶碗蒸し、ポテト、野菜サラダ等盛りだくさん。
帰りに住所を聞くと、ここは岐阜県で、愛知県と勘違いしていたことが判明した。 -
国道の通りすがりに八幡神社があり、明智光秀〜の看板を見て引き返した。
境内に「美濃源氏発祥の地」があった。
源頼光の後裔が美濃に下向して土岐氏の祖となった。そしてここは、土岐氏一日市場館(ひといちばやかた)跡であった。 -
そのすぐ横に「明智光秀公ゆかりの地 土岐源氏ここに発祥する」などの碑が建っていて、石像があった。
明智光秀の出世は土岐氏と言われ、「時は今、雨が下しる五月かな」の句に繋がる。 -
R19を進むと道沿いに何かあった。
ドラゴン21
この辺りは美濃焼の産地であるが、さらに瑞浪市では、みずなみ焼きをブランド化し、地元の竜吟峡にまつわる雄竜と雌竜の伝説をもとに、大型陶製焼き物をモニュメントとしたもの -
高さ8mのドラゴン21の中に入ると、龍の卵がいっぱいあった。
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ドラゴン21のわき道を入り、龍吟峡入り口に来た。
不動川に沿って7つの滝があるそうだ。 -
遊歩道を行くと、ドラゴンの大きな卵。
脇を通ると、恐竜の鳴き声のような音響が急に鳴ってびっくりした。
卵の中が何度か光り、小龍がいた。 -
3の滝まで登って行った。
ようやく雨は小振りになってきた。 -
3の滝の先に瑞浪市自然ふれあい館で休憩し、付近の観光パンフレットを見て行き先を決めた。
30分ほど戻るが鬼岩公園へ行くことにした。 -
鬼岩公園
飛騨木曽川国定公園内にあり、侵食された花崗岩の巨岩怪石がおりなす景勝地。
鬼岩温泉もあるので、有名な観光地かも、まったく知らなかった所。 -
下流から登っていく。
水流が見えたのは始めだけで、あとは侵食で水は下にもぐり、音だけしか聞こえない。 -
岩ひとつが大きい。
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観光MAPには、大岩に色々と名前が付いていたが、個々に案内板がないため、どれがどれだか不明。
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狭い岩をくぐる。
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昔、鬼人(関の太郎)がこの岩山に住んでいたと言われる伝説がある。
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中山道の47番目の宿場の大湫(おおくて)宿に来ました。
高札場跡。 -
大湫神明神社の大杉。
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樹齢1300年、目通りの周約11m。
この迫力はに感動ー! -
脇本陣保々家。
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なんだろう。気になる張り紙があった。
ご来宿の皆さん!・・・ここは、無料休憩所「おもだか屋」です
お気軽にお出入りご休憩ください。
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おもだか屋入り口。
扉を開けると・・・ -
こんな感じで、町内の方が、集まろう会 手作りの店「ほっか」をやっていて手作り品を展示、販売していた。
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本陣跡の小学校校庭に、皇女和宮歌碑があった。
十四代将軍徳川家茂へ御降家のため皇女和宮は、京から江戸までの道中に、川止め等の心配が無い事から、中仙道が選ばれこの大湫宿の本陣にも宿泊した。 -
皇女和宮の陶製人形。
和宮の行列は警護や人足を含めると総勢3万人に上り、行列は50km、御輿の警護には12藩、沿道の警備には29藩が動員されたいう。 -
この小学校は廃校になっていると思われるが、校舎は何故か引かれる佇まい。
何かのドラマ、映画撮影等に使えないか?
当時の本陣の宿舎は、部屋数23、畳数212畳であった。 -
大井ダムの恵那峡に掛かる恵那峡大橋の展望台に来た。
キリでダム湖は見えないが、その霧の中を遊覧船が来た。
対岸の獅子岩あたりで、一旦止まったが、さらに奥に走り出した。 -
遊覧船からは景色が見えるのだろうか?
折角来たからには、天候が悪くても乗るの常だ。
(台北101や、札幌藻岩山展望台がそうだった) -
もう夕方で南木曽までも行けない・・・。
苗木城に行く。
この注意看板の絵は、江戸時代の天守閣の想像図。 -
苗木城は戦国時代の築城で、江戸時代は1万石の苗木藩として明治の廃藩置県まで存続した。
遠山氏十二代の居城。
風吹門跡。 -
大矢倉跡。
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大門跡より本丸を望む。
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巨大な自然石が複数箇所で利用されているのが大きな特徴である。
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天守閣跡。
頂上の片側は巨石が占めていて、その上に天守閣が建てられた。
天守閣を想定した骨組みの上は展望台になっている。 -
展望台からの絶景。
明日帰宅するので、渋滞にならないよう、今日は山梨まで行くことにし、中津川ICから中央高速道に乗る。 -
諏訪湖SAで休憩。
諏訪湖の夜景がきれいだった。
小淵沢ICで降り、道の駅こぶちさわで仮眠した。
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