秩父旅行記(ブログ) 一覧に戻る
お昼のお弁当に「なだ万」が出されるとは全く予想外だった。日帰りツアーで約9000円は、当方に取ってはかなり高い料金設定と思っていたが、昼食に「なだ万」が出るんだったら見合っているのか。しかし流石「なだ万」。数えた訳ではないが、こまごました食材が何種類も入っていて、ざっと見たところ50種類はあるだろう。春のタラの芽、タケノコからシラスご飯。お子様弁当の大人版、っと言ったところだ。<br /><br />「なだ万弁当」というのを今回初めて食べたが、箸入れにも弁当箱にも「なだ万」と書いてあるだけで、住所とか連絡先はどこにも印刷されていない。これでは一体どこの「なだ万」か分からないではないか?? 確か先刻バスが「栗助」に着いた時、添乗員が駐車場で待っていたバンの人から34人分の弁当箱を受け取っていたが、バンは地元の車のようだった。とすると箸や箱には「なだ万」と印刷されてはいるが、これは老舗の「難波なだ万」ではなく、地元の「なだ万」か?? <br /><br />まあ、どうでも良いようなことを添乗員に聞くわけにも行かず、ゆっくりしている間に昼時間は終わり、午後最初の参詣先、第十三番札所「旗下山慈眼寺」へ向かった。ここは秩父市役所のあるお祭り広場のすぐ近くにあり、広場から坂を下った所にある。先達さんの話では「旗下山」の「旗」はその昔、日本武尊東征の折、ここに「旗」を立てて陣地にした謂れがあるから、との事であるが、一方で、お寺が坂の下にあり、「坂下」が訛ったもの、との説もあるとのこと。<br /><br />更に又、先達さんが興味深い話をしたのは、このお寺は「崖」の下にあり、鎌倉時代の昔には「崖」のことを「はけ」と言っていた、とのこと。従って、「はけ下」が日本武尊伝説と結びついて、「旗下」となった、との説。ああ、なる程、得心がいった。当方、小金井に永らく住んでいるが、こkには国分寺崖線という数十キロにも及び崖、段差がある。昔からこの土地の住民はこの崖線を「ハケ」と呼んでいた。「ハケの道」などは今でも普通に使われている。市役所等の広報では崖の段差の為に「水はけ」が良く、この水がハケ出される、水はけの良さ、から「ハケ」と言われるようになった、と解説されていたが、今日の先達さんの説明の方が当たっているだろう。「はけ」は鎌倉時代の古語で、「崖」を意味していた。その古語を今でも現代人が使っている。そういうことだったのだ。<br /><br />更にもう一つ興味深い事実を発見した。この寺に入る角の所の地蔵堂の前に「第十三番補陀所」との石柱が建っていた!「補陀所」! これは重大発見だ。目から鱗が落ちる思いだった。そうか、「お札参り」とはそういうことだったのか・・。 <br /><br />

秩父観音霊場お札巡り(4)七ケ寺霊場「四萬部寺→大慈寺→常楽寺→慈眼寺→少林寺→定林寺→西光寺」。

6いいね!

2014/03/29 - 2014/03/29

1201位(同エリア1855件中)

0

9

ちゃお

ちゃおさん

お昼のお弁当に「なだ万」が出されるとは全く予想外だった。日帰りツアーで約9000円は、当方に取ってはかなり高い料金設定と思っていたが、昼食に「なだ万」が出るんだったら見合っているのか。しかし流石「なだ万」。数えた訳ではないが、こまごました食材が何種類も入っていて、ざっと見たところ50種類はあるだろう。春のタラの芽、タケノコからシラスご飯。お子様弁当の大人版、っと言ったところだ。

「なだ万弁当」というのを今回初めて食べたが、箸入れにも弁当箱にも「なだ万」と書いてあるだけで、住所とか連絡先はどこにも印刷されていない。これでは一体どこの「なだ万」か分からないではないか?? 確か先刻バスが「栗助」に着いた時、添乗員が駐車場で待っていたバンの人から34人分の弁当箱を受け取っていたが、バンは地元の車のようだった。とすると箸や箱には「なだ万」と印刷されてはいるが、これは老舗の「難波なだ万」ではなく、地元の「なだ万」か?? 

まあ、どうでも良いようなことを添乗員に聞くわけにも行かず、ゆっくりしている間に昼時間は終わり、午後最初の参詣先、第十三番札所「旗下山慈眼寺」へ向かった。ここは秩父市役所のあるお祭り広場のすぐ近くにあり、広場から坂を下った所にある。先達さんの話では「旗下山」の「旗」はその昔、日本武尊東征の折、ここに「旗」を立てて陣地にした謂れがあるから、との事であるが、一方で、お寺が坂の下にあり、「坂下」が訛ったもの、との説もあるとのこと。

更に又、先達さんが興味深い話をしたのは、このお寺は「崖」の下にあり、鎌倉時代の昔には「崖」のことを「はけ」と言っていた、とのこと。従って、「はけ下」が日本武尊伝説と結びついて、「旗下」となった、との説。ああ、なる程、得心がいった。当方、小金井に永らく住んでいるが、こkには国分寺崖線という数十キロにも及び崖、段差がある。昔からこの土地の住民はこの崖線を「ハケ」と呼んでいた。「ハケの道」などは今でも普通に使われている。市役所等の広報では崖の段差の為に「水はけ」が良く、この水がハケ出される、水はけの良さ、から「ハケ」と言われるようになった、と解説されていたが、今日の先達さんの説明の方が当たっているだろう。「はけ」は鎌倉時代の古語で、「崖」を意味していた。その古語を今でも現代人が使っている。そういうことだったのだ。

更にもう一つ興味深い事実を発見した。この寺に入る角の所の地蔵堂の前に「第十三番補陀所」との石柱が建っていた!「補陀所」! これは重大発見だ。目から鱗が落ちる思いだった。そうか、「お札参り」とはそういうことだったのか・・。 

旅行の満足度
5.0
  • 昼食に配布された「なだ万」のお弁当。50種類以上の具材が入っていた。「なだ万」って言うのは、名前だけ印刷されて、どこにも住所、<br />連絡先は書かれていないのか・・

    昼食に配布された「なだ万」のお弁当。50種類以上の具材が入っていた。「なだ万」って言うのは、名前だけ印刷されて、どこにも住所、
    連絡先は書かれていないのか・・

  • 昼食後の最初の参詣先は第十三番「旗下山慈眼寺」。

    昼食後の最初の参詣先は第十三番「旗下山慈眼寺」。

  • 境内に入る前に地蔵堂があり、そこの石柱に「十三番補陀所」と彫られていた。大発見!

    境内に入る前に地蔵堂があり、そこの石柱に「十三番補陀所」と彫られていた。大発見!

  • さて、これから慈眼寺に入ります。

    さて、これから慈眼寺に入ります。

  • 山門の正面に本堂が見える。

    山門の正面に本堂が見える。

  • ここも明治期の秩父の大火で消失したが、その後、今のように再築されている。

    ここも明治期の秩父の大火で消失したが、その後、今のように再築されている。

  • ここにその昔、日本武尊が陣取ったのか・・。「旗の下」。

    ここにその昔、日本武尊が陣取ったのか・・。「旗の下」。

  • 明治期、秩父地方には農民一揆があったが、絹織物等、裕福な面もあたのか・・。立派な瓦屋根だ。

    明治期、秩父地方には農民一揆があったが、絹織物等、裕福な面もあたのか・・。立派な瓦屋根だ。

  • 境内に植えられている目の漢方薬になる樹木。

    境内に植えられている目の漢方薬になる樹木。

この旅行記のタグ

関連タグ

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP