2014/08/08 - 2014/08/11
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梨田ヒカリ(元北の旅人)さん
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8/9~11毎年江差で開かれてる江差姥神大神宮渡御祭を久しぶりに見たいなと思い、8/1から北斗の定期運行が再開されたのもあり、また来年のカレンダーみたらあまりいけなさそうだったので今年行くことに決めました。この時期は江差では祭りの関係者が宿泊のためかホテルなどが空いてないため、親戚の家に泊めてもらって行くことにしました。江差姥神大神宮渡御祭は雨の中開催されましたが無事実施されてました(途中台風11号の影響で風強く雨も強い状態がありましたが祭りは中止にはなりませんでした)。祭りのときはスケジュール表と照らしつつ親戚の家で暮らして有意義な休暇を過ごせました。江差では親戚の人と廃止後の江差駅とかも巡れました。札幌の人が静養のために田舎へ行ったような感じで、なんか2014年のジブリ映画「思い出のマーニー」みたいな旅行気分でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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仕事後エアポートで札幌へ。そしたらなんと最近登場した733系のエアポートに乗れました。こんな早く乗れるとは。
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エアポートの車内。普通車は通常の733系の中と変わりませんがUシート(こちらは座席)が4号車についてます。混んでましたが従来のエアポートより60人ほど多く乗れる(1両あたり約90→150人)ためか混んでてもあまり気になりませんでした
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札幌駅にて再び撮影。733系のエアポート。先頭にはB-3102のように書かれてます
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エアポートの行き先表示。
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少し北斗まで時間あったので写真タイム。1749札幌発スーパー宗谷3号。9月乗車予定。この車両についてる傾斜装置は8/30から使用停止するそうで残念。けどスーパー宗谷の場合、車両傾斜装置使ってるのは名寄ー札幌までだったのであまり所要時間的には影響ありませんでした
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特急旭山動物園号。旭川1605→札幌1746。筆者すっかり忘れてました。この車両乗ったことまだないのでいずれ乗りたい。一人でも乗りますよ?
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旭山動物園号は車両によりラッピングが違うので見てるだけでも楽しいです。昔ドラえもんのラッピング列車がありましたがその時みたいです
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旭山動物園号は筆者今度旭川行くときは乗るぞ。
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731系と721系の並び
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そうこうしてると特急北斗16号が入線。札幌1813→函館2159の便。
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行き先表示
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お久しぶりのハイデッカーグリーン車!
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この3500番台が昨年エンジントラブルと火災で運行停止になってしまい、臨時特急北斗として今まで運行されてきました。このようなフル編成ができなかったため臨時特急北斗だったんですけどね(サロベツの列車が入ってたりしてました)
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筆者はなんと前面展望できる座席に座れました。まあ大半は夜なんで暗い中でしたがそれなり見れて楽しかった。ネットで空席みたら空いていて、17Aが空いてた(函館行きの場合、1号車17A、Bが前面展望できる席)のでそれで決めました。
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グリーン車が復活したので車内販売も復活です。デザートのアイス買いました。8月の月替りアイスはひまわりアイスでした。まいうー
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金曜夜だったのでお疲れ様!と思いビールもいただきました。最近普通の酒飲みになってきたな…^_^
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北斗も指定席はこのタイプ。映画「思い出のマーニー」オープニングあたりで登場。何年か前にグレードアップ指定席にされました。スーパー北斗、スーパーおおぞら、スーパーとかち、北斗の指定席はこのグレードアップ指定席。
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函館には2分遅れで何事もなく到着できました。暗い中走る北斗の前面展望もなかなか楽しかった
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函館駅、端をゲット。新幹線が新函館きても筆者は函館まできますぞ。新函館北斗なんて言いません。
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今回利用ホテルは「コンフォートホテル函館駅前」昨年土砂流出被害を受けたとき朝食ここで食べなかったのでそれでリベンジも兼ねてここにしました
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ホテルの部屋。なかなか綺麗。
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翌朝ホテルの朝食。コンフォートの朝食もなかなか。函館メニューはないけど今回はこれで十分。無事リベンジも果たす。
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そういえばなぜか市電函館駅前の乗り場の位置が変わってました。なんか作り変えるんですかね?
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函館駅前。今回は江差線ファイナルツアーのときに調べておいた函館ー江差の路線バスを使うことにしてました。函館710→江差バスターミナル917。このバスのいいところは江差町内のバス停も止まることです。
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ホテル朝食は630から開始で早々と食べてチェックアウト。函館710発の江差行きに乗ります。今回はなんと観光バスタイプでした。普通の路線バスタイプもあるようですが今回は夏の盆休みシーズンのためでしょうか?江差姥神祭りのためでしょうか?このちょっと大型のバスでした
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行き先表示。函館駅前は1番乗り場からでます
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バスは国道5号線や227号線とかを経由し江差に向かいます。目立った混雑もなく、定刻の5分遅れで着きました。
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とりあえず江差追分会館の近くの「中歌町」で降車。「中歌町」近くにある江差追分会館前のしげっち。ちなみに路線バスの料金函館駅前→江差は1880円
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とりあえず姥神大神宮に向かいました。親戚の人が迎えにくるというので。
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少し待ってると江差姥神大神宮渡御祭の山車(ヤマ)がきました。これみると「祭りやってる!」と思えました。
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何年ぶりにみたろう…
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親戚の人と会い、車でドライブも兼ねて買い物や江差線廃止後の駅に少しだけ行くことにしました。昼は上ノ国でしようと言われたので「上ノ国もんじゅ」でランチもしました
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まず旧江差駅。現在は人が入れなくなってます
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「ありがとう江差駅」とありました。筆者が最後の江差線の旅したのは4月。江差線廃止は5月11日と廃止から3ヶ月ほどしか経ってないんですけど、なんか長い年月が経ったようなそんな感じでした
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もう本当に来ない…江差線の列車。
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駅前のバス停はまだ「江差駅前」でした。ちなみに函館ー江差の路線バスはここには来ません。
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この高架も江差線の列車がきてました
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次に旧中須田駅。ここも人が入れなくなってました
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旧上ノ国駅。ここも建物はまだありましたが中に入れず
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上ノ国もんじゅまできました。ここでランチ。
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途中で江差姥神大神宮渡御祭のスケジュール表手に入れどうするか決める。しかし8/10〜11は台風11号のこともありどうなるかわかりませんでした
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筆者はWカレー。なかなかまいうー!オムカレーっぽかった。富良野のオムカレーよりうまかったかも?
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上ノ国もんじゅからの景色。天気は良かった。8/9は。
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江差まで戻ってくると山車(ヤマ)とすれ違ったりしてお祭りムードでますね
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江差バスターミナルにも行ってみました。ここには木古内〜江差の江差線代替バスがいましたが今回利用しませんでした。函館からなら路線バスがありますし、江差線代替バスは江差町内のバス停には停まらず使い勝手が悪いです。一番行きやすいのはやはり札幌〜函館〜江差ですね。ただちょっと遠回りになります。
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八大龍王神夏季みこし祭りもやってました。
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開陽丸のところも行きました
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江差のかもめ島にもいってきました
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開陽丸のところにも山車がきました。へえここまでくるんだ
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親戚の人と江差の姥神祭りで使われる山車の閉まってるところもみてきました。8/9は全13種類が順番に町内を少し周ります。午後に出発のもあるので午後出るやつはこういうふうに町内の事務所に閉まわれてます。
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それぞれの山車に種類があり乗ってる人形も違います。
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親戚の家で夕食。ちょっとしたパーティーしました。なんか「思い出のマーニー」みたいな旅行?札幌の人が田舎に静養しにきて祭りも見たしね・・・祖母にも久しぶりに会いました。認知症が進んでおりもう自分のことはわからないみたいですが大きめのボールでキャッチボールができるのは驚きました。人間衰えてしまったところが出るとあるところが冴えるってホントなのかなと思いました。いろいろ話(もちろんつじつまは合いません、会話に合わせて話をする感じ)もして突然びっくりする話(あそこにねバイクの人がたってるとか)いうので楽しかったです。もしかして見えてるの?
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8/9夕刊に紹介されてました。8/9はお祭りのプレみたいな感じでした。
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江差姥神大神宮渡御祭2日目。8/10から町内をめぐるのが本格的に始まります。
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13台の山車が集結しておりこれから出発を待ってました。
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この日は台風11号の接近もあり、雨も降ったりしてまして山車はカバーをかけられてました
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姥神大神宮もみてきまして参拝しました。
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コンクール発表もあり、徐々に出発しだしました
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御輿も出発
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雨が時より降りながらも予定通り出発してきました。
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筆者はあまり長い距離は歩けなく、天候も悪かったので出発と帰ってきたころだけみることにしました
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10日お祭り2日目の夜みてきました
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山車がそれぞれ19時30分ごろから徐々に姥神大神宮に戻ってきます。
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雨のため山車にはビニールが。次回天気いいときにみに行きたいなと。
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トイレ途中に行きたくなり、また雨も激しくなってきたので最後までみなかったですがとても活気があり、江差のお祭りらしいなと思いました。昔参加したことあります。だからなんか懐かしく思いました
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※以下江差の姥神大神宮渡御祭を知らない方のためにホームページから引用説明入れときます。
毎年8月9日〜11日【3日間】豪華な13台の山車が町中を練り歩きます。
その起源はおよそ370有余年前(今年で371年目)にもさかのぼる、蝦夷地最古の祭りと知られた姥神大神宮渡御祭(うばがみだいじんぐうとぎょまつり)。その年のニシン漁を終え、蝦夷地きっての景気にわきかえる夏の江差で、豊漁に感謝を込めてにぎにぎしく行われるお祭りでした。江差では御輿に供奉する曳き山を「山車(ヤマ)」と呼び、屋台に高く青木(トドマツ)を立てて神の依代とすることを「ヤマを立てる」といい表します。宝暦年間(1751〜1764年)に作られた神功山をはじめとする、武者人形、能楽人形、文楽人形、歌舞伎人形などを配した豪華な13台のヤマが、吹き流しや錦の御旗をひるがえし、流暢な祇園囃子の調べにのって町内を練り歩きます。はるか遠い江差のニシン景気を現代に伝える夏の大祭です。この祭りは江差の3大祭りの一つです。
<姥神大神宮渡御祭>日程は曜日関係なく以下の3日で行います。また途中中止の場合はそれで終わりで順延はありません。
8月 9日 宵宮祭
8月10日 本祭 下町巡行
8月11日 本祭 上町巡行 -
※説明はホームページから引用
江差の人間にとって8月は、一年中で、最も待ち焦がれる特別の月です。ここでは一年の中心は、盆でも正月でもなく8月9日、10日、11日の“江差姥神大神宮渡御祭”なのです。それは、江差を離れ、他都市で暮らしている人々にとっても同じです。「今年の姥神さんの祭りには帰るのかい?」といった会話が、日本各地の江差出身者の間で交わされるのです。北海道最古といわれる歴史を今に伝える熱狂の3日間。ここにそのすべてをご紹介します。
<躍動>
渡御は本祭の10日、11日それぞれ午後1時と正午から始まります。猿田彦の行列が先導して、3基の神輿と鳳輦(ほうれん)が続き、その後に華やかな町内13台の山車(ヤマ)がにぎやかに従います。行列が通る時、もし家の洗濯物が見えたり、二階の窓から一行を見下ろしたりすると猿田彦はその場に座り込んで動かなくなってしまいます。行列は猿田彦の意のままに止まったり進んだりして、町内を巡ります。
<華麗>
祭りを盛り上げるのは山車の役目です。各町保存会の人々は、この日のために山車を守り続けています。13台の山車の中には宝暦年間につくられ、道文化財にもなっている神功山や同じく弘化2年につくられ、道文化財に指定されている松寶丸など、ただ高価なだけではなく、歴史的にも貴重なものなのです。でもそれが博物館に飾られるのではなく、生きた歴史として、今もなお祭りの主役として活躍しているところに、江差の祭りに対する熱い思いがうかがえます。
<童子>
祭りの昼の主人公は子供たちです。江差の子供たちは幼児のうちから山車に魅せられ、ながい町内巡行に引き回され、いつしか「祭り」をその魂に染込ませていきます。そして小中学生になると「笛吹き」や「太鼓打ち」に夢中になり、やがては山車が電線に引っかからないように棒で防ぐ「線取り」などがあこがれの役目となります。こうして江差の子供たちは、いつかは人望を集め、山車の総責任者「頭取」の役に就くことを夢見るようになるのです。
<響宴>
巡行中、笛や太鼓の祭り囃子がとてもにぎやかです。この祭り囃子は京都祇園祭の流れをくんでいて、神社前や各家に停まる時は「立て山」進んでいる時は「行き山」、町内に帰る時は「帰り山」とそれぞれ異なります。さらに同じ「立て山」「行き山」「帰り山」も各山車によって独特の調子を持っています。毎年、「祭り囃子コンクール」が開かれ、神社前から江差町会所会館(旧役場庁舎)前までのコースはお囃子が採点されますので、その競演にもいっそう熱がこもります。
<宿入れ>
夜の神事のハイライトは神輿が神社に戻る「宿入れ」です。8人の白丁子がタイマツの火で、参道をはき浄めるように駆け登り、それに続いて神輿も石段を駆け登ります。しかし一度では神意の嘉納するところとはならず一基目は7度、二基目は5度、三基目の「本宮」は3度目にようやく神殿に納まります。七・五・三の吉数を踏むわけです。汗をとばしながらの往っては帰し、帰しては往くその力技に、見る者、担ぐ者の熱気が一体となってほと走ります。
<歓喜>
この祭りの最大のクライマックスは、なんと言っても11日の本祭り最後の夜です。とっぷり暮れた夜空の下、神輿が神社に帰り宿入れを終わるころ、ホテルニューえさし前の十字路には次々と光り輝く各山車が集合してきます。街頭放送のスピーカーがそのつど山車の名を絶叫します。沿道は人でぎっしり。エンヤー、エンヤーの掛け声、力まかせの太鼓の響き、飛び跳ねる者など、「立て山」囃子の競演が続きます。いつしか太鼓も火のついたような乱れ打ちとなり、人々の熱気と歓喜は、燃え盛る光と音の渦となって江差の夜空を衝き上げます。クライマックスの締めは一転して荘重な調子の「キリ声(沖揚音頭)」。頂点に達した興奮が静かな言祝(ことほぎ)の響きの中で、祭り独特の哀感とともに鎮められていきます。虚脱したように沿道にしゃがみ込む人。遠くから聞こえるなごりおしな囃子の音。祭りの後のもの悲しさ。江差の人々はすでに秋の気配を感じています。 -
※ホームページからの引用
<姥神大神宮の由来>
姥神大神宮の創立は不詳ながら昔から伝わる一つの伝説に始まります。ある日、どこからともなく一人の姥(うば=おばあさん)が江差へやって来て、津花の地に草庵を結びました。当時、蝦夷地は冷涼で作物もあまりとれず、餓死する者も出る状況だったと云われています。そんな中で姥は、天変地異を事前に知らせることで人々から神様のように敬われ、折居様と呼ばれるようになりました。とある夜、神島(カムイシリ=今の鴎島)から虹のような光に草庵が照らされました。不思議に思い、尋ねてみると、白髪の翁(おきな=おじいさん)が岩の上に座り「汝の来たれるを待てり。機、正に熟せリ」と言って、小瓶を与え「この瓶中に水あり、之(これ)を海中に点ずれば鯡(ニシン)といふ小魚群来するに至るべし、之を以(もっ)て島人の衣食住の資(たすけ)とすべし。吾汝と共に島人を永く護らん」と告げて焚火と共に消えました。
折居様が教えられたように、瓶子の水を海中に注ぐと、海水が白色に変わりニシンが群来して人々を飢えと寒さから救ったと云われています。やがてこの折居様も草庵に五柱の御神像(天照大御神、天児屋根大神、住吉三柱大神)を残したまま姿を消しますが、人々は姥にちなみ「姥が神」として祠を建てて祀り、後に初代藤原永武がこれに奉仕しました。その後、本道にはニシンが群来するようになり、「白金寄する」地として年々本州より人々が渡って江差は経済の中心となり、姥神大神宮は北海開祖神とも陸奥国松前一の宮とも云われるようになりました。正保元年(1644年)には津花の地から現在地に遷宮し、渡御祭はこの頃から行われたと考えられています。文化14年(1817年)には朝廷にて119代光格天皇御下、上卿唐橋大納言列座の下、10代相模守従五位下大神主藤枝政光が召されて、正一位の位記と大神宮号をすすめられました。また神職は代々豊後守、相模守に任ぜられ従五位下に叙せられています。 -
※ホームページからの引用
<江差を彩る祭のあゆみ 姥神大神宮祭>
8月9日宵宮・10日〜11日神輿渡御、町内13台の山車(ヤマ)が供奉巡行する姥神大神宮の例祭が、絢爛豪華に繰りひろげられる。
姥神大神宮は陸奥国松前一の宮と云われ、その創立は古く、一説には文安4年(1447年)と伝説に語られているが、詳らかでない。姥神町南端、津花岬の一角に「折居の御井戸」と称する遺跡がある。
折居姥(於隣)の屋敷跡・姥神社の古社地と云われ、神域として信仰されている。
姥神大神宮の現社地は、正保元年(1644年)岩崎の麓に遷座、安永三年(1774年)拝殿が造営されて今日に至っている。この史実から地域が姥神町と名付けられた。
姥神大神宮の祭礼は、神輿の渡御に町内の山車(ヤマ)が供奉し、豊作・豊漁・無病息災を祈念して巡行する渡御祭である。この例祭の形態は何時からであるか。文化13年(1816年)の『社地伝記控』(藤枝家文書)に「当地姥神弁天両社祭礼、8月14日神輿洗・15日領主代参・15〜16日神輿渡御」とあるが、その創始は古く詳らかでない。
神輿の渡御に供奉する現在の山車(ヤマ)の中で一番古いのは、愛宕町の道指定有形民俗文化財の神功山で、その人形は宝暦4年(1754年)、水引幕は宝暦11年京都の松尾七郎兵衛が納めたもので、宝暦年代には渡御祭の形態が出来ていたことが窺える。渡御行列の模様は元治元年(1864年)8月『両社御祭礼行列並宿割控』(関川家文書)に克明ではあるが、千人を超える大仰な人数の行装、荘厳・厳粛なさまが偲ばれる。 -
山車(ヤマ)は依代
江差で神輿に供奉する曳き山車を「ヤマ」と云うのは、京都祇園祭の系統をひいているからで、祇園祭の山鉾と同じように、青木や帆柱を依代として神が降臨する神域という意をこめてヤマと呼ぶ。それは江戸系統の祭りで、絡繰や歌舞伎、踊りなどを演じて移動する屋台を「ダシ」と呼ぶのと区別している。
江差では屋体の上に一本の青木(トドマツ)を立て、神の依代とする。この青木を立てることを「ヤマを立てる」(船山では帆柱)と云う。三頭立ての鹿子舞で青木を立てるが、ヤマと呼び、神の依代を表徴するのと同じである。明治30年代に撮影された聖武山(現橋本町)の写真を見ると、ヤマのシンボルである青木が高く聳え、土蔵2階建ての店舗を凌駕している。これが本来ヤマの様相なのである。ところが大正4年(1915年)電気会社が創業し、道路に電柱が立ち、電線が張りめぐらされて、高い山車(ヤマ)が通れなくなり、山車(ヤマ)が低く変貌せざるを余儀なくされた。さらに昨今信仰面での変革もあり、ヤマの守護神として添えられた人形が、ヤマの主体と主客転倒、形式化され「伝統だからヤマを立てる」と云うようになった。
さて祭礼行事のなかで宵宮は、ヤマが入魂する大切な神事で、神が降臨し移動神座となるのである。
神
天降る ↓ ↑ 天駈る
山車 -
江差最終日。8/11は帰る日にあてていたため、お祭り最終日は見れませんでした。来年もし休みとれたら来たいと思います。この日は台風11号がどう出るかでわからない状態でした。ので早めに帰ることにしてました。江差バスターミナル7時55分発で函館駅まで路線バスで戻りました。10時04分函館駅に定刻で到着
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8/11この日指定席は夕方まで満席でした、なので自由席乗ることにしてました。10時37分特急北斗5号に乗車
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札幌636→函館1014の特急スーパー北斗2号もきました。定刻だったから大丈夫かな?
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お客さんの間をぬって撮ったスーパー北斗
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特急北斗定期運行復活してよかった!札幌〜函館が4時間切るようになり、少し以前と戻ったと思います。札幌〜函館スーパー北斗で3時間30分、北斗でかかっても3時間54分ほどです。
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北斗の自由席も盆のためか混雑してました。指定席グリーン席とも満席(5両編成しかない)で指定とれなかった人たちがほかにもいたんでしょうかね・・・?
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江差姥神大神宮渡御祭久しぶりに見ましたがほんとよかったです。台風11号がなんか残念でした。来年リベンジできたらいいなと思いました。
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