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芭蕉は元禄7年(1694)10月12日、大阪で客死するが、遺体は芭蕉の遺言で、故郷の伊賀上野でなく、琵琶湖湖南の義仲寺に葬られた。<br /><br />伊賀上野在住の門弟、服部土芳と貝増卓袋の二人が、義仲寺の芭蕉の葬儀に参列、芭蕉の遺髪を持ち帰り、松尾家の菩提寺遍光山願成寺(通称愛染院)に奉納。<br /><br />後に遺髪を納めるための記念碑・故郷塚が建てられた。<br /><br />愛染院の境内には無数の墓があり、その奥の一角にある故郷塚を、訪ね以ってやっと探し出すことが出来た。<br /><br />故郷塚に向かう本堂の軒下に芭蕉の句碑が有る。<br /><br /> 家はみな 杖にしら髪の墓参り  芭蕉<br /><br />また芭蕉の愛人だったと目されている寿貞尼を偲んだ句碑も建つ。<br /><br /> 数ならぬ 身となおもふそ玉祭り  芭蕉<br /><br />芭蕉が最後の旅で立ち寄った京都落柿舎に滞在中、江戸で病床にあった寿貞尼の訃報に接し呼んだ句。<br /><br />日蔭の女性的存在だった寿貞尼を思いやった、芭蕉の優しい心情が滲む。<br /><br /><br />

1.芭蕉の生まれ故郷であり、最後の旅の出発地でもある伊賀上野1-5芭蕉の遺髪を収めた故郷塚(愛染院境内)

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2013/11/29 - 2013/11/29

279位(同エリア493件中)

WT信

WT信さん

芭蕉は元禄7年(1694)10月12日、大阪で客死するが、遺体は芭蕉の遺言で、故郷の伊賀上野でなく、琵琶湖湖南の義仲寺に葬られた。

伊賀上野在住の門弟、服部土芳と貝増卓袋の二人が、義仲寺の芭蕉の葬儀に参列、芭蕉の遺髪を持ち帰り、松尾家の菩提寺遍光山願成寺(通称愛染院)に奉納。

後に遺髪を納めるための記念碑・故郷塚が建てられた。

愛染院の境内には無数の墓があり、その奥の一角にある故郷塚を、訪ね以ってやっと探し出すことが出来た。

故郷塚に向かう本堂の軒下に芭蕉の句碑が有る。

 家はみな 杖にしら髪の墓参り  芭蕉

また芭蕉の愛人だったと目されている寿貞尼を偲んだ句碑も建つ。

 数ならぬ 身となおもふそ玉祭り  芭蕉

芭蕉が最後の旅で立ち寄った京都落柿舎に滞在中、江戸で病床にあった寿貞尼の訃報に接し呼んだ句。

日蔭の女性的存在だった寿貞尼を思いやった、芭蕉の優しい心情が滲む。


同行者
一人旅
交通手段
新幹線 JRローカル 私鉄
旅行の手配内容
個別手配

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