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スイスの旅行記にドイツの世界遺産が?説明の必要はないと思うが、ボーデン湖を取り囲んでドイツ、オーストリア、スイスには国境というものはないに等しい。今回スイス(を中心とする)旅の最終日の宿はドイツ側のジンゲンに取った。深い意味はない。ライヒェナウ島にもチューリッヒにも近いからである。しかし、スイスとドイツの微妙な違いを垣間見ることができた。当然ながら、ドイツでは標準ドイツ語が話されており、耳に心地よい。いやそれだけではない。物価はドイツの方がかなり安く、マーケットなども機能的でスピーディだ。ただ喫煙者が多いのが少々気になった。<br /><br />ザンクト・ガレンを発って1時間ほど走るとボーデン湖が見え、国境を超えコンスタンツに入り、ユネスコ世界遺産に登録されたライヒェナウ島に向かう。聖ゲオルグ教会には、10世紀から残るオットー朝ルネサンス期の「キリストの奇跡」の壁画が現存する。残念ながら実物を見ることはできなかったが日本との技術協力で補修されており、教会駐車場横の小さな博物館に修復の説明や写真が展示されている。また、聖ペーター・パウル教会、聖マリア・マルクス教会などは、中世初頭、カロリング朝からロマネスク(8〜11世紀)にかけての建築様式を伝える貴重な建築群である。<br /><br />ベネディクト会派のライヒェナウ修道院は、8世紀に建立された。その後ホーエンツォレルン伯の潤沢な資金が注がれて華やかな地位を獲得し、修道院内には神学校、写字室、工房が建てられた。神聖ローマ帝国に属するこの場所は、10世紀後半から11世紀後半にかけて絶頂期を迎え、色模様・飾り文字で飾られたきらびやかな写本を生み出す芸術文化の拠点となった。<br /><br />しかし11世紀半ば、近くにある競争相手ザンクト・ガレン修道院が台頭、16世紀にはコンスタンツ司教がライヒェナウ卿となり、修道院の壮麗さは輝きを失い、ついに19世紀にナポレオンの侵攻によって聖職者たちは放逐された。現在ライヒェナウ修道院は壮麗なザンクト・ガレン修道院とは比較にならない、質素な聖ゲオルグ教会などが残るのみで、かつて修道院が所有したライヒェナウ島は、野菜とワイン生産で有名であり、島の近隣には大きな湿地帯が広がり、渡り鳥の休息地となっている。<br /><br />ライヒェナウを発った後、この日はコンスタンツを少し覗き見て夕食を取ることにした。人口約8万人のドイツ最南部にありボーデン湖に面する街だ。街は有史以前に遡る歴史を持ち、100年頃からローマ人が住み始めた。冬の終りには春を告げるカーニバルが賑やかに開催される。<br /><br />1414年のコンスタンツ公会議が行われたのはまさにこの街で、今年はちょうど600年記念、様々なイヴェントが行われている。小生、この種の歴史には疎いため、少々調べてみた。コンスタンツ公会議は、神聖ローマ皇帝ジギスムントの提唱によって1414年から1418年にかけてドイツのコンスタンツで開催された、カトリック教会の公会議。3人の対立教皇を廃し、一人の正統なローマ教皇を立てることで教会大分裂(シスマ)を終結させた。またジョン・ウィクリフと、その影響を受けたヤン・フスを異端、有罪とした。<br /><br />ヤン・フス(1369 - 1415)は、チェコ出身の宗教改革者、プロテスタント運動の先駆者であり、彼の支持者はフス派と呼ばれた。その活動によりチェコにおいては突出した立場を得たが、カトリック教会はそれを反乱と見なし、フスは1411年に破門され、コンスタンツ公会議によって有罪とされた。フスは火刑の柱に連れて行かれた時、主張を撤回して命乞いするように勧められた。しかし「私が、間違った証言者に告発されたような教えを説いていないことは、神が知っておられる。私が書き、教え、広めた神の言葉の真実とともに、私は喜んで死のう」と述べて断ったという。遺灰は集められて、近くのライン川に捨てられた。中世の暗黒時代らしいお話だ。プラハの街では聖人として像が立てられ崇められるヤン・フスであるが、コンスタンツには当然ながら彼の痕跡はない。<br /><br />コンスタンツのショッピングセンターで買い物をして、レストランで夕食を済ませた。スイスと比べるとかなり物価は安い。日が暮れかかった街を後にして、今日の宿、ジンゲンに向かう。明日はもう最終日、チューリッヒから帰国だ。安全運転で無事故で到着しますように。

スイス・ドライヴの旅No.6:ドイツの世界遺産ライヒェナウ島とコンスタンツ公会議600年祭

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2014/08/12 - 2014/08/13

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ハンク

ハンクさん

スイスの旅行記にドイツの世界遺産が?説明の必要はないと思うが、ボーデン湖を取り囲んでドイツ、オーストリア、スイスには国境というものはないに等しい。今回スイス(を中心とする)旅の最終日の宿はドイツ側のジンゲンに取った。深い意味はない。ライヒェナウ島にもチューリッヒにも近いからである。しかし、スイスとドイツの微妙な違いを垣間見ることができた。当然ながら、ドイツでは標準ドイツ語が話されており、耳に心地よい。いやそれだけではない。物価はドイツの方がかなり安く、マーケットなども機能的でスピーディだ。ただ喫煙者が多いのが少々気になった。

ザンクト・ガレンを発って1時間ほど走るとボーデン湖が見え、国境を超えコンスタンツに入り、ユネスコ世界遺産に登録されたライヒェナウ島に向かう。聖ゲオルグ教会には、10世紀から残るオットー朝ルネサンス期の「キリストの奇跡」の壁画が現存する。残念ながら実物を見ることはできなかったが日本との技術協力で補修されており、教会駐車場横の小さな博物館に修復の説明や写真が展示されている。また、聖ペーター・パウル教会、聖マリア・マルクス教会などは、中世初頭、カロリング朝からロマネスク(8〜11世紀)にかけての建築様式を伝える貴重な建築群である。

ベネディクト会派のライヒェナウ修道院は、8世紀に建立された。その後ホーエンツォレルン伯の潤沢な資金が注がれて華やかな地位を獲得し、修道院内には神学校、写字室、工房が建てられた。神聖ローマ帝国に属するこの場所は、10世紀後半から11世紀後半にかけて絶頂期を迎え、色模様・飾り文字で飾られたきらびやかな写本を生み出す芸術文化の拠点となった。

しかし11世紀半ば、近くにある競争相手ザンクト・ガレン修道院が台頭、16世紀にはコンスタンツ司教がライヒェナウ卿となり、修道院の壮麗さは輝きを失い、ついに19世紀にナポレオンの侵攻によって聖職者たちは放逐された。現在ライヒェナウ修道院は壮麗なザンクト・ガレン修道院とは比較にならない、質素な聖ゲオルグ教会などが残るのみで、かつて修道院が所有したライヒェナウ島は、野菜とワイン生産で有名であり、島の近隣には大きな湿地帯が広がり、渡り鳥の休息地となっている。

ライヒェナウを発った後、この日はコンスタンツを少し覗き見て夕食を取ることにした。人口約8万人のドイツ最南部にありボーデン湖に面する街だ。街は有史以前に遡る歴史を持ち、100年頃からローマ人が住み始めた。冬の終りには春を告げるカーニバルが賑やかに開催される。

1414年のコンスタンツ公会議が行われたのはまさにこの街で、今年はちょうど600年記念、様々なイヴェントが行われている。小生、この種の歴史には疎いため、少々調べてみた。コンスタンツ公会議は、神聖ローマ皇帝ジギスムントの提唱によって1414年から1418年にかけてドイツのコンスタンツで開催された、カトリック教会の公会議。3人の対立教皇を廃し、一人の正統なローマ教皇を立てることで教会大分裂(シスマ)を終結させた。またジョン・ウィクリフと、その影響を受けたヤン・フスを異端、有罪とした。

ヤン・フス(1369 - 1415)は、チェコ出身の宗教改革者、プロテスタント運動の先駆者であり、彼の支持者はフス派と呼ばれた。その活動によりチェコにおいては突出した立場を得たが、カトリック教会はそれを反乱と見なし、フスは1411年に破門され、コンスタンツ公会議によって有罪とされた。フスは火刑の柱に連れて行かれた時、主張を撤回して命乞いするように勧められた。しかし「私が、間違った証言者に告発されたような教えを説いていないことは、神が知っておられる。私が書き、教え、広めた神の言葉の真実とともに、私は喜んで死のう」と述べて断ったという。遺灰は集められて、近くのライン川に捨てられた。中世の暗黒時代らしいお話だ。プラハの街では聖人として像が立てられ崇められるヤン・フスであるが、コンスタンツには当然ながら彼の痕跡はない。

コンスタンツのショッピングセンターで買い物をして、レストランで夕食を済ませた。スイスと比べるとかなり物価は安い。日が暮れかかった街を後にして、今日の宿、ジンゲンに向かう。明日はもう最終日、チューリッヒから帰国だ。安全運転で無事故で到着しますように。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.5
交通
4.5
同行者
家族旅行
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
鉄道 レンタカー 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • 聖ゲオルグ教会の外観、8世紀に建設が開始された

    聖ゲオルグ教会の外観、8世紀に建設が開始された

  • 同上の別アングル

    同上の別アングル

  • ライヒェナウ島の案内図

    ライヒェナウ島の案内図

  • 聖ゲオルグ教会の、10世紀から残るオットー朝ルネサンス期の『キリストの奇跡』の壁画。残念ながら実物を見ることはできなかったが日本との技術協力で補修されており、駐車場横の小さな博物館に修復の説明や写真が展示されている

    聖ゲオルグ教会の、10世紀から残るオットー朝ルネサンス期の『キリストの奇跡』の壁画。残念ながら実物を見ることはできなかったが日本との技術協力で補修されており、駐車場横の小さな博物館に修復の説明や写真が展示されている

  • 聖ゲオルグ教会の『キリストの奇跡』が日本との技術協力で補修、修復されている説明

    聖ゲオルグ教会の『キリストの奇跡』が日本との技術協力で補修、修復されている説明

  • ライヒェナウ島の西端の湖岸、渡り鳥の休息地だ

    ライヒェナウ島の西端の湖岸、渡り鳥の休息地だ

  • ライヒェナウ島の農村、野菜とワイン生産が有名

    ライヒェナウ島の農村、野菜とワイン生産が有名

  • ライヒェナウ島の農村、野菜とワイン生産が有名

    ライヒェナウ島の農村、野菜とワイン生産が有名

  • コンスタンツ中央駅

    コンスタンツ中央駅

  • コンスタンツ中央駅の駅前通り

    コンスタンツ中央駅の駅前通り

  • コンスタンツ駅前の風景

    コンスタンツ駅前の風景

  • コンスタンツ中央駅を線路と平行に走る通り

    コンスタンツ中央駅を線路と平行に走る通り

  • コンスタンツ公会議600年祭のイヴェント案内

    コンスタンツ公会議600年祭のイヴェント案内

  • コンスタンツ港の風景

    コンスタンツ港の風景

  • 1414年、コンスタンツ公会議が行われたという建物、現在はレストラン

    1414年、コンスタンツ公会議が行われたという建物、現在はレストラン

  • 上記建物周辺の風景

    上記建物周辺の風景

  • コンスタンツ港の桟橋

    コンスタンツ港の桟橋

  • 桟橋の先端にあるインペリア像、高さは9m

    桟橋の先端にあるインペリア像、高さは9m

  • インペリア像はゆっくりと回転しボーデン湖を眺めている

    インペリア像はゆっくりと回転しボーデン湖を眺めている

  • コンスタンツの街並み

    コンスタンツの街並み

  • コンスタンツの街並み

    コンスタンツの街並み

  • コンスタンツ大聖堂、塔の高さは76m

    コンスタンツ大聖堂、塔の高さは76m

  • 商業都市コンスタンツ、ネコの貴族協会、とある

    商業都市コンスタンツ、ネコの貴族協会、とある

  • 夕日に染まるミュンスター広場のコンスタンツ大聖堂、塔の高さは76m

    イチオシ

    夕日に染まるミュンスター広場のコンスタンツ大聖堂、塔の高さは76m

  • コンスタンツの街並み

    コンスタンツの街並み

  • コンスタンツの教会

    コンスタンツの教会

  • 夕暮れのコンスタンツの街並み

    夕暮れのコンスタンツの街並み

  • コンスタンツ公会議が行われた建物の夜景

    コンスタンツ公会議が行われた建物の夜景

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