2014/04/20 - 2014/04/26
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natto9さん
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黄山の南麓にある古村落・・・宏村をたずねることは、黄山を登ることに匹敵するくらい心躍らせて待った。白壁、黒瓦の家々が馬頭がたをした池の周りに建ち並び、絵のように美しく多くの人がキャンパスにその美を写そうとしている姿が目に焼き付いた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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安徽省南部にある古村落ー宏村。
雲谷ロープウエイで下山、路線バスに乗り換え(30分)、それから我々のマイクロで一時間の所にある世界文化遺産。 -
水辺の風景が印象的
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多くの学生がスケッチにいそしむ姿がみられる。
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昔なじみの料理法で作った料理、その品をこうして売っていたが、売り子は見当たらなかった。
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水系の入口は村の西北の少し高いところにあり、村民は石を築きダムをつくって水をためた。そして小川を作り、各家々の門前にまで流れるようにした。
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しっくいの白壁、黒い瓦が特徴
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古式ゆかしい家並み
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この広い敷地内にポツンと一つだけ椅子が・・・。
いつの時代からか・・そして何のため・・・・それが不可解。 -
これは一体何に使うのだろう?
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こうして細い竹を干し物にし、乾燥させたものを必要な時に水に浸してもどし、料理に使う。
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村のはずれの館にある食事処で「田舎料理」の昼食をとる。日本人客用にあまり辛くしないで・・と頼んでおいたとか。それでも辛い料理があった。
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民家と水辺の風光が織りなすのどかな村・・こんなところもいいなあ〜。
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菜の花の時期も終わり、今はたけのこ。
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今日の昼食はこの食事処で。
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ビールは18元。アルコール度は2.5度。以前は中国のどの観光地へ行っても、ガイド経由で1本500円だったのだが・・・。
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タケノコの料理と豆腐が主流。
安徽料理は「徽派文化」といわれ、チベット、敦煌とならぶ中国三大地域文化に数えられる。 -
振英さんが鍋料理をみなさんに盛ってくれた。
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この小さなひなびた食事処で、有名な田舎料理をいただいた。
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黄山あやめ(?!)
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この村の富豪の家。 柱のあちこちに「商人としての心構え」となる家訓が彫られていた。
"惜衣惜食非為惜財縁惜福,求名求利但須求己莫求人"
衣服や食べ物を大切にするのは、財物を惜しむからではなく、福のありがたさを重んじるからである。名利を追うなら、自分の努力によるしかなく、他人に頼ってはならない・・・という意味だとか。 -
宏村の民家には大きな天窓があったが、窓は小さく留守がちな徽商たちが妻の不貞を防止する目的で作った。
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水利を利用し、国中に塩や茶を売り利益を上げたが、商人としての心構えを常に忘れないように、家訓を柱に彫ったり、門に貼り紙をして自らを諌めていた。
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今でも用水で洗い物をする。この水は山からの水を引いたもの。
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村に小道が巡らされているが、車はその幅ギリギリに入ってくる。時代の流れか?!
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南宋時代の汪氏一族がここに集落をなしたのが起源だとか。村落の中心の氏族の祖廟に半月型をした池を築いた。
400年後の今も完璧な水系を保っており、村人の日常の生活に使用されている。 -
風水によって、「牛の形」になぞらえて配置したという。
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どの家にも商人としての家訓が家の壁に貼られている。
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唐の19代皇帝の息子らが、政権抗争に疲れ果て、世を捨て姓をかえ、この山に囲まれた地に移り住んだとも言われている。村の人々が今でも芸術を愛し、遊び心を忘れないのは文化を愛する当時の貴族の血をひいているからだ・・ともいわれている。
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商人たちは中国の各地で成功し、村に帰って錦を飾り、祠堂や家、橋などをつくった・・といわれている。
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この豪商の家には屋根の空いたところがあり、雨水が入るようにしてあるのだとか。商人にとって雪は銀貨にも等しく、雨は「金貨」にも匹敵するくらい大切なものであったようだ。
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位牌をまつった廟
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冷蔵庫のない時代であったので、干物にするのが鉄則。
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豚も塩漬けした後、日干しにした。
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今回の旅の仲間:日本人4人と中国の友人一人の計5人からなるフリーランスの旅。
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黄山に多くいた鳥。名前は? ・・・「アトリ」らしい。
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村人が採ってきた細い竹の皮を、みんなで共同作業として皮をはいでいた。
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鳥も日干しに・・。
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地元の陶画家が自分の作品、この村を描いた作品を近くの景徳鎮で焼き、この店で売っていた。
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からしを他のものに混ぜ、調味料として使っていた。この地方の人は辛い味が好きで、友人は北京出身で彼女には辛すぎ。
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陶淵明は「桃花原記」の中で、山に迷い込んだ漁師が桃の花に囲まれた美しい農村を発見する物語を書いた。
外界から隔離された環境で、つつましやかな生活を営むその村は「桃源郷・とよばれ、中国の人にとっての「理想郷」となった。 -
イ県は四方を山々に囲まれ、それらの山々はかって「イ山」とよばれていたが、それが現在の「黄山」だ。イ県は桃源郷のモデルではないか・・という噂が流れ、今日「小桃源」と言われるのもうなずける。
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中国画を想わせる素朴な景色から、国中から写生家を集めるに至り、「中国画里郷村」とも言われている。
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明るすぎても(快晴の日)また水面に風が吹きつけても、うまく映らないのだが、この日は時間的にも、また曇天で風もなく・・・うまくこうしてmirror reverse で映し出してくれた。
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水面にmirror reverse に映った白壁の家々も美しい。
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豆画伯たちが、お絵描きに忙しい。
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美しく水面に映える白壁の商人の家々。
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三階建ての家はすべて商人の家だとか。土地は国家のもの、家はお金を払って取得しても60年間所有できるだけ。
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日本人4人、中国の友人1人、ガイド1人・・・計6人のフリーな旅でした。最高!
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