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駅家に行く途中、案内板があったので、訪れました。独立した低い山が城跡でした。

正戸山城跡

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2014/01/10 - 2014/01/10

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hitto

hittoさん

駅家に行く途中、案内板があったので、訪れました。独立した低い山が城跡でした。

交通手段
自家用車 徒歩
  • 国道313号から県道181号を西進していると正戸山城跡の標識があった。<br />そこで、福山平成大学の付近に車を止めて、大学の裏から農道を通って標識のあるところまで引き返した。

    国道313号から県道181号を西進していると正戸山城跡の標識があった。
    そこで、福山平成大学の付近に車を止めて、大学の裏から農道を通って標識のあるところまで引き返した。

  • 農道を通ると福塩線の踏切があるが、横断路が非常に狭い。<br />たまたま軽トラックが来たが、ほんとにぎりぎり。<br /><br />

    農道を通ると福塩線の踏切があるが、横断路が非常に狭い。
    たまたま軽トラックが来たが、ほんとにぎりぎり。

  • 目指す山は前方の小山。<br />本当に城があったか疑わしいほどの低い山です。

    目指す山は前方の小山。
    本当に城があったか疑わしいほどの低い山です。

  • ところどころに標識があったが、登り道が判らないので、道路を横切ったところにある小道に入る。<br />進むと小山の周囲をめぐる道がある。山の斜面は結構険しく、岩が露出している。

    ところどころに標識があったが、登り道が判らないので、道路を横切ったところにある小道に入る。
    進むと小山の周囲をめぐる道がある。山の斜面は結構険しく、岩が露出している。

  • 山を3/4くらい回ったら、別の舗装した登り道と出会い、その先に垂れ幕。<br />「毛利元就ゆかりの地 ようこそ正戸山へ」と書いてあり、周りには立ち木に灯篭をつけてある。

    山を3/4くらい回ったら、別の舗装した登り道と出会い、その先に垂れ幕。
    「毛利元就ゆかりの地 ようこそ正戸山へ」と書いてあり、周りには立ち木に灯篭をつけてある。

  • 近づいてみると福山市民の吟行句が<br />

    近づいてみると福山市民の吟行句が

  • 頂上に上がると石碑とお宮がある。<br />

    頂上に上がると石碑とお宮がある。

  • 立派な石灯篭が<br /><br />地元が立てた説明書きによると正戸山は標高49m 下から34mの小山です。本当にこんなに低い山城で防衛上役立ったのか疑わしい気もするが、平野にある周囲の短い山なら見晴らしもよく、防衛しやすかったのかもしれない。<br />この山城は、南北朝時代に、足利尊氏が備後守護として下向させた岩松頼宥によって築城したとのことである。<br />しかしながら、頂上の平地も少ないことから、大軍を常駐させることもできず、後に、毛利元就によって落城している。<br /><br />

    立派な石灯篭が

    地元が立てた説明書きによると正戸山は標高49m 下から34mの小山です。本当にこんなに低い山城で防衛上役立ったのか疑わしい気もするが、平野にある周囲の短い山なら見晴らしもよく、防衛しやすかったのかもしれない。
    この山城は、南北朝時代に、足利尊氏が備後守護として下向させた岩松頼宥によって築城したとのことである。
    しかしながら、頂上の平地も少ないことから、大軍を常駐させることもできず、後に、毛利元就によって落城している。

  • 山頂を北側から見たもの<br />非常に狭い平地である。ただし、下に平地が散在している。

    山頂を北側から見たもの
    非常に狭い平地である。ただし、下に平地が散在している。

  • 昭和5年に昭和天皇がこの正戸山から演習を視察統監したことから、石碑が建てられている。なお、ここが御幸と言う名前の由来は、昭和天皇の行幸を記念して、上岩成村、下岩成村、森脇村、中津原村が合併して御幸村となったことだそうです。

    昭和5年に昭和天皇がこの正戸山から演習を視察統監したことから、石碑が建てられている。なお、ここが御幸と言う名前の由来は、昭和天皇の行幸を記念して、上岩成村、下岩成村、森脇村、中津原村が合併して御幸村となったことだそうです。

  • 頂上から見た神辺平野<br />南東を望む。正面にフジグラン

    頂上から見た神辺平野
    南東を望む。正面にフジグラン

    神辺 名所・史跡

  • 正面の福山平成大学

    正面の福山平成大学

  • 東を望む

    東を望む

  • 城跡らしきものが残っていない。<br />唯一ある石組みがその名残か。でも、それもこの写真に写っている程度である。

    城跡らしきものが残っていない。
    唯一ある石組みがその名残か。でも、それもこの写真に写っている程度である。

  • 下りながら付近を散策すると、茂みの中のあちらこちらに墓石がある。<br />最近お参りした形跡があり、また、墓石もそんなに古くないと思われる。

    下りながら付近を散策すると、茂みの中のあちらこちらに墓石がある。
    最近お参りした形跡があり、また、墓石もそんなに古くないと思われる。

  • 北側を望む。<br />こうしてみると、本当に平野の中心に位置する場所である。

    北側を望む。
    こうしてみると、本当に平野の中心に位置する場所である。

  • 東側

    東側

  • 山を降りたら標識があった。<br />最初の登り口は間違っていたらしい。でも、こちらは急すぎて馬で登るのはどうかと思う。やはり、周囲をめぐりながら登るほうが本当のような気もする。

    山を降りたら標識があった。
    最初の登り口は間違っていたらしい。でも、こちらは急すぎて馬で登るのはどうかと思う。やはり、周囲をめぐりながら登るほうが本当のような気もする。

  • さらに進むと県道の角に標識が。

    さらに進むと県道の角に標識が。

  • 最後に東から正戸山を望む。<br />こちらからは何も見えない。

    最後に東から正戸山を望む。
    こちらからは何も見えない。

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