2014/03/21 - 2014/03/22
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ka-keikoさん
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「穀雨の鹿児島 その1」の続き。
3日目は 指宿スカイラインを使い池田湖へ。
その後 山川港へ向かい フェリーで根占へ。
佐多岬見学後 垂水からフェリーで鴨池まで戻った。
4日目は 仙巌園と尚古集成館見学。
お昼前にレンタカーを返して 鹿児島駅周辺で昼食した後、新幹線に乗って岡山へ、岡山からマリンライナーで高松へ。
高松築港から琴電で戻った。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
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3日目の朝、指宿スカイラインで指宿に向かった。
通行料金は630円---手書きの領収証をもらった。
カーブの多い道路だった。 -
有料道路が終わってからの見晴らしの良い所から 開聞岳を見て。
指宿スカイラインより その後の道路の方が綺麗だった。 -
開聞岳を見て。
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同じ場所から東を見て。
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池田湖駐車場から開聞岳を見て。
「池田湖は、約6400年前の火山活動によってできた周囲15km、水深233mの九州最大の湖です。
湖水は藍色に澄み、薩摩富士と呼ばれる開聞岳が望めます。
体長2m、胴回り50cmの大うなぎが棲息しており、幻の怪獣「イッシー」の湖としても有名です。
10数年前、地区の人が池田湖に怪物みたいなものが泳いでいるのを見たと言う事からマスコミでも話題となりました」---いぶすきNETより。 -
池田湖でイッシーと共に。
「昭和53年9月3日、湖面を猛スピードで進む二つの黒い物体が泳ぐのが多くの人々によって目撃された。水面に浮かぶコブとコブの間は5メートルほどあり、湖面は数十メートルにわたってざわめいていたという。
この事件は新聞やテレビで大きくとりあげられ、その後多くの目撃情報が寄せられるようになった。この未知の巨大生物は、ネス湖のネッシーにあやかって「イッシー」と呼ばれるようになった」---案内板より。 -
池田湖のお花畑
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池田湖から開聞岳へ向かって---。
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池田湖から開聞岳麓まで約24分。
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山川港へ向かう途中。
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山川港へ向かう途中。
もう田植えが終わっていた。 -
山川港にてパチリ。
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山川港から 山川・根占フェリーに乗り 長崎鼻方面を見て。
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道の駅根占にて。
可愛いお花を 開聞岳と一緒にパチリ。 -
南へとドライブ---道路わきの木が面白い。
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南へとドライブ。
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灯台が見えてきた。
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サルが多くて 車が通っても逃げない。
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佐多岬のガジュマル。
この後、トンネルを抜けて佐多岬へ。
サルが多くて進めなかったと引き返して来た男性1人と一緒に 3人で歩いて佐多岬へ。 -
御崎神社にて。
私達がうるさかったのか サルは全く現れなかった。
木の杖は トンネル内で沢山用意されていたので 自分に合う長さの杖を借りた。 -
佐多岬の灯台。
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佐多岬の立札は、いろんな場所に設置されていたが ここが一番高い所。
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同じ場所から 別方向を見て。
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佐多岬から垂水へ向かう途中の台場公園で、途中のコープのお店で買ったお弁当を食べた。
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台場跡。
町指定文化財(昭和四十三年十二月)
文久二年(1862年)八月二十一日島津久光の一行は薩摩(鹿児島)に帰る途中、武蔵生麦村(現横浜市)で行列を乱した英国人リチャードソンを斬殺し二人に傷を負わせた。このことが原因となって薩英戦争が始まった。
文久三年二月 薩藩は英艦の錦江湾来攻を察知して沿岸の防備を固めたが この時本町の根占港津柱神社裏と現在地そして上ノ山の三ヶ所に五番陣(小根占、大根占、佐多、大姶良、鹿屋)の郷土が主になって台場を構築した。---薩英戦争の際、発射する機会はなかったが錦江湾沿岸に数十の台場が構築されたなかで当時の台場として原型をはっきりととどめているのはこの台場だけ---案内板より。
この後、垂水港よりフェリーで鴨池に戻った。 -
垂水港よりフェリーに乗って---。
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ホテルは鴨池フェリー乗り場の近くなので フェリーが良く見える。
ホテルの駐車場は 遅く帰るとホテルに併設された駐車場に入れないので 出来るだけ早くホテルに着くようにしていた---1日目は 私達の車が駐車場に入れる最後の車だと言われたので 以後早めに帰るようにした。
駐車料金 1日800円---ホテルでカードに印を押してもらう。 -
4日目の朝、ようやく桜島の上部がうっすらと見えたが 外は 相変わらず雨。
「桜島は 鹿児島県の鹿児島湾(錦江湾)にある東西約12km、南北約10km、周囲約55km、面積約77km?の火山島。
かつては文字通り島であったが1914年(大正3年)の噴火により大隅半島と陸続きとなった」---ウィキペディアより。 -
仙巌園。
鉄製150ポンド砲と共に。
「仙巌園は、万治元(1658)年、19代島津光久によって築かれた別邸です。錦江湾や桜島を庭園の景観にとりいれた、雄大な景色が仙巌園の最大の魅力です。幕末の名君、28代島津斉彬がこよなく愛し、徳川将軍家に嫁いだ篤姫も足を運びました。 また、南の玄関口といわれた薩摩の歴史・風土にふさわしく、中国文化の影響が色濃く見られることが仙巌園の特色の1つです。さらに温帯と亜熱帯の境に位置することから、数多くの珍しい植物が植えられています。」
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丸に十の字は 島津家の家紋。
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正門(篤姫ロケ地)
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仙巌園にて桜島と共に。
4日間で一番綺麗に見えた桜島。
真っ白で 麓すら見えない日もあったので ラッキーだった。 -
仙巌園にて桜島と共に。
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尚古集成館へ。
館内は写真禁止で残念。
尚古集成館の別館には人形の展示があったので それも見てから今回の旅行は終了。
城山へ行く予定にしていたが 雨だったので ここで十分遊んでからレンタカーを返し 鹿児島駅周辺をウロウロ。
穀雨の中の鹿児島旅行、晴天だったらもっと楽しかった事と思うが
雨でもそれなりに楽しめた。
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