2014/07/31 - 2014/07/31
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魅々さん
「万世橋」といえば、今では「肉の万世」が知られていますが、かつて万世橋には、写真のような東京駅に似た赤レンガ造りの「万世橋駅」がありました。
この駅舎は、中央線の起点として1912年(明治45年)東京駅と同じ辰野金吾さんの設計により建設されました。しかし1919年(大正8年)万世橋−東京間が開通し中央線の起終点としての役目は7年間で終わってしまいました。
1923年(大正12年)の関東大震災では、万世橋も万世橋駅も崩壊しました。
万世橋は現在のものに造り替えられましたが、万世橋駅は簡素なものが再建されただけでした。その上近くに神田駅及び秋葉原駅が出来るに至り、1943年(昭和18年)万世橋駅は廃止となり駅舎は取り壊される運命となりました。
2013年9月この駅舎跡をリニューアルして、JR東日本のオシャレ系商業施設「マーチエキュート 神田万世橋」がオープンしました。
2014年7月31日、JR神田駅から歩いて「マーチエキュート 神田万世橋」を訪れました。
写真は「マーチエキュート神田万世橋」で購入した昔の絵葉書です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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「マーチエキュート神田万世橋」の周辺の地図です。
かつて万世橋に隣接して、東京駅にそっくりな赤レンガ造りの「万世橋駅」がありました。 by 魅々さん万世橋 名所・史跡
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JR神田駅を降りました。
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神田駅は工事中でした。
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ここから、万世橋まで線路沿いに歩きました。
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ガード下の飲み屋さん
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中央線の歴史を感じさせる古い赤レンガの線路下のガードが続いていました。
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良く見ると、線路下のスペースがいろいろな形で利用されています。
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まず、いろいろな事務所に利用されていました。
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赤レンガのガード、ズッ〜と続いていました。
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倉庫にも利用されていました
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パーキングスペースにもなっていました。
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万世橋に着いたようです。「肉の万世」の前に着きました。
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万世橋の上から見た「肉の万世」です。
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万世橋です。
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神田川にかかる万世橋から見た「マーチエキュート 神田万世橋」の外観です。赤レンガ造りの建物の上には中央線が走っています。
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万世橋の袂の「万世橋ポーチ」から入りました。
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中には雑貨、ファッション、飲食などのショップ、イベントスペース、ライブラリーなどありました。
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「マーチエキュート神田万世橋」のフロアーマップです。
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駅舎のジオラマがありました。
写真は、駅舎を正面から撮ったものです。 -
ここで購入した明治四十五年四月一日万世橋駅開業記念絵葉書(駅前の盛況)です。
上と同じ方向で撮っていますね。 -
ジオラマを横から取りました。
駅舎、ホーム、神田川が並んでいます。 -
万世橋駅開業記念絵葉書(祝賀花電車とプラットホーム)は同じ方向から撮っています
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この絵葉書は、関東大震災の後に建てられた簡素な駅舎です。
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階段を登り、2階に上がってみました。
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2階は、旧万世橋駅のホームでした。行き交う電車が見られました。
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旧万世橋駅のホームの柱があり、それには駅名の標識が残っていました。
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旧万世橋駅のホームを利用した「展望カフェデッキ」もあって、行きかう中央線の列車を窓越しに見ることが出来ました。
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外に出るとガード脇のスペースはビヤガーデンになっていました。
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「昌平橋」から、万世橋方向をみた「マーチエキュート神田万世橋」です。
徳川綱吉が湯島聖堂を建設した際、孔子生誕地である魯国の昌平郷にちなんで、「昌平橋」と命名されました。 by 魅々さん昌平橋 名所・史跡
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帰りは「秋葉原駅」から戻りました。
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駅前には高層ビルが立ち並び、多くの人々で賑わっていました。
この日は猛暑で、秋葉原の散策はまたの機会にしました。
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