2013/02/02 - 2013/02/02
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はくさんちどりさん
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妻が珍しくドライブに出かけたいとリクエストするので、向かった先が、これまで何度もキノコ狩りに行った荒浜海岸です。すでにすっかり風景は変わってしまい、以前の面影はまったく残していませんが、ここから東松島市の大曲浜まで、被災後2年近く経った津波被災地を巡りました。
東北太平洋沖を震源として発生した東日本大震災、当日出張先の雫石町からの帰途のカーラジオで最初に耳にした人的被害が、仙台市の海水浴場としても親しまれていた若林区荒浜地区の津波犠牲者のことでした。
「上空から、荒浜地区の路上に数百人の人影が横たわっているのが確認されています、云々」と、耳を疑うようなニュースでした。実際に、多くの犠牲者を出してしまったのです。
表紙写真は荒浜小学校の校舎と体育館ですが、校舎の3階以上に避難した住民は助かりました。しかし、外に出ていたり、体育館にいた人の多くは助かりませんでした。だだっ広い仙台平野の、しかも海のすぐ近くのここでは、“より速く、より高く”が必要だったのです。
伊達政宗公縁の貞山堀の両側に見事に連なっていた黒松林は、ほとんどが薙ぎ倒されてしまいました。また憩いの場所として、いつか復活してくれるのでしょうか?!
あまりの変わりように、夫婦二人とも言葉少なに別れを告げ、次に県道10号を北上して、七ヶ浜町へ向かいました。当地にも、菖蒲田浜という海水浴場がありましたが、やはり被害甚大です。
七ヶ浜町は、海岸の平地のすぐ後背地に小高い土地があり、地形による津波被害の有無がはっきりと別れていました。
さらに北上して、奥松島が望める東名・野蒜地区に入ると、JR仙石線が通っているあたりは、やはりひどい津波被害状況です。運河の東側は、地盤沈下の影響でしょうか、あちこちで海水が溜まっている状態でした。
子供たちが小さい頃、一度海水浴に来たことがありますが、その場所がどこか、とても特定できるような状況ではありませんでした。
国道45号に出て、東松島市矢本の手前から海側に入り、航空自衛隊松島航空基地を時計回りに迂回するように県道を走ると、大曲浜に至ります。
大曲浜にあった山西造船所には、石巻湾の海上ボーリングに使用する鋼製櫓を準備してもらったことがあり、思い出深い場所です。狭い道沿いにびっしりと並んでいた集落は、今は影形がなくなり、わずかに残っている家屋も、中はひどい痛み様です。
かつての浜のにぎわいを、ここもいつの日か取り戻すことができるのでしょうか・・・?!
あと一月で大震災発生から2年になるというのに、津波被災地では、復旧の形跡が感じられない現状でした。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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県道10号脇の空地(家屋撤去跡)から、荒浜地区の集落と松林があった海岸方向を望む。
コンクリートの基礎や掛けた櫛のような松に、かつて何があったか、かろうじて名残りが! -
荒浜小学校方面全景。
校舎の右側に5、6本の松が立っていますが、その辺が毎年秋キノコ狩りに出かけていた場所です。 -
枯れた背丈の高い雑草だけは、春になれば伸び放題になるのでしょうね。
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ブルーシートの方を拡大すると、奥に重機が見えますが、周囲にお墓があるので、荒浜地区の墓地でしょうか。
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荒浜小学校体育館よりも陸側の民家。
建築後そんなに経っていないように見えますが、中はひどい被害で、屋上にも何か載っています。 -
4階建ての荒浜小学校。
1階の窓ガラスは全部割れています。
津波は2階にまで達したそうです。 -
七ヶ浜町の菖蒲田浜海岸部に入りました。
津波の被害に会ったところは、どこも風景が同じで、雑草だけが跋扈しています。
奥の高所の家屋は、津波から免れています。 -
上の写真の少し左側です。
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拡大してみました。
ほんのわずかな標高差で、天と地ほど違ってくるのですね。 -
海岸の緩傾斜護岸の天端に表示されている津波避難経路。
最小限どこまで避難すべきか、まわりの家屋の様子や地面の状態が教えてくれています。
擬木の手すりは破壊されています。 -
護岸の天端から付近の様子を見る二人連れ。
被災された方々でしょうか。 -
護岸の背後の更地になった家屋跡。
おそらく、海の家や釣具屋などの海水浴客や釣り客にサービスを提供するお店だったのではないかと思います。 -
それにしても、海岸沿いの低地は荒廃したままです。
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奥の高台には、家々の軒先が連なっているようですが・・・。
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低地と高台の拡大写真です。
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津波で海水を被って弱っている菖蒲田浜の松林。
かつての荒浜海岸の松林は、反対側がまったく見えないほど、幅も密度もありました。 -
倒れている看板に、津波避難場所まで200mと書いてありました。
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東松島市の東名・野蒜地区に入りました。
東名運河の脇から、奥松島方面の全景です。 -
かつてどこまで陸地で、どこから海だったか、よくわかりません。
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ただ倒れているのか、それとも横倒しになったのか?!
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交差点の運河沿い南側の様子。
右端の道路は仙石線を越すための跨道橋へと、高くなっています。 -
同じ地点から運河沿い北側です。
家屋の修繕をしている住民もいるようです。 -
こちらでは家屋の解体作業が進められています。
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運河を越えて、かつて海水浴場があった方に向かうと、地盤沈下して湿地になった場所に遭遇!
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この辺は以前から浅海だったのでしょうか。
寂涼とした中、カモが2羽泳いでいました。 -
その右側ですが、津波破壊財産が高く積まれています。
家屋の解体も進められているようです。 -
東松島市の海沿い、大曲浜に来ました。
津波に耐えて残ったような家屋も見えますが・・・。
北上運河沿いの松並木はずいぶん少なくなっています。 -
運河を越えて、かつての集落側に入りました。
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遠目には一見まともそうですが・・・。
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よくよく見ると、1階部分は壊れ方が激しく、向こう側が透けて見える部屋もあります。
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正面から見ると、このとおりです。
手前が更地になっているので、おそらくそこに建っていた家が津波に直撃され、もっと激しく破壊されたのでしょう。 -
住むことができる状態でないため、解体されつつあります。
左後方の大きな建物は、山西造船でしょうか?
事業再開とは聞いていましたが・・・。
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