2014/05/30 - 2014/05/30
341位(同エリア610件中)
ミモザさん
久し振りのウォーク倶楽部の参加でした。
前日ミニテニスの試合で1日動き、夜は反省会の飲み会で、歩けるかどうか不安でしたが、何とかゴールまで行けました。
それにしても暑い日でしたので、途中のアイスや生ビールの美味しかったこと。
初めてのところではありませんでしたが、前とはまた違った視点で散策できました。
木陰の風がとても心地良かったです。
- 旅行の満足度
- 4.0
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スタートはJR秋葉原駅からです。
9時に集合して15名の参加です、歩き始めたのは9時半でした。 -
万世橋
昭和5年にできた鉄筋のコンクリート橋。以前はよろずよ橋と呼ばれていた。 -
肉の万世のビル、なんでも万世橋が社名の由来とか。
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2013年9月14日(土)、万世橋高架橋にカフェなどの飲食や物販、合計11のショップで構成される商業施設「マーチエキュート神田万世橋」がオープンしました。
これがあの神田川・・・ -
まだお店は開店前でした。
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湯島聖堂
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学問の神様だから修学旅行の学生さんがお訪づれていました。
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徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。
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聖堂内部。
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神田明神の鳥居
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天平2年(730)に創建された古社で、その後平将門を合祀して神田明神と名付けられた。2代将軍秀忠により現在地へ遷座し、江戸総鎮守となる。隔年5月開催の神田祭は江戸三大祭りとして有名。
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手水舎
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商売繁昌の金のえびすさまが見えますか?
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神馬 明(あかり)ちゃんです。
信州・佐久高原で平成22年5月15日生まれた牝馬です。毛並みは「あし毛」といわれ、歳をとるごとに白毛が増え白馬になっていきます。
名前の「明(あかり)」は明るく平和な世を願った名前であるとともに、神田明神の「明」の字をいただきました。 -
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国歌「君が代」に出てくるさざれ石。
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屋上庭園がありましたが、暑い!紫陽花やカルミアがきれいに咲いていました。
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湯島天神
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受験の時期も終わり」、梅祭りも終わったのでひっそりとしていました。
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ここで休憩タイム、みなさんでおやつをいただきました。
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東京大学のキャンパスに入ります。大きな木の街路樹が涼しいです。
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東大キャンパス内のコンビニはローソンでした。
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東大の校舎も新しい建物と古くからある建物といろいろですが、古い建物を壊して工事中のところもありました。
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お馴染みの赤門。
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大きな木が多いので木陰は涼しいです。
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安田講堂は耐震工事の真っ最中。
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安田講堂の左右に大きなクスノキがあり、丁度休憩にいい場所です。
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食堂は地下にあり2層構造になっています。
上が食券売り場やトイレがあり、下に調理場と大食堂があります。 -
ほとんどのメニューは500円以下で安いです。どれにしようか迷います。
上で食券を買って下の食堂でもらって食べます。 -
名物赤門そばをいただきました。
ラーメンの麺のうえに坦々ソースがかかっています。400円で安いですが量が多くて残しました。 -
三四郎池
三四郎池は三四郎池と名付けられるもっと前から池として人々の目を楽しませてきました。池のそばに立てられている立て札によると、当時の当主前田利常によって園池が築造さたのは1638年。彼の死後、綱紀がさらに補修して、当時江戸諸侯邸の庭園中第一と称せられたそうです。池の形が「心」という字をかたどっており、この池の正式名称は「育徳園心字池」なのですが、夏目漱石の小説「三四郎」以来、三四郎池の名で親しまれています。 -
錦鯉が寄ってきます。
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池の周りを1周しました。
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弥生門から出ます。
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「弥生式土器ゆかりの地」碑
明治17年(1884)、東京大学の坪井正五郎、白井光太郎と有坂鉊蔵の3人は、
根津の谷に面した貝塚から赤焼きのつぼを発見した。
これが後に縄文式土器と異なるものと認められ、発見地の地名を取り「弥生式土器」と名付けられた。 -
おばけ階段
根津神社近くにある登るときの段数と降りるときの段数が違うといわれる不思議な石階段。幽霊坂とも呼ばれる。
上へ登るときは40段、下へ降りるときは39段。 -
根津神社の鳥居。
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根津神社桜門
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乙女稲荷神社
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もうツツジも終わり境内も静かです。
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笑吉劇場
前に入ったのでここはパスしました。 -
谷中ぎんざにやってきました。酒屋さんの屋根に猫ちゃんが。
これは東京芸大の学生さんが作った木製彫刻です。
谷中ぎんざには、この猫のオブジェが7体あるそうです。 -
あ、ここにも猫が。
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暑い日だからソフトが美味しそう、私達もアイスをいただきました。
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ここでメンチカツを買いましたが、家で食べたらイマイチでした。やはり出来たての熱々がいいのですね。メンチカツ200円
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レトロな雰囲気が漂う商店街、70軒ほどのお店があるようです。
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御殿坂と谷中銀座の間には「夕焼けだんだん」と呼ばれる階段があります。
この階段の横にあるお酒屋さんで休憩、冷たい生ビールが美味しかった(^^♪ -
岡倉天心記念公園
横山大観らと日本美術院を創設し、日本の伝統美術の復興に努力した岡倉天心の邸宅兼、日本美術院跡に台東区が作った公園で、昭和42年(1967)に開園しました。約700平方mの小さな公園です。 -
園内には岡倉天心を記念した六角堂が建ち、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されています。
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観音寺築地塀
江戸時代に築造された土塀。 -
こんな古い民家が随所に見られます。
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台東区 下町風俗資料館付設展示場
旧吉田屋酒店 -
こも樽や陶製の樽、枡・徳利・さお秤など懐かしいものばかり。
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レトロでいい感じです。
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清酒・ビール・製糖会社などのポスターや看板。
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かまぼこの板に書いた絵。
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谷中霊園
かっては寛永寺と天王寺の寺領だったが、明治4年から東京都が管理。園内には、実業家・渋沢栄一、日本画家・横山大観、俳優・長谷川一夫など、明治から昭和にかけて各界で活躍した人の墓が多くある。
また園内中央に桜並木があり、桜の名所としても知られている。 -
これが往年の美男俳優、長谷川一夫さんの墓。だんだん長谷川一夫さんを知る人も少なくなってきてます。
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護国山天王寺
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釈迦如来の銅像の横にタイサンボクの花が咲いていました。
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この辺り小さなお寺が沢山あります。
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経王寺
明暦元年(1655)創建の日蓮宗の寺院で大黒山と号し、境内の大黒堂には日蓮上人作という大黒天が祀られています。旧谷中七福神のひとつです。
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慶応4年(1868)の上野戦争に敗れた彰義隊士がここへ隠れたため、新政府の攻撃を受けました。天保7年(1836)建立の山門には銃撃を受けた弾痕が今も残り、当時の激しさを今に伝えています。
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安全横丁と名の付いた路地道に「富士見坂」というのがありましたが、今は全然富士山は見えないようです。高層ビルができたため。
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諏方神社鳥居
鎌倉時代に豊島佐衛門尉経泰によって創建されたと伝えられ、信濃国上諏訪大社と同じ建御方命を祀ります。現在も日暮里(旧:新堀)・谷中の総鎮守として広く信仰を集めています。 -
境内社神興庫の両脇に駒獅子が・・・
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ひょうきんな顔、頭に角があるから雄ですね。
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これは雌。
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諏方神社社殿を下るとゴールの西日暮里の駅です。
歩きました12km、休み休みだったからなんとか歩くことができました。
それにしても暑い1日でした。超疲れたけどいい散策でした(^^♪
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