2014/07/08 - 2014/07/09
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say13さん
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成田を出発し6日目です。サンクトペテルブルグに9時入港です。
今日明日と船は停泊します。一日目は聖イサク寺院、デリカプリスト広場、血の上の救世主教会、エルミタージュ美術館の見学です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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船を下りて入国審査を済ませ、初めに訪れたのは聖イサク聖堂です。
1818年から約40年の歳月と50万人の人を動員を動員して完成したロシア正教の大聖堂です。
縦横100m近くあり、塔の高さは101mあります。近くからは全容が見えません。 -
聖堂の前に、3軸6輪で車体の長さがバス並みのリムジンを見つけました。
リムジンの窓に社名が書いてあり後で調べてわかったことですが、車種は米国GM社のかつて存在したブランド”ハマーH2”です。サンクトペテルブルグにあるLimuzinCom社のレンタル車で乗客22名が乗れます。1時間当たりの金額は曜日により1800〜3200RUB(6300〜11200円)のようです。
ちなみに運転席の後方と後ろのドアにこすり傷がついていました。運転はかなり難しいでしょうね。 -
逆光ですが聖イクサ聖堂の全景です。
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広場には花壇があります。
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元老院広場に建つピョートル大帝の騎馬像。青銅の騎士とも言われています。
この元老院広場はソビエト時代に「デカブリスト広場」と称され、1825年帝政に反対した青年貴族が蜂起したデカブリストの乱の舞台となったところです。
2008年に元の名称に戻ったそうです。 -
ネヴァ川の向こう岸にクンストカメラの建物が見えます。
自然と人間による珍奇なものを収集する目的で1727年に建てられ、かなりグロテスクな品々が展示されているそうです。 -
お昼を食べたレストランにあった像。存在感がありますが詳細不明です。
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赤かぶのスープ。
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ビストロガノフ。
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血の上の救世主教会です。
皇帝アレクサンドル2世が急進派テロ組織”人民の意志”によって暗殺された場所に建てられたのでこの名前が付いたそうです。
息子のアレクサンドル3世が24年の歳月をかけ1907年に完成させました。高さ85m、9個のネギ坊主の屋根が特徴です。 -
北側が入り口です。
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エルミタージュ美術館にやってきました。
小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、エルミタージュ劇場、冬宮の5つの建物からなり、コレクションの数が300万点、1000の部屋と200の階段があり廊下の総距離は30?にも及ぶと言われています。
エカテリーナ2世が収蔵品の収集を始めたのが起源で、エルミタージュはフランス語で”隠れ家”の意味です。19世紀末に一般向けに開館しました。 -
ツアー専用のネヴァ川に面した冬の宮殿の小さな入口です。
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案内板。
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手荷物検査の後、奥に進みます。
2008年版のカラー版ガイドブック(日本語版143ページ)を手に入れました。 -
ロシア人のガイド付きで回ります。
最初の見学場所は冬宮の正面階段(ヨルダン階段)からです。 -
ラストレッリの設計によって造られた豪華絢爛な空間に、圧倒されます。
多くの外国使節を迎えた正面玄関で花崗岩の円柱、鏡を多く用いた窓が見えます。 -
ヨルダン階段の天井画。
18世紀のイタリアの画家ディツィアーニのオリンポスを描いた作品が1839年に嵌め込まれした。 -
ヨルダン階段に隣接するフロアにあるシャンデリアで、館内で一番大きいそうです。
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将軍の間
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ピョートル大帝の間(小玉座の間)。中央に玉座がすえられ、背後にはピョートル大帝とローマの知恵の女神ミネルヴァが描かれています。
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1812年祖国戦争の画廊。
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ナポレオン戦争に参加した332枚の将軍の肖像画が両側にあります。
パーヴェル・ストロガノフ伯爵だそうです。真ん中の下段にありました。 -
ゲオルギーの間、大玉座の間とも呼ばれています。
壁はイタリアから輸入した、カララ産の白い大理石がふんだんに用いられています。 -
ゲオルギーの間の床は16種類の木を使った寄木細工が施されています。
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床の模様と同じ図柄が天井にも銅版で作られています。
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ゲオルギーの間の大玉座と双頭の鷲の紋章。
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パヴィリオン(孔雀)の間は古代建築、ムーア風建築、ルネッサンス建築の様式などが複雑に絡み合った豪華な部屋でエカテリーナ2世の愛人、ポチョムキン公爵が暮らしていた部屋です。
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ポチョムキン公爵がエカテリーナ2世へのプレゼントとして送った孔雀のからくり時計があります。
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二階に庭園が造られており、庭園に隣接する床には古代ローマのモザイク画が施されています。
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孔雀石の花瓶。
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初期ルネッサンスの間。イコン画。
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イコン画 聖母子。
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シモーネ・マルチーニ 受胎告知の場面から・聖母 1330年代、二連作の右側部分。
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ボッテイチェリ 聖ドミニク。
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ピエトロ・エルジーノ 聖セバステイアヌスの殉教 1490年中頃。
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レオナルド・ダ・ヴンチの間
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レオナルド・ダ・ヴンチ ベヌアのマドンナ(花を持つマドンナ)1478年。
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レオナルド・ダ・ヴンチ リッタのマドンナ 1480年代初頭。
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ティツィアーノ 聖セバスティアヌス 1575年頃。
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エルミタージュ劇場への入り口。
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新エルミタージュのラファエルロの回廊。これはヴァチカンにあるラファエルロのフレスコ画のコピーが描かれています。
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ラファエロ コネスタピレの聖母 1502‐3年。
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ラファエロ 聖家族 1506年。
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ミケランジェロ うずくまる少年 1530年 大理石。
エルミタージュにある唯一のミケランジェロの彫像です。 -
新エルミタージュの”大天窓の間”は、大・小イタリア天窓の間とスペイン天窓の間からなる続き部屋です。
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ラピスラズリ製の壷。
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カラバッジオ リュートを弾く人 1595年頃。
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カナレット ヴェネツィアにおけるフランス大使のレセプション 11740年代。
描写は細部に渡り丁寧に描かれています。
ガイドさんが見る角度によって変化すると説明していましたが、いまいち理解不足です。 -
ベラスケス オリバーレス伯爵・公爵の肖像 1638年頃。
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ベラスケス 朝食 1618年。
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ゴヤ アントニオ・サラテの肖像 1811年。
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エルグレコ 使徒ペテロとパウ1592年。
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レンブラント 放蕩息子の帰還 1660年代。
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レンブラント 赤い服の老人の肖像 1652‐4年頃。
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レンブラント ダナエ 1636年。
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レンブラント 女神ローラに変装した妻サスキアの肖像 1634年。
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ルノワール 黒い服の女性 1876年。
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ルノワール 小さな鞭を持った少年 1909年。
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ルノワール 女優ジャンヌ・サマリーの肖像 1878年。
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ルノワール 扇子を持つ女 1881年。
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モネ モンジェローヌの池 1876‐7年
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モネ ポプラとポピー
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モネ 庭の女サン・タドレス 1867年。
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セザンヌ 煙草を吸う男 1889年。
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ピサロ 春のテアトル・フランセ広場 1898年。
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セザンヌ ピアノを弾く少女 1866年。
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セザンヌ 花瓶の花束 1877年。
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セザンヌ サント・ヴィクトワール山
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モネ カーテンのある生物
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ゴッホ アルルの競技場 1888年。
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ゴッホ アルルの女 1888年。
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ゴッホ ライラックの木 1889年。
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ゴッホ 茅葺の小屋
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ゴーギャン 果実を持つ女 1893年。
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ゴーギャン タヒチの牧歌
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ゴーギャン おしゃべり 1891年。
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ピカソ 姉妹
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ピカソ 楽器
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古代エジプトの間 ミライラの棺。
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ミイラ
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4時間ほどの見学の後ネヴァ川に面した出入口から退館です。
下調べは行っていましたが、ガイドさんと回ると短時間で効率よく見学できます。
5つの建物から成り立っていますが、廊下や部屋が隣同士つながっているので別の建物との区別がつきにくく個人で回ると迷子になりそうです。 -
ネヴァ川の船乗り場からペテルゴーフ行の高速船が出ます。
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今日はメインダイニングはフリーシーテイングで、シアターのショーを見るため9階のブフェで夕食です。
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今日のショーはロシア舞踊です。
10時過ぎにショーが終っても外はまだ明るく、午後11時15分の日の入りです。
明日はネフスキー通りの観光です。
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