2013/06/20 - 2013/06/20
23位(同エリア137件中)
はくさんちどりさん
- はくさんちどりさんTOP
- 旅行記165冊
- クチコミ121件
- Q&A回答0件
- 208,565アクセス
- フォロワー70人
長年どこへ行くにも足となってくれた相棒のローレル、車検を通すだけで20万円以上かかるといわれ、泣く泣く別れることにしました。その名残りの旅に選んだのは、宮城県から岩手県にかけての三陸沿岸津波被災地、車に心はないかもしれませんが、自分自身が目を逸らさずしっかりと記憶に残すためにも。
巡った地域は、宮城県北部の南三陸町と気仙沼市、岩手県南部の陸前高田市です。大船渡市や釜石市方面には、時間の関係で足を伸ばせませんでした。
陸前高田市の氷上山麓の道路を走って内陸部に入って、最後に猊鼻渓に立ち寄りましたが、時間外のため、入口付近で少しだけ目の保養して終わりにしました。
2013年、東日本大震災発生から約2年後の津波被災地を、福島県浜通りから岩手県陸前高田市まで見て感じたことは、どこも復興後の地域の姿がまだ見えてこないということでした。
中でも、原発事故による放射能汚染で復興に苦悩する福島県浜通りでは、被災直後のままで残された地区も多く、帰還できない地区両側の相馬市・南相馬市といわき市の果たす役割がキーポイントになると個人的には感じました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
三陸道をひた走り、津山ICを出て北上山地の峠越えをし、南三陸町の志津川地区に到着し、まず目についたのは防災センターの鉄骨だけになった建物でした。
大津波が押し寄せる直前まで、若き女性職員が必死になって住民に至急の避難を呼びかけていたあの建物です! -
志津川地区は南三陸町の中心部ですが、その津波被災後2年3ヶ月時の状態です。
津波破壊財産はおおむね処理されていますが、新規の恒久建築物は見られません。 -
一次集積された津波破壊財産です。
-
重機がさらに二次処理のための作業をしているようです。
その無機的な色と後背山地の緑が、不釣り合いな光景に見えます。 -
奥に見える『高野会館』は地域の結婚式場だったそうですが、津波遺構として保存されることになったと聞いています。
-
志津川の津波被災地北部です。
写真中央の高台は被災していません。 -
視線を次第に南側に向けています。
防災センターが左端に! -
さらに南に目を向けると、防災センターが写真中央に見えます。
-
さらに南に視線を移すと、高野会館が!
-
防災センターの内陸側奥にも、ベージュ色のビルが見えています。
防災センターの近くに建っている、宿泊施設の料金案内がやけに目立ちます。 -
その拡大写真です。
右側の一段高い所に、“クボタ”と書いてあります。 -
志津川湾方向の全景です。
-
国道45号を北上して、道の駅大谷海岸まで来ました。
以前は駅舎があり、線路を越えた黒松林の向こうに大谷海水浴場がありましたが、
今は直売所とトイレで頑張っています。
この付近は、学生時代に大谷鉱山で鉱山実習を受けた思い出の地です。 -
直売所の全景です。
-
相棒のローレルです。
毎年ほぼ1万キロ弱走ってくれました。 -
気仙沼の市街地手前で国道45号から海側の道路を選び、魚市場があった方に向かいました。
かつて何度も買物に立ち寄った海鮮市場の建物は残っていましたが、建物だけのようです。 -
大島へのフェリー乗場付近まで来ました。
“気仙沼横丁”という仮設商店街で頑張っていました。 -
フェリー乗場前付近には以前お店が立ち並んでいたはずですが、更地はとりあえず駐車場として利用していました。
-
柵で囲ってある空地の向こうに見えるのは、気仙沼女子高等学校です。
-
気仙沼市街地の北西部方向を見ています。
右手の小高い安波山の麓に市役所は建っていますが、ここからは見えません。
山の下を刳り貫いて、トンネルで国道45号が通っています。 -
市街地の続きですが、中心商店街があった地域で、津波に耐えて残ったビルも多くあります。
-
奥の小高い場所に建っているのは“気仙沼プラザホテル”です。
-
国道45号に出るため、鹿折川沿いの県道を経由することにしました。
20年ほど前に仕事で泊ったことのある旅館がどうなったか気になったので・・・。
旅館はなく、空地に駐車して、付近を眺めることに! -
国道45号方向を見ると、電柱の並びの先に何かが・・・!
付近一帯の家屋はすべてありません。 -
拡大して撮影すると、津波で打ち上げられた大型の船であることがわかりました。
-
さらに車で進んでみると、幸い走路を塞いではいませんが、そこにあった家や住んでいた人がどうなったか、気になります。
これは道路の西側になります。 -
こちらは船と道路の東側になります。
-
打ち上げられた船の全貌です。
震災遺構として残す考えもあったのですが、地元のいつも見ていたくないという心情を優先して、その後船主により解体・撤去されました。 -
気仙川を渡り、陸前高田市にやってきました。
水門の手前に見えるのが、あの『奇跡の一本松』です。
十分気をつけて見ないと、つい見逃しそうでした。 -
ダンプカーが忙しく走り回っていたので、作業の邪魔にならないよう、拡大写真に収めて、近づくのは我慢しました。
-
かつて陸前高田市の中心市街地があった地域の方向です。
復旧・復興作業に従事する車両だけで、悲しいほど何もありません。
空の青さが無情にさえ思えます。 -
その南側、気仙川に近い方向です。
-
以前山麓で紅葉を愛で、陸前高田市街を遠望した氷上山だけは、変わらない山容で、どっしりと。
-
何度も訪れたことのある道の駅『高田松原』の建物。
建物だけ残りましたが、賑わいも松原とともに津波で流されてしまいました。 -
道の駅に向かいの空地から、気仙川上流方向を見てみました。
重機が左岸堤防の嵩上げをしているようです。
盛土して高くなった区画も見えます。 -
やや右側に視線を移しました。
-
さらに右に移し、後方に見えてきたのが氷上山です。
山麓の住宅などは大丈夫のように見えますが・・・。 -
白いビルがあるので、拡大しました。
作業従事者の宿舎として利用されているのでしょうか?! -
駐車場内を歩いて移動し、アングルを変えて見ると、低に所は水が溜まっているような感じですが・・・地盤沈下したのでしょうか?
津波破壊財産も未処理のものがまだずいぶん残っているいます。 -
金属類は国道脇の駐車場跡に残っています。
この後、国道45号を米崎方面まで北上し、氷上山の麓を戻って国道343号を一関市方面へ向かうことにしました。
途中にループ橋や室根山などのスポットがありますが、時間の関係で猊鼻渓まで行ってトイレ休憩を! -
猊鼻渓の一番手前にあるお土産屋さんの駐車場に駐車させてもらい、用足ししてから猊鼻渓へ向かいました。
無機的な世界を、今日初めて離れたような気分でした。 -
猊鼻渓は、蹉跌川の渓谷部をゆったりと進む川下りが有名で、その乗場です。
ただし、ここは川下りの終点で、始点はもっと上流になります。 -
川下り遊覧船の料金と出発時刻表です。
-
川下り用の船が停泊しています。
若い頃勤務していた仙台の会社の慰安旅行で、船頭さんに代わって掉さしたことがあるんです! -
水量が結構豊富です。
-
至るところで、川岸から絶壁がそびえています。
-
乗場の下流にも崖がそびえています。
上にアカマツが数本、紅葉の時期に見てみたいものです。 -
崖とアカマツの拡大写真です。
-
近くに、日差しが強い時には緑陰樹にできそうな一本の大きな樹が。
-
近くに“佐藤猊巖翁”なる方の像がありました。
親子二代にわたって猊鼻渓の観光開発に尽力し、多くの文人墨客を招いた方だそうです(子の方です)。 -
猊鼻渓の標柱と記念写真用のボード。
川下りの船頭さんです。
隣りはマスコットキャラクターのゲイビィ。 -
遊覧船が停泊していた辺りの絶壁を離れたところから見てます。
-
その上の方です。
-
一関や平泉の案内図がありました。
猊鼻渓のほかに厳美渓があるので、間違わないでくださいね!
国道4号または東北新幹線の東(北上山地)側にあるのが猊鼻渓、西(奥羽山脈)側にあるのが厳美渓です。 -
岩手県の観光案内図がありました。
左上1番が、瀬戸内寂聴さんが飽和をすることで有名になった『天台寺』、右下30番が『高田松原』です。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
陸前高田・住田(岩手) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
55