2014/05/14 - 2014/05/14
7位(同エリア12件中)
さんしぇさん
<妹と行く1週間>
3日目はパリを脱出。
電車に揺られ2時間半、そこはノルマンディーの海。
本日のメニュー
・トゥルーヴィル・ドーヴィル到着
・市場で何買ってんだか
・海辺に点在するのは
・待望の海鮮盛りだくさん
・サン=ラザール駅で頂きました
・夕方からはルーヴルへ
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
サン- ラザール駅6h43定刻に発車。
車体にあるこういう地方ロゴが面白くて、先回乗った“haute 高地”のル・アーヴル
行きと今日向うbasse 低地”とを並べてみました。
高地と低地と言った、土地の高低による地域区分はイギリスにも見られる様で
馴染みがないだけにいつも面白いなあと思います。サン ラザール駅 駅
-
一度の乗換えを経て8h25には終点トゥルーヴィル・ドーヴィル着。
三角屋根の駅舎を後に、まず楽しみにしていた景色を見に行きます。トルーヴィル ドーヴィル駅 駅
-
これこれ!
これぞトゥルーヴィル、な橋上からの一望、ただしこれはまだ海ではありません。
このまま街中に歩を進めたいものの、水先案内の観光局はこの時間未だ閉館。
一旦、きびすを返して時間まで地図など無いままにドーヴィルを垣間見しようと
思います。 -
上が切れちゃってますが、こちらはポリス。
機動性が旨の警察からして、お郷ノルマンディーの様式濃い破風を備えて妙。 -
あら、サンマロなどブルターニュの老舗の缶詰屋さん「la belle-iloise 美しい島」が
ここに。
かつてサンマロで買ったあれこれ、重かったけど美味しかった。
缶々もキュートでした。 -
スペシャリテのサーディンのオリーヴオイル漬けマグロやサーモンの加工品など。
開店してたら、間違いなく買い求めてうんうん重い思いをしてたに違いなし。
でも後日、パリのグラン・エスピリにコーナーを見つけてびっくり、それに今や
パリ市下に直営店があると知りました。 -
やがて、美しく開けた辺り、後日確認した地図によると、モルニー広場。 -
広場を背にする位置には、マルシェ広場。
ここには奥に有料のお手洗い、街歩きの際お役立ちかもしれません。 -
近くのお土産屋さんで、お約束の紋章が手に入ったのをしおに
トゥルーヴィルへ戻ります。 -
豪壮で美しいこれは、メルキュールホテルのヨットクラブとか。
Hotel Mercure Deauville Centre ホテル
-
そのヨットハーバーが目の前左右一杯に広がりました。
-
小高い向こうには、これから行くだろう教会の尖塔。
-
さて、さっきの橋まで戻って来ました。
橋の下はトゥック川、左岸のドーヴィルと右岸のトゥルーヴィルを分けて
この先1km足らずで英仏海峡の海に注ぎ込みます。
そして、この橋をベルジュ(ベルギー)橋と呼ぶのは、戦時ドイツの占領下に
あった両市が、ベルギー人兵士の犠牲の上に解放された、その顕彰のようです。
そんな険しい逸話は今は昔、今や平和な手回オルガンのパフォーマンス、足元には
子犬がねんね。 -
その橋の上から観光局と思しき辺りにあたりを付けようと凝視すれば、
おびただしいマルシェのテントが目を惹きます。 -
マルシェと来ればうずく主婦ゴコロ。
で、うずたかい山の中から私、3枚10ユーロのスカートを探す探す。
結局1枚だけ、何と¥600足らず・・、うふふ。
これ旅行中お役立ち、パリのマダムには素敵ねえとか声まで掛けられて
まさか、4ユーロぽっちとは思うめえ。^^ -
さて、観光局で地図を頂いた我々、1本北側へと上る階段を見つけ、躊躇無く
行きます。
何て事のない現地の人のお住まい。 -
-
やがて、ノートルダム教会辺り。
この斜向かいにオンフルールへ向うバス停などがあって、以前ブルターニュの
カンカルがそうだったのだけれど、教会をポイントに土地と土地を結んでいる
のかしらと思ったり。
教会の坂を下りましょうか。
わぁ、ありましたよ。 -
パリで生まれ、この街で生き逝った(先ほどの教会で葬儀が行われたと言います。)
ポスター画家サヴィニャックの、その作品。
このお店は、勿論クチュリエ、仕立て屋ですね。 -
あ、ここにも。
なになに、本の展示会この25日の日曜日開催、ですって。
かつての作品が、今もれっきとしたお仕事しています。 -
前方に現れた、地域に融け込んだ感の教会、“救済”教会と、コクリコさんの
ブログで知りました。
漁を生業とする地域などの多くは、厳しい仕事からの帰途をあたかも見守るように
先ほどのノートルダム教会のように高みに聳えるのをよく目にします。
地図ではこの道のどこを折れても海岸に出られるよう。
そろそろノルマンディーの海にまみえましょうか。 -
前方左には、前年行ったル・アーヴル、更にその向うが見えねどもイギリス。
-
日本では見られない3点揃い踏み、すっきり整然更衣室、カラフルゴミ箱
そして、フローリングを敷いた遊歩道。
海岸を砂に足を取られながら行くのも味なもんですが、またこの木質の小道の
美しいことそして機能的なこと。
じっとりした日本ではすぐに朽ちて難しいでしょうか。
さてもう1本内陸側にも同様な遊歩道。 -
それが“ザヴィニャックの散歩道”
1枚2枚画像を収めようとしたら、結局は夢中になってしまう。
およそ17点に上る、彼の作品を仰ぎながら逍遥を楽しみました。 -
もう一つ、点在するこちら。
自らリードするようにワンちゃん、きれいでいられるからねと飼い主。
遊歩道沿いにウ○チ袋が備え付けられて、街はよほど苦慮してるんですね。
美しい別荘やホテルを目に収めながら、そろそろ街中へ戻ります。 -
-
-
-
お腹空かせてやって来ました地域の老舗、ホテルでもある“Le Central”
訳せば“ど真ん中”自負心こもってます。^^ -
地元誇るイズニーのバターが添えられて、膨らむ期待。
-
フリュイ・ド・メール(海の果物)。
この地で海鮮を喰らうなら、この“ど真ん中”でなくともどこでも等しく美味しそうで、
さきほどの遊歩道の途中、眼前海のお店もいいかなと物色しましたが、今回は(再訪
する気満々)老舗に軍配が上がりました。 -
この辺りドーバーから大西洋に棲むというTourteau トゥルトー、蟹味噌たっぷり、
少々ドライでどっしりした蟹身、食べ応え十二分。
が、渡り蟹で育った我々姉妹、渡りの繊細さには及ばないのを暗黙の確認でした。 -
とはいえ、瑞々しいあれやこれやどれもが美味しくて、遂には無言となり、ただ
喰らう我々。
さて、巻貝ぽいの分かるでしょうか、牡蠣だ海老だの花形海鮮の下から覗く、
ほんの端役の様な、ところがこれが滅法美味しくて、でも気が付いたときには
お腹がほとんど10分目、駄目元で持ち帰りを打診するも鮮度が心配で却下、
後に調べるとBulot ビュロでしょうか、普通に魚屋で手に入るらしく、今後の
楽しみです。
さて、今日は夕刻からのルーヴル鑑賞も盛ったが為、13h30そろそろ腰を
あげなくては。
街歩きはほんのサワリで終了、またいつか。 -
定刻トゥルーヴィルを出発してまもなく、Lisieux リジュー乗り換え。
この辺は近隣にルーアンがあって、ルーアンと言えばかつて百年戦争の頃の
ジャンヌ・ダルクの裁判などの舞台、奇しくもこのリジューの司教だった事も
あるコションによって火刑の引導を渡されたんでした。
高台にはサント=テレーズ・ド・リジュー教会、ここに祀られているのが
聖テレーズ、ジャンヌ・ダルクの次に列聖されたとか。
もともとリジューのテレーズ信仰というのがあって、盛んになるに従い20世紀に
入って建てられたのがこの教会とか。
今や、かのルルドに次ぐカトリックの巡礼地、また、あのマザー・テレサの名前は
このテレーズからと言い、とても敬っておられたとの事。
さて、乗り継げば一路パリ、サン=ラザール駅。 -
この画像お解かりでしょうか?
こちら合わせて8名の座席指定なんです。
8名満室の、つまりコンパートメントだったんでした。
・・にしても、良く判らん席番号、我々2名は手前21,22で共に通路側は
いいとして続く23に、次が28ねぇ・・。 -
同室には、赤ちゃん連れたお母さん、我々の次に学生さんらしい2人連れ、
その後はどなたも来られないばかりか学生2人も別な空き部屋を陣取って、
我々4名で広々と時に居眠りしたり、女性同士気兼ね無く過ごせ、無事帰着。 -
帰ってきたサン=ラザール駅頭では、何やら催し。
高々揚がるアドバルーンを眺める我々に、SNCF(仏国鉄)ロゴのウェアを着た
お姉さんが、満面笑顔でどうぞ、で反射的に受け取ってしまったのが、このバラ。 -
この駅前広場とおぼしい“place Rome(ローマ広場 この側の通りがローム(マ)
通りと称している関係でしょう。)”の改築竣工式があった模様です。
駅構内も先ごろ、ショッピングモールとして整ったり、着々進化中なんですね。 -
バス1本でやって来ました、ルーヴル美術館。
ここのフードコートで早いお夕飯をしながら、今日水曜日の夜間開館を待とうと
思います。 -
記念撮影。
逆さピラミッドのプリズムか、きれいな光の帯を生んでます。 -
ちいちゃんをご案内したのは、ルーヴル美術館の地下に眠る、かつての城砦跡と
その断片を加えた一大ジオラマです。
先ごろwizさんが紹介くださった動画の、パリの名所に因んで歴史を3D化したものを
キャプチャーに切り出しさせて頂きました。
http://youtu.be/-64kHmCJGMA
(拝借に不都合あらば削除します。)
クリックで僅か拡大します。 -
今日、日中を遊んだノルマンディー、その海からのイギリス侵攻にフランスが
晒されていたのは12世紀の頃。
この頃のフランスと言っても、パリとその周り半径100Km足らずのほとんど
イル・ド・フランス圏ほどの狭さ。
時の仏王フィリップ・オーギュストがパリの西の守りの城砦としてまずは建築。 -
時下り14世紀、シャルル5世の時代、パリが拡大して城砦の外に第2の壁が
築かれるに至って、城砦はようやく守りの役目を終えて、穏やかな城館へと。
今ある美術館は、まさにこの12世紀当時パリの西の端っこの上に建っています。
今でこそパリの粋を謳われるシャンゼリゼの、本来の名前“エリゼの野っぱら”を
とっぷり実感しました。
さて、古のルーヴルにまみえた後は。 -
更にいしえのエジプトに棲む動物と戯れ。
-
ギリシアに飛べば、プシュケとアムルの愛の世界に遊び。
-
モナリザ嬢と2ショットを果たしたちいちゃん。
これにて本日終了、お疲れさま〜。
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