2014/07/20 - 2014/07/20
688位(同エリア1149件中)
みなみんさん
昨年末の熊野古道中辺路巡礼に続き、同じ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されながらもちょっと趣の違う高野山周辺を巡ってきました。「紀伊山地の霊場と参詣道」は霊場と言いながらも熊野(平安時代の神道系)、吉野大峰(修験道)、高野山(真言密教)と3つの趣の異なる地域に分けることができ、今回はその中でも空海さんが広められた真言密教系の遺産巡りをしてきました。高野山には幼少の頃から何度もお参りに行ってますので、今回は今まで行ったことのない九度山方面の遺産である、「丹生都比売神社」「慈尊院」「丹生官省符神社」と「高野山町石道」を訪ねました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大阪の実家に帰る際はいつも新幹線を使っているのですが、今回初めてLCC、それも初めて乗るピーチを使ってみました。東京のお家から大阪南部の実家に帰るのに何と7時間、新幹線の半額くらいで帰れましたがとっても疲れました。お盆明けの帰省には往復LCC取ってしまいました、今からゾォーっとします。
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でもやはり飛行機に乗るのは楽しいです。ピーチは関空のLCCT(第二ターミナルらしいです。)をハブとしてます。KLのLCCTと同様に、飛行機を降りたら歩いてターミナルに向かいます。夕立の後だったようで濡れたコンクリートの地面に機影が映ります。
ところでKLのLCCTは新しいターミナルがオープンして地面を歩いて乗り降りしないようになったらしいです。 -
ターミナル内の造りもやはりそれなり。
関空の駅までバスに乗らないといけないのはだいぶイマイチです。 -
で、実家に帰ってもゆっくりさせてもらえません。さっそく老父の「九度山に行きたい」とのご託宣のもと、運転手役に徹しないといけません。涙がでる程の親孝行ものです。
で、実家からは意外と近くて1時間もしないうちに九度山です。まずは世界遺産の「丹生都比売神社」を目指して山間部に入っていきます。
山に登って程なく小ぢんまりとした狩場明神が目に入ってきました。
この狩場明神とは、修行の空間を探していた空海さんを高野山へと案内した二匹の犬を連れた狩人を神格化された神様とのことです。
天照大御神の妹であるとされる丹生都姫の子供が狩場明神と説かれています。 -
かなり山道を登ると紀の川が見えます。
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15分程で水田のある里に出てくると丹生都比売神社にあっけなく着きます。かなりの山中であると思われますが、大きい朱塗りの鳥居とその奥に朱色の太鼓橋(輪橋というそうな)、かなりインパクトが有ります。この橋は上を通ることができます。
丹生とは硫化水銀のことで朱肉の素材となるほどの赤色です。これを精製すると水銀となり、これは不老長寿の薬と思われるほど不思議な存在であったようです。この硫化水銀を採掘していた人々が信仰してきた神が丹生都比売であったとのことです。紀伊半島の付け根に当たる吉野近辺ではこの丹生という地名が多く昔からの水銀の産地であったことを偲ばせます。 -
橋の上から境内です。この境内が世界遺産の要素になっています。
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そう広くはない境内ですが、さすが山の中の神社らしく空気がピンと張り詰めています。訪れる人もかなり少ない、というか三連休なんですが数えるほど。世界遺産要素の楼門が立派です。
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楼門から奥へは入れませんでした。奥の本殿を遠目で。
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お参りしたあと、境内左手に周ります。
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小川を渡ったところにあるのは修験道関係の石碑群。その昔は神仏習合、中でも修験道が神仏習合の最高峰だったので、神社のそばにこのような碑があるのでしょう。その中でも一際目に付くのがこの光明真言板碑です。円形に光明真言(詳しくはよく分かりません)が梵語で刻まれているとのことです。梵語は全く分かりませんので、宇宙語で何か書いてあるような不思議な碑です。境内もさることながら、この碑の辺りで最大のパワーを感じました。
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極々小さい神社ながら、とてもパワーを感じるのはやはり高野山につながる神社のためでしょうか。昔の高野山の表参道は九度山の滋尊院から尾根沿いに繋がる高野山町石道だったのですが、一旦尾根道を下ってわざわざこの神社にお参りしてから高野山方面に再び登り直すというのが正式なお参り道だったとのことです。
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輪橋を横から見ると結構大きい橋です。丹生都比売神社を後に次は九度山に向かいます。
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丹生都比売神社のすぐ近くにあった西行庵です。西行は平清盛の時代の武将だった人が出家して坊さんになったのですが、どうも坊さんになってからは全国を巡っていたようで、今で言うとスパイ活動に従事されていたと思われます。
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九度山への戻り道、車道と高野山町石道が近接しているところがあります。およそ300mの林道を駆け登るとあったのは、143町目の町石でした。
この町石は高野山の壇上伽藍から始まり九度山の滋尊院手前(180町)まで一丁(約109m)ごとに建てられている石碑です。 -
高野山町石道は今ではハイキングコースとなっていて広めの山道です。さらに高野山側に進むと142町石です。
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反対に慈尊院側に下ると144町石があります。この144町目は慈尊院から歩いてちょうど1里ということで一里石もあります。
九度山に下って、高野山町石道のスタート地点である慈尊院を目指します。 -
この慈尊院、昔は高野山は女人禁制であったために空海さんのお母上さえも高野山には入れず、高野山の麓のここ九度山に住まわれていたとのこと。お母上が住まれていたのがこの慈尊院です。空海さんも親孝行もので、月に9度お母上に会いに来るために高野山町石道(片道22Km)を往復されたようです。このため地名が九度山になったとか。
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この慈尊院、世界遺産構成要素ながら庶民的なお寺さんです。空海さんのお母上にちなみ、お乳に効くということで乳がん封じのお寺さんになっています。乳をかたどったお供えが至る所に吊るされております。この奥に本堂の弥勒堂があり、このお堂が世界遺産になっています。
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この慈尊院の裏山に鎮座されておりますのが、世界遺産の丹生官省符神社です。長い階段を登ってゆきます。この階段の真ん中にある鳥居の横に180町石があります。
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石段の上は明るく開けた神社の境内ですが、だだっ広いという印象でポツンと丹生官省符神社の拝殿があります。ここも全く世界遺産という感じではありません。
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ですが境内奥の本殿はさすが世界遺産らしく、朝訪れた丹生都比売神社の本殿と同じく立派なものでした。明治までは慈尊院と丹生官省符神社は一体であったはずで、神仏分離令によって無理やり引き離されてしまってやや寂れてしまっているのでしょう。
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ついでにかつらぎ町三谷(丹生都比売神社への山道の入口)にある丹生酒殿神社にも寄ってきました。ここではお神酒を造っていたようです。
ごく短い日帰りの小旅行だったのですが、世界遺産を4つも巡ってしまうというところが史跡の多い関西の凄みでしょう。
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