2012/08/15 - 2012/08/15
336位(同エリア934件中)
しまむら☆さん
- しまむら☆さんTOP
- 旅行記33冊
- クチコミ1件
- Q&A回答0件
- 84,185アクセス
- フォロワー5人
自分が現在、勤めている会社にはお盆休みというのが存在しません。有給を使っての帰省でした。1年と2ヶ月ぶりの帰省です。
一眼レフカメラを持って旅行をすることにハマっている自分。せっかく地元に帰省するのだから「どこかに行きたい」と考えていました。
帰省数日前、調べてみると平泉が実家の最寄り駅から1時間20分ほどで行けることが分かり、平泉に行くことに決めました。
新しく世界文化遺産に認定されるまで平泉という地名すら知らなかった自分・・・。もちろん、どんな場所や歴史があるのかも分からない。
帰省途中に本屋でガイドブックを買って慌てて下調べをしました(笑)。
平泉とは奥州藤原氏が築いた都で黄金の国ジパングの発祥や最盛期は京都も凌ぐとまで言われていた地域らしいです。
ガイドブックによると中尊寺、毛越寺、無量光院跡、金鶏山、観自在王院跡の計5箇所が世界遺産になっているとのことでした。
世界遺産を5箇所も見れるなんてかなりのお得感。いつもなら一人で散策をするところですが仲の良い友人も一人連れて行って来ました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
まずは東北本線で一ノ関駅を目指します。電車は本数は少ないので注意が必要です。
-
一ノ関駅で乗り換えて平泉駅を目指します。お盆休みシーズンなせいか臨時列車が運行されていました。これに乗ります。
-
平泉駅に到着しましたが自動改札機はないので混雑していました。
-
-
平泉駅前です。観光地らしいように整備されていました。お盆なのに人は少ない印象を受けました。
-
ガイドブックのオススメコース通りに周って行きます。毛越寺に行きます。
-
-
毛越寺には浄土庭園という平安時代に書かれた日本最古の庭園書「作庭記」に基づき造られた、学術的にも貴重な庭園があります。
敷地内にはお堂やお堂跡、お地蔵さんが多くありました。観光客も少なくとても静かな印象を受けました。 -
工事中なのか、これはこれで貴重な光景・・・。
-
次は観自在王院跡。跡地なので見学は無料でした。
-
平泉は田んぼも多く空気がおいしく感じられました。
-
次は金鶏山。平泉を守るため奥州藤原氏が北上川まで人夫を並べ土砂を運ばせ一晩で築き、雌雄一対の黄金の鶏を埋めた伝説が残っています。観光客は数人しかいませんでした。
-
義経の妻子の墓があります。
-
金鶏山の後は金色堂で有名な中尊寺。ここも徒歩で移動します。移動途中に面白い色のほか弁を発見。
-
徒歩20分ほどで中尊寺入り口へ。さすがは中尊寺。ほかの寺とは違い人が多かった。
-
すぐに金色堂があるのかと思っていましたが、敷地がかなり広く、17ヶ所も支院が建っていました。
軽い登山でけっこう疲れました。 -
-
-
どれだけ登ったかというと・・・
これくらい。疲れるわけだ -
そしていよいよ有名な金色堂。
大勢の人がいました。だいたいの施設は写真撮影禁止でした。残念。
人がいない様子で撮影したいなら、朝早に行くべきかも・・・。 -
下山も大変でした。駐車場の車は満車でしたねぇ。
お昼にお蕎麦を食べて、いよいよ最後の場所、無量光院跡を目指します。しかし、道に迷うというハプニング。 -
そのおかげなのか岩手も雄大な景色に圧倒されました。
-
友人が機転を利かしてくれたおかげでなんとか正規ルートに戻ることが出来ました。
途中に義経堂があったので急遽、立ち寄ることに。義経が妻子と自害した場所らしい。
目の前には北上川が流れていました。
芭蕉もこの景色を見て藤原3代の栄光と義経に思いを馳せたのだろうか・・・
幾千もの時を得て、今、自分は同じ場所に立っている・・・。 -
そして芭蕉の有名な句、「夏草や兵どもが夢の跡」の石碑。
『三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。
秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。
先、高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。
衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。
泰衡等が旧跡は、衣が関を隔て、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。
偖も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢となる。
国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。
夏草や兵どもが夢の跡
卯の花に兼房みゆる白毛かな 曽良
兼て耳驚したる二堂開帳す。
経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。
七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜雪に朽て、既頽廃空虚の叢と成べきを、
四面新に囲て、甍を覆て雨風を凌。暫時千歳の記念とはなれり。
五月雨の降のこしてや光堂』 -
藤原三代にわたる栄華も、今となっては夢のようであり、平泉の表門の跡は一里程手前にある
秀衡の館跡は、今では田や野原に変わり果て、秀衡が造らせた金鶏山だけが、その形をとどめている。
まずは、高館に上ってみたが、そこから見える北上川は、南部地方から流れ来る大河である。
衣川は、泉ヶ城のまわりを流れ、高館の下で北上川と合流している。
泰衡たちの屋敷跡は、衣が関を隔てたところにあり、南部地方からの出入り口を固めて蝦夷の侵入を防いだと見られる。
それにしても、よりすぐった忠義心のある家来たちが高館にこもり功名を競ったが、そうして得られた功名も一時の夢と消え、今では草が生い茂るばかりだ。
杜甫の「国が破れ滅びても、山や河だけはむかしのままの姿で残っている。荒廃した城にも春はめぐり来るが、草木だけが生い茂るばかりだ」の詩を思い浮かべ、笠を置いて腰をおろし、いつまでも栄華盛衰の移ろいに涙したことであった。
人気のないところに、今はただ夏草だけが生い茂るばかりだが、ここは、かつて義経主従や藤原一族の者たちが功名・栄華を夢見たところである。知るや知らずやこの夏草を眺めていると、すべてが一炊の夢と消えた哀れさに心が誘われる。
夏草に混じって咲いている白い卯の花を見ていると、兼房が、白髪をふり乱して敵に向かう姿が浮かんでくることよ。
かねてから聞いて驚嘆していた経堂と光堂が開かれていた。
経堂には、清衡、基衡、秀衡の像が残されており、光堂には、これら三代の棺が納められ、また、三尊の仏像が安置されている。
七宝が散り失せ、珠玉を飾った扉は風に破れ、金箔が施された柱は霜や雪に朽ちて、もはや、すべてがくずれ廃れて何もない草むらとなりそうであったのを、
四方を新たに囲い、屋根瓦を葺いて雨風をしのいでいる。これにより、しばらくは、遠い昔をしのぶ記念物とはなっているのである。
あたりの建物が、雨風で朽ちていく中で、光堂だけが昔のままに輝いている。まるで、光堂にだけは、五月雨も降り残しているようなことではないか。 -
そして無量光院跡へ。観光客は少なく、夏の草原が目の前には広がっていました。かつては平等院鳳凰堂を模して建てられた浄土式寺院があったとか。
現在は夏草しかない。 -
-
古の都。
現代ではその繁栄していた頃の面影を見つけることも難しい・・・。 -
そんなこんなで1日で平泉の世界遺産5ヶ所は制覇することが出来ました。友人は世界遺産を見ることが初めてだったようで感動していましたね。よかった。よかった。
自分も人と話しながらの旅行はほとんどしたことがないので感動を共有出来るというのは良いものだと感じました。
歴史とロマンを感じる旅でしたね。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29