2013/08/25 - 2013/08/25
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山あいに 石畳の一本道のび、 軒先に 昔の屋号札ならぶ…
静岡市内、国道1号線のバス停に降りて 10分後には、ゆかしい街道風情に 包みこまれて。
宇津ノ谷は、その昔の“間の宿”。 …聞きなれないが、東海道では53を数えた宿場町の、その宿と宿の間にある集落が そう呼ばれたという。茶屋の数は多く、休息地として賑い“茶屋宿”とも。旅籠を有する宿場町の役割を、簡易というかコンパクトにした、そんな場所だったという。
豊臣秀吉が、小田原城攻めの折に立ち寄ったという地でもあり。そんな歴史を紐解ける、“ お羽織屋 ”も見学。秀吉が献上したという陣羽織を前に、おばぁさんの解説が嬉しく、ほんわか ひと時。
また、室町時代から伝わる 宇津ノ谷 名物・“ 十団子 ”(魔除けの縁起物)が、集落にあるお寺の縁日で売られる、ちょうど年に一度の日で。良いタイミングでの 訪問となった。
肩を寄せ合う家々と 石畳の古道は、集落の途中から 坂段に。見下ろす街道風景もまた、格別。
そして、谷に吹きぬける緑の匂いと、包む静けさがココロを ほぐしてくれて。
とある本で 宇津ノ谷は、【 いくつものタイムトンネル 】という、浪漫薫る タイトルでも紹介されていた。
交通の要衝であることに 変わりはなく、明治から平成まで、各時代に造られたトンネルが 地区を貫く。明治のトンネルは、レンガ壁に暖色のランプの灯りが反射し、荘厳な空気に包まれていて。
そんな、小さくも奥深い 昔町を歩き終えて食した、静岡おでんとビールも たまらなく、旅をしている幸せを かみしめたのであった〜
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR静岡駅 ・ バスターミナル
宇津ノ谷は、静岡市に属するそうだ。
静岡駅から、 藤枝駅行き(中部国道線)のバスに乗りこむ。
日常の車内に、非日常は私くらいの様子。
山あいに ひっそりと…そんな集落のイメージがあるから、
こんな都会のターミナルから出るバスで、辿り着くのがピンと来ない…
えらい長時間バスに乗ることになるのかな…
小銭 用意しとかなきゃ…
……
なんて 入りまじる思いを乗せて、バスは賑わうターミナルを出発。 -
丸子 ・ 天柱山吐月峰柴屋寺
大きな安倍川を渡り、バスに揺られること25分。山々が すぐそこに見えてきた、丸子地区で途中下車。
丸子(まりこ)は、日本橋より東海道46里、ちょうど20番目の宿場
として栄えたというところ。
時間上、松尾芭蕉に詠まれたことでも 知られる、丸子宿名物・とろろ汁は 泣くなく次回の楽しみにするとして、 今回は脇道に ひっそり建つ、読むのに一苦労な;、“竹の寺”へ。 -
丸子 (静岡市 駿河区)・ 国指定の名勝・史跡
吐月峰柴屋寺 “とげっぽうさいおくじ”
古くから、月見の名所でもある 臨済宗のお寺。竹林の間から月が、吐きだされるように昇り現れる様子から、“月を吐く”→【 吐月峰 】 と名付けられたのだとか。
またの名を、“竹の寺”。そんな竹林は、京都・嵯峨野の竹をもってきて、植えたものなんだそう。 -
天柱山吐月峰柴屋寺 ・ 丸子
そんな緑したたる お寺の本堂には、
足利義政から拝領したという 文福茶釜 や、 -
天柱山吐月峰柴屋寺
一休さんから賜った 鉄鉢 など、寺宝も豊富で。
そんな内部は、おじぃさんが丁寧に解説くださった。 -
天柱山吐月峰柴屋寺
さらに、本堂を包むように 美しき風雅な空間も。
駿河今川氏の第六代・七代当主に仕えた、連歌師の宗長(れんがし そうちょう)が
京都銀閣寺を 模して築いたという庭園。
その宗長は、心に留めるべく (特に私は;)有名な ことわざ、「急がば回れ」 の語源となる歌も残したという偉人。室町期における連歌の第一人者・宗祇を師とし、各地を旅した宗長。 その中で、“急ぎの時は、琵琶湖を横断する海路より、瀬田の橋を回ったほうが確実でいい” という意味の歌を うたった。
また宗祇は、美濃国郡上にて古今伝授を受け、古典にも通じたとのこと。そういえば、郡上八幡には“宗祇水”という名水スポットがあった… なるほど〜 旅の記憶が ひとつ繋がった〜 -
天柱山吐月峰柴屋寺
全国屈指の山城・丸子城 城内に位置する このお寺。
天柱山や、遠く丸子富士なども利用した借景庭園が 目を惹く。
庵の前庭には、北斗七星を模して池に配置した “七曜石”や、宗長が
月の昇る様子を座って待ち眺めたという、“月見石”があったり。
星に月…と、なんともスケールの大きい、風流なお庭に 心和む ひと時。 -
天柱山吐月峰柴屋寺
まだもう少し佇んていたい…、という心地に ムチ打ち;、
当初の目的地・宇津ノ谷へ。
足となる中部国道線のバスは、1時間に3本はあるから、効率良く 巡れた。 -
宇津ノ谷 入口
丸子より 再びバスで5分ほど、宇津ノ谷入口で下車。
国道1号線に架かる 長い歩道橋を まず渡る。すぐ側にトンネル(昭和・平成のトンネル)が見える。そこは大動脈、トラックなどが けたたましい音を響かせ、終始 行き交う。
その光景を目の当たりにし、
こんなエリアに、期待する素朴で、古い町並みは 本当にあるのだろうか…
山の中へと けっこう歩くことになるのかな…
……
と、またまた 入りまじる疑心を抱きつつ;、脇道を進む。
途中、道産子には新鮮な、竹林ひろがる光景に出会い、足取りは ちくと軽やかに。 -
宇津ノ谷 入口 ・ 静岡市駿河区
カーブ描く 山あいの道を 歩いていく。気づけば、辺りは静かな空気に。 -
宇津ノ谷集落 (うつのや)
バス停から歩くこと10分弱。いよいよ、というか 意外と すぐに
宇津ノ谷集落に到達! 先に抱いた疑心は、またまた杞憂に終わったのだった・・;
入口には、宇津ノ谷道標と 案内マップがあり。 -
宇津ノ谷 ・ 間(あい)の宿
集落マップ。東海道、二十宿・丸子と、二十一宿・岡部の間に位置する、間の宿 宇津ノ谷。 日本橋からは、185kmほどの距離。
小さな集落の先(マップ右上)は、江戸時代に活躍した山道・宇津ノ谷峠へと続く。
宇津ノ谷は、その難所の中腹に位置し、束の間の休息地として 茶屋などが建ち並び、旅人たちで大いに賑わったという。道の駅 宇津ノ谷峠 下り 道の駅
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宇津ノ谷 ・ 間の宿
西に向かって 上り坂の 旧東海道。その一本道の両側に、戸数40戸ほどの
古い家並みが続く。 売店や商店の類は なさそう。
江戸後期から、明治にかけての建物が 多いという。しっとりとした、板張りの壁が特徴。
1660年頃には、茅葺きの家が40〜50軒あった、という記録が残るのだそう。 -
お羽織屋
まずさっそく、集落内で おそらく唯一、内部を開放する建物へ。
そこは、天正18年(1590)に豊臣秀吉が小田原城攻めの際、
馬の沓を取り替えるために 寄ったという茶屋。
でも、“ 御羽織屋 ” という名の屋号が 掲げられていて…お羽織屋 美術館・博物館
-
お羽織屋
入り口に佇むも、中に人の姿みえず、しばらく気付かれず・・;
すると、おばぁさんが ゆるゆるとやって来て、裏手へ回るようにと
案内くださった。お羽織屋 美術館・博物館
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お羽織屋 ・ “豊臣秀吉の陣羽織”
ここには、400年前の陣羽織 が残る。
それは秀吉公を喜ばせた、往時の主人の機転がその所以。
馬の替えの沓を差し出した際、先祖の主人・石川忠左衛門が三脚分だけ渡したという。“四”は死に通ず、というその訳はあえて言わず、その三脚は道中安全・残る一脚分でお戦のご勝利を祈るつもりでございます、とだけ申し上げたのだそう。
さらに、あれなる山の名は?との問い掛けには、あれは“勝山”、その大木は“勝の木”と申します、と機転を利かせ答え、秀吉は それはめでたいと喜び、機嫌よく出発したという。
そう、おばぁさんがハキハキ滑らかな語り口で。暑い室内、親切に差し出して下さった、団扇で あおぎながら そのお話に聞き入った。
戦勝からの帰路、再び立ち寄った秀吉は、褒美として着用していた陣羽織を献上したのだそう。これにより、屋号は “ 御羽織屋 ”に。お羽織屋 美術館・博物館
-
お羽織屋
天下人の陣羽織、色あせながらも 大切に保存されている。元々は白と紅色の綺麗で、たいそう派手だった、とのこと。外側は白い緞子(どんす)、中に真綿が入って裏地は絹、だそう。
縁起の良い茶屋と知られた後は、通りがけの大名らが、天下人に あやかりたいと羽織の一部を ちぎって持ち帰ったり、手で触れたり…で、汚れて模様みたいなものが付いてしまった… という。
のちに 徳川家康もこの陣羽織を見て、記念に贈ったという茶碗も 見学できて。お羽織屋 美術館・博物館
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宇津ノ谷 ・ 静岡市駿河区
お羽織屋を後にし、再び探索。
古道を進みながら、時代を さかのぼる。往時の光景を、その賑いを想像したりして。
ん〜 求めていた素朴な空間、穏やかな時間、心にしみる景観〜 -
宇津ノ谷
“間の宿” の歴史を、無言で語るものが こんなところにも。
軒先に、昔の屋号を書いた、木の札を吊るすお家が ほとんど。
さらに、「車屋」、「角屋」、「伊勢屋」さん…と、
住民同士は今も互いを、屋号で そう呼び合っている、苗字では呼ばない。
と、お羽織屋のおばぁさんが さりげなしに教えてくれた。お羽織屋 美術館・博物館
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宇津ノ谷
「角屋」さんの側、集落をぬける古道は、途中から坂段に。
その変化が、町への目線を豊かにし、何より、探訪の高揚感も ますます上昇して。
思えば、数年前に本で見た この風景が、歩きたい欲を 掻き立てたのでした。 -
宇津ノ谷
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宇津ノ谷
短い坂段を上りきると、集落を望む高台に。
フゥーッと、ここで一息。山中に吹き薫る緑と、新鮮な空気を呼吸。 -
宇津ノ谷
肩を寄せ合う家並みが残る、静かな山里。
国の幹線街道を抱え、多くの旅人が往来した往時と、その町並みは ほとんど変わっていないという。
それは、かつての趣を残す場所が 少ない東海道にあって、三重の関宿や愛知の有松 と並び、貴重な光景なのだそう。 -
宇津ノ谷
集落を いったん後にし、 -
宇津ノ谷
地区に残る歴史遺構を求めて、山中へと入っていき…
あいにくの曇り空で、山の中に分け入ると さらに光が減り、
人影の無さは より増して・・; -
宇津ノ谷 ・ 明治のトンネル
求めたそれは、思いのほか まもなく現る。 -
宇津ノ谷 ・ 明治のトンネル
明治9年(1876)、日本最初の有料トンネルとして開通。
東海道屈指といわれた難所、宇津ノ谷峠 を回避すべく、地元の有志が集まり結社をつくって完成。当初、大人二厘、子ども一厘の道銭を徴収したのだそう。
国の登録有形文化財。道の駅 宇津ノ谷峠 下り 道の駅
-
宇津ノ谷 ・ 明治のトンネル
全長203メートル。 坑道内は赤レンガの内壁に、暖色のランプが煌々と灯る。そこは なんとも異空間で。ここだけ時は止まったかのように、少しひんやりした 空気だけが流れていて… -
宇津ノ谷 ・ 明治のトンネル
と、突如 トンネルの奥から 人の姿が現れ><;
無人をいいことに、無心でカメラに興じていたため、その突然は声が出そうになる驚き; 声を漏らしていたら 響いていただろうな…
どうやら地元の方が、この隧道をウォーキングコース(隧道の往復)にされているようす。たしかに夏、山中といえ外界は暑いから、ここは格好の避暑コースで、熱中症の心配無用。なるほど〜
ふと、“関門トンネル人道”(本州⇔九州の歩ける海底トンネル)の光景を思い出す。凍てつく寒さの冬、その海底空間に ヨソモノは私くらいで、ジョギング・ウォーキングスポットとして賑わっていた光景があり、それはそれで驚いたもので。
でも、この明治のトンネルは山の中だし、ひと気は皆無だけど、古びた重厚感はありあり……、だから 違う汗も かきそうな;・・ -
宇津ノ谷 ・ 明治のトンネル
ランプに照らされたレンガ積み、その向こうに うっそうの緑が見えて、荘厳。
戦時中には 防空壕として、住民の拠りどころ となったのだそう。
そして地区には、“大正のトンネル”も残る。 -
宇津ノ谷
涼めたトンネルから、再び集落へ。
古の旅人にとって、峠を越えた ・ これから峠…という、安堵と覚悟とが入り交じり、ざわめく心を一先ず静める、そんな場所だったのだろうな。
町歩きの最後に、写真の左手にみえる “ 慶龍寺 ”へ。 -
宇津ノ谷
お目当ての慶龍寺へは、旧東海道から、集落の裏手へと 延びる路地を入っていく。 -
宇津ノ谷
慶龍寺への 狭い路地 -
慶龍寺
丸子川に架かる、小さな赤い橋を渡ると
曹洞宗のお寺に つき当たる。
何やら、人影みえない旧東海道より、裏手の この慶龍寺のほうが
人の姿・人の出入りが なぜだか多く…
それもそのはず、今日は年に一度という、8月 法令「施餓鬼(せがき)」の日で。 -
宇津ノ谷
“ 十団子 ”(とうだんご) で知られるという、慶龍寺。
その昔、宇津ノ谷峠には人食い鬼が出るという、言い伝えが。困っていた旅人達の前に現れたのは、旅僧に化身したお地蔵様。怖い鬼を物ともせず、十の玉にして飲み込んで見事に退治。
それから 村人たちは、玉をかたどった十個の小さな団子を 作り鬼を供養し、また魔除けとして、“十団子”を作るようになったという。そして、この慶龍寺に祀られているのが、「峠の地蔵」と呼ばれる そのお地蔵様。 -
慶龍寺
室町時代から伝わるという 魔除け、“十団子”。写真の吊るされたのが それで、小豆粒ほどの団子10粒に糸を通して、9本束にしたもの。
訪ねたこの日は 年に一度、伝説に あやかった その“十団子”を、境内の縁日で購入できる日。思いもかけない、タイミングの良さ。
宇津ノ谷の民家の玄関先に注目すると、もれなく“ 十団子 ”が なんとも可愛らしく ぶらさがっていて… 住民の ならわしになっているそう。
そして可愛らしいそれは、遠い北国の我が家の玄関先にも。 -
宇津ノ谷
“十団子”を大事にリュックに詰めて、集落を後に。
気づけば、観光地化し過ぎていないのが逆に良くて、すっかり長居。
散策の途中に、立ち止まり耳をすますと、古道の向こうから 住人の話し声が聞こえてきた。といっても辺りが静かだから、耳をすませずとも…。まだ夏休み、子どもの元気な声も響く。そんな散策のBGMが、穏やかで心地良くて。
また、歴史深い 石畳の道は整備・清掃が行き届いていて、道ばた に目をやると、しゃんとした花の彩りも豊かで…。住民の愛着の深さまで、ひし と伝わってくる空間でした。どうも、おじゃましました(_ _) -
富士宮やきそば
古い町並み、からのB級グルメ!
静岡おでん や、富士宮やきそば で腹ごしらえ。
イワシの削り節が ちらされた、ホカホカを パクつく口福。
コシのある食感も たまらなく〜
魅了して やまない静岡〜
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この旅行記へのコメント (4)
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- pedaruさん 2014/02/07 04:46:39
- 地味な
- tokotokoさん お早うございます。
またまたいいとこ行きましたね。東海道の宿場町といえば、皆近代化されて、往時の面影は想像するより他はないと思っていました。このコメントもイメージでしかないのですが・・・
この宇津ノ谷はいいですね〜 地味なところがいいですよ〜 tokotokoさんの旅行記を見るたびに行きたい所リストが増えてきます。
ところで写真で見る限り、石畳の道は近年敷かれたものではありませんか?
道まで古を求めるのは贅沢すぎるというものですが・・・
pedaru
- tokotokoさん からの返信 2014/02/11 14:23:47
- RE: 石畳の道は…
- pedaruさん こんにちは。
石畳の道はそうですね、そこだけ地味ではなく…;。歩きやすかったですが〜。家並みの雰囲気に合わせて、色がもう少し単一ならば なお良かったという印象です。と、ヨソ者が欲張り過ぎですね; 残っているだけで、ありがたく。また、国道からは遠く 喧騒も届いてこない、静寂なロケーションは抜群でした。
遺構保存の話ですが、おっしゃる通り、失くしてから気付いても 遅いですよね。本物・真正性が ことさら大事なもので。悔いだけを残さないよう、正しい価値認識を図って欲しいものですね。コメントありがとうございます! tokotoko
-
- こあひるさん 2014/02/04 22:25:02
- こんなところが身近に・・・
- tokotokoさん、こんばんは〜。
バスでわずか30分足らずの所にこんな小さな宿場町があるなんて・・・よく見つけましたねぇ・・・。
家並みも、石畳も・・・とってもよい雰囲気で、観光客もあまり見られないところもいいですね〜。
こあひる
- tokotokoさん からの返信 2014/02/07 01:02:45
- RE: 素朴な町で…
- こあひるさん、 こんばんは。
コメントありがとうございます。
観光地としての宿場町は、バイパスの中山道ばかりに目が行きがちでしたが、意外や意外の静岡市内に、更には 想像以上に良い雰囲気で留めていました〜。
といっても、町並み・見学施設ともにボリューム少々…。その何気なさ・素朴さ みたいものに、逆に恍惚として(近頃、その嗜好に拍車かかる一方です;)。観光客は私以外に、1、2組ほどでしたからね〜。
地味な記事をご覧くださり、恐縮です。同じ宿場町では、宮城県の七ヶ宿も気になっているところです(これまた地味!?、ですね・・;)。
tokotoko
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